49話:PKerの設定まだ決まってなかったりして
「……」
「……」
互いになにも言わず抱き合って、抱き合って、抱き合って、抱き合って。
それから身体を離して、アンズの目を見て。
むらりと沸き上がる衝動に喉を鳴らして、だけどそろそろ時間が……いやでもそもそもこの時間は本来ならなんの気兼ねもなく一緒にだらだらいちゃいちゃしている時間な訳だから別に……いやいやでも約束したからには……むぐぐぅ。
「……あと一回、とか」
「ん」
うぅ……すきぃ……。
「もうちょっと……」
「ん」
はぁ……分かってる、アンズはきっとどれだけ望んでも無条件で受け入れてくれるって分かってる。だからこそここで私がちゃんと自分を律しなきゃいけない訳なんだけど、どうしてだろう、なんだか今日は、離れたくない。
……ああ、きっと今日は外が寒いから、だからこうして暖が取りたくなるのは仕方ないことなんだろうなあ。
うーむ。
「……ね、もう全部やめちゃおっか」
「ん」
「なんて言い訳しよっか」
「ん」
「みんな怒るかなあ」
「ん」
「……ずっと一緒がいい」
「私も」
はぁ……。
やっぱりアンズは、アンズだなあ。
こうしていると、アンズにどんどん依存していくのが分かる。
私の言葉への返答ひとつで心が掌握されていくのが分かる。
私の全部を受け入れるというただそれだけで私の全部を取り込もうとするその狂おしいくらいの愛情が、愛おしくてたまらない。進んで全部を捧げたくなる。きっとそれすらも全部受け容れてくれると、分かっているからこそ。
……はぁ。
「……………………そろそろ、帰るね」
「……ん」
「……最後に一回いい?」
「ん」
帰り道で凍えないようにと、アンズの熱を忘れないようにと、最後にめいっぱい抱きしめて。
それからようやく、ひどく諦めの悪い私は、それでもなんとか、帰路に着くのだった。
……ブリサードでも降ってくればいいのに。
■
「来たわね!行くわよ!?」
「へっ?わっ!?」
ログインした途端に、散ってゆく光を突き抜けて腕を引かれる。
誰が、というのはその声と口調から明らかで、だけどなにがどういうことなのかが致命的に理解不能だった。それでも、なんというか、πちゃんに腕を引かれているというその事実がちょっと……いやかなり嬉しくて混乱と歓喜という訳の分からないふたつに挟まれてしまって抵抗らしき抵抗もできないんだけど、抵抗しなかったところでその終わりは即座にきた。
「すとぉぉぉおっぷ!」
「手を離せ」
「ちっ」
πちゃんの行く手をスズが両手を広げて通せんぼ、アンズも静かに杖を差し向けて臨戦態勢とくれば、さしものπちゃんも突っ切るという選択肢は取れないらしい、ひとつ舌を打って立ち止まる。
「なによあなた達!邪魔するんじゃないわよ!」
「なにをー!」
「ユア姫を離せと言っている」
「私は一刻も早くあいつをぶっ殺してやるのよ!」
「ぶ、え、こわー!」
「いいから早く離せ」
えっと、全然話が噛み合ってないけど大丈夫かなこれ。
「ぱ、πちゃん、」
「なによ!?」
「いや、その、まず事情を説明してくれた方が私も協力しやすいんだけど」
「事情なんて行きながら話してやるわよ!」
「その前に手を離せと言っている」
うわあ、アンズがかなりキレてる。
でも外そうにもこれすごいがっちりしてて外せないし……。
と思ったら、すっと伸びてきたナツキさんの手が私の腕をくいっと捻り引いて、いとも簡単にπちゃんの手から抜きとった。痛みも負担もなにも感じさせないその手際はさすがと言うしかない。
助かったと伝えようと振り向けば……あー、ナツキさんはひどく冷めた視線をπちゃんに向けていた。
「ユア姫に狼藉を働くことは許されません」
「ちっ、面倒なやつらね!」
これはあれだ、πちゃんがピンチだ……いやでも街中だとプレイヤーの攻撃行為の影響が向こうになるはずだから大丈夫……かな……?
いや、というかそもそもこの状況をどうにかしなきゃ。
「えっと、πちゃん、なんかこう、とりあえず話してくれれば二人もこんなに殺気立つことないから、ね?」
「……分かったわ」
「ソフィはきいてもぷんぷんですわ」
「まあ気持ちは分からないでもないっすけどねー」
「すみませんみなさん……」
「おーこわー」
苦々しげに顔を歪めるπちゃんもそれはそれでありだなあとかぼんやり思っていると、πちゃん捕獲隊に混ざっていないきらりんとソフィがこじかちゃんたちを引き連れやってくる。その口振りからするとどうやらなんとなく事情は聞いているらしい、にしてはやけに時間が短いような気もするんだけど、結局なにがどうしたんだろう。
「えっと」
「私が話すに決まってるでしょうが!あんたは黙ってなさい」
なにやらすごい悔しそうだけど通すからにはきっちり筋を通そうとするπちゃん可愛い。
という訳で、イライラπちゃんから事情を聞いてみることに。
とはいえそれは、まとめてしまえば至って単純な内容で。
「PKerにやられたのよ……!」
「PKer?」
「プレイヤーキラーよ!ムカつくわね!」
ああ、なるほど。
プレイヤーキリングとプレイヤーキラーの差別化みたいなことかな?別に話の流れで普通に分かるから大丈夫だと思うんだけど……って。
「え、あ、」
ということはπちゃんはその人にPKされて……?
πちゃんが。
πちゃんが、死―――
「ぱ、πちゃん、やられちゃったの……?」
「はぁ!?ぶちころがすわよ!この私がそんな失態を犯すわけないじゃない!」
「え?それじゃあ」
「これよ!」
殺意にすら満たされた鬼の形相で取り出したるはなんとも見覚えのある細剣。以前ほぼ鉄板な大剣をすら穿ち両断せしめたそれは、けど今やなんとも無惨なことに刃の半ばから砕け折れていて。
「この私の作品を!へし折ったのよあいつは!」
「そんな、πちゃん謹製の夜闇裂く陽光の聖剣サン・オブ・ジャスティスを……?」
「……あんたよく名前覚えてるわね」
「え?だってπちゃんの作品だもん」
そりゃあ、忘れる訳もなく。
というか自分で名付けといてその反応はなんなんだろう。私はもちろん、ドレスも鎧も杖も鞭拳もπちゃんの作品なら……ああ。
「……そっか、だから私なんだ」
「は?」
「あ、ううん、なんでもない」
ポソリと呟いた言葉は胸の内に秘めておく。
怪訝な表情を見る限り、どうも私の考えは伝わっていないようだけど、つまりまあ、職人としての矜恃なのかそれとも単なる意地なのか、そんな簡単にへし折られる程度だと思われたくないんだろうなあと。曰く最高の出来らしいこれを見せつけることでそれを示したいといったところか。
え、可愛すぎかな?
「な、なによ」
「え?」
あれ、表情に出てたかな?と首を傾げると、πちゃんはものすごい微妙な……引き攣りながら困惑するみたいな表情を浮かべて、それからキッと睨みつけてくる。
「なゃんでもないわよ!」
あ、噛んだ。
可愛い。
「と、ともかく!この私の作品に傷をつけるという行為っ!それすなわち万死に値する行いっっ!!須らく鉄槌を下さざるを得ないわっっ!!そのためにあんた達の力を寄越しなさいと言っているのよ!?」
「なるほど」
「な、え、……その通りよ!?なんか文句ある!?」
「えっ、だから、πちゃんの言い分はすごい納得いくものだったよ、っていう」
「うっさいわよ!」
「ええっ」
と言いながら顔を背けてる辺り、どうやら今すごい理不尽なことを言っているという自覚はしているようだけど。
うーむ。
「とりあえず私はぜひとも協力したいなって思うんだけど」
「は?」
「え?」
「…………なんでもないわよ!」
唖然としていたっぽいπちゃんの様子からするとどうもなんでもないなんてことはなさそうだったけど、まあさておき。
「みんなはどう?」
多分なんとなく、好反応は望めないだろうなあと視線を巡らせてみると、まあ予想通りというか、アンズがあからさまだった。
「PK行為はシステム上認められた遊び方のひとつ。よって、よほど悪質なものでなければ返り討ちにこそすれ進んで狩りにいく必要性は皆無。少なくとも、ユア姫の手を煩わせ危険に晒す必要のあるものではない」
むぅ、やっぱり頬がつり上がってしまうくらいに過保護だ。
つらつらと述べられた言葉に、きらりんが苦笑する。
「わたしはそこまでは言わないっすけど、まあ相手がどんなのか分からない以上はちょっとユア、姫を連れてくのは心配っすね。あれが折られたって相当っすよ」
「πちゃん強いからなー」
一度πちゃんに敗北を喫しただけのことはあるきらりんとスズの言葉。
一方πちゃんと手合わせをしたこともないナツキさんとソフィからはそこまでの警戒というのは感じられない。
「私としては、どちらとも。相手が人間であるというのでしたらいくらでもやりようはありますので」
「おそってきなさるならやきこがしてやりますの」
ソフィはまあ平常運転としても、ナツキさんが頼りになりすぎる。
相手が人間だったらの部分が妙にリアルだ。
そんなナツキさんに感心しつつ、なんとも珍しい苦々しげな表情を浮かべるアンズを鑑賞していると、ふときらりんが訊ねる。
「……ちなみに、PKって同じやつなんっす?こじかさんたちが会ったやつとは」
「あ、はい。えっと、大文字で『A』っていう」
「え」
こじかちゃんがそのPKの名前を告げた途端に、きらりんがあからさまな反応を示す。
どうしたのかと集まる視線、その中でしばらく静止していたきらりんははっと再起動して、それから真剣な表情でこじかちゃんに迫る。
「も、もしかしてそいつ『いい装備持ってんじゃねぃか嬢ちゃんよぅ』とか気持ち悪いこと気持ち悪い顔で言ってくる胸に爆弾抱えた女性プレイヤーだったり……しないっすよねあははまさか」
「ばく……?」
「……メロンでもいいっすけど」
「?……!あ、ああー!いえ、えっと、その、特にそういうことはなかったですけど、私くらいでしょうか」
……胸当てがあるから絶対とは言いきれないけど、それはつまり今現在のきらりんより少し小さいくらいだろうか。
ということはつまりまあ、リアルのきらりんと同じくらいかな?
とすると爆弾だとかメロンだとかそういう類の形容詞が付くとは到底思えないし、きらりんもほっとしながら落ち込んだ様子で視線を落とす。
「でもその、」
そんなきらりんに、こじかちゃんは言いにくそうに続ける。
「セリフは合ってます、ね」
「口調もそれっぽかったですよー」
「えぁ」
なんてこった……っす。と愕然とするきらりんの様子はただごとじゃない、というかこれどうも心当たりがあるっぽいけど。
「きらりん?」
「……いや、でもやつはくそいけ好かない胸部装甲だったはず……」
「きーらりん?」
「へぁっ?あっ、あー、いえちょっと心当たりがあるっすけど、多分違うはずっす……胸が……こう……まさか縮めた……!?いやそんっ、ばかな!?っす!?」
うごぉぉぉぉ……!と頭を抱えるきらりんはちょっと可愛いけど、それよりも好奇心の方が大きい。私の知らないきらりんを知るチャンスのような気がして、少しワクワクしてくるのだ。
「そんなこ」
「πちゃん」
「な、なによ」
「敵を知り己を知れば百戦危うからずっていうよね?」
「………………はい」
そう、だからこそきらりんが自分から話し出してくれるのを期待に満ち満ちた視線を向けながら待つのも必要なこと。πちゃんが物分りのいい子でよかった。
「ゆ、ユ」
「はいこじこじくーき読もうねー」
「え、えぇ?」
「ん。今はダメ」
いや別に、そんなことないんだけど……まあ、うん、いいや。
それから程なくしてきらりんは気を取り直して。
まず私の視線に驚いて、なんとも言いにくそうに目を逸らしつつ、そしてようやく話してくれる。
「……そのっすね、そいつ、多分、」
そしてきらりんから告げられたその正体は―――
「……昔やってたゲームでの、知り合いなんっすよ」
「……えっ、うん、知ってた」
「っすよねー」
■
《登場人物》
『柊綾』
・図らずもきらりんの過去に触れられそうで沸き立ってる二十三歳。πちゃんの怒り<=きらりんの過去。必ずしも優先する程ではないし最終的にはそのために動くけどどちらかというと後者の方が惹かれるくらい。そのせいでちょっとπちゃんに当たり強くなったけどまあ仕方ないよね。情緒不安定かな……?
『柳瀬鈴』
・人が多くなればなるほど発言の機会が失われていく二十三歳。他のみんなもそういうとこあるけど、なんというか、場面的に映えるときが全然ないっていうね。他でもないスズがそれっていうのがなんとも。でもこいつ発言に特色がないんだよ……!過保護さではアンズに負けゲーム知識ではきらりん・アンズの独壇場だしかといってソフィほど無知でもないし単純知識量でナツキさんに太刀打ちできる訳もなくとくるともうね……まあ本人が満足してるからいいか……。
『島田輝里』
・かつてのゲーム友達との遭遇(予定)に頬が引き攣り気味な二十一歳。なにがヤバいって黒歴史の奥底に埋まってる一番中二入ってるときのライバル枠的なやつなのよね。しかも相手はそんな自分を面白がってるだけで別に黒歴史的な言動をしていた訳でもないという。いや、オールウェイズ黒歴史な変態ではあるけれども。それはそれとして胸に対する密やかなコンプレックスの原因もやつだからそういう意味でもすごい嫌い。
『小野寺杏』
・てめぇ調子乗ってあやさんの腕掴んでんじゃねえぶちころがすぞオラァッ!な十九歳。プレイ以外であやに乱暴するとか絶許。あやがちょっと嬉しそうだとか知ったこっちゃない。そんなこんなでちょっと不機嫌募ってる。分かり切ってたことだけど、リアルでさんざいちゃこらしたのにあやがまったく気にしてないというのも密かに辛い。それはあくまで無意識のことで、だからちょっと不機嫌の加減が上手くいかない。
『沢口ソフィア』
・プレイヤーでも焼けるというか焼いてみたいから襲ってこないかなとか考えてる十一歳。というかなんなら進んで焼きにいいくのもあり。なんだかんだゲーム一番楽しんでるのこいつかもしれない。というかそろそろ新魔法覚えなきゃ……かんっぜんに忘れてた……いやうん、あれだよ、このパーティだとなかなか魔法撃つ機会少ないし(目逸らし)。……あれ、でもそういえばINTとMINが習得に影響するって設定書いてたな……よし、ならセーフだ。そんな感じの思考を経てソフィの新魔法は先送りになるのだった……あとついでにアンズの連結魔法も。
『如月那月』
・イベント挟んだおかげで着々とメインウェポン取得が遠ざかってゆく二十四歳。πちゃんとの手合わせも先送りだし。どうしてこうなった……でもまあ今のところそんなもんなくても全然強い。今ならまだ物理法則が息してるからね。
『天宮司天照』
・PKerに武器叩き折られた上に話題掻っ攫われた二十二歳。PKとPKerの言い分けは完全に個人個人の好みだけどなんかPKerの方が玄人味感じるのは多分πちゃんだけ。今回の会話で改めて、もしかしてあやって頭おかしいんじゃないかという疑惑と直面することとなる。自覚した理不尽をノーディレイで許容されたら驚くに決まってるんだよなあと。
『小島かの子』
・この場に私いていいのかな……?な十六歳。πちゃん襲撃のときは一緒にいたからともかくきらりんの過去とかえっ、えっ、な感じ。かといってさよーならーともいかないしどうしようこれ。筆者的には速やかに退場してくれると嬉しい(真顔)。けれどもまあ、きっと続投。
『織原美依沙』
・なんかよく分からないけどちょっと面白そうな気配がしてる十六歳。多分こじかちゃんの次くらいにあやを気に入っているから、わりと興味津々。まあでもメインはともすればこじかちゃんを殺しかねなかったPK野郎をめきょっとしたいという想いだけど。
きらりんの過去にはそこまで触れません




