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44話:なんかさくっと終わった

2019 3/13 話数を訂正『45話』→『44話』


西エリアはほんとあやとの相性がよすぎるのです。

「……なんで今になってこんな胸踊らせてくるんっす―――!?」


 うがー!と叫ぶきらりんの声が、澄んだ夜空にこだまする。

 ちょうどそこを通りがかっていたパーティにすごい怪訝な目を向けられたけど、まあうん、知らんぷりで通そう。


「きらりん、こういうの好き?」

「めっちゃ好きに決まってるっすよ!?」

「そっかー」


 好きに決まってるらしい。

 とりあえず条件反射的にちょっと頬をむにっておくけど、まあ、分からないでもない。私もこういう世界遺産とか一回行ってみたいなあと思ってるし。ヒビキ先輩に提案してみようかな……というのはさておき。


 塔、迷宮ときて、三つ目。

 こういうのも運がいいというのか、事前情報とは裏腹に順当に遭遇したその場所は、なるほど明らかに遺跡だった。


 遺跡。


 いつかテレビで見たマチュピチュのような雰囲気を感じさせる気がする石造りの都市の跡。平たく広い平屋を縫うように伸びる道、見れば階段で屋根部に上がれるようになっていたりして、建物の外すら立体的な迷路のよう。というか崩れたりひび割れたりしているものも多くてあまり高いやつには入りたくない。


 どうやら私たちは、その二階部分に出てきたらしい。出てきたといっても後ろを見れば、まるで街があったことが嘘みたいになにもない小部屋があるだけ。周囲を見ても特別な様子はなくて、足場になっている建物は少し広め、道を挟んだ隣りの建物とアーチ状の橋で繋がっている。


「ひゅあひへ、ひゃひゅ」

「あ、ごめんね」


 もにっ、ときらりんの頬を解放する。

 きらりんが戸惑ってるのもアンズとナツキさんが羨ましそうな視線を向けてくるのもちょっと意味分からないけど、とりあえずそれは置いといて。


 また探索のしがいがありそうだなあとか思いつつ、我慢ならないらしいスズに合わせてみんなで探索開始。

 標的が宝箱だから、野ざらしというよりは室内にある方が自然だろうと、入口を見かけたら優先して覗いてゆく。とはいえどうやら宝箱はそう簡単に見つかるものでもないらしい、建物の中には、宝箱どころか人が住んでいた名残りのようなものもなにもない。こう、石でできた家具的なものくらいは設置してあっておかしくないと思うんだけど、ほんとになにもない。


 ただ、なにごともない訳でもなかったりする。


「きたよ、三体かな」


 私の視界、不意に蠢くそれを捉える。

 夜の闇の中にあってなお黒く、影と呼ぶには少しばかり確かすぎる。

 それはどろどろした液状をしていて、みるみる遺跡のひびや隙間から滲み出てくる。


「後ろは二ですね。お任せを」

「わたしもうしろですわね。『わがいのりは―――」

「前」

「もどかしいっすねー」


 厄介なことに液状のときは物理攻撃も魔法攻撃も通用しないという性質を持っているらしいそれは、みるみる量を増やして塊になって、ついには形を成す。

 例えば狼のような、例えば小人のような、例えば虫のような、例えば触手のような、例えば……なんだあれ、腕……足?いや顔、それとも鳥……まあ最後の一体だけよく分からないけど、ともかくなんの共通点もないくらいに様々な姿。


 そしてそれは、どろどろとした液状からより確かな輪郭へと変わって―――


「そおぃっす」


 途端、前の三体はきらりんの鞭で叩きのめされて拳でかち上げられて空中に舞う。

 後ろの二体はといえば、特に声を上げることもなく至って自然体なナツキさんによって首……首?まあ、多分首っぽい辺りをしゅらっと切り落とされていた。

 矢がなくなりそうだからときらりんに長剣を借りているナツキさんだけど、なんというか、その戦いっぷりは異常なまでに様になっている。様になっているというか、こう、なんだろう、慣れているというか、なんというか。慣れにしても、初期装備くらいの武器でどうしてあんなに軽々と切断できるのかよく分からない。そっと撫でるみたいに手を添えて、こう、剣をしゅっとすると切れているんだけど、一体どういう技術なんだろう。


 まあ、ナツキさんがすごいのは今に始まったことでもないからいいや。


 そしてそこに、魔法が到来する。


「―――『やきこがすかえん』」

「■■■」


 宙を舞う三体は闇に消し飛ばされて、切断された二体は炎に呑まれる。

 一撃で倒せないくらいの相手ではあるけど、所詮それくらいでしかない、モンスターは揃ってポリゴンに消えた。そしてべちょりと、黒い液体(ドロップアイテム)が地面に広がる。


 遭遇すると姿を変える不思議モンスター『フルイドル』、なかなか面白い生体をしているけど、形を成して攻撃が通るようになった途端にこれだ、未だに攻撃モーションを一度も見たことがないという、なんなら哀れすら感じる……モンスターに対して哀れを感じる機会が多いのはどういうことなんだろう。


 さておきアイテムをそのままインベントリに回収して。


 遠くから目をつけていた室内、その片隅にぽつねんと置かれた宝箱のもとへ。相変わらずぼろぼろだけど、ここにきて木製とかいっそ場違いなんじゃないだろうか。


「ようやく一つ目だね」

「これで入ってなかったら笑えるよねー」


 いや笑えない。

 けどまあ、実際どうなんだろう、ハングリーが必ずいるとも限らないし。


 少しばかりドキドキしながら、例によってきらりんが宝箱を蹴り開く―――


「お、一匹っすね」


 途端に飛び出してきたハングリーを、きらりんがなにごともないように叩き潰す。

 呆気なく討伐数を数えるポップアップが現れて、うん……なんだろう、こう、ね。


 ドロップアイテムはコッペパンだった。


「……じゃあ、次いこっか」

「うーい」

「ふぉうっふへ」

「なかなかめんどうですわね」

「なにか目安でもあればいいのですが」


 アンズとナツキさんが見つけてないなら多分ないんだろうなあ。私も特に思い当たるのはないし。

 こう、そういうアビリティのひとつやふたつあってくれてもいいんだけど。

 というかありそうなんだけど。

 ちょっとEXPあるし、取れそうなら取るのになあ。


 そんなことを思っていてもないものはないから、やっぱり地道にてくてくと宝箱探し。

 最初はわくわくしてたきらりんも、案外面白いものが転がってないから若干冷めてる。道が崩落してたり橋が落ちてたりするのを見かけてはわざわざ飛び越えてアドベンチャーごっこをしたりして遊んではいるし、未だ健在な罠を食い破ったりしてるんだけど、どうやらそれだと足りないらしい。


 そもそもきらりんの求めるところが高すぎるんじゃないだろうかと思わないでもない。


 それでもてこてこ歩き回って、それから二、三時間かけて、ようやくハングリーを規定数倒した。

 もはや訳が分からない。

 もう一生ハングリー討伐依頼は受けないと、みんなが心に決めたのは言うまでもないだろう。

 他のが20体で1000マニくらいのところを10体で3000マニとかいう破格の報酬だったけど、労力と比べたら割に合わなさすぎる。


 まあ、うん。

 なんにせよ終わったから帰れるぞーと、みんなで歓声を上げたところで。


「……で、どこが出口ー?」

「え」


 こてんと首を傾げるスズの言葉に、フリーズする。

 出口。

 そりゃあ出口は出口……あれ?


 そもそも私たちは塔のときに入った訳で、なんやかんやと普通じゃなさそうなルートでここにやってきて、だからこの遺跡の出口とか分からないんだけど……。


「とりあえず東を目指してみる、とか?」

「……コンパス使えない」

「ええっ」


 そんな馬鹿なとコンパス機能を起動すると……え、なんか針ぐるんぐるんしてるんだけどこれ。バグってる……いや、えぇ……。


 どうしようと思っていると、ふとナツキさんが室外に出て空を見上げて、ある方向を指さす。


「月の位置からして東はこちらですね」

「そんなの分かるの!?」

「動きませんから」


 さらっと言うけど、いやはやまったく頼りになる。

 とりあえず一安心、みんなで東を目指してずんずんと。


 しばらくして。


「あ、出口かな?」

「そのようですね」


 道の先、遠くに見えた草原に、ほっとする。

 密かにどんな妨害がくるかなあとか思ってたけど、結局罠とモンスター以外特に煩わされることもなく終わってくれた。

 なんとなく拍子抜け。

 だけどまあ、つつがなく終わったことに不満なんてある訳もなく。


 やれやれ無駄に長かったと、色々言い合いながら街へ帰還するのだった。


 ■


「―――っていう感じで、なんか面白い場所だったよ」

「それを面白いと言えるのは、きっと冒険者さんらしいんでしょうね」

「そうかな?」

「そうですよ」


 私なんて、聞いているだけでハラハラしてしまいました。

 なんて言って、微笑んでくれるセレムちゃん。


 依頼達成を報告して報酬をもらって、それから一旦ログアウトして食事を摂って。

 もうすっかり常連さんを気取っている例のカフェで、いつも通りにティータイム。

 お客さんは私たち以外にもいるけど、マスターのご好意で看板娘なセレムちゃんを独占中。珍しいことに紛れているプレイヤーさん含めたお客のみなさんも気にしていない様子で、むしろ私の話す西エリアの話を楽しそうに聞いて下さっているから、まあ、甘えさせてもらっている。


「ありがとね、お話聴いてもらって」

「そんな。私の方がお願いしたんですから」

「そうだっけ」


 確かに明らかに興味津々、私たちが話してるのをずっとちらちら見てたけど、誘ったのは私の方だったと思う。

 まあそんなことを主張しても特に意味はないだろうから、私は微笑みを向ける。


「でも聴いてもらって楽しかったから、やっぱりありがと」

「楽しい、ですか」


 こてん、と小首を傾げるその動作は、やっぱり可愛い。

 そういうことを言っているんだけど、きっと自覚はないんだろうなあ。


「うん。とっても楽しそうに聴いてくれるから、私まで楽しいんだよ」

「ユアさんのお話が面白いから、私も楽しいんですよ」

「んー、そんなこと言われたらずっとお話してたくなっちゃうなあ」

「そんなにお喋りしていたら、舌がくたくたになっちゃいますよ」


 正直セレムちゃんのためなら舌の二枚や三枚くたくたになっても全然問題ないけど、まあ、どのみちみんなもいるし蔑ろにしたくないから、しないけど。


「今度は東の方に行こうと思ってるんだ」

「東ですか?……それなら、魔法の街ですね」

「そうそう」


 太古に滅んだ超技術の都。

 敵が人間というそこそこ心配なところもあるけど、同時に楽しみも多い。超技術というのなら、なにかπちゃんが気に入りそうな面白そうな素材だって拾えるかもしれないし。結局西エリアではよく分からないものしか手に入らなかったからなあ。土産話は、まあそこそこあったかもしれないけど。


「また戻ってきたらお話し聴いてくれる?」

「もちろんです。ぜひ聴かせてください……あ、そうだ」


 少し待っててくださいね、と言うと、セレムちゃんはてててと小走りでカウンターの向こうに消える。そしてまたてててと戻ってくるその手には、なにやらバスケットが提げられていて。


「これ、面白いお話を聞かせてもらったお礼、みたいなものです」


 大したものでもないですけど。

 そんな恥じらいと共に差し出されたバスケットには、甘い小麦の香りがするクッキーが小山を築いていた。洒落た飾りはないけどなにか、こう、胸に来る素朴な可愛らしさがあって、控えめに言ってすごい好き。


「わ、これもらっていいの?」

「はい。練習で作ってみたんですけど、作りすぎてしまって。だからえっと、お礼と言うと、あれですけど……その、どうぞ」


 ぐい、とバスケットが寄せられる。

 はにかみセレムちゃんをしばらく堪能したいところだったけど、同じくらいセレムちゃんの手作りという言葉に惹かれてしまうから、焦らすことなくクッキーを一つ摘み上げて、ぱくり。


 全力で味わうために、目を閉じて。

 もくもく、こくり。


「……うん」

「っ」


 目を開けば、はらはらセレムちゃんがすごい可愛かったから、特に意識をした訳でもないけど、手が伸びていた。


「美味しいよ、ありがとう」


 なでなでしながら言えば、セレムちゃんは目に見えてほっとする。

 それからふと私の手を上目遣いに見上げて、苦笑する。


「もう、子供じゃないんですから」

「いや?」

「嫌というか、恥ずかしいですよ」


 言ってセレムちゃんは、私の手を退ける。

 ちょっと残念に思いながらも大人しく手を引っ込めて、クッキーをもうひとつぱくり。


「うん、ほんとに美味しい」

「よかったです。あ、皆さんもどうぞ」

「わー!ありがとー!」

「頂く」

「いただきますわ♪」

「では失礼して」


 セレムちゃんに促されて、みんなでぱくぱく。


「うまー!」

「ん。美味」

「まあまあですわね」

「これは美味しいですね」


 うん、どうやら好評らしい。

 なんか私も嬉しいや。


「え、あ、いいんっす?」


 そんな中、なにやらきらりんが戸惑っている。

 私とセレムちゃんの間で視線をいったりきたり、一体なにを勘違いしているのやら。


「もちろんです?」

「どうしたのきらりん」

「あう、いやー、あはは、なんでもないっす。いただきますっす」


 誤魔化すみたいにあはあは笑って、きらりんもクッキーを食べる。

 その途端「めっちゃ美味しいっす!」と目を輝かせるのを見るとどうやらそう深刻な感じではないようだけど、まったくきらりんはきらりんだなあ。


 なんて。


 しばらくカフェでセレムちゃんとのほほんとすごして、私達は英気を養ったのだった。


 さて、東へ行こう。


 ■


 《登場人物》

(ひいらぎ)(あや)

・セレムちゃん大好き二十三歳。みんなが近くにいる弊害だよなあと。でも別にセレムちゃんの好きをゲットしようとかそういう感じではない。ので、まあヒロインではないです。小麦粉の味がする素朴なクッキーが好きというなかなか共感してもらえない筆者の好みを受け継いでいる。


柳瀬(やなせ)(すず)

・西エリア探索中はもっぱらあやの感触を楽しんでいました二十三歳。スズが働く=強敵の図式が崩れるのはいつのことなのか。また一悶着ありそうなイメージ。クッキーはチョコチップが好き。でも基本なんでも美味しい美味しいと言って食べる。ただしジャムだけは許せねえ。


島田(しまだ)輝里(きらり)

・AWクソゲー疑惑を抱きつつある二十一歳。西エリアに関してはまあ仕方ないなあと。いや、西に限らず筆者の力不足感は否めないけれど、特に西はあやとご都合主義との相性がよすぎるんです。遺跡部分とか全然なにも触れられなかったようなものだし。クッキーはすっごいシンプルなクラッカーが好き。でもクラッカーってクッキーなのか?あやが手作りクッキーに露骨に目を輝かせていたので、自分も挑戦してみようと画策中。会社持ってっても渡せなさそう。


小野寺(おのでら)(あんず)

・次は魔法都市ということでちょっとわくわくしてる十九歳。でも本格的に差し迫ったデートの方がわくわく強すぎてもういっそむらむらしてる。未だに排卵日に性欲強くなる人はなるみたいです。まあ生物の進化ってそんな急速じゃないので。クッキーは好物。片手間に食べられてスナック菓子みたいにあんまり手が汚れないのが最高。その性質上一口で食べられるシンプルなやつが一番いいけど、今回は割とドンピシャ。その上美味いとか、持ち帰りたいくらいの気持ち。


沢口(さわぐち)ソフィア(そふぃあ)

・魔法撃つ機会が多くて嬉しそうな十一歳。毎回隙あらば巻き込んでやろうと警告ひとつもなくぶっぱなすけど一度も巻き込めないのが残念。唯一巻き込めそうなのは運び屋してるしね。クッキーはそもそも好きじゃない。他人の手作りとか。あやさんの手作りとなると別だけど。実はちょくちょくクッキーとか手作りしてデートのときにあやに食べさせたりしてる家庭的な側面もあるけど、でもどちらかというとそれは猟奇的な側面に挙げられる部分だと思う。どういうことかはまあ、詳しく描写する機会なんぞありませんけれど。


如月(きさらぎ)那月(なつき)

・剣も使える二十四歳。どういう剣術なんだよこいつ、筆者にも分かりません。あとSTRがもう少しあったら完全にリアルに届きそうな感じ。ちょうどリアルくらいになってから能力値を上げるか否か、そこら辺はπちゃんの手腕による。クッキーを食べるときに、自分の作るのと比べるのではなくそれそのものに対して評価できる至って普通な能力を持つ有能な使用人。もっとも基本なんでも美味しく食べられるタイプだけれど。なんでも。


流石にこれで二、三話使う訳にもいかないかなって。


……正直アンズデートが書きたい。いっちゃいっちゃらっゔらっゔしてほしい。人が沢山いるとなんかもう雑になるの……。


次回投稿は3/15(金)の予定です

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