43話:迷界編ひとまず終了
上から遠距離攻撃でばかすかやってたら瞬殺だった。
―――とは、まあ、あいにくといかないもので。
どうやら一度損壊すれば耐久力は著しく減衰するらしい、人ひとりが潜れるか否かという穴を更にこじ開けて殺到した魔法と矢、あとはまあちゃっかり乗っかったスターの攻撃が直撃した途端に、ノイズの球は激しく揺らいだ。
ビリビリと鼓膜を引き裂く音ならぬ絶叫を撒き散らして、身をよじるように。
同時に周囲で変化が起こる。
まるで最初に足元をぶち抜いたときのように、辺り全ての光景が揺らいで消失する。
現れたのは灰色の嵐が吹き荒ぶ平面と、いつか見た灰色の怪物たち。ゾンビのような汚泥のような身体は、千切れていたパーツすらもその場に残して、だけどのっぺりとした無機質なものへと。赤い光を放つ単眼に取り囲まれてえも言われない怖気に襲われつつ、見ればそこかしこにドロップアイテムのはずの赤い宝石が転がっているのが見て取れる。
それはまるでその場所から、『沼地』という要素を無理矢理にひっぺがしてしまったかのような変貌。
あの気持ち悪いモンスターたちはすべてこの灰色の怪物たちが演じていたとでもいうのだろうか、足元のモンスターの名前からすれば、それはあながち的外れでもないように思える。
この場所は劇場なのだ、ディスプレイに映る沼地という虚構に彩られた。
それが今、本体への攻撃によって終幕した。
となれば演者たちには早々に退場してもらいたいところだけど、どうやらこの怪物たちは随分とサービス精神が旺盛らしい、むしろ脆い身体を演じなくてもよくなったことによってより勢いを増して、観客である私たちに群がって―――
「へっ?」
がくん、と足場が落ちる。
急な動きに首がこりっといったけど、それでもなんと周囲を見渡せば、どうやら隣合うディスプレイどうしの接合が消失しているらしい、そのものにかかる重力とその上に乗る存在の質量とによって、至るところでバラバラに、床が陥没したり隙間が開いたりしていた。
並ぶディスプレイによって作り上げられていた正方形の箱がみるみる崩壊してゆく様は、なんだろう、ちょっとアトラクションじみてて面白いなあとか思った。
……なんて余裕ぶっこいてるのがいけなかったんだろうか。
不意に、領域が消失した。
みんなが乗っている分重いからだろうか、私たちが足場にしていたディスプレイがぐぐんと落ちてゆくせいで、平面を維持できなくなって消えたのだと理解が及ぶのに少しかかって。
そして、頼りになる守護者たちもまた消滅するということに思い至るのに、もう少し。
……え。
「えーっと……これ、ピンチ?」
「私がいる限りユア姫にピンチなど訪れないのだー!」
「いやそういうのいいから」
「なんでー!?」
「余裕っすねリーン……」
わーぎゃー騒ぐスズはさておき、なんやかんや防衛能力は優秀な守護者たちが全部消えてしまったというのはかなりきつい。ぎりぎりの運用をしてたからMP回復を待たなきゃいけないし、ともすれば手数が足りなくて呑まれかねない……と思ったら。
まあ、うん。
どうやら怪物たちの知能はそこまででもないらしい、段差や隙間に阻まれてその進行はほぼ皆無だった。支えがない割には緩やかに落ちてゆくディスプレイの上、下手に動けば水平など簡単に失われる状態で無秩序に動くなど、考えてみれば確かに無謀だ。
私のはらはらを返してほしい。
なんならドロップアイテムの赤い石と一緒になって落ちていくのも数体……って、え?
「吸い込まれてる……?」
どうやら怪物がいるのは私たちがいる平面だけじゃなかったらしい、重力がどうにかなっているのか、箱の八方から中心に向けて落ちてゆく怪物たちは、そして依然としてボコボコに攻撃を叩き込まれながら絶叫を撒き散らすノイズの球に飲まれて消える。
「合体っすね!」
「……!つまり巨人かー!」
「きょじんですわ?」
「今度こそでしょうか」
いやなんでそんなみんな乗り気なの。
仮に合体するんだったら是非ともその前に仕留めてほしいところなんだけど。
でもあのノイズ球、アンズとナツキさんと、今はMP回復待ちなソフィの攻撃をさっきからこれでもかとくらいまくってるのに全然やっつけられる気配がないのはどういうことなんだろう……って、ああ、考えてみればそもそも、レベル差があるからそう簡単にやっつけられる方がおかしいのか。なんだろう、感覚が麻痺しているというか、普通に考えたら雑魚の時点でレベル13のところに挑むにはスズ以外みんなレベル足りてないはずなんだけど、そんな意識はまったくなかった。
というか、結局相手のレベルは幾つなんだろう。
色々見るところがありすぎてそこまで見れてないけど、ここらでひとつ見透かさせてもらうとしようかな……ってうわ全然見えな……い……?
『ディスプレイスシアター』
LV:22
耐性:無し
【解析不能】
……いやうん、22かあ……こう、十の位が変わると途端にすごい増えた感を覚えるのは私だけじゃないと思う。いや実際、プレイヤー的に言えば能力値だけで220ポイントあるってことだよねこれ。なんか、そう考えるとこう……えぇ……。
ま、まあ亀だって倒せたし、さっき最怖さん倒したばっかりだし、耐性まで見えるってことはそれと比べたらかなり楽な相手だろう、多分。というかレベル22ですら耐性まで見えるのに名前しか分からなかった最怖さんと亀は一体なんレベルなんだろう……それをスズ以外レベル一桁で倒せるとかゲームバランス息してなくない……?
なんてことは、置いておこう。
考えたところで無駄だし。
だからとりあえずみんなと共有だけしておいて、少し考える。
少なくとも相手はレベル的にかなり格上、とすれば未だ健在なのも納得いくところ。反撃の気配もないし、アンズの杖にはまだ魔力的余裕がありそうだから、とりあえず現状はこれを維持する感じで問題ないだろう。
そこまではいい。
望み薄かもしれないけどこのまま反撃なく終わってほしいなあと、今はひとまずそう思っておくくらいしか私にできることはない。
ただ、一つ気になる。
これ、この流れというか、このままいったらどう考えても足場ごとあのノイズに呑まれることになるんだけど、どうなんだろう。
劇場が解体されたおかげで、なんか周囲はよく分からない……なんだろう、歪んだ宇宙みたいなほんとよく分からない景色になっていて、足場のようなものはどこにもない。逃げ場なんてものはだから他のディスプレイの上くらいなんだけど、それも結局は呑まれること間違いなしで、とするとこうなった時点で私たちは呑まれることが半ば確定しているという。まさかランク1とかいう初級編としか思えないレベルで呑まれたら即死みたいな悪辣なことはしてこない……と思いたいんだけど、ミラさん曰く事故というものは起こり得るらしいし、少しばかり不安がある。
「これ、このままいったら私たちも呑まれるよね?」
そんな私の言葉に、返ってきた表情の中に同じような危機感は見当たらない。
「足場が組み合わさってバトルフィールドになるに違いないっす!」
「そうだよユア姫っ!」
ああなるほどそういう考え方もあるのか。
というかまあ、巨人と戦うつもりなんだからそりゃあは戦場は必要だよなあと。
「そのまえにやきつくせばいいのですわ♪」
ソフィは若干乱暴な考え方。
避けるという動作のない的に一方的に火炎をぶち込むのが多分楽しいんだろう。
「恐らく呑まれたとしても、それで終わりということはないでしょう。本体を見つけて攻撃した結果がそれでは、あまりの理不尽というものです。ゲームなのですから、ノーヒントでということは少ないかと」
「確かに」
一番これが分かりやすい。
というか、ナツキさんが言うとそれだけで説得力を感じるから不思議だ。
そしてアンズは、休むことなく適度に魔法を放ちながら、そっと裾を掴んでくれる。
言葉にするまでもなくその視線から意図が伝わってきて、不安みたいなものはもう影も形もない。
なんにせよみんなと一緒なら大丈夫そうだなあと。
思いつつ。
落ちて、落ちて。
そして、スズやきらりんの予想とは裏腹に。
「さて」
「し、沈むパターンだったっす」
「巨人はー!?」
「……ユア姫」
「むねんですわね」
「これで全滅したら笑えますね」
「え」
いやそんなこの期に及んでそれは酷いと思う―――
■
視界が晴れ……いや、晴れたというか、まあ、見通しが効くようになったから晴れたのと同じかな?ともかくノイズに呑まれた私たちは、その内部、外から見た大きさの何倍もありそうな空間にいた。ノイズに包まれていて、それなのに視界はそこそこあるという謎空間だ。遠近の感覚が容易く狂う、白より見にくい不思議なところ。
不思議なのは景色だけじゃなくて、なんだろう、すごい泳ぎやすい海みたいな感じで、重力が薄いというかふわふわと……まあうん、不思議な感じ。いつの間にか足場がなくなってるけど、落ちていくみたいなことはない、というかそもそもどこに落ちるのか分からない。
そんな中。
「なんかちょっと思ってたのと違うっす」
そんなきらりんに倣って辺りを見回せば、まあ、確かにそりゃあ思ったのと違うだろうという面白い光景だった。
合体とか巨人とか、そういうものの片鱗すら感じられない。
「いっそ和やかだね」
「あはは!めっちゃ泳いでるー!」
「撃ち放題」
「遠近が少し掴みづらいですね」
「きょじん……」
なんてことを言いながら、この不思議空間でふよふよともがくみたいに泳いでいる怪物たちを眺める。どうやらこっちに意識を向けてはいるようだけど、致命的に泳ぐのが下手で全然これないらしい。
……まあ、向かってこないならスルーでいいかな。
そんなのより、明らかに明らかなのがいる……ある?訳だし。
「とりあえずまあ、あれだよね」
視線の先、ノイズの球。
私たちを呑んだそれよりは、むしろディスプレイの方に近い。球形のディスプレイにノイズが映っている。半径は……多分近くの怪物と比べると人ひとり分くらいだろう、そこそこの大きさだ。
辺りを見回しても、他に同じものは見当たらない。
観察の目で見れば、それは変わらず同じ名前を示す。
とくればまあ、誰でもそれが核的なものだと思うだろう。
「……よし、じゃあまた一斉攻撃ということで」
「よっしゃー!」
「あ、ちょ待つっす!」
ああ、今回は場所が特殊だから近接もいけるんだ。
下手に近づいてなにかアクションが起こらないか少し不安だけど……うん、どうやら特にないっぽい。
道を邪魔する怪物たちを蹴散らかして、喜び勇んで攻撃を仕掛けようとするスズをきらりんがなだめて、有効圏内に。それからしばらくMP回復。平面がないから私はスターくらいでしか援助できないのがもどかしいけど、まあみんなのMPが十分にあればそれだけで多分事足りる……足りてほしい。外でずっとやってた攻撃は果たしてこの真の本体的なやつにも影響を与えているんだろうか、仮にそうなら余裕もありそうなんだけど。
そんなこんなを考えている間にMP回復も終わる。
いきますわ、と意気込んで、ソフィはそっと詠う。
「『わがいのりははげしきほのお。あつくもえさかるたましいを、すべてをこがすかえんにかえて、わがまえのてきをやきつくす』、『やきこがすかえん』」
ほんの一拍の間、それでもみんなにとって合わせることはそう難しいことでもない。
刹那吹き荒れる炎に続くように、殺到する光槍と銀閃。
それに合わせて振るわれる大剣と拳は、そしてノイズに直撃―――
―――バギィッ!
「え」
「あれっ?」
「まじっす?」
「予想外」
「もろいですわね」
「……終わりのようですね」
ナツキさんの言う通り、球体がいとも容易く砕けて炎に呑まれてしまったその瞬間から、世界は歪んで私たちは光に包まれる。
反撃がないといいなあと思ってはいたけど、本当になんの反撃もないとそれはそれで拍子抜けというか、え、あれ、ほんとに終わり……?
『やあやあ、やはり君達は私の想像よりも遥かに優秀らしいね。かなり骨が折れるだろうという難易度を選んでみたのだけれど、まさかこんな短時間で終わってしまうとは』
「あー、うん、なんだろう、すごい拍子抜けを味わったよ」
光、浮遊感、ミラさん。
例によって例のごとくの流れで対面した彼女に、かくかくしかじかと相談してみる。
『……君はどこまで……』
なんだろう、すごい呆れたような視線を向けられている。
……いや、呆れだけじゃなくて、少し羨ましがるみたいな?
私がなんとなくそれを感じていることに気がついたようで、ミラさんは一つふるふる首を振ると、なかったことみたいにまた微笑む。
『まあ君達が拍子抜けと言うのも分からないではないけれど、なんだろうなあ、君達は運が良いのか悪いのか、この程度の難易度でアレと遭遇することを果たしてどちらと呼べばいいのか私には皆目見当もつかないけれど、少なくともひとつ言えることは、アレの真に恐ろしきを君達はまだ知らないということさ』
確かにまあ、ランク1相当の私たちが戦うにしては規模の大きい相手だなあと思っていたけれど、あれでどうやら弱体化していたらしい。もっと難易度の高いところにいけば、レベル以外のところも強化されたやつと遭遇するのかもしれない。
『とはいえ、アレの基本的な性質を掴めたという点は君達にとって大きな利益となるんじゃないかな。初見でアレと遭遇することほど、恐ろしいことはそう無いと思うよ』
「そんなものですか」
『そんなものさ。力の片鱗だろうとも、見たことがあるというのはとても大きい』
……なんというか、そこまで言われると恐ろしくなってくるから困る。
一体本気を出したらどんなことになるのか、ちょっと考えたくない。
さておき。
『それはさておき君達。その点に関しては不運なことに、未だに消化不良のようじゃないか。とすればもちろん次なる迷界に挑むということで構わないかな?聞く限りは恐らく、相手が特殊なものでないのならばこれくらいの難易度で特に問題がなさそうだけれど、どうだろう?』
うん、やっぱりぐいぐいくる。
時間的にはどうだろう、やるとしたらあと二つ……長引けば一つくらいで夜ご飯に一旦解散といったところかなあといった感じだろうか。
だからまあ、少なくとももう一回分くらいはいいかなと思わなくもない。
私はそうだけどみんなはどうだろうと視線を向けると……おっと、思いのほか否定的。
「探索を今日中に終わらせたいから、残りの依頼に専念すべき」
「そうっすね」
うんうんと頷くきらりんが、少し意外に思える。
「きらりんならもっとやりたいって言うと思ってた」
「ぶっちゃけあんまピンとこなかったっす!」
「ぶっちゃけたね……」
そんな勢いよく言わなくても。
ミラさんなんかすごい悲しそうにして『君達の引きがおかしいんじゃないか……』とかぽしょぽしょ言ってるし。
まあ、ともあれ。
もう一人どうかなあと思ってたスズも特に否定的な意見はないらしくて、そんなこんなでなんのかんのと言い訳みたいにミラさんに言葉を重ねて、必ずまたやってくるという確約を取り付けて、私たちは街を後にすることになった。そもそも来ようとして来れないと言っていたのはミラさんなのにそれでいいんだろうかと思ったけど、まあそこはなんとかなると信じよう。
……あれ、でもこれどうやって出るんだろう。
少し悩んだけど、考えてみればそこは白の街、試しにそこに出口があるつもりで見てみたら出口が現れてくれた。便利なのか面倒なのかよく分からないシステムだ。
『ではまた会えることを楽しみに待っているとしよう。恐らくだけれど、君達なら―――君なら、特に苦もなくここにやってくることが出来そうだしね』
「頑張ります」
一体なにを根拠に言っているのやら、でもなんだかミラさんが言うとそんな気がしてきて、私は素直に頷いた。
そして私たちは、街を後にする。
■
《登場人物》
『柊綾』
・迷界を本来の形で楽しめないのは大体こいつが理由な二十三歳。運がいいのやら悪いのやら。すごい楽観視してるけど本来街は、ほんとに来るのが大変なところ。いくつかやりようはあるけど、まあストーリー上必要なときはしれっと来れます多分。
『柳瀬鈴』
・待てができない犬みたいな二十三歳。明らかにこれを殴れ!というものがあったらとりあえず殴りたいタイプ。『押すな!』と書いてあるスイッチとか凄い押す。ちょっとの間あやを抱っこできていなかったから、戻ったらすぐ抱っこした。だからミラさんはいつも通りに横向きスタイル。
『島田輝里』
・迷界に対するわくわく<東エリアな二十一歳。もっと冒険要素あると思ってたら全然そんなことなくてがっかり。でもそれあやのせいだから……ほんとは普通にマップ探索したりアイテムゲットしたりする感じのやつもあるから!
『小野寺杏』
・闇槍の使いどころがいまいちなくて密かに不満な十九歳。もっと分かりやすい相手と戦いたい。探索に関しては、これまでの流れに従いたいというだけで実は割と迷界好きだったりする。……いやあれが……?そんな馬鹿な。
『沢口ソフィア』
・強敵よりなにより炎で焼き尽くせればそれでハッピーな十一歳。無抵抗なのが一番好み。抵抗を捩じ伏せるのも嫌いではないけどやっぱり全部が自分の思うままという方が好き。なんの話かって?やだなあゲームの話ですよええ。魔法で一掃するのが楽しいって話ですよ多分。
『如月那月』
・迷界だろうとなんだろうととりあえずそろそろ矢が尽きそうな二十四歳。罠から調達するかいっそきらりんから剣でも借りようか少し悩んでいる(筆者が)。ナツキさんの近接技能は、なんというか戦士とか剣士より暗殺者寄りなことになるからなあ。対人型だし。どうしてそんな技能があるのかは深く考えてはいけない。
一応予定通りの戦闘……多分。
迷界は終わるが西エリアが終わるとは言っていない……!




