42話:なんかすごい雑味がぁ……
ぐぬぬ、なんかこう、なんなんでしょうね。
書いてて違和感がひしひしと……。
湿地帯、というか沼だろうか。それも雄大な自然を感じさせる類のものでもない。
足元はぬかるんで、悪臭を含んだ空気は澱んでいる。苔むした石とへばりつく草はなんとも毒々しい紫色で、なんなら灰色の雲が空まで覆っている。
なんだろう、ここに立っているだけで毒に侵されそうなくらいには、悲惨な光景だった。
「むぅ……臭い……」
「急に雰囲気変わりすぎっすよこれ……」
「次元が違うらしいからね」
「期待」
「あまりながいはしたくありませんわ」
「同意します」
まあ果たしてそれが叶うかどうかというのは未知数だけど、私もそれには同意だ。
景観的にも匂い的にも足場的にも、長居したい場所じゃあない。
とすれば早いところ探索をして核を探したいし、とりあえず歩き出してみよう―――
と。
そんなことを思ったとき。
ずぶっ。
「うわ」
ばぢゅっ。
どぢゃ。
「……うわぁ」
沼から生えた人っぽい腕が、魔力弾に撃ち抜かれて千切れ飛んで沼に落ちる。
そんな光景を見させられたら、そりゃあうわぁ以外言えないと思う。流石はアンズ、処理が早い。
なんて思ってると。
ずぼっ。
ぞぶっ。
ざゃぶっ。
ぐばっ。
「う、わぁ……」
至る所から生えてくる、色々なパーツ。
それは例えば腕だったり足だったり頭だったり身体全身だったりと千差万別だし、その上人のものだけですらない。毛むくじゃらだったり妙につるりとしていたり鱗に覆われていたり骨が覗いていたり、というかなんかよく見れば魚みたいなのが跳んでるし……共通するのはそれが全部泥だらけということくらいで、本当に訳が分からない。
……分からないけどまあ、うん、ここからの展開はすごいよく分かった。
「『わがいのりは―――」
「『フォースアロー』」
「■■■」
「とりあえず特攻っす!」
早速攻撃を始めるみんな。
矢と魔法が殺到、更に悪い足場をものともしないで付近を駆け回るきらりんの鞭が閃いて地面から生えてきた泥だらけのモンスター達はみんなばらばらのぐちゃぐちゃに……ぐろいなぁ……って、いやでもこれ、違う……?
確かに簡単に千切れたり貫かれたりしてるけど、落ちた肉が全然消えないし、それに動きが止まってない。その上当然のようにまだ増えてるところを見ると……なるほど、つまりこれは、非常事態だ。
「リーン」
「むぅ」
「■■、……ユア姫」
「いやでも、これは流石にやばいと思うんだけど」
「汚れる」
いや、それだけの理由で戦場に立つのを拒絶されたらたまったもんじゃないんだけど……。
「―――『やきこがすかえん』。そうですわおねえさま、ちゃあんとわたしがやきつくしますの♪」
なんて言いながらにこにこ火炎を撒き散らすソフィだけど、魔法の効果が過ぎた頃には、その表情は不満げなものとなっていた。
なにせ一体も倒せなかったのだ、それは悔しいだろう。
「……やっぱり危ないと思うなあ」
「むむぅ」
「やだ」
「やだって」
そんな力強く否定されても。
「単純に考えて、ユア姫が出た方が却って安全は増すと思いますが」
「でも姫だし……」
「なんならあなたがあしばになればいいんですの」
「それだー!」
「それな訳ないでしょ」
スズはほんとスズ……って、ナツキさんもちょっと目を輝かしてるしさぁほんともう……やれやれ。
仕方ない。
んー、よし、頑張って心を整えよう……よし。
キリッ、とキャラを作って、出来る限り冷めた目で、私はアンズを見る。
「……私の言うことが聞けないの?」
「っ……かしこまりました」
……そこで顔を赤らめるのはどうかと思う。
いや、うん、まあ、いいや。
「リーン」
「ううぅぅ……」
むぐぐぐと葛藤しながらも、スズは私を沼地に下ろす。
ぬまぁ、と足が埋まって、危うくバランスを崩しそうになるのをアンズが支えてくれた。
「ありがと」
「ん」
よしよしと頭を撫でつつ、なぜか仲間を説得するという手間を経て、私は戦場に立つ。案外足に不快感がないのはゲームだからかそれとも装備のおかげか、ともあれ降り立った以上は働きたい。
魔法は止まないし矢も途絶えない、きらりんも駆け回ってる。だけど未だに立ち昇るポリゴンは皆無。問題は際限なく増えるこのモンスター密度、ともすれば飲み込まれかねないこの状況に必要なのは……まあ、速さよりは時間かな。
という訳で、魔法行使。
維持できる最大より少しゆとりを持って排斥力場、紫色の魔球と霊戦士を召喚して、時間稼ぎの体勢を整える。
「とりあえず……そうだな、よし、『蹴散らして』」
「―――!」
「了解」
「ぃよっしゃー!」
「かしこまりました」
「―――りょうかいしましたわ♡『やきこがすかえん』♪」
いや、スズは領域から出てくなら意味ないから……まあいいや、士気は上がったみたいだし。なんにせよスズと霊戦士が加わったからそう簡単に飲まれることはなくなっただろうと、とりあえず手近な人型モンスターを観察する。
……意外と遅いけど、死なないおかげで皮肉にも割と簡単に判明した。
『ボッグウォーカー』
LV:14
耐性:無し
弱点:無し
これはまた、なんの得にもならないというかなんというか。名前からヒントが得られないかと期待してたんだけど、ボッグとか聞いたことないや。沼地とかなら、まあしっくりくるけど。
まあ強いて言えばてっきりゾンビ的な感じで光に弱いかもとか思ってたから、それは裏切られた感じだけど。
「あの人型特に弱点も耐性もないっぽい。多分他のもかな。あとなっち、ボッグってどういう意味か分かります?」
「ボッグですか?……ああ、そういえば沼という意味の単語にbogというものがあったはずですね」
「なるほど、じゃあただの沼地を歩く人ですか」
「……あれはボッグウォーカーというのですか?」
「そうですけど」
そうヒントみたいなものもないなあと残念に思う私とは裏腹に、ナツキさんの視線が僅かに鋭くなる。
「おかしいですね」
「え?」
「bogというのは、もっと柔らかくて沈み込むような沼地のことをいうのですよ」
「え」
そんな区別があるとか知らなかった。
いや、というかそれってなにげにやばい情報なんじゃないだろうか。沈むとか冗談じゃないんだけど。
不安が表情に出たんだろう、ナツキさんはふっと表情を和らげる。
「とはいえ、今現在その兆候が見られないということは、あまり意識して名前をつけた訳ではないのでしょう」
「ん。沈む気配はない」
「そっか」
まあ、それはそうか。沈むならもう沈んでる。少なくとも大剣を持ったスズがかなり足を取られながらとはいえ普通に歩き回れるんだから、そう簡単に沈むことはないだろう。
とはいえ一応気に留めておくくらいはしておこう。こんな状態でさらに足元まで駄目になったら戦線が瓦解しかねないし、せめて心構えくらいは。
そんなことを思いつつ、視線を転じて次々名前だけ確認してみるけど、どうも見た限りボス的なやつは見当たらない。というか魚型がボッグスイマーなくらいであとはみんなウォーカーだし、これはやっぱり雑魚の群れという感じなんだろう。雑魚にしてはさっきから数体しかポリゴンに散ってないけど、そこはレベル差とか性質とかそういうもののせいだと思う、明らかに死ににくそうな身体してるし。
とすると早急にボスなり核なりを見つけたいところなんだけど、こんな群れに囲まれてはさすがにそんな余裕も……いやうん、私自体はそんなにすることもないから余裕ありありなんだけど、この中にいないなら目も届かないし。
だからとりあえずは、この群れが収束するまでみんなに頑張ってもらうとしよう。
「『ゾフィ、焼き尽くして』」
「―――『やきこがすかえん』」
心なし火力の増した火炎が敵を焼く。
湿気った相手だからあまり効かないんじゃないかと思わないでもないけど、耐性がない以上はそうでもないんだろう。……というかむしろ逆に乾いてぱりぱりにでもなってくれてもいいのに、足元すら依然ぬまぬましてるのは割と解せない。兎は燃えるのに水は蒸発しないとかどういうことなんだか。
「『蹴散らして』」
指示を出しつつ、改めて見渡す。
紫戦士の働きもあって密度はまあそこそこ、なにより衝撃波で簡単にバラバラに飛び散るのがグロいけど有難い感じで、今現在立ち上がって向かってきているのは遠くのやつらと新参者だけ。それもすぐ魔法やら鞭やら大剣やらで叩きのめされて、古参の一部がポリゴンに消える。際限なくとも負ける気はしない感じ……いや、よく見るとちょくちょくスズが転びそうになってぶん殴られたりしてるけど、まあうん、すぐ反撃してるし多分大丈夫だろう。なんだかんだ、鎧がなくたって生存能力は頭抜けてるし。
まあスズはさておき。
負ける気はしないこの状況、人これを膠着状態と呼ぶ。とはいえ流石に無限に湧いてくるはずはない……と思いたいし、このまま続けていればいずれ特に問題なくモンスターは全滅しそうな空気ではある。
だからまあ、しばらくしたら、やっぱり現状私には命令ぐらいしかやることがなさそうだという結論に至ってしまう。いやうん、分かり切ってることなんだけど、もっとこう、ね。みんなが頑張ってくれるんだからもっと貢献したいなあと、そんなことを思う訳で。
手慰みという訳ではないけど、結局のところ私にできるのは命令と見ることくらいだから、自分への言い訳とばかりに観察の目で色々と眺める。
敵のレベルは多少ばらつきがあるけど平均すると概ね13くらい、予想通りみんな耐性も弱点もない。なにげに飛び散った腕とかも元の個体と同じ扱いになるらしいという無駄な知識を得て、今度は沼地に視線を向けてみる。モンスターを生み出すくらいだからよっぽど酷い沼地なんだろうと思ったんだけど、説明はこんなものだった。
『淀んだ沼地』
・淀んだ臭気を放つ汚れた沼地。沈みこんだが最後、二度と這い上がることはない。
案の定なんとも恐ろしげな沼地だった。はやく脱出しないとほんとどうにかなりそう。
と同時に、疑問。
沈み込んだが最後という文面が、ナツキさんの言葉に引っかかる。
実際今沈み込んでいない以上それは所詮設定上の話でしかなくてそう大した意味がある訳でもないと考えるのもまあ納得はいくんだけど、仮にそうじゃないならどうだろう。
仮に本当は沈むとして。
沈まないのはどうして?
……。
「なっち」
「どうしました」
「ちょっと一回でいいんだけど、足下を狙ってくれない?」
「……了解しました」
す、と目を細めて、ナツキさんは弓を構える。
アンズも気になったらしい、ちらっと視線をナツキさんに向けて。
「『フォースアロー』」
そして放たれた銀閃は、いとも容易く受け止められた。
沼地に。
表面は普通にものともしないで潜れたのに、ある深さで、それはきっと私たちが足場にしているくらいの深さで、くぐもった硬質な音を響かせて。
「これは……」
ナツキさんは突き立てられて傾いてゆく矢を引っ掴んで引っ張りあげて、私に視線を向けてくる。
「突き刺さった感じはしません。恐らく、弾かれました」
弾かれた。
沼地に矢が。
普通に考えて、そんなことがある訳もなくて。
「……本当。地面じゃない」
杖でぐいぐいつつくアンズもまた肯定する。
沼地の下が地面じゃないとか、そんなの普通な訳がない。
まあ、システム的な措置と言われればそうかもしれないんだけど、でもここまでやってきてそんな興ざめなことをするだろうか。別に表面はぬまぬましてるけど根元の地面はしっかりしてるくらいの設定で問題ないはずなのにわざわざこんなことをしているときて、なにか理由が欲しいと思うのは当然だと思う。
「……『アンズ、抜いてみて』」
「御意。■■■■」
私の心のまま、即座に叩き込まれる魔法の連撃。
そこまで本気でやるとは思ってなくてちょっとびびったけど、どうやらそれは私の命令を果たすに十分な攻撃だったらしい。
――――――ッ!
なんともいえない不可解な、音を飲み込んで無音を作り出すような音圧が溢れる。
それに顔を顰める間もなく、私はそれを見た。
さっきまで足を浸していた泥沼は、まるでそれが夢か幻かだったように消え去って。
その向こうに現れたのは、砂嵐のようなノイズに満たされた床。
攻撃の跡、砕けて空いた穴の周囲、私の領域よりも狭い正方形の範囲に生まれた異質。
それはまるで、壊れたディスプレイのような。
見ればその異質と沼の境目は奇妙な冗談みたいにはっきりくっきりと分かたれていて、沼の断面が、地表に現れた断層みたいにありありと分かる。
「だいじょうおー!?」
「なにごとっすこれ!?」
音を聞きつけて戻ってきたらしい二人が揃って驚愕を見せるけど、私たちにも分かる訳がない。
いや、ずっと発動したままの観察の目が、ひとまずその足場の名前だけは教えてくれた。
『ディスプレイスシアター』
L―――
まさかのモンスターという。
流れからしてこれが沼地とかを作ってるってことでいいんだろうか。ということはこれを破壊し尽くせば攻略……いやなんか空いた穴の向こうから光出てる……?
「『守護者たち、守って』」
「―――!」
紫戦士と魔球に一旦任せて、なんだなんだと覗き込む。
……。
「……あからさまだ」
真っ白な空間、八方囲むディスプレイ同士の境目が格子状に見えるその中央。
なんというか、あれが核じゃなかったら他になにもないというくらいあからさまに、それはあった。
ノイズ。
ノイズの、球体。
……まあ、安全地帯は確保してるから、ここから遠距離で潰そう。
「という訳で遠距離部隊構えー」
「ん」
「『わがいのりは―――」
「少しばかり申し訳ない気分ですね」
とりあえず勝てばいいということで一つ。
まあ核的なものだし、そう恐ろしいことにはならないだろう多分。
■
《登場人物》
『柊綾』
・フラグを建てるな貴様ァ!な二十三歳。大体五千字を目安にしてて無理矢理ぶっちぎったからこんなことになったんや。なお回収は確定している模様。ただ、あんまり迷界編長引くのもなあと思うので、VSコアは大幅にカットされる可能性もあります。……これ登場人物紹介じゃないな(今更)
『柳瀬鈴』
・沈むかもしれないからと鎧を着ないで駆け回る二十三歳。やつらSTR高めだから実は足取られでもしたら普通に死ぬ可能性もあったが、密かにアンズのフォローが入っていたりするから無事生き延びた。大剣で泥みたいなモンスターぶちかますのは中々爽快感ありそうだが、足場ゆえに無双ゲーという程にハッスルはできなかった。スズの良さってプレイヤースキルじゃないから仕方ないね。
『島田輝里』
・なんで沼地を余裕で走れるのかちょっとよく分からない二十一歳。どういうことなんだろうほんと。多分あれですよ、沈む前に足を出せば水の上を走れるみたいなことです。沼だから水より沈みにくいね!……まあ、とりあえず沼にしてはすごい走れてるね、くらいの感じでひとつ。
『小野寺杏』
・ゾンビ的なモンスター相手に闇呪属性放つのがなんか凄い気に食わない十九歳。回復とかしないかとちょっと警戒してた。あやに高圧的な物言いをされるとときめくのはもはや決まり切った定め、明日はああいうのもいいかもしれないとか密かに思ってる。
『沢口ソフィア』
・にこやかにゾンビ焼く十一歳。まあ今更ですね。あと当然のように人を足場にすればいいとか言う辺り鬼畜の気配がする。まあ今更ですね。あやは沼地に降りたけどこいつだけはずっとナツキさんにおんぶされてました。まあ小さいし仕方ないね。なおアンズ。
『如月那月』
・なんで英語能力高めな描写をしてしまったのかと若干後悔が残る二十四歳。データベース的な役割でもやらせようかとか思ったけど考えてみればナツキさん普通に知識の使い方上手そうだしそんなことしたら僕にはちょっと書けませんねこれ。自分より頭いいキャラは書けないの法則で言えばスズ辺りで危ういのでは……?まああれです、ナツキさんってちょっと抜けてるとこありますから(目逸らし
リアルいちゃいちゃ書きたい……。
微に入り細を穿つ罵詈雑言待ってます。
次回は3/11(月)投稿予定です、とか試みに書いてみます。




