40話:はじめてのめいかい
解放感!と思ったらそんなことなかったです。すみません。
とりあえず今度こそ一段落しましたので、定期更新を再開します。
ただ、非常に申し訳ないことではありますが、諸々の私情を考慮しまして今後は隔日更新とさせていただきます。
唯一の取り柄とすら言える毎日更新が完全になくなってしまうこととなりますが、それでもよろしければどうぞ今後ともよろしくお願いいたします。
視界が晴れる……いや、ほんとは目が眩んで見晴らす訳にはいかなかったけど。
次いで温度がやってきて、それが日差しだと気がついた。
それから頬を撫でて鼻孔をくすぐる青いそよ風に、そこが草原であることを理解する。
確かに、しばたく目に映るのは空色と若草色だった。どうやら目がぼやけているせいではないらしい、波打つように歪む地平線が徐々に確かな輪郭を持ってゆく。
そしてはっきりと見えた景色は……えっと、なんだろう、まあ正直目が眩んでるときでも分かってはいたんだけど、すごい殺風景。
「おおおおー!!」
と、そのあまりの殺風景さがむしろ感動に値するらしいスズの歓声。
きらりんあたりはワクワクしてしきりにきょろきょろしているようだけど、他のみんなはざっと辺りを見回したくらいで困惑や失望のようなものを感じたらしい、顔を見合わせている。
まあうん、なにせ草原だ。
草原しかない。
風に吹かれて飛ぶカーテンみたいにぐねぐね波打った不思議な地形ではあるけど、それだけ。正真正銘見渡す限りの草原。どこかにあるという核はおろか、私たち以外のなにかがその気配すらも見当たらない。
「―――で、なに?」
そんな景色の中ではさすがにスズもテンションを維持し続けられる訳ではないらしい、はしゃいでたと思ったら唐突に首を傾げるけど、もちろん答えられる人はいない。
「……と、とりあえず歩き回ってみるっす」
「まあ、そうだね」
あまりにもなにもないけど、当然ながらなにもない訳もないので、とりあえずあてどなく歩き回ってみることにする。あまりにも殺風景過ぎて逆に唐突な襲撃とかがあるかもしれないと一応みんなで私を守るように密集しながらだ。その陣形に関しては、多分私よりよっぽど守るべきはずのソフィもノリノリだからもはやなにも言えない。考えてみれば壁役のスズが中心にいるとか絶対おかしいと思うんだけど、つっこみ一つもないんだからどうしようもないのだ。
そんな訳で、てくてく……いや、草を踏んでいるからさくさくだろうか。まあなんにせよ、歩き回る。
歩き回っても、やっぱりなにもない。
澄み渡る青空とうねりうねった地面。
ただその地面はまたなんとも不思議なもので、どれだけ歩いても足元はいつも平地になるように、そうとは気づかないほどに、ただ背景が流れてゆくだけみたいに動いている。それともそう見えているだけなのかもしれないけど、どちらにせよ、気がついてみると違和感に付きまとわれてしまって、どうしようもない。落ち着かない。
他になにか集中できることでもあればいいんだけど、当然のようにそんなものはどこにもなくて。観察の目に映るのも、なんの変哲もない雑草ばかりだし。
しばらくして、立ち止まる。
あまりにもなにもなさすぎて、なにか間違っているんじゃないかと思えてきたのだ。
こう、歩くんじゃなくてなにか方法があるような、そんな気がしてならない。
それを少し話し合ったり試したりしてみるんだけど、答えはでない。
例えば白い街がそうだったみたいに見ようとすればあるのかと試してみたけど、特に意味もなかったし。例えば地面や空を攻撃してみても、なんの反応もなかったし。
結局これは、なんだろう、どうすればいいんだろう。
ミラさんは見れば分かるだなんて言っていたけど、そもそも見るものすらないんじゃあもうお手上げだ。
ううむ。
「むー……む、むー……」
座って話しこんでいるのがまずいんだろうか、考えるふりをしてこっくりこっくり船を漕ぐスズに、だけど注意の声はかからない。まあうん、これは仕方ないと、みんな思ってるから。
「訳わかんないっすねぇ」
「せめてモンスターの一匹や二匹出てほしいところだよね」
「ぴくにっくにはむいていそうですわね」
皮肉めかしてソフィが言う通り、気候にしろ景色にしろなかなか心地はいいんだよねここ。この若草の絨毯もちくちくとかしないで座りやすいし。お弁当でもあればいっそのこと全部諦めて気持ちを切り替えられそうなんだけど。
なんて。
そんなこんなしているうちに、時間切れ。
なんだかんだ二十分くらいだろうか、多分三十分は経っていないと思うんだけど、不意に私たちは光に包まれた。
視界が白に満ちて、浮遊感。
ここにやってくるときと同じような感覚に包まれて、そして気がつけば黒。
目前には、相変わらず横ざまに浮かぶミラさんがいて、私たちを見てにこりと笑う。
『やあ、遅かったとはいえ、ちゃんと戻ってこられたようだね。……もっともその顔を見るとあまりお眼鏡には適わなかったようだけれど。なにかあったのかい?』
「えっと」
なにかあったというか、むしろなにもなかったというか。
『なるほどね』
そんなこんなをミラさんに伝えるとミラさんは得心がいったように頷いて、それから苦笑する。
『なんというか、君たちは運が悪い……いや、それとも運が良かったのかな。どちらにせよ安心してほしい、それは例外さ。まさか初回から引き当てるとは思いもしなかったけれど、さすがと言うべきかなんと言うべきか』
流石って、別になにか特別なことを見せた記憶はないんだけど。そんな困った顔をされても、私としてはどうしようもない。
私の困惑を見てとったミラさんは『いや、こっちの話だよ』なんて言って、それからさっきのなにもない草原について教えてくれる。
『あそこはね、なんというか、面白い場所なのさ。君たちはなにもないと言ったけれど、もちろん他の迷界がそうであるように核もある。具体的なことは、まあその時々によってまちまちだけれど、そうだね、もし今度同じような迷界と遭遇したときは、足元をよく見てみるといいよ』
「足元?」
『君たちが今そのときどこにいるのか……それを見失うということは、つまり世界を見失うことと同義でもあるのさ』
相も変わらずよく分からないけど、まあ、つまり足元注意ということで……いやうん、今度また、その例外とやらに遭遇したとき思い出せるようにしておいた方がいいかな。
『そんなことより君たち、その一回で迷界を面白くないだなんて思ってほしくはないんだけれど、続けてまた旅立つつもりはあるかい?さすがに二度続けてもアレと遭遇することはないはずだから、今度こそ普通の迷界を楽しめると思うんだけれど』
はらはらした様子のミラさんに、敢えて拒絶を突きつける意味も特にない。
どのくらいここにいるかは決めていないけど、少なくとも今すぐ終わりにするつもりはないし。
そんな訳で、リトライ。
明転、浮遊感、そして視界が晴れ……たけど、晴れない。
飛び散った光の残渣に照らされたそこは、なにせ日の届かない洞窟だったから。
洞窟。
道というか通路と呼べるものはあるけど整備なんかはもってのほかな、自然的な気配を感じる岩の洞窟。とりあえずスターを呼び出して視界を確保してみれば、まあ、うん、洞窟だなあといった感じ。私の知る中では鍾乳洞とかそんな感じだろうか、なんとなく水っぽいというか、なんというか。でも刺々しい岩とかもないから、確かなところはよく分からない。
まあ、そんなところで確信を抱く必要もないだろう。
少なくともスズときらりんのテンションが著しく上がるような光景ではあるようで、私としても今度こそはと―――
「っ」
「『フォースアロー』」
「■……ん。新しい魔法覚えた」
「え、あ、うん、おめでとう」
ちょうどその一撃がきっかけとなったらしい、分かりやすく頭を寄せてくるアンズの望みを叶えつつ、思う。
悲惨だ。
不意に壁から生えるみたいに現れたモンスターは、そのこれまでにない異質な登場シーンからすると拍子抜けするくらい呆気なく、赤い石のようなドロップアイテムに代わった。その全容を晒す間もなかったけど、視界の端に『不明系モンスター』とやらの討伐をカウントするポップアップが現れていたから、多分そういうことなんだろう。
まったくもって哀れすぎる。
「え?なになに?どしたの?」
「瞬殺すぎっすよ……」
スズに至っては気づいてすらいないとはいえ、確かにナツキさんとアンズの速さは驚異的だ。特にナツキさんなんて弓を構えて矢を番えて射つという行程が必要になる訳で、にも関わらず腕を振れば攻撃になるきらりんに速さで勝てるとか意味が分からない。発見の速さがどうのとかいう次元の話ではないんだろう、流石はスーパー使用人さん。
感心していると、ソフィがぷくっと頬を膨らませる。
「ソフィのでばんはまたないみたいですわね」
「あー……じゃあ次は観察の目で見てから倒そっか」
「おねえさまからのほどこしならよろこんでいただきますわ♡」
その発言は少し危うい。
というか私としては、今度はソフィも魔法を使えるという点に喜んでほしかったんだけど……うんまあ、いいや。喜んでるみたいだし。
さておき。
みんなに視線を向けると当然のように了承が返ってきたから、石を拾って次なるモンスターを目指して適当に進んでみる。その石は『名もなき残滓』というすごそうな気配のするアイテムだったけど、説明を読んでもすごい曖昧なことしか書いてなかったからとりあえずπちゃん案件ということでスルー。
それよりも、さらっと流してしまったけど、アンズの新魔法とやらには興味があるから、聞いてみる。
「光は槍と、なんか範囲攻撃だっけ」
「ん」
「槍しか使ってないっすよね」
「無駄」
きらりんの指摘に、哀れな範囲魔法……名前も知らないそれはばっさりと切り捨てられてしまった。まあうん、アンズのプレイスタイルからしたら仕方ないんだろうけど。
「闇はどんなのだった?」
「……槍と範囲攻撃」
「あれ同じ?」
「少し違う」
聞くところによると、どうやらそれぞれ光の方とは性質が違うらしい。
槍……『闇槍』に関しては、光より射程が短い代わりに威力が高いっぽい。アンズに合うのはどう考えても闇だろうから、もっと早く覚えたかったと悔しがっていた。
慰めつつ聞いた範囲攻撃の『呪波』は、まあ、なんというか、拡散カースバレットみたいな魔法だ。モンスターがいない中実演して見せてくれたけど、闇のもやもやが勢いよく吹き出す感じだった。光の方と違ってこっちは使えそう。なんなら弱体化してくれる効果もあって、拡散カースバレットはもう完全にお役御免だろう。近接の威力は槍で出せばいいし。
などなど、まあ全体的に戦力強化といった感じで満足げなアンズの話を聞きつつ歩いていると、しばらくしたところで再び壁からモンスターが現れる。
「『観察の目』」
「きましたわ♪『わがいのりは―――」
早速観察の目を発動、同時に待ってましたとばかりにソフィの詠唱。
私を守るようにきらりんとアンズが構えるその先、ズズズと出てくるモンスターの姿が半分くらい顕になったところで、私はそのモンスターたちを見抜いた。
『ノーネーム』
LV:3
耐性:無し
弱点:無し
現れたそれらは、例えば草原で見た小人の姿をしていて、例えば狼の姿をしていて、例えばトカゲのような姿をしていて、けど、共通して無機質なグレーの身体に赤く光る一つ目を有している。視線を転じて名前を確認してみると、それらは全部同じノーネームらしい。
なるほど名もなき残滓くらい落としそうな名前をしている、と謎に納得したところで。
「―――『やきこがすかえん』♪」
嬉しそうなソフィの声。
裏腹に激しく迸る火炎に飲まれ、開いた射線の向こう、ようやく全容が明らかになった名無したちはなす術もなく消滅した。後に残るのは例の赤い石ころだけ。さすがにレベルが3しかなくて脆いにしても、やっぱり惚れ惚れする威力だ。
というかなにげに、こう、炎の向きを操作していたんだけど、いつの間にそんな技術を習得していたんだろう。
「炎の向きって変えれるんだね」
「やってみたらできましたわ♪」
「すごいね」
ナツキさんがそっと寄せてくれたソフィの頭を、よしよしと撫でる。
アンズといいソフィといい魔法というのは割とやりたい放題らしいけど、それを引き出せるのはやっぱりセンスあってのものだろう。
うんうん、やっぱりソフィは可愛いなあ。
それはさておき観察の目で見た情報を適当に共有しつつ、さらに進んでいく。
共有といっても、まあそう大したものでもない。みんな姿が違うだけで同じ名前だったとか、特に耐性も弱点もないとか、そういうことを伝える程度。なにやら裏に潜む設定の気配を感じなくもないけど、まあ今はスルーだ。
「核ってどんなやつなんだろうね」
「ボスキャラは巨人っす。間違いないっす!」
「ありうる」
「巨人!?うおー!燃えるー!」
燃えるらしい。
そしてきらりんは一体なにを根拠に断言しているんだろう。アンズが肯定してる辺り、ゲームをいっぱいする人からすると自明なんだろうか。
「ソフィはてっきり、うかんでいたりするとおもっていましたわ」
「私もお屋敷の動力室のようなものを想像していました」
「ふしぎですのね」
「どんな動力室してるの……?」
「またつぎのきかいにごあんないさせていただきますわ♪」
だいじなばしょを、ぜんぶおねえさまにみてほしいですの……♡
という危うい言葉はさておき。この話の流れで話題に上がる動力室……謎だ。なんだろう、すごいSFじみた気配がする。
「どうしてきょじんなんですの?」
「ロマンっす!」
「ろまん」
「分かりやすく、強大」
「同一名称で形が違うからこそ、ということですか」
「名無したちのボス、的なこと?」
「ノーネームキーング!」
「なんか突然それっぽい……?」
などなど話しながらじゃんじゃか進んで、道中何度か壁から生えてこようとしたモンスターを瞬殺して。
そして私たちは、そこにたどり着いた。
行き止まりにもなっているそこは、小部屋のように少しひろがっていて。
その正面の壁に、それはある。
ああなるほど見れば分かるとはつまりそういうことなんだと深く納得出来るほどに、それは核だった。もう明らかに核だった。
壁に埋め込まれた、大きな結晶。赤く濁ったそれから伸びる血管のような管は壁の中にうじゃむじゃと根を張って、ずくずくと脈動している。
「核だ」
「巨人じゃなかったっす……」
「残念」
「うおー!かっくいー!」
「すこしぐろてすくですわ」
「本当に見れば分かりましたね」
しばらくほえーと眺めていたけど、そういえばと思い出して観察の目を発動する。
抵抗も反応もなく、晒されたステータスを見れば、ああうん、ほんとに見ればわかるんだなあという感じ。
『迷界の核』
・個々の迷界を形作る核となる結晶。
モンスターですらないとは少しびっくりだけど、つまりまあこれがミラさんの言う核で間違いないんだろう。
「これが核だって。モンスターじゃなくてアイテムみたい」
「ということは拾えるんっすか?」
言いつつきらりんは核に触れるけど、残念ながらそういう訳にはいかないらしい、振り返って残念そうに肩を竦める。
「ダメっすね」
「よく触れるねそんな軽く」
「慣れっすよ慣れ」
はっはっはと笑うきらりんはどことなく目からハイライトが失われている気がしたけど、あんまり聞くべきじゃなさそうだからスルーしておく。
「じゃあ壊すしかないかな」
「強そうっすよね」
言いつつきらりんが核を叩くと、ぴしり、と核にヒビが……え、いや、え。
ノックするくらいのきやすい感じだったんだけど、えー?
「よわー!よわー!」
みんなが呆気に取られる中一人で爆笑するスズの声を受けたかのようにヒビは核の全体に回って、そして砕ける。
砕けて。
途端に世界が歪んで、私たちは光に包まれる。
浮遊感。
そして気がつけば、例によって例のごとくミラさんがいて。
……あー、うん。
え、終わり?
■
《登場人物》
『柊綾』
・敵が弱いと必然的に存在価値が薄れる二十三歳。なんかこういう説明入れるのも二度目な気がする。マンネリって怖いね。あやの恋人(または候補)紹介編かつAW世界導入編が終わるまでこんな感じだけど、終わったからって物語がすごいぐいぐい進むかといえばそうでもない気がする。もっと事件起こせよあやさんよぉ。
『柳瀬鈴』
・考えてみればこいつも戦闘する機会少ない二十三歳。ステータス散らしてるからそろそろきらりんともいい勝負になってきてるけど気づいてない。まあ本格的に壁役として方向性定まってるし……白戦士と色々被ってるよなあこいつ……むしろ場合によっては下位互換……?武器がもっとまともならまだワンチャンありそう。か、覚醒したら強いから!多分!きっと!
『島田輝里』
・迷界探索はやっぱりノリノリな二十一歳。やり込みとランク付けとかもうすごい好き。まあやり込み要素じゃないけど。あとランダムダンジョン系すごい好き。つまり迷界は完全に大好物。だからこそなんか、こう、凄いもどかしい。道端におにぎりでも落ちてないかと密かに目を光らせているけど、これローグライクじゃねえから!
『小野寺杏』
・ひっそり新魔法を覚えた十九歳。結局光の範囲魔法の役立たずが際立った結果。光槍はまだ遠距離に使えるから続投。ジャベリンの名は伊達じゃない。ランスはなんか馬上槍のイメージ。斬れるのはスピア。多分今後そういう使い分けをする予定。ただしπちゃんはちょっとよく分からない。なにせπちゃんだからね。全然関係ないけど闇呪ってアンズっぽいよね。二重の意味で。
『沢口ソフィア』
・魔法を撃つ機会がほしい十一歳。雑魚を蹴散らすのには便利だと思うけど詠唱する時間あればきらりんとアンズでこと足りるというね。でもあんまり気を使われるのは好きじゃない。でもでもあやに甘やかされるのは大好き。こいつはなんかもう、正直ゲーム内でしか記述したくない。下手したらノクターン入りだからだよコノヤロウ……。
『如月那月』
・観察力においてあやと並び反射速度でアンズやきらりんに並ぶという怪物スペックな二十四歳。もうそれしか書くことない。逆に言えばナツキさんに観察力で並ぶあやの方がおかしいのですが。ナツキさんに関しては、まあ、色々とありますが、頼りにしてます。
迷界編はもう少し続きます。




