3話:ダイスでこいつが選ばれた時点で分かってたこと
ようやく始まる……という訳でもないです。
「……白い」
ぽつりと漏れた私の声に、応える相手はしかしいない。
周囲は真白に満たされて、遠近感という概念の感じられない不思議な空間にただ一人。
アナザーワールドを起動して、壮大なオープニングムービーのようなものを飛ばして、それから気がついたらここにいた。
さっきまでめくるめく大自然の中そよ風や海の飛沫すら感じられたのに、落差が激しすぎる。前にVR映画を見た時みたいな気分だ……いやまあ、多分これからアバターを作るだろうと考えると、大自然もなにも必要ないというのは分かるけど―――
『うぇーるかむとぅーざあなざーわーるど!』
思考をぶった切るような舌っ足らずな声と共に、くるくるずばーん!とポーズを決めながら目前に現れたその小さな少女は、なんというか、凄い既視感があった。いや、メタリックな水色の髪といい作り物めいた顔立ちといい現実では絶対にお目にかかれなさそうだけど、そういうことじゃなくて、なんだろう、にじみ出る気配が激しく似通っているというか。
だからついつい胡乱な視線を向けてしまうけど、少女は気にせずふよりと宙に踊って、陽気に笑って手を上げる。
『はろーはろーしんしんきえー!ないすちゅみーちゅーよ・ろ・し・くー!』
いえーい!とはしゃぐ少女を見ていると、なにか、不思議な感覚に陥る。
発言はうざいことこの上ないけど見た目が小さな女の子だから憎めないという、なんだろう、この、なんだろう、なまじスズで耐性ができているのが裏目にでているのかもしれない。
『おっとー!ぜっさんこーんわーくちゅー!でもでもじこしょうかいしちゃうよー!ききのがしたらー……どんまい!』
いやドンマイどころじゃないでしょと呆れる私に向けて、少女はそしてしゅばっととポーズを決める。
『アナザーワールドの管理者が一柱!通称『法則のスペード』とはわーたしーのこーとなーのどぅあー!ばばーん!』
セルフ擬音までつけて更に決めポーズ。
どれだけポーズを決めれば気が済むんだろうという素朴な疑問はさておき。
なんというか、ゲーム云々抜きにして、なんとも不思議なキャラクターだ。
魔法使いがローブ着て歩き回っているらしいアナザーワールドというゲームにおいてあまりにも場違いにサイバーなボディースーツを着ているのは、彼女がそういうメタ的存在だからなのかもしれない。
ゲームからすれば神様、いや、天使といったところだろうか。
……もうすこしこう、まともな人格をインストールできなかったのか。
『で、で、きみはなんてなまえなのかな!なのかなー!?』
ずずいと顔を近づけてくるスペード……ちゃん?のその目前、つまり私の目前でもあるそこに、スペードちゃん顔を遮るみたいに、半透明のプラスチックの板のような物が現れる。
スズの言っていたウィンドウというのはこれなんだろう、それはどうやらアバターの名前を記入するウィンドウらしい。
『ことばでもいーよ!あ、もしほしかったらぺんもあるし、あときーぼーどどーん!』
「『ユア』で」
『おっけーないすねーむ!』
しゅばっと身を離してペンとキーボードを構えるスペードちゃんを無視してさらっと告げてみたけど、呆れるほどに動じない。
『ゆーあーユアってね!あれこれだじゃれ!?おぬしなかなかやるでないかーふっはっはー!』
「スペードちゃん、でいい?」
『すっちんでもいー!』
「じゃあ、すっちん」
『いがいとのりいー!んでなにかなー!?』
「いや、なにかなじゃなくて、話を進めたいんだけど」
そう言うと、すっちんは意外そうな表情になって、それからにんまり笑った。
『ユアっちやっばいね!いーよーいーよーすすめちゃうよー!はいかがみどーん!』
すばっと指を天に向けると視線の先に、すっちんの言葉通りなら鏡が現れた。
鏡というか、正直境みたいのはまったく分からないけど……え、あれ、鏡……?
『ほいっと、みだしなみちぇっくだいじー!こっからからだとかつくってこー!』
「いや、えっと」
なんだろう。
大事なところがなにもない以外は腹立たしいくらいにそっくりな私の身体は、まあいいとして。というかなにげに今ようやく裸だったことに気がついたけど、それはまあいいとして。
どうしてすっちんが両方こっちを向いているんだろう。
『あれあれなにかなー、あもしかしてこれきになっちゃうなっちゃうー!?』
「まあ、そこそこ」
『きになっちゃうかー!でもひ・み・つー!おとめのひみつー!しりたかったらこーかんどをかせぎましょー!』
きゃっははー!と、それぞれ別の動きではしゃぐさっちんズ。声が二重じゃないあたりがまだ救いかもしれない。
『まーそれはさておきうぃんどーどーん!』
揃ってずびし!と指を突きつけられたかと思えば、目前に現れるいくつかののウィンドウ。
『みぎからじゅんばんに『ステータス』『アビリティ』『初期装備』のうぃんどー、まーかいてあるけどー!あせつめいいるー?おこられちゃうからまじめにやるよー!』
まあさすがにゲームとしてそこら辺はまじめにやるんだろうけど、それはそれとしてスズの説明でおおむね理解したから―――
「……じゃあ、その都度訊いていい?」
『ははー!なんでもこたえちゃうよー!すりーさいずとか!』
期待に満ちた視線に結局中途半端な返答になったけどそれでもいいらしい。
『わっくわっくそっわそっわ』
とわざわざ口で言ってくるのを気にせずに、ウィンドウを確認する。どうせなら紹介順に、まずは『ステータス』から。
ステータスというのは、アナザーワールドのなかでのプレイヤーの能力とか個性みたいなもので、項目としては、ウィンドウの最上部の『ユア』とい名前の欄を除けば、上から順に数値関係で『EXP』『LP』『MP』『STR』『VIT』『INT』『MIN』『AGI』『DEX』『LUC』の十項目、そこに『装備』『アビリティ』『称号』という三項目の計十三項目からなる。
それぞれの内容をおさらいするとこんな感じ。
『EXP』……エクスペリエンスポイント。経験値。ゲームの中でのいろいろな経験によって溜まる。これを消費して他のステータスの項目を上昇させたり、『アビリティ』というものを覚えたりする。初期の値は『1000』ポイント。
『LP』……ライフポイント。生命値。アバターの命を数値化したもの。EXPで直接上昇させられなくて、なくなると死んでしまう。あと、減るにつれて身体が重くなったりステータスの値にマイナスの補正がかかったりする、らしい。初期は『100』ポイント。
『MP』……マジックポイント。魔力値。主に魔法を使うときなんかに消費する。なくなっても死なない。ただ、減るにつれてLPほどではないけど悪影響がある。最大MPが高くなればなるほど、それは顕著になるとか。初期はLPと同じ『100』ポイント。
『STR』……ストレングス。筋力。その名の通り。これが高いと、単に力が強くなるだけでなく身体は頑強になるし足も速くなるから便利、らしい。初期は、これ以下の全部一律『0』ポイント。
『VIT』……バイタリティ。生命力。これが高いと身体が頑丈になったりしぶとくなったりして、LPも上がるらしい。あと持久力もつくとか。生命と頑丈さの関係がちょっとよく分からないけど、そういうものと納得するべきらしい。
『INT』……インテリジェンス。知性。別にゲームの中でだけ頭が良くなったりはしない。魔法の威力上昇、発動までの時間短縮、消費するMPの減少とか色々恩恵があるらしい。
『MIN』……マインド。精神力。別にこれを上げても心が強くなったりはしないけど、最大MPと魔法の威力、あとは一部の魔法への抵抗力が上がるらしい。INTと比べると魔法の威力はそこまで上がらないけど、INTはINTでMP減少も微々たる物だから、まあ善し悪しといった感じ。ただ魔法の習得にどちらも別々に影響するみたいだから、上げるなら両方にした方がいいかもしれないらしい。
『AGI』……アジリティ。速力。全体的に動作が機敏になって、それを処理するための能力も上がるらしい。筋力とは違って力強くなったりはしないけど、筋力を上げるよりも加速率は高い。なんなら魔法とかよりゲームっぽい気がする。
『DEX』……デキスタリティ。器用さ。身体が現実より思い通りに動くようになる。AGIにせよSTRにせよ、動作関係を高くするなら上げておかないと速度に対応できなくて大変らしい。
『LUC』……モンスターの落とすアイテムの質が上がったり、乱数の女神とかいうのに愛されるようになるらしい。よく分からないけど、明確に、けどそこはかとなく便利だと言っていた。
以上、数値関係としてはこんな感じ。以下、残り三項目。
『装備』……文字通り。そこは『エクイップメント』で『EQ』とかじゃないのかと思わないでもないけど、スズが言うには他のゲームでも一般的じゃないらしい。手に持った武器とかが勝手に装備扱いされるという方法と、アイテムを選択してシステム的に装備するという方法があって、後者は衣服を替える時に脱ぎ着しなくていいから便利らしい。
『アビリティ』……能力。いっそ英語で書けばいいのに。EXPを消費して取得、習得するプレイヤーの能力だけど、ある一定の経験がないと習得できないものもあるらしい。一応、剣術とかそういう技術的な分類の『スキル』と、足が速いとかいう身体特徴的な分類の『フィーチャー』とに分かれているけど、そこはあんまり意識しなくても問題ないらしい。ちなみに魔法は区分的にはスキルに入るらしい。
『称号』……少なくとも自称ではないっぽい。プレイヤーの行動によって、システムから与えられるらしい。意味があったりなかったり、報酬がついていたりついていなかったり。基本的にレアだからもらえたら嬉しいな、くらいのものだけど、中にはユニーク称号とかいうのもある……かも?だそうだ。スズは狙っているみたいだけど、私はあまり興味がない。
以上十三項目、ステータスの説明をそこはかとなくまとめてみた。そこそこ項目も多いけど、まあつまり、このウィンドウを見ればそのアバターがなにをできるのかが丸わかりということになるからとても便利だ。
おさらいついでにステータスのポイントを割り振ってみようかとも思ったけど、アビリティの方でどれくらいEXPを使うか分からないから、そっちを確認してからにしよう。
いやまあ、それを言うなら、ステータスの方もどれくらい使うのかまったく未知数だけど。
そもそも考えてみれば、どういう方針でアバターを作るのかっていうのもまだ決めてない。
強いて言えば、スズが『あゆはわたしがまもるよ!』なんてはしゃいでたから遠距離攻撃とかサポートとかにしようと思っているくらいで。それにしても遠距離にも色々あるだろうし、うわ、考えたらちょっとめんどくさくなってきた。
こういうときは、まあ、ちょっと相談してみよう。
「すっ」
『なーにかなユアっちぃ!』
「おおう、いや、えっと、ちょっと相談なんだけど」
待ってましたとばかりに食い気味に反応するすっちんに面食らいつつ、かくかくしかじかと相談に乗って貰う。
『まるまるうまうまなるほーなるほー!つまりこのスペードちゃんにじーんせーいそーうだーん!がっ!したいんだね!?』
絶対したくない。
「まあそんな感じ」
『よかろーわたしのえーちをかしてやるー!』
若干投げやりに頷けば、すっちんは指を鳴らして鉛筆とメモ帳のようなものを召喚した。
……なぜか、鏡の向こうのすっちんはタブレットだ。こっちのすっちんは鉛筆もグーで握ってるし、なぜ性能差が……と思ったら、向こうのすっちんはどうも電源が入れられないのかタブレットをぶんぶん振ったり叩いたりしているから、どっちもどっちだった。
さておき。
『じゃーいくつかしつもんしちゃうよ!こころをむにしてふぃーりんあんさっ!』
「はいはい」
『だーいいっちもん!てでん!いまなんもんめ!?』
「いや最初の問題でやっても意味ないから」
『ばーれーたーかー!じゃあきをとりなおしてにもんめ!じゃかじゃかじゃん!ユアっちがなりたいのはぜんえーかこーえーか!りゆーもあわせてどぞ!』
「友達が守ってくれるらしいから、後衛」
よかった、さすがにふざけっぱなしとはならないらしい。
安堵しつつ答えると、『ひゅーひゅー!』と囃し立てられる。
『なっかよしー!じゃあじゃあうしろでおーえんしてたいの?かなかな?』
「それはあんまり面白くなさそう」
『じゃーすきをついてえんごー!みたいなのはどーだー!』
「いいかも?ああでも、あんまり、こう、隙間を縫ってみたいなのは微妙かもしれない。不器用だから」
『きーろはいけーだとかんたんにいとがとおせます!これまめちしきー!』
「うん、いらない」
『くーりんぐおっふ!にまめにしてやるー!』
「脱線しすぎ」
『はいはーい!……なんだっけ!わすれ、てない!おもいだした!そーそー!じゃーねらいとかつけずにぶっぱなすとかおすきなのかー!?』
「あんまり派手なのは」
『のーせんきゅー!ちなみにいまなんもんめー!』
「六問目」
『あってるー!?』
なぜだー!と驚愕を露わにするすっちんだったけど、なんということはない、スズも同じ手を使うからだ。スズと思考回路が同じ相手に初めて出会ったかもしれない。
ちなみにスズならもう一度仕掛けてくるから、一応数えておこう。
『くー!でもだーいたーいわかった!あともーいくつかきいたらばっちぐーなおこたえをだしちゃうぞー!』
「分かった」
『なつにいくならうみとやまどっち!?』
「誘われればどっちでも。自分からは行かない」
『よーしょくとわしょくどっちがすき!?』
「強いて言うなら中華」
『す~きない~ろはなんじゃらほい!』
「多分水色」
『こくはくされたー!』
「してない。というかこれ意味あるの?」
『わたしがあるとおもったらある!それがすべてだー!』
つまり無意味と。
まあ、別に急いでもないからいいけど。
『じゃんじゃんいくぞー!すきなくだもの!』
「杏?」
『とらんぷのすーとなにがおきに!?』
「強いて言うなら、スペード」
『けっこんをぜんてーにおつきあい!』
「しない」
『ふーらーれーたー!なんだよつきあってるやついるのかよー!』
「そこまで言いたくない」
『そのはんのーはいるなー!?わたしをさしおいてー!』
「いや初対面」
『はい、なんかよじじゅくご!』
「相思相愛」
『らびゅー!とここでいまなんもんめ!?』
「十三」
『なんでかぞえてんだよー!』
地団駄を踏むような動きをするすっちんは、そしてきっ、と涙目で睨み付けてくる。
『じゃーさいごだこらー!』
「はいはい」
『しょーじきわたしのことどーおもってるかきかせろー!』
最後にまたなにやらよく分からない質問だ。もはや私のステータスとかまったく関係ない。いやそれはとっくにそうだったけど。
にしても、どう思っているか、か。
どう、どう……。
「……なんか、たまにテレビ通話だけしたい感じ」
『はんのーにこまるやつだー!?』
言葉にしてみると、これがなかなかどうしてしっくりきた。
まあ、少なくとも嫌いにはなれないけど、ずっとそばには置いておきたくない。
そんな風に納得していると、すっちんは鉛筆とメモ帳……あとタブレットもほっぽり出して拳を突き上げる。
『まってましたーけっかはっぴょー!わーわー!ひゅーひゅー!』
なんなら後半の無駄タイムの間ずっと待っていた。
『とゆーわけで!ぜんもんせーかいのユアっちにはこのしょーごーをさずけよー!』
ぱーぱらっぱーぱーぱーぱー!というセルフ効果音と共に【称号獲得:『わたしのおきに』】というウィンドウが表示される。
おかしい、話の脱線が質問コーナーにとどまってない。というか全問正解って、なんだ、何問目クイズか?
「すっちん、私の質問はどうしたの」
『でーじょーぶだーよ!そっちもちゃんとかんがえたーよ!』
「ならそっちは」
『うむうむこたえよー!すっちんにおすすめのほーしんは……』
「方針は」
『すぃーえむのぅあとでっ!』
■
《登場人物》
『柊綾』
・初めて触れるVRのゲームに割と感動している二十三歳。でもVR自体は初めてという訳でもない。唐突に現れた超ハイテンションの塊にも対処できるのはスズとの二十年近くの付き合い故なのか。なんだかんだ言っている割にスズからのレクチャーをきちんと覚えてしっかり考えているところを見るに、結局AWも結構しっかりやりこみそうな雰囲気はある。ユアというのはあやをひっくり返して語呂を良くしただけの名前で、スズの独走と迷走を尻目に適当に決めたもの。後衛で、サポートでもなくちまちまやるでもなく一発かますでもないとくれば、さて結論はいかに……?
『法則のスペード』
・AWを管理する者の一柱なサイバーロリ。すっちん。超ハイテンションなのに舌っ足らずという聞き取らせるつもりのなさそうな言葉を操るが、そこはそれ、システムでちょちょいとフォローが入っている。ちなみに管理者には他にハート、ダイヤ、クラブもおり、チュートリアルキャラはその四柱からアトランダムに選択される。今回も筆者のサイコロで決まったが、まあ最悪の結果だ。一応チェンジもできるので、やろうと思えば四柱それぞれと会話することもできる。それぞれなんらかの条件を満たせば称号をくれるが、スペードは難易度高め。
うざいなこいつ。大好き。
叩くなら筆者にしといてください。