38話:街エリア考えるのが一番大変だった
続けざまにぽいす。
昇っているのか落ちているのか、いやまあそんなことは考えるまでもなく自明なんだけど、考えてしまえば分からなくなるくらいには前後不覚な闇の中をひたすらに落ち続ける……落ちて、るんだよね多分。周囲は真っ暗でなんかもういっそ恐怖すら感じないんだけど、少なくとも落ちた結果この状況にある訳だから落ち続けているはず……ドレスもたなびいてきらりんが顔真っ赤にしてるし。いや、体勢とスズの抱え方的に多分布地までは見えないと思うんだけど、それでもそこまで反応されると、ちゃんと意識されてるんだなあと嬉しい気持ちにもなる……って、いや、まあそれはさておき。
しばらく、落ちて。
そして不意に、私は視界の先に光が生まれたのを見た。
遥か下、落ちる先、光景はなく明るいだけの、見通しの利かないそれはみるみると近づいてくる。いやまあ私たちが落下してるからむしろ近づいていってる方なんだけど、体感としては向こうが近づいてきてる感覚だ。
と、唐突に反転する。
いや、ほんとにそうとしか捉えられないくらいに、反転した。
落下から上昇、身体の向きが変わった訳でもないのに、確かに方向が反転したのを感じた。
そして上昇の速度は重力によって少しずつ減衰していって、そのまま光を突っ切る。
そこでようやく視界が開け―――
「わ」
「ごふ!?」
「よっ、す」
「ん」
「あら」
「ようやくですか」
……スズを除いてみんな無事に着地成功。
よくあんな状態からきちんと直立できるものだけど、まあ今更だろう。
「スズ、大丈夫?」
「だ、だいじょぶ」
よいしょー、と腕も使わず起き上がるスズは、まあ私程度の重さで潰れる訳もなく、言葉通りにさして無理をしている様子でもない。相も変わらず布の服だし。
それはさておき周囲を見渡すと、どうやらそこは変わらず迷宮内部、ただしなにやら小部屋のような場所だった。奇妙に明るい小部屋、だけど最怖さんみたいなモンスターの姿は見えないし、なんだろう、単なる着地点でしかないといったところか、先へと続く道が一本だけ用意されている。その先はどうやら普通に通路になっているらしくて、見覚えのあるような光景の先に、見覚えのない重厚な扉が待っている。
扉。
金属で縁取られた両開きの木の扉。見るからに重厚そうで、取っ手は蛇のような装飾が施されている少し趣味の悪いものだ。
もちろん言うまでもなく、前進あるのみ。
どんな悪辣な罠が仕掛けられているのかと警戒とともに扉まで近づいて、拍子抜けするくらいあっさりと扉まで到達してしまう。それなら扉になにか仕掛けられているのかと警戒してみるけど、観察の目には特に異変もないしナツキさんいわく少なくとも外からは分からないとのことで、結局は開いてみることにした。瞬間速度最速のきらりんが代表となって、他は退避。
「いくっすよ!」
「気をつけてね」
「任せるっす!」
せーので、扉を開く。
途端目を眩ます光に、やっぱりかと半ば諦めのようなものを抱いた私だったけど、それはどうやら罠による効果なんかではないらしかった。攻撃もないし、また地面がぱっくりといったりもしない。光の方も、周囲が薄暗い上に不意打ちだったから眩しく感じたけど、実際はそう大したものでもなくて、直ぐに目が慣れた。
そして目に飛び込んできたのは、一種狂気的な光景だった。
白い。
徹底的に白い。
ひたすらに白い。
これでもかとばかりに白い。
クリーニング店に喧嘩を売った世界で最も愚かな日焼けマニアの成れの果てよりも白い。いや、まあヘモグロビンまで脱色されて酸素運搬に支障をきたして亡くなったというあれは、結局加工画像だったということで集結したんだけど。
さておき。
まあそれくらいには、真っ白な光景だった。
「うおー!まっしろだ!」
「なにこれ……?」
「な、なんっす?」
「眩しい」
「ぼやぼやしますわ」
「……かなり広いですね」
ナツキさんの言う通り、随分と広そうだ。まあ広いか狭いかもわからないくらいの真っ白だから、それが果たして合っているのかは定かじゃないけど。
まあ広いにせよ狭いにせよ、どのみち他に道はないから、とりあえず進んでみる。
なんなら足場すらない可能性すら危惧していたけど、どうやら床は普通にあるらしくて、スズが恐る恐ると踏み出した足は当然にその白を踏んだ。にも関わらず影ができないのは一体どういうことなのか、考えても多分無駄だろう。
「うお、おおー!」
ちゃんとそこに足場があるというだけで面白いらしい、スズは途端に目を輝かせてずんずんと進んでいく。まあみんなも、この程度のことを恐れるような胆力はしていない、それに追従して白の中へ。とそこで気がついたけど、私たちが入ってきた扉の裏もまた真っ白だったらしい。それも、木の表面が白塗りとかそういうことじゃなくて、素材からして違う純白。なんなら取っ手もないくらいの―――
え。
「あ」
ばたん、と扉が閉まる。
境目すら見えなくなって、背景との区別が消失する。
「……ま、まあ真っ直ぐ歩いてれば大丈夫かな」
「ん。位置は忘れない」
「私も覚えておきましょう」
アンズとナツキさんが心強すぎる。
まあ最悪丸投げしよう。
そんな訳で、特に気にせず進―――
「は?」
「はえ?」
「な、なんっす……?」
「これは……」
「まあ」
「鏡……?」
鏡。
いやでも、いや、え?
『ご名答だよ、そこの魔法使いちゃん』
私たちの困惑を更に深めるように、彼女は笑う。
その赤い目を細めて、にやりと笑う。
その声は聞き覚えのない、だけどどうしてか聞き間違えられないような声をしていた。
『その通り、その通り。私は鏡に映っただけの幻さ』
くつくつと、その赤い髪を揺らしながら彼女は笑って、そして言う。
『ようこそここへ。おしゃれな口上を用意出来なくて悪いね、この場所に名前はまだないんだ』
まだ誰も、この場所を見たことがないからね。
そんなことを意味深に言う、彼女は。
空中に、まるで抱き抱えられるように浮かぶ、純白のドレス姿をした彼女は。
「わた、し……?」
彼女はそう、あまりにも見覚えのある、見覚えのない顔をしていた―――
……やっぱり日本人に赤はダメだったか……。
■
彼女はミラと、そう名乗った。
別に鏡だからミラな訳じゃないらしいけど、それならなんでミラなのかと訊いてみたら、特に意味はないらしい。でも少なくともミラーからとった訳ではないと念押しをされたので、とりあえず納得しておく。別に特に問題がある訳でもないし。
いやまあ、私の姿と瓜二つで私と同じ体勢をしといてそれはどうなんだと思ったんだけど、ミラさんいわくそうでもしないと私たちに見えないからだという。
ミラさんの存在を、観測できないからだという。
『私はあまりにも不確かな存在でね。例えば今のようになにかの像を借りるでもしないと見ることすらできないんだよ』
「像を借りる?」
『その通り。ここは真っ白だからね、どこもかしこも光を跳ね返すんだよ。だから遠近や広さなんて関係なくどこにでも像は結ばれる。さながらこの空間全てが鏡であるかのようにね。そうして投影された君の姿なら、誰にでも見られるだろう?その見るという行為が必要なんだよ、私を観測するにはね』
「……なんだかよく分からないんだけど、でも鏡っていうなら、どうして私しか映ってないの?」
『それはきっと、そうやって見えているだけだと思うよ。言ったろう?ここに鏡があるんじゃなくて、ここが鏡なんだ。だから一番見やすいもの以外は、弾かれて見えやしないんだよ』
なんて。
聞けば聞くほどよく分からないことをミラさんは言っていたけど、とりあえず、誰かの姿を借りなきゃいけない中で私を選んだということらしい。まあ、それくらいの認識でも別に問題ないだろう、多分。
そんなこんなで話を聞くところによればミラさんは、この真っ白な街の住人の一人だという。
街。
そうここは、街なのだ。
試しにリスポーン地点の更新をしてみると、なんと普通にできてしまった。
いやでも、街もなにも真っ白でなにもないじゃないかと突っ込むと、ミラさんは笑った。
『確かにここは真っ白だからね。景色に呑まれて見えないのもまあやむをえないことだよ。けれどよく目を凝らしてみるといい。例えばそう、ここには道具屋があるだろう?』
よく分からないけど、とりあえず言われた通りに目を凝らして―――
「わ」
「おおおー!?」
「まじっす……?」
「凄い」
「まあ、ほんとうですわ」
「これは景色がどうのという話では……」
その途端はっきりと、そこにあった道具屋に気がつく。
いや、それは気がつくとかそういう話じゃなくて忽然と現れたようなものなんだけど、どうしてか元からそこにあったみたいな感覚を覚えたのだ。
私たちの様子に、ミラさんはイタズラが成功したみたいにくつくつ笑う。
いやに様になるのが、なんだか私の精神性を表しているみたいで少し嫌だった。
『いやなに、そう睨まないでおくれよ。私はただ、この街の初心者と言ってもいい君達に、この街の見かたというやつをお節介にも伝授しているだけなんだからね』
「いや、睨んでないと思うんだけど」
『君じゃなくて後ろの娘達さ。どうも私が君の姿を借りているのが面白くないらしいね』
あー……うん。
「……ごめん」
『なにを謝るんだい?それが分かって尚この姿であり続けているのは、他ならない私さ』
なんにせよ観測してくれるのは心地いいんだよ。
なんて言って、ウィンクしてくる。
なんだろう、ちょっとこそばゆい感じ。
こほんと一つ咳払い……って、そこは真似してくるんだ。
「ま、まあそれなら、ミラさんのご好意に甘えたいかな」
『もちろん。ここは初めての人にはなかなか大変な場所だからね。ほら、真っ白で眩しいだろう?慣れないと目も眩んでしまうのさ』
言われてふと、もうそこに道具屋がないことに気がついた。
なるほど確かに、目も眩んでいるみたいだった。
『とはいえそう大したことじゃない。簡単なことさ、見れば分かる。ここは真っ白だ。遠いとか近いとかそんな認識はあまりにも下らない。君はこの街の果てなんて見えないだろう?同じように、街の果てだって君たちを見えやしない。だから単純なんだよ。近くても遠くても、目を凝らせば見えてくるはずさ。そこに確かにあるのならね』
目を凝らせば。
それはつまり、さっき道具屋がそこにあったように。
まあ解釈が違えばそのときは盛大に笑おうと、私は半ばダメ元で、そこに修理屋を見るつもりで目を凝らす。
―――そこには、確かに修理屋があった。
『おっと、随分と飲み込みが早い。そう、そう、その通り。簡単だろう?』
「いやうん、ちょっと訳が分からない感じ」
『訳などないさ、見たままだよ。それなら誰でも信じられる』
私としては目を疑う感じの光景だった訳だけど、まあ、うん、どうやらこの街は、行きたい場所が目の前にやってきてくれるという、通販サイトもびっくりなとんでもない場所らしい。
すごい、全然意味分からない。
『ああ、そういえば』
ほへー、と感心していると、ミラさんはなにか思い出したように声を上げる。
『これはちょっとした好奇心なんだけど、君たちはどうやってここに来たんだい?答えてくれると嬉しいね』
「えっと、どうっていうのは?」
『例えば最近聞いた中だと、宝箱から放たれた光につつまれて、とかだね』
「あー、それなら、私たちも罠なんだ。宝箱の下のスイッチを押したら、床がパカッと」
『なるほどなるほど。偶然押してしまったのかい?』
「えっと、そんな感じじゃあないかな」
とりあえずあのスイッチのことを教えてみる。
するとミラさんは目を輝かせて、にんまりと笑った。
『つまり君達は、自分から進んでここにやってきた訳だ』
「いや、来ようとして来た訳じゃないと思うけど」
『そんなことはない。君達はここに来るべくして来たんだ。これは凄いことさ。来ようとして来れる場所でもなければ来ようとしなくとも来てしまうここへと、君達は来るつもりでやって来たんだからね』
それは飲み込みも早いだろうさ。
一人なにか納得いったらしい、ミラさんはしきりに頷く。
なんだかよく分からないけど、まあうん、とりあえずこの街がそう簡単に来られる場所じゃないらしいのは理解した。それ中間地点的な役割の街としてはどうなんだろうという感じだけど、罠の先に待っているという点ではなんとなくそれっぽい気もしなくない。性格の悪さ的にも。
『いやはや、ありがとう。参考になったよ。お礼の印という訳でもないけど、しばらくこの街の案内役を務めさせてくれないだろうか。さすがにここにないものは見られないし、なにを見ようとしているのか分からないままに見えるものなんてありえないからね。君達の要望に答えられる程度には、私はこの街を知っているつもりさ』
どうだろう、と提案されると、まあ拒絶する理由は……あー、うん、まあ、とりあえず私にはないし、実際この街はあてどなく探索できるようなものでもないから、お言葉に甘えるとしよう。
「それなら、お願いしようかな」
『お安い御用さ。さあ、まずはどうするんだい?』
……しまった、そうだった。
「えっと、ミラさん。なんだっけ……そう、来訪者って知ってる?」
『君達のような別世界の住人のことだろう?もちろんさ』
「あ、知ってたの?」
『見れば分かる』
ミラさんって実はすごいんだろうか……いや普通にすごい?
まあなんにせよ、それなら話が早い。
「えっと、それで実は、一旦戻ろうかなあと思ってるんだけど」
『ああなるほど、了解したよ』
「ごめんね」
『気にすることはない。ここの住人たる私にとって、時間などというものはあってないようなものだ』
そんなことを言ってミラさんは笑う。
それならと言葉に甘えて、私たちは一旦ログアウトすることにした。
……そういえば、ミラさんは像を借りると言っていたけど、私たちがいなくなったなら、果たしてミラさんはどうなるんだろう?
■
《登場人物》
『柊綾』
・自分がお世辞を言われていたことに気がついてしまった二十三歳。お世辞というか、みんなは割と本気で素敵と言ってくれていたのが理解できる分心が痛い。でも同時に美意識すら歪められる程に好きでいてくれるという事実に歓喜の念は抱く。つまり相変わらずやべえやつ。ミラさん、つまりは自分の姿をする相手と遭遇してみた割に反応が薄いのは、結局のところあやがあやだからでしかない。ちなみにミラさんは基本誰に対しても友好的ではあるけど、あやは特別枠くらいに触れている。まあそりゃあ当然のことだよなあという。二重の意味で。
『柳瀬鈴』
・ミラさんの話が訳分からなさすぎて考えるのをやめた二十三歳。自称小説家……!小難しいこと言われてもよく分かんない。なにげにミラに対してなんら否定的な感情を抱いていないのはあやを除けばスズだけかもしれない。別にあや以外はあやじゃないんだからどうでもいいよねっていう。
『島田輝里』
・大好きな先輩の顔でそんな表情しないでほしいっす……な二十一歳。まあ確かにあやっぽくはないかもしれないけど、望めばしてくれるというか望まれてないからしてないだけ、くらいのことはあるよ?君はまだまだあやのことを知らなさすぎるのだ……。
『小野寺杏』
・あやの姿を借りているというその事実が許せない十九歳。あやはあやだけのものであってあや以外の何者でもないのにそれを模倣するとかマジてめぇざけんなよぶっ殺すぞこのカス虫野郎があ゛ぁ!?くらいにソフトな表現をしてみるけど、まあなんかそんな感じの感情を胸の内で押さえつけている。それもう病気だよ。
『沢口ソフィア』
・わたしをさしおいておねえさまとひとつになるだなんてゆるせませんわ……なじゅういっさい。にこにこ。まずもって考え方がおかしい上にその表情もおかしい。なんかあれ、なまじゲーム内で会えてしまっている分あやに対する欲が漏れ出始めてる感じ。割と開けっぴろげだったけど、もっとこう、えげつない愛欲みたいなのが。
『如月那月』
・あやの姿を模倣する割に笑いの角度がなってないとか厳しめ採点してる二十四歳。あやのやつはもっと、もっとこう嗜虐心を以下略。またデートしたい欲が溢れてなんか凄いあれ。最近色々してなくて溜まってるしなんかもう凄い、凄いあれ。あれですよ。
ミラーでない。




