37話:トラップは食い破るものらしいです
休日なので隙あらば投稿してみたり。しばらく朝縛りはなくなります。
今のうちに書き溜めておかなければ……。
西の迷宮第二階層……いや正確にはどうなのか知らないけど、ともかく私たちが降りてみたその場所は、相も変わらず迷路のように入り組んだマップだった。出てくるモンスターも相変わらず、影に潜んで光に紛れるちょっとだけ面倒な相手。
ただひとつ大きな違いとしては、
「あ、そこ」
「えいっす」
「あー」
私が示したところをきらりんが押せば、ガコッと嫌な予感を想起させる音を立てて壁が凹む。その後になにが起こるかなんてもはや小学生にだって分かる訳で。
しゅっ、と風切り音。
でも、視界の中にはなにも変化はない。
「おや」
なぜだろうと悩む間もなくその声に振り向けば、ナツキさんの手には矢が握られていた。
ナツキさんのものとはどことなく雰囲気の違うその矢は、どうやら後ろから飛んできたものらしい、矢先がこちらを向いていて少しびっくりした。
「矢もあるのですか」
言いながら、ナツキさんは飛んできた矢をインベントリにしまう。
ちゃっかりしているというか、余裕綽々というか。今のところ私でも見つけられる程度の罠だからいいけど、そうでなくなったときには頼りになりそうだ。後ろからの矢を掴むとか、それどう考えても人間業じゃない。
とまあこのように、このマップ、至る所に罠が仕掛けられている。
通路に張られた糸だったり、足場だったり壁だったり、色んなものをスイッチにした酷く攻撃的な罠。槍が生えたり天井が降ってきたり壁に囲まれたりと多種多様なそれを、私たちはあえて発動させながら探索しているのだった。
今のうちに罠の種類に慣れておきたいというのが一応の理由ではあるけど、ぶっちゃけ道中がつまらなさすぎるというのもひとつある。あときらりんなんかは、罠の中に隠し扉みたいなものが隠されているんじゃないかと疑っているようだけど、さすがに期待のし過ぎだろう。むしろまたなにかとんでもない不幸と遭遇する可能性の方が、なんなら高いくらいだ。まあ流石に、そうぽんぽん遭遇するようなことはないと思いたいにせよ。
「なかなか面白いのはないっすね」
「いや面白い罠ってなに……?」
「たらいですの?」
「かべのなかにいる!」
「びっ、いえ、なんでもないです」
「いやそういう面白さじゃないっす」
それはそうだ。
というかソフィのたらいにも驚いたけど、ナツキさんの『流れに合わせてびっくり箱と言おうとしたけどちょっと恥ずかしくてなかったことにした』感がすごい可愛い。びっくり箱のチョイスも可愛いし、ほんとナツキさんはナツキさんだなあ。
なんてやりとりを挟む余裕すら持ちつつ。
罠を踏み越えモンスターをねじ伏せて、ときたまやってくる罠とモンスターのコンビネーションを叩き潰してずんずん進む。とりあえず目指すのは次なる階層への階段なんだけど、なんだかずっと同じ場所を進んでいる気がしてくるくらいに進展がない。アンズとナツキさんが言うにはちゃんと毎回違う通路をうろちょろしているらしいし、それは疑っていないけど、こう、目印みたいなものはあってくれてもいいと思うんだよね。
だけどもちろん、そんなものは見当たらない。道順の書いてある迷宮とか意味分からないからそれはそうだろうけど、延々と同じような光景を繰り返すのもゲームとしてどうなんだろうなあと。いや、まあさっきから罠を探してずっときょろきょろしてる訳だし、暇ではないんだけど……ん?
「あれ、うん?」
「どしたっすか!?」
「おおう、いやうん、向こうの行き止まりになんか……」
なんか、なんだろう、いやなんだろうというかまあ、分かり切ってるんたけど……なんというか、怪しすぎるっていうか、怪しい以外の言葉が見つからないというか……。
「なっち、どう思う?」
「罠ですね」
即答。
いやうん、だよなあ、という感じ。
でも、それなら踏み抜いていくのがどうやら私たちのセオリーらしい、ナツキさんの罠判定を受けてむしろみんなは興味津々、それに近づいてみる。
それは、行き止まりというなにげに未だかつてない道の先にぽつねんと置かれていた。
それはなんら華美な装飾があるという訳でもないし、なんならむしろおんぼろですらあったんだけど、なぜだろう、なぜだか宝箱と、そう呼ばざるを得ない形をしていた。
あの、あれ、あの形。
あの板かまぼこ乗っけたみたいなフォルムはいったいどこからやってきたんだろう。
謎だ。
ともあれ。
宝箱。
唐突に、宝箱。
「お宝っす!こーでなくちゃっすっ!」
「うおー!一攫千金だ!」
「かいぞくでみたことありますわね」
そりゃあナツキさんも罠断定するよなあという、あからさますぎて逆に真実味を帯びていると言っても過言ではないびっくりするくらいの胡散臭さを感じさせる宝箱に、特にきらりんのテンションがいつになく高め。ソフィもちょっとそわそわしてて可愛い。
可愛い。
だけどなんだろう、あんまりこの手のゲームをやらないからなんだろうか、絶対なにかあるよなあと勘ぐってしまう訳で。
とはいえそれは私だけでもなく、アンズは杖を構えてやる気満々だし、ナツキさんはとりあえず鍵穴から覗いて色々検分してくれている。もちろん私も負けじと観察の目を発動してみたりするんだけど、
『ボロの宝箱』
・ボロボロの宝箱。ボロボロではあるが穴はない。なにが入っているのかは不明だが、ボロボロゆえに中身が欲しいと思う人間はそういない。
まあ、こんな感じ。
なんの変哲もない石と比べるとなんの変哲もないからモンスターが擬態してるみたいな感じじゃない気もするんだけど見破れないだけという可能性も捨てきれないこの微妙な感じが憎らしい。私の観察の目にも別に反応しないし、考えすぎなんだろうか。
……考えすぎだったにしても、説明の内容的になんか、すごい微妙な感じなんだけど。
身も蓋もない、いや、蓋こそあるけど身はなさそう。
「……鍵や罠の類は発見できませんね」
「おらぁっす!」
ナツキさんの検査結果を聞いた瞬間にきらりんは宝箱を……えぇ、いや、うん、なぜか全力で蹴り飛ばした。
ばぎゃっ!?ととんでもない音を立てて、吹き飛ぶような勢いで開く宝箱。
その瞬間私の視界はそれを捉えて、
『ハ―――
「■■」
「おお!?」
途端、炸裂する闇ときらりんの拳。
飛び出した瞬間いとも容易く叩きのめされて宝箱に逆戻りしたそれは、そしてポリゴンに消える。
視界の端には『ハングリー』という、なにげに初めて固有名詞で指定されていたモンスターの討伐をカウントするポップアップが……うん。
箱は本物でも中身はモンスターというパターンだったらしい、ナツキさんが分からなかったということは随分と巧妙に潜んでいたんだろうけど、まあ正直この面子に対してその程度で奇襲を仕掛けられる訳がないんだよなあと。
と、気がつく。
これまでの影とか光的なやつはドロップアイテムを落としたことがなかったんだけど、曰くハングリーというらしいそのモンスターはちゃんと落としてくれた。さっきまでなかったはずだから、まあそれは実質宝箱の中身みたいなものなんだろう……けど、えっと、え?
「なんだこれー!」
「えっと、これ、バチ?」
「ドラムスティック……っす?」
「まーちんぐでつかつたことありますわ」
「……よい形ですね」
ナツキさんの発言はまあ聞かなかったことにして、そう、そのドロップアイテムは、人ならざるドラムなんかを叩きそうな感じのバチだった。その名も『素人のドラムスティック』。観察の目で見ても、至って普通のドラムスティックとのことだった。別に打撃武器的なこともない、正真正銘のドラムスティック。
……が、一本。
一本。
もちろんドラムもない。というかこの世界にドラムとかどう考えても不似合いだし、果たしてこれはドラムスティックと呼んでいいんだろうか。いや、花の例を見ると割とアイテムの設定もしっかりしてるし、もしかするとドラムというのは存在しているのかもしれない。 その上それすら危ういのになんだか名称的に玄人の、とか達人の、みたいな上位アイテムでもありそうな気配を匂わせている辺りがまた意味分からないんだけど、一体これはどういう基準で選ばれたアイテムなんだろう、すごい気になる。
というか、え、ドラムスティック?
割と悪辣な生体してる割にドロップがドラムスティックだけ?
それはまた酷い……って、ああ、なるほど。依頼の紙に書いてあったハングリーへの恨み辛み罵詈雑言はつまりそういうことなのか。ハングリーがどんなモンスターなのかについてのことは全然書いてなかったから飛ばし読みしたけど、それでも凄い憎悪のようなものが感じられたし、それはつまり今のブルーモードきらりんと同じような感覚という訳なのか。
すごい納得。
「宝箱にっ……バチっ……!ドラムスティックが宝っ……!」
「あー、ほらきらりん、また次の宝箱にはいいものが入ってるかもしれないから」
「次……はっ!」
両手を地面について跪いていたかと思うと、一転ずびばーんと立ち上がるきらりん。
そしてぐっ!と拳を握って、メラメラと闘志を燃やす。
「そうっす!少なくとも宝があることは分かったっす!ということは金銀財宝も夢じゃないっすっっ!!」
いやそれは夢だと思う。
思うけど、まあ言わないで、次なる宝箱を求めて意気揚々なきらりんを先頭に、また進む。きらりん曰く目指すは宝箱。でもあんなに動き回ってひとつなんだからそう簡単に見つかる訳―――
「あったよ……」
「お宝っす!」
「あっ、」
まさかまさかの宝箱セカンドチャンス。
最初の宝箱からほんの五分程度しか離れていないという驚きの近場に、ぽつねんと置かれるはおんぼろ宝箱。もはや大掛かりな罠なんじゃないかと思えるくらいの配置に、だけどテンションの跳ね上がったきらりんは当然のように突貫して、そしてナツキさんの鑑定も待たずに蹴り開く。
「っす!」
そして途端に飛び掛ってきたハングリーをまた叩きのめして、私たちが追いつく頃にはドロップもお目見え……え。
「……椅子っす」
「いす」
「なんでだー!?」
「なかなかすわりごこちはよさそうですわ」
「三脚というのは珍しいですね」
……なんだろう、この、なんだろう。
三脚の椅子とかあんまり見ないね、とか、なんか湾曲してて座りやすそうだね、とか、うん、なんでそんな感想をこんな迷宮の中で抱かなきゃいけないんだろう。おかしい、絶対おかしい。いや、普通に考えて椅子って……え、いや、え、なに、まさかこの迷宮で遭遇する宝箱って全部こんな、こんななの?ドラムスティックに椅子とか、いや無秩序にも程があるでしょ。
「…………つ、次っす!ちょっと運が悪かっただけっす!」
もはやここまで来たら意地なんだろう、きらりんはうおーと燃えているけど、さすがに二連続で遭遇したら早々次なんて―――
あった。
けどまあ、うん、なんというか、ね。
「もはやなにもっ……!」
さすがのきらりんも駄目らしい、ポリゴンが消えて、そしてなにもなくなった宝箱の中を覗き込むと、その場に崩れ落ちてしまう。
哀れだ……いや、まあ、仕方ない。これは仕方ない。
なにせこの箱、他と比べて若干小奇麗というかしっかりしていて、その分きらりんもワクワクしていたから、その分ダメージも大きいんだろう。
うーむ。
「ですが、なにもないというのも不思議ですね」
「え?」
「こうあからさまに上等な気配を匂わせていながら、罠すらないのは少しおかしいのではないですか?」
まあ、確かに。
いやハングリーは相変わらずいたけど、別にちょっと強くなってたっていう気配もなかったし……というかもうなんかこの迷宮に対する評価が酷いことになってるなあ。罠がないのがおかしいとか、いやすごい納得いく話ではあるけども。
「……」
とそこで、アンズが動く。
どうしたのかと見守る先で、そしてアンズは宝箱に触れて、そのままインベントリに収納した。
がごっ。
宝箱の消えた下から、生えるように現れた突起。円筒型のそれは、私の手のひらより小さいくらいの幅だ。
どうやらこのスイッチは、宝箱の重みで押されっぱなしになっていたらしい。
納得しつつ周囲を見渡すけど、槍が生えてきたりもしないし、足元がぱっくり開いたりもしないし、天井も落ちてこない。もちろん、後ろからなにかが飛んできたりもしてない。
えっと。
なんだろう、割と面白い仕掛けなんじゃないかと思ったのに、拍子抜けというかなんというか。
思っていると、アンズはその突起を今度は踏む。
ごぐっ。
……まあ、うん、なにも起きない。
「なにも起きない!」
「思わせぶりっすけどね」
がっかりムードが漂う中で、アンズは何度かその動作を繰り返す。
がごっ。
ごぐっ。
がごっ。
ごぐっ。
がごっ。
ごぐっ。
がごっ。
それから首を傾げると、今度はしゃがみこんで、その突起を手で押した。
押して押して、そして最後まで押して、
「え、あー、」
アンズがそれでも更に押し続けると、突起はどんどん地面に埋め込まれていく。
なるほど、押してだめならもっと押せと。飛び出てきたから、安易にもう押されていたんだと思ったけど、わかってみれば酷くシンプルな引っかけだ。
かちっ。
ついに一番下まで届いたんだろう、明らかになにかのスイッチがオンになったっぽい音がして―――
途端、床が消失する。
「え」
「ぬぉ!?」
「なんっ!?」
「ん」
「まあ」
「なるほど」
…………ひえっ。
「きゃああああ―――!」
「おおおおぉぉぉ!?」
「ちょっ!?壁すらないんっすけどこれぇ!?」
「ユア姫っ……!」
「なっち、どうにかしなさい」
「無茶を仰らないで下さいませ。リアルならまだしも」
いやリアルでこんなことになったら普通死ぬからあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――
■
《登場人物》
『柊綾』
・宝箱とかあんまり魅力感じない二十三歳。いや、だってあんなボロっちいんだもの。最怖さんとの戦闘で頑張った分の休暇という訳では全くないのですが、どうしてかモンスター相手に役立つ場面がないという。それもこれも恥ずかしがり屋なモンスター達が悪い。あとせっかちすぎるアンズ。
『柳瀬鈴』
・宝箱に求めるものはなにが入っているのか分からないからこそのドキドキ感なので中身にはあんまり頓着しない二十三歳。ドラムスティックとか椅子とか、それはそれで面白いから楽しめる。密かに太鼓が出てこないかな、叩きたいな、とか思ってるけど、お前戦闘中に太鼓叩いてる訳にもいかんだろうに。
『島田輝里』
・迷宮といえば宝箱、宝箱といえば金銀財宝!な二十一歳。それはそれとして今とてもお金が欲しい。割と隠してるけど切に欲しい。オンゲで家購入とか絶対色んなシステムあるやん!?なくてもあやとのんびりイチャイチャできるかもとか最高やん!?早く正月休み終われオラァー!デート券勝ち取りたかった!早くリアルで会いたい会いたい会いたいぃぃ……!とかそんな思いをひた隠しにしているおかげでちょっとテンションおかしい。よくよく考えたら明日アンズデイだし。ぐぬぬ……!でもきみ親友ポジなのよ?そこら辺自重しような。
『小野寺杏』
・宝箱開けるのに罠解除も鍵開けも必要ない……?と困惑している十九歳。さんざ罠仕掛けといて宝箱にはないとか意味分からないとか思ってるけど、きみハングリーさんのこと忘れんといてや……。書いていて思い出したけど二重展開取ったし、というか取る前から実は魔法陣展開したまま連れ歩けるんだよなあ……よし、魔法陣は最初の出現位置からはちょっとしか動かせない設定にしよう。今決めた。そしてそのための設定もでっち上げた。しかしながら世界的なお話になるから語られるかすら危うい。まあ自己満自己満。……そういうことしてるからガバるんだよなあ。
『沢口ソフィア』
・もはや宝箱とかそんな興味もない十一歳。そんなことより魔法使わせろくらいのことは思ってる。でも詠唱って早口でやらない方が威力高くなるから(公式設定)威力重視のソフィに早口なんていう概念はなく、結局強敵戦じゃないと使えない。かといってまだ強敵戦でそこまで活躍できるかといえば別にそうでもない訳で、意外と悩ましい。というか武器が本とかπちゃんどうしよう……本なんて作れねえぞ……いや裁縫できるなら……いやいやいっそ武器変える……?まあ最悪πちゃんには万能職人になってもらおう。πちゃんなら大丈夫だよね、きっと。πちゃんだし。
『如月那月』
・宝箱の罠とか鍵とかどうやって判別してるんだろうこの人……な二十四歳。困ったときはナツキさんにどうにかしてもらおうくらいの魂胆はあります。でもそこまで万能でもない。主に隠密とかそういう方面。あと対人戦闘技術。ドラムスティックの件は気にしないでください。たまに出る発作です。




