35話:なんか観察の目強すぎじゃね……?
何度目だろう、前言を撤回するのは。
いけそうじゃない。
全然いけそうじゃないこれ……!
「『みんな頑張って!!』」
「ぬぉお!?」
「―――!」
「腕つりそうっすこれ!」
「キリがないですね」
「もどかしいですわ」
囲み撃たれる触手の連撃をボールときらりんが受け止めて、真正面から連続で放たれるレーザーを盾が遮って、そんな盾を障壁外から狙う触手やボールに纏わりつく触手をきらりんが鞭で叩きのめす。ナツキさんの連射は遅い来る触手を縫ってナニカの根元に届くけど一向に効果は見えなくて、今のところソフィは回復待ち。
なんというか、馬鹿じゃないかと。
最初体当たりだと思ったら形変えて殴ってくるわ魔法撃つわ分身で襲ってくるわ下僕みたいなやついっぱい出すわ挙句触手にレーザーとか流石になんの冗談なんだろうこれ。いや冗談じゃない。冗談じゃないという事実。泣けばいいんだろうか。いやそんな暇もないけどもこれほんとうぎゃあ……。
「これ倒せるんっすよね!?物理無効再生持ちとか冗談じゃないっすよ!?」
「そーゆうの禁止ぃっ!」
「どちらにしても矢が尽きます。少なくとも現状維持では危ういかと」
「たまりましたわ。いきますの。『わがいのりは―――」
ソフィの詠を聴きながら考える。
実際問題この現状を打破するようなものは皆無。さっきから密かにスターも攻撃を仕掛けていたりするけど触手にすら有効打を与えられないポンコツ性能だから、つまり私にできるのは応援だけというこのなんとも言えないもどかしさ。あれデジャビュ……ま、まあ今回は応援に意味があるからセーフということに……っと、そろそろ。
「―――わがまえのてきをやきつくす』」
「『ゾフィぶちかまして!』」
「『やきこがすかえん』!」
焼き焦がす火炎が迸る。
霊戦士の脇を通過して触手を散らしながらまっすぐと。だけどそれはとめどなく溢れる職種の奔流に少しずつ減衰させられて根元に届かず消えてしまう。
「やっかいですわ」
「『守りに集中して!』ほんとどうにかしないとジリ貧だねこれ」
アンズが寝てるから手が足りないとかいう話じゃなくて、ほんとにどうすればいいのか皆目見当がつかない。アンズがいても別になんら状況に変わりはなかっただろう、一点集中型だから弱点とかあると光るんだけど、まあどっちにしてもあの絶望的な状況をどうにかして希望を持たせてくれた時点で十二分なくらい働いてるからそれ以上を求めるのは酷だろう。ぐっすり寝顔も可愛いし。可愛い。
というかこいつほんとなんなんだろう。
なんとなくすごい違和感があるんだけどそれがなんなのか分からなくてもどかしい気分だ。せめて名前でも分かればもしかするとなにか手がかりでも掴めるかもしれないのに名前すら不明とか―――
んん?
あれ。
なにかおかしってうわあ!?
「さぁぁがぁぁぁぁれぇぇぇええええ――――――!!!」
「あこれまずぅ!?」
スズの絶叫、きらりんの悲鳴。
視界を埋め尽くす光。
触手の先端に灯る光。
それは暗く黒く光って、そうまるで、さっきからナニカが嫌がらせのように連射するレーザーのような。
思考より早く口が動く。
悲鳴より先に言葉を紡ぐ。
縋るよりも前に命ずる。
「『守り抜け―――!』」
それに応えるは、私の力が最も及ぶかれら。
「――――――!」
上がる絶叫、集う守護者。
目に見えないはずの障壁が光を纏って空間を隔ててゆくのを知覚して―――
ィィイイイインンッ――――――!!!
甲高く耳障りな音が響き渡って鼓膜を揺るがす。
閃光、眩く暗いという奇々怪々な視界に堪らず目を閉じて。だけどダメージを受けている訳でもなく、衝撃のひとつすらない。瞼の外から眼球を刺す光が収まったところで目を開けば、光纏う障壁の向こう、立ち並ぶ触手が出迎えて一瞬心臓が止まるかと思ったけど、そこには既に光はない。
「『リーィンッ!きらりんっ!薙ぎ払えっっっ!!!』」
「おっしゃぁぁぁああああ!」
「了解っすぅううっっ!!」
大剣、双鞭。
渾身によって振るわれたそれらは、唸り上げて空気を割いて、空間ごと触手を薙ぎ払う。
吹き荒れる衝撃波。
続けざまに押し寄せようとしていた触手は堪らず吹き飛ばされて、逃れるように根元に戻ってゆく。
……。
いやほんとにこれ冗談じゃない……。
「腕疲れたぁ……」
「なんすか今のなんなんっすか!?」
「まさかとは思いましたが、触手からレーザーですか……」
「ソフィたちよくいきてますわね」
ほんとによく生きてると思う。
ほぼ無意識的だったけど、守護者たちが上手いことやってくれてよかった。
少しくらい休ませてくれればいいんだけど……うわ。
「『みんなほんとに守り固めて』……!」
「とめどないっすね……!」
「むうう!」
「中々厳しいですね。『フォースアロー』」
「うっとうしいですの。『わがいのりは―――」
「―――!」
また触手、触手、触手……しかもなんかレーザー垂れ流してるし……でもこう、構えてみれば案外威力はそうでもないらしい、スズの鎧はなにもしなくても弾けるし、きらりんの篭手でも余裕っぽい。もちろん守護者たちは言うに及ばず、さっきの集中砲火でダメージを受けているみたいだけど、ヒリスペと命令で十分に補える程度……うん?
でもさっき魔法攻撃は普通に抜かれたし……私の命令がそこまで左右できるものなんだろうか。いや、そこまでじゃないというのは私が一番知ってるはずだ。知ってるというか、なんとなく分かるというか。
どうなんだろう。
なにかおかしい。
そう、さっきも私はそれを掴みかけたはず。
名前……いや違う、キーワードはそっちじゃない。
キーワードは―――
「『観察の目』」
誘われるように、ナニカを見る。
【不明】
そう。
これだ。
不明。
不明って、なんだろう。
いや言葉は分かるんだけど、そうじゃなくて、だってそもそも、不明じゃなくて解析不能なんじゃ……?
……もしかしてお前、あの石の仲間かな?
「……『ちょっとしばらく頑張って』」
命じて、答えを待たずに私はナニカを睨みつける。
ひたすらに。
ただひたすらに。
その欺瞞の全てを覗くように―――
「っ……ぅぐっ」
途端、ぐわんぐわんと世界が回る。
音が消える。
ただそこにいるナニカだけがイヤにはっきりと目に映る。
それはどこまでも恐ろしく、すぐにでも目を逸らしたいほどにおどろおどろしい。人の死体なんかよりグロテスクで、地獄よりきっと禍々しい。
それでも私は見続ける。
くだらない。
くだらないと、私は断ずる。
みんなが死んでしまう以上に、一体何を恐れるというんだろう。
「ぐ、ぅぁ……ぅ……!」
気が付けば私は膝をついていた。
LPだって減っている。
誰かが肩を揺すった。
安心させるようにそっと触れる。
ああ、これはソフィとナツキさんだ。
大丈夫だよ、もう少しだから。
もう少し―――
ざわり、と。
ナニカが蠢く。
ざわざわと揺らぐ。
押し寄せる触手が歪み解けて、恐怖を抱いているかのように戻ってゆく。
そして一塊になったナニカは、また形を変える。
それは人のような、獣のような、歪な異形。
湾曲した角や鋭利な棘、刃みたいな牙に大剣のような爪、筋肉の詰まる太い四肢に棘が生え鱗に包まれたごつい尾。
それは威圧感のあるパーツの尽くを混ぜ込んだような異様、そこにあるだけで物理的な威圧感を撒き散らすかのような威容。
そして眼前のウィンドウがブレて。
『フィアレストエンカウンター』
LV:9999
耐性:全て
弱点:無し
……バカなのかなもしかして。
そんな高いレベルを、私が見通せる訳もないのに。
「『いいから全部見通せ……!』」
視界が眩む。
命令を受けた眼球が、あまりの無茶に潰れるような錯覚。
それでも確かに命令を遂行しようとする目を拒むように駆けてくる巨躯、放たれる魔法、押し寄せる触手。
けれどそれは届かない。
阻まれる。
なにに?
分かる。
見えないけど分かる。
みんながそこにいる。
だからその程度じゃ止まらない。
見て、見て、見て、見通して。
「『見ろ、視ろ、診ろ……っ!』」
―――そして視界から全てが消える。
見えるものはただ一つ。
闇の向こう。
ナニカの奥底。
あらゆる嘘をぶち抜いて、そこにある真実を穿つように視線が通る。
『フィアレストエンカウンター』
【解析不能】
「―――はっ、かはっ、」
視界が戻る。
戻ったけど見えない。
見えないというか……ああ、これ床なんだ。ちょっと光ってるし。
石って冷たいなあ……うぐっ、頭が……むぐあぁ……。
「おねえさまっ、おねえさまっ!」
「ユア!」
「先輩っ!」
「だいじょぶ……いぇあ……」
頭上からの声に、よろよろと手を挙げる。
大丈夫、ほんと大丈夫だから揺らさないで……。
「お嬢様方、ユアが辛そうですので揺らさない方がよろしいかと」
「ん……ごめ……『あとはまかせたぁ……』」
もはや起き上がる気力もないけど、きっと大丈夫。
緩やかに意識が遠のいていくけど、きっと起きた頃には終わってるはず……。
あれ。
でもこれもしかして寝てる間に安全装置が働いてログアウトとか……?
い、いやでもアンズも大丈夫だし……いやでも私の場合なんかもう抗えない眠気だしこれ……だ、大丈夫かな……?
■
……知らない天井だ。
だけど知らない顔はひとつもない。
顔中に雫が落ちてきている感覚に目を開いた私は、そして私を見下ろすみんなを見た。
ああ、スズとアンズが泣いてるんだ……きらりんも泣きそう。ソフィとか無表情でずっと見てるからちょっと一瞬興奮しかけたけど、ナツキさんは……ああ、どうやらかなり動揺してるみたいだなあ、とか。
考えて。
「……おはよう」
……あれ、反応がない。
とか思ったら、次の瞬間腹部に衝撃。
ドズンッ、ときた。
LP危なっ。
「あやぁあああぁぁぁぁ!」
「ぜんばぁあああぃっ!」
「ん、ん、」
「……あら」
「おはようございます、綾」
おうおう、みんなに心配をかけて……って、ボールたちもみんな平気なんだ。意識失っても発動し続けるとか優秀すぎじゃないだろうか領域魔法。霊戦士はそんな中警戒してくれてるし、うーん、ほんとみんないい子だなあ。今度よしよししてあげよう。今はまあ、多分手が足りないから我慢してもらうとして。
「それで、どうなったの?」
まあ訊くまでもないだろうけど訊いてみると、主にスズときらりんが怒涛の勢いで一生懸命伝えてくれる。正直分かりにくいけど、まあいっぱい伝わってくることはあるから聴くのは楽しい。楽しいけどやっぱり分かりにくいものは分かりにくい訳で、もう少し、こう、分かりやすい説明が欲しいところだったけど、多分上手く説明してくれるだろうアンズはずっと抱き着いたままだし、ナツキさんは一人傍に控えてずっとそわそわしてるし、そっと私の心臓の辺りに耳をつけて心音を聴き続けるソフィは私の顔を見たまんまなにも言わないから、とりあえず二人の話に耳を傾けて内容を纏めてみた。
纏めてみたけど、結局そう大したことはない、あの後正体を現した……なんだっけ、そう確か、フィアレストエンカウンター。フィアーってそもそも形容詞じゃないのになんでエストなんだろうとかちょっと気になったから覚えてる。結局どうなんだろう……まあさておきあのモンスターの本体とまた激戦を繰り広げて、それでも途中でアンズが参戦したおかげで随分と楽勝にやっつけて、その後私が目覚めるまでずっと見てたらしい。ずっとと言っても、私が眠っていたのは合計で十五分くらいらしいけど。
なんにせよまあ、勝ててよかった。
寝ている間にやられて目覚めたら街とかほんと笑いごとじゃない。
いやまあ、みんなからすればもうとっくに笑いごとじゃないんだけど……ううむ。なんというか、すごい申し訳ない気持ち。私としてはそこまで無理をしたつもりもないんだけど、結果的に気を失うまでになったらそりゃあみんなも心配するよなあと。
特にソフィなんて本格的に色々やばそうだし。
うーむ。
こんな状況でも嬉しいと思っちゃうあたりちょっと不謹慎なんだろうか。
なんにせよまあ、しばらくみんなを安心させるために、こうしてもみくちゃになるのも致し方なしかな?
■
《登場人物》
『柊綾』
・少し自重しようと反省中な二十三歳。できないことをできるようにすると代償がでかい。ただし代償を払うのは主に使われた側。今回の敵は更に自分の正体を探る対象に対しての反撃がかなり苛烈だったから、相乗効果で辛かった。眠気は結局それに対する安全措置。ちなみにこの後、それはもう散々いちゃいちゃらぶらぶして三十分くらい経過したらしい。塔登れよお前よぉ!
『柳瀬鈴』
・考えてみたらほぼ肉壁みたいなもんだよなあ……な二十三歳。でもあやを守るという行為に対するモチベーションは随分高いらしい。あやが寝てる間ずっと泣いてたけどあやの遺志(死んでない)を無駄にしないために頑張った。壁役を。
『島田輝里』
・戦闘中は涙の一滴もなかったストイック風味な二十一歳。きらりんといいスズといいなんならあやが死んでしまったくらいの勢いで暴れ回るもんだからむしろ最怖さんが可哀想。ちなみに分身と触手レーザーはきらりんが原因だったりする。なまじゲームやってる分そういうの考えちゃうのよね。
『小野寺杏』
・自分が呑気に寝てる間にあやが行動不能になったもんだからショックが大きい十九歳。それを取り返そうとするのはいいけどあんまり頑張りすぎたらフィアレさんが可哀想だろぉ!?攻撃動作八割潰すとかそれ鬼どころの騒ぎじゃないよ!相手格上やぞ!確かに直接戦闘能力低いけども!
『沢口ソフィア』
・なんというか、闇が深すぎてよく分からない十一歳。じっと見てたり心音を聴いたりすることにどんな意味があるのかはちょっと筆者にも分かりません。多分あやを喪失する感覚を確かめてたのでは……?とすると今後ソフィのあり方は少し変わるのかもしれない。……みんなこれゲームだって忘れてない?リアルとフィクションの区別つけようぜ……まあそれもこれもあやに関して限定だけども。
『如月那月』
・回復薬渡すしかできることねえどうしよう……な二十四歳。いや、狙撃能力高いからフィアレさん本体とか全然当てれるんだけどあいつ普通に硬いからほぼゼロダメージなのよね。パッと見、『心配は心配だけど所詮ゲームだからそこまででもない』風に見えるけどあや曰くそこはかとなくそわそわしているらしい。実際内心かなりわたわたしていて、後でめいっぱいぎゅうぎゅうした。
すいません、多分次回投稿キツイです。リアルが立て込んでまして。
頑張りますが果たしてどうなることやら。




