2話:ゲームごときになにもったいぶってんだこいつら……
2019 2/9 色々修正しました
2019 2/10 誤字修正しました。感謝です
まだゲームは始まらないです。
あと、あやのことは嫌いにならないであげてください。
「やってもいいかなと、思わないでもない」
「ふぇ、ふぁひ?」
マミさんと別れてから割と真剣に考えていてやっと出た結論だったけど、スズはフォークを咥えてもぐもぐ首を傾げた。
まあ流石に言葉足らずだった感は否めないから許してやろうと理不尽なことを思いつつ……おや。
「クリームついてる」
「ふも!?」
ふとスズの口の端にクリームがついていることに気がついたので、それを指先で拭って、拭くのも面倒だったから舐めた。やけに過剰反応してわたわたするスズに、まあいいかともう一度。
「あー、なんだっけ。あのゲーム、やってもいいよ」
「……ぇ、うん、そ、う」
いまいち理解が及ばないのか、頬を真っ赤に染めたスズは視線をさまよわせながら曖昧に頷いて、更にイチゴのショートケーキを一口。もぐもぐごくんと嚥下して、お供のカフェオレも一口飲んで、そしてそこでようやく私の言葉の方も嚥下し終わったらしい。
「―――ってほんとぉ!?」
がたっと椅子を鳴らして、スズは身を乗り出してくる。
そこまで喜ばれるとは流石に思ってなかったから、私の方が驚いてしまう。
「別に、嘘つく気もないけど」
「え、うわ、うれしい!どーしよ!わ!わ!だいすき!」
テーブルを乗り越えんばかりの勢いで抱きついてくるスズに、やっぱりやめようかと若干後悔。いや、うん、まあたまにはスズと遊ぶのもいいかもしれないとそう思ってみただけなんだけど、まさかここまで食いつくとは。
「わあわあ!じゃあ早速やろうよ!昨日あまりの寂しさに一人でずっとやってたから、いっぱい教えちゃうよ!」
「その前にケーキ、ってまっておなか、おなかのとこあぶ、ああああああ!」
「へぁ?うおあ!?私の勝負服が!?おーまいがっ!」
あまりに身を乗り出したせいでおなかでケーキを押しつぶしてしまったスズが、テレビでやってるパイ投げくらいでしか見たことない惨状に悲鳴を上げる。
ほんとスズはスズだなもう……。
というか引きこもりのくせに勝負服もないでしょ。
「え、どーしよこれ!ねーどーしよ!」
「あーあー、ちょっと拭き取ってから洗濯するから、はい、脱いで。でシャワー」
「あ、やん、待って、脱げるから、子供じゃないから!」
「大人はその程度で半べそかかないから」
「泣いてないもん!」
そう言いつつえぐえぐしゃくり上げるスズを、結局私がシャワーに連れて行って洗うことになった。そこで腹いせに散々お仕置きしたけど、私はなにも悪くないと思う。
ケーキ、そこそこ高かったんだけどなあ。
■
「はいあーん」
「あーん……ぐずっ」
「もう、そんなに泣かない」
「だっで、だっで……」
ちらと視線を向けて、また泣き出しそうになるので即座に「あーん」と気を逸らしてやる。私のチョコレートケーキも残すところあと三口といったところか、三分の一くらいしか食べてないのに。そもそもまったくどうして私がこんな面倒なことをする羽目になっているのかという話だけど、思えばまったく思い当たらないのでこれは純然たる優しさらしかった。
まあでも流石に自分で洗うと言って案の定というかなんというかワンピースを引き裂いたスズは、自業自得と見放すには哀れすぎたのだ。ピーピー鳴いてうるさいし。
子供じゃあるまいに、まったく。
「ほら、あーん」
「あーん」
もぐもぐもぐもと念入りに咀嚼して、ごくり。
なんとなく飲み込みにくそうだったからマグカップを差し出せば生意気にも「あーん」と口を開いてイラッときたので、マグカップは渡さず自分で一口、かなり多めに口に含む。
そして驚いて閉じた唇に自分の唇を押し当てて、ばたばたと腕を振って暴れるスズを押さえつけながら強引に口内のカフェオレを注ぎ込んでゆく。最初は必死に拒まれたけど、歯に当たって零れたカフェオレが首元に落ちたのにぴくんと身体を震わせたあたりで、スズは諦めて受け入れた。
「ん、んく、んく、ぷぁ、は、あゆぅ……」
カフェオレを移しきってから口を離すと、ティッシュで鎖骨のあたりを拭き取りながら目の端に涙をためて睨まれる。
「もー!こーゆーのはムードとか大事でしょー!あんなのびっくりするだけだよ!」
「スズが馬鹿なことするからでしょ。はいあーん」
「もー!まったくもー!あーん!」
ぷんすこしながらもケーキは享受するあたりが腹立たしい。
というかそもそも、もう元気になったならケーキあげる意味もないよね。
「あ、ちょっとわたしのケーキ!」
「私のだから」
「あー!」
やかましいスズは無視して、最後の一口は自分で食べた。
うん、やっぱり流石はマミさん、甘くてほろ苦い大人な味だ。自分へのご褒美としてたまに食べるらしいけど、私もまねしようかな。
ああ、でもとりあえず、美味しかったってお礼しておかないと。
「最後のひとくちぃ……」
「はいはいまた今度買ってくるから」
「ほんと!?約束だよ!?わーい!」
相変わらずチョロいなあと思いつつ、ケータイを操作してマミさんにメッセージを送る。そのついでに他の人からのメッセージにも気がついたけど特に急を要するものでもなかったから既読だけつけて放置しておく。
……流石に、ちょっと待っただけじゃ既読とはならない。まあそう暇な訳でもないだろうし、そんなものだろうけど。
「さて、じゃあこの後暇だし早速やろうか」
「お、お、お!いーよー!ばっちこいだよ!」
若干の寂しさを誤魔化すように言えば、スズは即座に食いついてくる。
なにがばっちこいかと言えば、私はこれまでそういうオンラインのRPGみたいなものを一切やったことがないから、シャワーのついでにスズに説明をお願いしていたのだ。お願いしたというか、むしろ率先して提案してきたの方が正しい。正直スズの説明と考えるとなんとなく不安感は否めないけど、まあそこはそれ、アンズが割とゲーム好きだから、訊いてみるのも悪くない。
そんなことを思っていると、スズはどこかから取り出した冊子を渡してきた。
「さーじゃあまずはこちらをご覧ください」
「なにそれ」
受け取ってみればそれはコピー用紙をまとめてホチキス止めしたような簡素な冊子で、表題は『スズのアナザーワールド講座~基本編~』と記されている。
「……なにこれ」
「作った!」
「は、え、いつ?」
「え?おととい。だからあんなに遅くなっちゃったんだよね」
いやはやまいったと笑うスズだったけど、私としては頭を抱えたくなる思いだった。
いや、普通まだ了承もないのにそこまでしないから。
ほんとうにスズはほんと……。
「なんかね、アナザーワールドっていうかゲームの基礎知識みたいなことをまとめてみたんだよ。言葉より文字の方がいいでしょ?」
「まあ、うん、そうだけど」
「とりあえずそれを読みながら説明しちゃうよ!……の前に」
ででーん、とまたどこからともなく取り出されたのは、眼鏡だった。
多分伊達眼鏡のそれを身に着けたスズは、ズビシと指を向けてくる。
「授業をはじめるですわ!」
「……なにそれ」
「形から入ってみた!」
どやどやと無駄にいくつものポーズを披露してくるスズは絶対的になにかが違うと思ったけど、まあ面倒だから無視することにして冊子を開いてみる。
とりあえず目次を読んでみると、なるほどゲームの基礎知識というのは本当だったみたいで、マナーとかネットリテラシーとか、あとはゲーム用語とかが解説されているらしかった。中身をちらと確認してみても特に不可解な文章みたいなのは見当たらなくて、普段の言動から比べるとずいぶんとまともだ。
小説家という自称に、にわかに信憑性が出てきた瞬間だった。
さておき。
「じゃあじゃあ、えっと、スズの?アナザーワールド講座?しょ、きゅう編?はっじまっるよー!」
わーわーどんどんぱふぱふと口で擬音を奏でるスズに胡乱な視線を向ける。
自分のなのにタイトルうろ覚えとかそれはどうなんだろう。結局間違ってるし。
そうなると内容の方も心配になったけど、案外そっちはまともだったようで、冊子にあわせて進む説明はまあそこそこ分かりやすかった。むしろゲーム知識よりマナーの方が分かりにくかったけど、まあ、そこは常識的に考えたら分かることだったからいいとして。
「まあだいたいそんな感じ!後は慣れろ!」
「適当すぎ」
「早く一緒にやりたいんだよー!」
「はいはい」
なんなら説明している途中からわくわくそわそわしていたスズは、伊達眼鏡を取っ払うと「うおぉぉぉ―――!」と叫びながらどこかへとすっ飛んでいく。そして「―――ぉぉぉおお!」と戻ってくると、なにやらいろいろな機材を抱えていた。
「いまから配線とかしちゃうから!待ってて!」
「手伝い、は邪魔になりそうか。ありがと」
「おぅいぇ!」
ぐっと親指を立てて、スズは私のベッドの上でなんやかんやとコードを弄くる。
手慣れた感じでは全くなかったけど、それでも特に悩む様子もなく進む辺りは現代人なんだなあとひしひし感じつつ、ふと思った。
「そういえば、それっていくらなの?出すけど」
「いいっていいって!クリスマスプレゼントみたいな感じだから!」
こっちに顔も向けないで言ってのけるスズだったけど、それは流石に申し訳ない。なにせ私はイブの日にちょっとディナーを奮発したくらいだったから、余計に。
なにかないかと考えて、そういえばマミさんと一緒に行ったお店にシルバーアクセサリー的なものもあったかなと思い出す。マミさんに似合いそうな雰囲気のものはなかったからあんまり意識してなかったけど、スズなんかはああいうのも似合いそうだ。仕事の帰りにでも寄って、ネックレスの一つでも買ってみようか。
「できたー!」
どんなのがいいかと考えていると、スズの嬉しそうな声に意識を引き戻される。
見ればスズはコードの接続されたヘッドセットをぶんぶんと振り回して「ね!できたよ!かんせーだよ!」と私に褒められるのを待っている。さしずめあれはしっぽの代わりという感じだろうか、まったく子供みたいだ。
つい、笑みが零れる。
「スズ」
私は名前を呼びながら寄っていって、そんなスズをベッドの上に押し倒した。
そして両腕を突いて見下ろせば、スズは完全に戸惑って、「あ、え、」と意味もなく視線を彷徨わせる。
「え、えと、あや、ゲーム―――」
「スズ、ありがと」
「う、ど、どいたまして?」
おかしな言葉と共に首を傾げるスズの、その唇に触れる。
びくっと身体を震わせて、スズは喉を鳴らした。
「お礼、これでもいい?」
「べ、つにいら、いらなぃ、ょ?」
スズの言葉は徐々に尻すぼみになって、いらないと言う割に服の袖を掴んでくる。
なによりその目は、まあ、正直誘われてるようにしか感じられない。
だからなぶるように、からかうように、私は言葉を紡ぐ。
「私があげたいんだけど、だめ?」
「う、うぅ……」
私の言葉に、スズは目に見えて狼狽えながら「あー」だの「うー」だのうめき声を上げて。
「……しぃ、……す」
それでも私がなにも言わないでいると、スズはもにょもにょと不明瞭な声でなにかを言った。
「じゃあ、あげる」
「んっ……」
唇を重ねると、今度はスズの言うムードとかいうやつは悪くなかったらしい、素直に受け入れられる。
本当ならもう少し待ってみても良かったけど、まあ一応クリスマスプレゼントのお礼という名目だからやめておいた。
ネックレスはハート型のやつにしようと。
少し子供っぽいかもしれないけど、そんなことを思った。
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《登場人物》
『柊綾』
・甘すぎるものは好きじゃないからケーキはいつでも大人の味な二十三歳。なんだかんだ言いつつスズと二人きりの時は結局いちゃいちゃしてしまう。そういうところが一部に好まれているとも言える訳で、そしてあやという人間の真髄でもあるかもしれない。実は割とS気質だけど、相手によってはMっ気も見せるというハイスペック。平常モードと大人時間モードとの差が、スズの場合だと割と大きい。
『柳瀬鈴』
・甘ければ甘いほど好きだけど苦くても美味しいから好きな二十三歳。精神年齢の発育が身体年齢にすら遅れているという驚異の駄々っ子は、なんだかんだ甘やかしてくれるあやの前では度を過ぎることもしばしば。凝り性というかなんというか、主にあや限定であれやこれやと気を回して自作の説明書などというものまで作ってしまうが、そもそもあやの反応を微塵も計算に入れていないので結局無駄になることも。とはいえなんだかんだ甘いので、アナザーワールドのように一度拒絶されたけど後で気が変わることもそこそこ多い。流れ作業的にぺろりされなければ大体蕩ける。ムード(笑)。
どんな関係なんだろうこの人達。




