19話:あいつらも夜は寝てるのかね
早速危機一髪
「山だ」
「山」
「やーまー!」
「山っすねー」
山というか、山々。
複数形で立ち並ぶ、右も左も果てしない大自然の壁。合間を縫って行く地上ルートみたいなものはもはや見当たらなくて、初手から登山を強いられる屈強なそれは、けどよく見ると明らかにここ登れますよ!というような地帯もちらほら見える……気がする。暗くてよく分からないけど。狙い目はあんまり傾斜がないところだろうか、それでも私なら登るのを拒む程度には険しいけど。
「よっしゃー!レッツゴー!」
一人やけにテンションの高いスズを先頭に、そして私たちはその山々へと挑んでゆくのだった。私をお姫様抱っこしている以上、どう考えても先頭はスズじゃないと思うんだけど、そんなのはお構いなしらしい。多少足並み揃えている辺りに成長を感じるから、まあそう大したことにはならないだろうけど。
「いっちばんのりぃー!」
「おめでとう」
「おめでとうっす」
「ん」
ぴょんこと近くの岩に飛び乗って、スズはきゃいきゃいはしゃぐ。
別にこのメンツで一番乗りになってもなんの自慢にもならなさそうだったけど、誰もなにも言わない辺り優しい。もはや諦めている可能性もなきにしもあらずだけど。
思いつつ、観察の目を発動。
普段から発動しっぱなしにしているのは微妙に煩わしいし、ちょっと疲れるんだけど、この山を登る時はやった方がいいってアンズに言われている。もしかすると石ころとかに擬態するモンスターがいるかもしれないからということだけど、果たしてそんな擬態を見破れる程に私の目は精度がいいのだろうか。
まあそれでもやらないことはないので、恒例の明かり担当スターを頼りに周囲に視線を向けてみる。
『ほどよい石ころ』
・拳大の投げやすい石ころ。雪玉の中に入れてはいけない。
『そこまででもない石』
・抱える程だがそこまででもない石。加工する程の強度はない。
『小さな石ころ』
・投げるには小さすぎる石ころ。スリングショットの弾にならなるかもしれない。
『ほどよい石ころ』
『小さな石ころ』
『小さな石ころ』
『尖った石片』
・鋭く尖った石の欠片。踏んだら痛い。
『最高に石ころ』
・投げるために存在するかのような最高に石ころな形をしている石ころ。気がつけば投げている。
etc……。
同じ説明文もあるけど、圧倒的にそうじゃない方が多いという意味の分からなさ。石ころごときにもそんな一言コメントみたいなの添えてあるとか、無駄に頑張りすぎじゃないだろうか。一体どこを目指しているんだろう。
さておき。
「擬態してるみたいなのは、少なくとも見えないよ」
「まあまだ入ったばっかっすし」
「ん。一応」
「分かった。もうちょっとやってみる……あ、スズそこの石気をつけて」
「へぎっ!?ぃ!ら!セーフ!」
「言わんこっちゃない」
石ころを踏んで足首がグリッとなったけど、スズはなんとか体勢を取り戻した。そうなると当然私も視界がぐらついたけど、亀のおかげで揺れとかにかなり慣れたみたいで全然気にならなかった。着々と私のお荷物能力が最適化されていく。
にしても、こんな暗い中岩山を登ろうっていうのに、前しか見てないのが丸わかりだ。モンスターの前に地形でどうにかなるんじゃないだろうか。主に私が巻き添えで。そうなるとVITのない私だけが死んでしまう可能性は十分にある訳で、やるならちゃんとやってほしい。
「気をつけてよ、ほんとに」
「はっはっはー!任せろうぃ!?」
高らかに笑った直後また足を踏み外しかけるスズは、もはや多分なにを言っても無駄なんだろう。バツが悪そうに笑うその表情に呆れ返りつつ、改めて石ころ鑑定に戻る。
石ころ石ころ石石ころ石石石ころ石ころ石……目が疲れたからちょっと目をしぱしぱして、も一度石石ころ石石石石ころ石ころ石ころ石石ころ……あれ?
「あ、ちょっと待って」
「んー?なんかあった?」
「うん、あったというか、なんというか……」
「どれっす?」
「……石」
私の視線を追うように、みんなが視線をそれに向ける。
その先にあるのは、まあ、なんの変哲もない石だ。
詳細もこんなだし。
『石』
・なんの変哲もない石。なんの変哲もない。
うーん、なんの変哲もない。
でも、なんの変哲もないのは確かなんだけど、ここまでほどよいだのそこまででもないだの言っといて急に『石』だけとか、むしろ怪しすぎて判断に困るんだけどこれ。そんな念押しされたら、さすがに疑わざるをえないというかなんというか。
「……えっと、別に何かが擬態してるとか出た訳じゃないんだけど、なんかちょっと、あの石怪しいかもなんだけど、ちょっと待ってね……」
こう、見つめ続けたらより深く分かるっていう性質もあることだし、ずっと見てたらなんか見破れたりしないかなあと。
そんな訳で、じっと見て、見て、見て、見て―――
「お」
「おおー?」
「なにか分かった?」
「敵っすか?敵っすか?」
なんでそんなにきらりんはワクワクしてるんだろう、というのはまあさておき。
振り向いて、集まる視線に頷く。
『ロックドット』
LV:5
耐性:斬・刺
弱点:打
「きらりん、殴り割ろう」
「打撃っすね!おっけーっす!」
即座に鉄の拳を構えて突貫するきらりんはそして跳躍、落下の勢いと共に、組んだ手を思い切りその石のモンスターに振り下ろす。
「ちぇりぉぉおおおっすぅ!」
ゴギッ!と大きな音を立てて、頂点から真っ直ぐに落ちるヒビ。
そのまま石は真っ二つに別れて、ポリゴンになって消えた。
……うん。
「全然どんなモンスターか分かんなかったね」
「おおっとお!?しまったっす!つい勢いでっす!」
「ぽんこつ」
「おっちょこちょいだなきらりーん!」
「はぐあ!」
いい子なきらりんは、お前にだけは言われたくねえよとかそういう反論を一つもしないで、がっくしとその場に這いつくばった。
手が届かなくてよしよしできないから、とりあえずどんまいと仕草だけで伝えてみる。
「……ぅううー!っし!次はちゃんとやるっすよー!」
さすが、立ち直りが早い。
と思ったら意気込みながらすすすと身を寄せて頭を差し出してきたので、もちろん撫でてあげる。
「かっこよかったよ、きらりん」
「……次も滅殺っす!」
てれてれきらりんがそんなことを言う。
照れ隠しに滅殺とか、ちょっと行きすぎじゃないかなあと。
可愛すぎないだろうかきらりん。
■
「えっと、それとそれ、あとそこの……」
「あれっす?」
「そうそれ」
「りょーかいっす!」
きらりんが意気揚々と改めて向き直ったところで、私が指さした頃にはもう放たれ尽くしていた総計三発の呪弾が着弾した。
途端に、石に擬態したモンスターは、その所在を示すみたいに闇のもやもやに包まれて。
「ほっ、よっ、てりゃっす!」
そして動き出すまもなくきらりんの鉄拳を受けて、みんな砕けてポリゴンに散っていった。そうすることでなんとか先に進めそうな足がかりができたから、私たちはなんとかかんとかさらに進んでいく。
基本的には、整備されていないながらもそこそこお誂え向きに用意された通り道のようなものがなきにしもあらずなんだけど、今みたいにそんな場所をすら塞ぐみたいにモンスターが立っていることがあったりする。別にそうじゃないモンスターも普通に奇襲を仕掛けてくるから対処しなきゃいけないんだけど、こう、突き当たったときの軽い絶望感が辛い。ここまでひーこらやってきて行き止まりとか、冗談じゃない。私歩いてないけど。
とはいえまあ、ここまで何回か見破ったおかげか最初から見破れるようになったし、今では行き止まりに着く度にそこまで戦々恐々になることもないんだけど。なんて油断してたら最初のと違うモンスターに危うく突き落とされそうになったりしたから、警戒はきちんとするとして。
「あれ?なんだろうあれ、穴?」
だからだろうか、一番最初に気がついたのは私だった。
最前で前ばっかり見てるからこそだと思うけど、月明かりとスターの明かりに照らされた山肌に、ぽかりと空いた穴を見つけた。
図体の大きな人が二人並んでも全然余裕でくぐれそうな穴。
もしかして、これが坑道というやつなんだろうか。
いやでも、だとしてもなんでこんな微妙なところに開いてるんだろう。
普通に考えて、もうちょっとこう、行きやすい場所に開けた方がいいと思うんだけど。こんなモンスターだらけの危ない道に開けてて、利便性とか考えてないんだろうか。あと、どうも見た限り入口の補修とかしてないみたいなんだけど、中はどうなっているんだろう。
そんなことを思いつつ。
みんなで穴の前にやってきた私たちは、それから入るか入らないか相談して、といってもかなりあっさり入ることになったから、早速突入してみた。
感想としては、うん、暗い。
暗いし、不安。
岩をそのまま砕き進んだだけみたいな、所々ひび割れて、整備のひとつもされていない坑道が、くねくねと続いていく。本当にこれは採掘場的な場所になっているんだろうか、どうもそういう感じじゃないんだけど。
不思議に思いつつも、ずんずん進む。
進みながら、例によって例のごとく色んなところに観察の目を向けてみるけど、石ころが落ちていたりもしないから特に引っかかるものもない。強いて言うなら壁に説明が出たけど、擬態的な意味じゃなくてなんの変哲もない壁だったし。
そんなここまでとは打って変わって地味な道のりに、もちろんスズがそう長く我慢できる訳もなくて。
「うー、つまんなーい!」
「いや、早い早い」
多分五分も経ってないんだけど、ほんと分かりやすいなあまったく。
私の呆れの視線に、スズはぷくうと頬を膨らませる。二十三歳でなにやってるんだと思うけど、可愛いのがちょっと腹立たしい。
「でも実際なんもないっすね。モンスターの一匹二匹出ててもいいっすよ普通」
「だよねー!?ほらあ!」
そんな勝ち誇られても、私にどうしろって言うんだ。
きらりんの言葉に顔を輝かせるスズに、やれやれと呆れつつアンズに視線を向けてみると、アンズはゆるりと首を振った。
「今のところ、特に異常はないと思う」
「うーん、そうだよね」
私も特に見えないし、アンズが言うならほぼほぼ間違いないだろう。
うーむ。さすがにこんなちょっとで引き返すつもりはないにしても、なにか襲撃でもあってくれた方がスズのモチベーション的な意味で嬉しいんだけどなあ。
そんなことを思いつつ、改めて坑道に目を向ける。
相変わらずなにもない。
ただ曲がりくねった道と、ひび。
アンズときらりんが後ろも警戒してるはずだから、そこまで見落としもないはずなんだけど。
なんだろう、この山にも街があるみたいだし、坑道の中は安全地帯なんだろうか。
正直こんなヒビだらけの場所だと、いろんな意味で安全じゃなさそうなんだけど。地震とか起きたら崩落しそうだし。
と、なんの気なしにヒビ割れに視線を向けていると、不意に気づく。
なにか、ちょっと違和感。
「スズ、止まって」
「おー!?なになに!?」
「いや、そんな期待されてもあれなんだけど」
所詮、ちょっとした違和感だし。
違和感というか、なんだろう、ヒビ割れの向こうが、なんとなく、どことなく、普通じゃないような―――
『ストーンクラウド』
LV―――
「ああ、なるほど」
「どしたの!ねーねーあやー!」
「ちょっ、揺らさないで揺らさないで」
せっかく見えてきた情報が、スズに揺らされて消えてしまった。流石に揺れながらヒビの向こうを覗くことはできない。
「落ち着くっす!」
「調子に乗るな」
「ふげっ!?」
「うわ容赦ないっす……」
情け容赦なくスズの後頭部に魔力弾をぶち込むアンズに、きらりんが頬を引き攣らせる。本人はまるで当然のような表情してるけど、まあ魔法じゃない分手加減した方なんだろう、多分。
「なにすんだよー!」
「待ってスズ、私が見つけたヤツはいいの?」
「そーだった!覚えてろー!」
絶対スズの方が忘れる。間違いなく。
さておき改めてヒビの向こうに視線を通してみる。
『ストーンクラウド』
LV:7
耐性:物理
弱点:水冷
その名前の通り、なのかよく分からないけど、多分このモンスターは気体的なモンスターなんだろう。石の雲って名前からは硬いのか雲なのかよく分かんないけど、多分ヒビの中に潜伏しているくらいだから、そうなんだと思う。
というか、とすると中々厄介なモンスターなんじゃないだろうか。
もくもくな上に物理に耐性があるっていうことは、実質アンズだけしかまともに攻撃通せなさそうだし。それにしたって弱点属性じゃないから、確実に一発で仕留められるかは微妙なところだ。まあアンズがその程度で苦戦する訳はないけど、これが例えば徒党を組んだりしたら流石に悲惨なことになる未来しか見えない。気体的な感じなら、一つのヒビに沢山入っててもおかしくないし。どうやら進んでヒビから出てくる様子はないから、なんなら無視っていうのもありかもしれないけど……絶対スズが納得しないしなあ。
……まあ、一人で考えてても仕方ないか。
「えっと、ヒビの中に、ストーンクラウドっていうモンスターがいた。レベルは7で、物理に耐性があるみたい」
「よっしゃバトルだー!」
「いや、それうちのパーティと相性悪すぎじゃないっす?」
即座にぴょんぴょんするスズに対して、きらりんは難しい顔をする。
まったくもってその通りなんだけど、っすよね?と視線を向けられたアンズはどこか嬉しそうに胸を張った。
「私の独壇場」
「あ、嬉しいんっすか……分かるっすけど」
分かるんだ。
いやまあ、私も言いたいことは分かるから、というかそんなにあからさまに視線向けられたら分からざるを得ないから嬉しいんだけど……うん、まあ、いいや。
「バートールーだー!」
「よし、じゃあバトルしよっか」
「よしきたー!」
……私を運んでるし物理効かない相手なのに一番テンション高いのはなんでだろうとか、すごい今更なことを思いつつ。
「よし、じゃあリコット、よろしくね」
「任せて」
言った側からヒビに向けて叩き込まれる光の槍。
流石にスプレッドは効率が悪いと判断したんだろう、亀のときに習得したというセイントジャベリンをチョイスしたらしい。
さてどうなるかなとその光景を眺めていた私は。
「――――――――――――!!!!!」
そしてその、甲高い音を聞いた。
音なのか、それとも声なのか。
分からないけど多分後者、それもきっと、攻撃を受けたストーンクラウドの声。
悲鳴。
耳をつんざいて、背筋に気持ち悪い震えを喚起するその絶叫は。
そして同時に、開始のゴングでもあった。
「っ、え、あ、うわ」
「……ば、バトルだー?」
「バトルっていうよりリンチじゃないっすかね……」
「……やばめ」
アンズまでそんな、やばめだなんて弱気なことを言うなんて……。
いやまあ、無理もない。
無理もないというか、無理がある。
この状況で前向きとか、ちょっと流石に無理がある。
―――坑道内部。
視界の届く場所だけでなく、多分届かない場所まで。
そして恐らくは、声の届く限りの場所。
そのヒビというヒビから、まるでこの坑道全てを埋め尽くすかのように吹き出るもやもや。
視線を転じても転じても観察の目が仕事を始めるその状況は、囲まれただとか四面楚歌だとかそういう次元じゃなくて、むしろ飲み込まれて消化される食物くらいの気分で。
うん。
これはちょっと、やばいかもしれない。
■
《登場人物》
『柊綾』
・なんかもう山登りの最中でもお姫様抱っこされるのに躊躇いがなくなってきた二十三歳。少しずつ介護慣れしてゆく主人公の明日はどっちだ!なにげに観察の目を取ったファインプレー、予定調和という名のそれですが、筆者の思うよりもなんか役に立ってる。まさか石点くんを見破るとは。おかげで、石点くんには石のいくつかの場所に目みたいな感じの点があってそれで見分ける、という攻略法に気づかなかったので今度困ることになりそうな気配。夜に山なんて登らせるからだよこのやろう。
『柳瀬鈴』
・別に山登りにこだわりがある訳ではないが、大変な道を踏破しているときのあやからのちょっと心配そうな視線が堪らない二十三歳。それはそれとしてぶっちゃけなんらかの集中力を使って取り組む系のなにかがあればそれだけで楽しい人なので、実際不安定な足場とか山登りとかとの相性は中々。戦いを求めるのもそういう思考故。でもあんまり肉体的に疲れたり筋肉痛になったりするのは好きじゃないから現実ではそんなアクティブじゃない。やったなクラウドさんに囲まれてはしゃぎ放題だぞ。なお攻撃は透過する模様。
『島田輝里』
・石をぶん殴るだけの作業がちょっと楽しくなってきていた二十一歳。でも坑道ルート。しかも次の相手は気体という物理殺し。うぼあ。これを機に物理耐性あるやつに対する攻撃手段とか欲しいっすと思い始めるけど、一体いつになることやら。
『小野寺杏』
・やばい状況では素直にやばめとか言っちゃう十九歳。この小説は基本的に可能な限り全年代に流行とか関係なく伝わりそうな言葉を心がけているので、なんかちょっと面白いことになっている。でも流石にこのパーティでこの状況は確かにやばめ。増えたとはいえMP足りない。なんならスズを殺して安全地帯に送ってログアウトさせてから、寝ているあやに触れるとかで強引にヘッドギアの安全装置を働かせて強制ログアウト、くらいのことは使ってでもあやは殺させないとか考えてる。ちょっと病んでないかねキミ。
ドットロックではなく




