13話:いちゃらぶを短縮しなきゃAWが……!
これでも控えめなんです……許して……
「ねーあやー」
「なに」
「呼んでみただけー」
「そう」
「……ねーあやー」
「なに」
「むふふ、呼んでみただけだよー」
「そう」
ごろごろと。
寝転がりながら、にへにへ笑うスズ。
一緒にいられるだけで幸せだとそう言って、本当になにもしないこの時間を心底楽しむスズを見ていると、私もついつい心が緩んで、無意識のうちにスズの髪や身体に触れてしまう。時計を見てみれば、かれこれ二時間近くもこんな非生産的で世界一幸福な時間を過ごしているらしかった。先に大掃除とかやるべきことを終わらせているから、心置きなく怠惰に浸れる。
「ねーあやー」
「なに」
「えへへ、すきー」
「私も好きだよ」
「あーやー!」
むぎぅと抱きつかれて、すりすり頬ずりしてくるから、負けじと私もすりすりすり。
すりすりふにふに、いちゃいちゃぎゅっぎゅっ。
そのまま癒着してしまいそうなくらいに、すきすきらぶらぶ。
幸福に溺れて、このまま緩やかに死んでしまいたい。
「あやーおなかすいたー」
「お餅食べる?」
「おもちたべるー」
「あ、こら、んっ」
お餅って、なんか凄い虚しくなる……いやまあ、喜んでくれるならいいけど。
……しばらくして。
「もちもちー」
「きな粉あるよ」
「きなこー」
「砂糖醤油はちょっと待ってね」
「まふぁっふぁ」
むにーんと餅を伸ばすスズにほほえましいものを感じながら、台所で砂糖醤油を用意して戻ってくる。あと海苔。磯辺餅は至高の食べ物の一つだと思う。
「ふぉうむー!」
「ちゃんと飲み込んでからにして」
「んむー!」
もっもっもっと飲み込んで、にぱっと笑う。
ああもう、口の周りきなこついてるし。
「ほら、じっとして」
「ん、ふ、あむ、ちゅ」
……うん、ちょっと甘すぎたかもしれない。まあ、餅と一緒に食べるならこれくらいでいいか。
「んふー、おかえしー」
「んむ」
にちにちと、きなこの溶けた餅が入ってくる。
やっぱり、ちょっと甘すぎたみたいだ。塩みはちょうどいいんだけど。
飲み込んで、せっせと作っていた磯辺餅を一口。
香ばしい海苔の香りと、砂糖醤油の甘じょっぱさ。
味が混沌とするけど気にしないで、お返し。
「んふー」
もちもちと笑顔でもぐもぐするスズは、そしてきなこ餅を一口食べて、また口を差し出してくる。
「延々続くんだ」
「ぇあー」
「ああもう、口開けない」
なんかちょっとグロテスクだし……まあ、気にならないけど。
そんなこんなで、満足するまで餅を食べた。
餅を食べて、ついでにシャワーを浴びた。
「あ~や~……」
「はいはい、眠たいの?」
「ねむい……」
お腹がいっぱいになったからと、あとはシャワーを浴びたからだろう、ぽんやりと眠たそうに目をこしこしする。
その頭をなでながら、毛布を掛けてあげる。
「お休み」
「まだいっしょ……」
「大丈夫、一緒にいるよ」
「あぁやぁ」
にゃむにゃむ鳴いて、スズは寝入った。
寝顔が可愛らしくてつい悪戯したくなったけど、私も年越しに備えて大人しく眠っておくことにした。
■
「ふひ、ふはふほほふ!」
「食べてからにして」
「ん!」
ずるずると、年越しそばをすする。
年越しそばって多分年を越す前に食べるものなんだろうけど、あけおめより初日の出が優先される私たちにそういう概念は存在しない。ちなみに夜はカニだったから、もちろんそれもそばと比べるまでもないのだった。
そんなそば、流石に麺も出汁も市販のものだけど、それでもなかなかどうして美味しいものだ。
スズと一緒に一年の終わりを迎えられたというのも、多分理由の一つだけど。
なんてふと思って、頬が赤らむのを感じる。
スズと一緒に過ごして、もう六年……七年?にもなるっていうのに、どうして私はまだこんなにも嬉しいんだろう。スズが当たり前にそこにいることを、いつまで私はこんなにも幸せと感じられるんだろう。
考え始めたら止まらなくなって、顔がどんどん熱くなる。
うぅ……やっぱり駄目だ、スズは一番駄目だ……こう、なんだか、なんだかよく分からないけど、どうしようもなく、どうしようもなくなる……。
顔の赤みをごまかすように、そばに一味を振り掛けた。
馬鹿みたいに辛くて、お腹が引きつる味がした。
そんな私にスズは、そばをゴクンと飲み込んで、それから屈託のない笑顔を向けてくる。
「いやー、今年……もー去年か!なんでもいーや!またあやと一緒に過ごせてよかった!ありがとね!」
なんて。
なんでこういうときにそういうことを言うんだ、もう。
作家故のなにかなんだろうか、全然特別でもない言葉で、都合がいいくらいに私を殺そうとしないでほしい。
「スズのばか」
「ええ!?なんで!?」
「大好きっていう意味」
「なんだそりゃー!」
訳の分からない言葉に、スズは首を傾げる。
それでもとりあえず喜んでおく辺りがスズらしくて、私はついつい吹き出してしまった。
ああやっぱり好きだなと、しみじみ思う。
今年もいい年になりそうだ。
「なんかよく分かんないけど、来年もよろしく!」
「うん、こちらこそ。死ぬまで私だけを好きでいてね」
「もちもちー!」
そんな風に笑い合ってそばを……うわ辛いこれ……なにこれ……うん、まあ、食べた。
食べて。
しばらく二人でおしゃべりをして、気がつけば時間は過ぎていた。
初日の出予想時間の五分前、そこそこ高いマンションだけど、そこからでもまだ日は昇っていない。
きちんと厚着をしてベランダに出て、そのときを待つ。
しばらくして。
「わあ!」
「今年も見れたね」
建物に埋め尽くされた地上を、少しずつ日差しが溶かしてゆく。
科学が発展しても、多分世界が滅んでも、きっと変わらず昇るだろうと、思わせるだけには神々しい日の出。
私はそれに網膜を焼かれる前に、そっとスズの後ろに回る。
そして取り出したそれを、後ろからスズの首に巻く。
「え?」
振り返ったスズに、微笑みを向ける。
「ちょっと遅いけど、クリスマスプレゼント」
「あ……」
スズはそっと、首元で光るそれを手のひらにのせる。
ハート型の、シンプルなネックレス。
いつでもつけられる程度には無難で、だけどそこそこ高級感を覚える程度に洗練されたそれは、うん、やっぱりスズによく似合う。
「これからもよろしくね」
「うんっ!」
スズの表情を、太陽が隠して。
それでも私は、満ち足りた。
■
AWをしよう。
スズがそんな提案をしてきたのは、日の出を見て、一緒の時間を過ごして、そして疲れて眠って目が覚めた、そんな昼前のことだった。
全裸で仁王立ちしての宣言に、どうして無駄に無駄な男前を発揮したのかと首を傾げたのは言うまでもないけど、それに対するスズの反応は、友達だからね!というそこじゃない回答だった。
そこじゃないけど言いたいことに納得はしたから、私はとりあえず二人にも連絡を取ってみたんだけど、なんとアンズもキラリちゃんもすぐに了承してくれた。端末の前で待機してたんじゃないかというくらいに早いレスポンスだったんだけど、いったいなにをしていたんだろう。
ともあれまあ、そんな訳で。
お昼ご飯を終えた頃、私は森の中の村の、その居住エリアの中心である広場へと降り立った。
「ユアー!」
「ユアさん」
「せ、ユアさん!」
と同時に駆け寄ってくる三人のプレイヤー。
月明かりがそこそこ明るいとはいえそれでも夜なのに周囲の視線を一緒に連れてきている気がするのは多分気のせいじゃなくて、というか私に集中してるんだけど……なんだろう、この、このなんとも言えない恥ずかしさ。
「こんにちは。じゃあ、早速だけど行こっか」
「あいあい!」
「ん」
「了解っす!」
元気な返事を返してくれるみんなと一緒に、夜の森へ。
ところで、言うまでもないことだけど、私の魔法はどうあがいても探索とか冒険とか、そういう動きのあることには不向きが過ぎる。ただ、腰を据えるまでもない相手に対して私はそもそも特に意味がないというのも紛れもない事実で、それならどうしようかと考えた結果、私は前回ちょっとしたアビリティをとっていたりする。
「『スター』」
発動と共に、空中に出現する光の球。
と同時に、視界が明るくなる。
なるほど、これ明かりにもなるんだ。思わぬ使い道だった。
そんな風に感心してみるけど、みんなには不評らしい。
「ぐぬぬ、便利な……」
「便利」
「むう、便利っす」
そこは別に普通に喜べばいいのに。
さて150ポイントというお手頃価格で取得したこれは『スター』というアビリティで、一定距離の敵に自動で遠距離攻撃を仕掛けてくれる頼れるやつだ。MPも10ポイントで五分持続するから実質消費なんてあってないようなものだし、領域魔法との併用もばっちりだ。
……まあ、その分攻撃力も低いけど、そこはそれ、少しでも貢献しているという気になりたいという、些細なわがままみたいなものだから。なにもせずにEXPを貰うのは、流石に心が……うん。いや、なんかみんながむしろそれをこそ望んでるみたいだとしてもね。なんならこの程度ですら若干不評だったけど、私にゲームをさせてほしい。
魔法の選択といいスズに運ばれている今の状況といい、どの口が言うのかと私も思うけども。これはこれで楽でいいとか、ちょっと思っちゃったりするけども。
でも端から見たらこれほんと介護だし。
私から見ても介護だし。
いやもちろん、新しいアビリティはこれだけじゃない。
もう一つ、『観察の目』というアビリティも取っている。
発動したまま対象を見続けると、そのステータスみたいなものを覗けるという便利なアビリティだ。直接支援を半ば諦めているからこそのチョイス。
例えばこれを私の手に向けると、こんなウィンドウが表示される。
『ユア』
LV:4
耐性:魔法
弱点:物理
耐性と弱点はそのままとして、LVというのは能力値の総計を10で割って小数点以下を切り捨てた値らしい。EXPをちょくちょく割り振ってる私のステータスは、INTが15、MINが25になっていて、足して40だから、LV4になるということだ。
便利。うん、便利。見る時間によって表示されていくから最後の項目まで表示されるのに10秒くらいかかるし視線が外れたらやり直しだけど、便利。モンスターのLVが私より高いとかかる時間も増えるけど、便利。アイテムとかのちょっとした説明も見れるし、間違いなく便利だ。うん。
……なんだろう、私って、アビリティを選ぶセンスないんだろうか……いや、ないんだろうけど。
さておき。
森林探索。
村から北へ、つまり少なくとも中心から離れていくようにと、歩いて行く。
月明かりを枝葉が遮る真っ暗闇の中を、スターの明かりを頼りに進む。
進んでいくんだけど、なんか凄い襲撃される。
蛇とか変な黒いムササビみたいなのとかでかい蛾とかが、さっきから昼間の二倍くらいの頻度で、しかもちょっと数多めでやってくるんだけど、もしかしてこれ光に集まってるんだろうか。
「なかなかうざいっすねーこれ」
「EXP稼ぎにはいい」
片手斧と短剣を投擲して牽制しつつ長剣や拳や足を振るうキラリちゃんに、淡々と複数のモンスターを吹き飛ばしながらアンズが言う。
モンスターは総計十体くらいいるのに、二人はまだまだ余裕みたいだ。ステータスが上がって攻撃力とかMPが上がってるというのもあるんだろう、多勢に無勢なのに、守られていて安心感が凄い。
とはいえ瞬殺とはいかないから、ここぞとばかりにスズがにんまりと笑った。
「ふっふっふー!手を貸してほしーかー!」
「「いらない」っす」
「なにー!?」
スズがショックを受けてるけど、実際アンズもキラリちゃんも今まさに二体ずつモンスターを倒すところで、そうなればもうそのあとは早かった。
瞬殺じゃなくとも、圧勝だ。
「むぐぐ」
唸るスズに、アンズは言う。
「それならユアさんを私が受け持つことになる」
「なにおー!」
「あ、ずるいっすよ!……ひぇあ!」
咄嗟に言ったキラリちゃんが羞恥心で沈んだ。
一日置くとこうなるんだ、キラリちゃん。大丈夫だろうか。あの感じだと、もはやろくに喋れなさそうだけど。
「むー!ユアは私が運ぶもん!」
「うわっ」
半分くらいわくわくしながら心配していると、スズがまるで私をアンズから守るみたいに思いっきり遠ざけて、遠心力で吹き飛びそうになった。心臓に悪いからほんとやめてほしい。
「気をつけてね……邪魔なら歩くから」
「気をつける!気をつけるから抱かせて!」
いやそれはなんか違う。
「……考えたら、リーンがユアさんを運ぶ必然性がない」
「ぬ?」
私たちのやりとりを見ていたアンズが、不意に言った。
「た、確かにそうっす!」
「に?」
お、キラリちゃんも参戦した。
「な、なんだよー!やんのかー!」
これにはスズもたじたじらしい、じりじりと後ずさる。
なんだろう、当事者なのに疎外感。
そんな私を置き去りに、アンズはそして滔々と根拠を並べていく。
「そもそもリーンが運んでいるのはこれまでそうだったからと、リーンが出ると戦闘が簡単になってしまうから。けれど今戦闘の経験はそこまで重要ではなく、むしろ移動と戦闘を両立させるにあたって最も効率的な組み合わせを考えるべき」
「そうっすそうっす!」
「ぐぐ……」
……あれ?この流れってキラリちゃん……。
「そう考えたとき」
私の気づきを裏付けるみたいに、アンズはきゅぴんと目を光らせる。
「もっともユアさんを運ぶにふさわしいのは、両手が使えなくとも戦闘が可能な私ということになる」
「そ、え、は!?ちょっ、待つっす!異議ありっす!」
「むぐぐぐぐ……!」
最初追求されていたスズは唸るだけだけど、キラリちゃんは負けじと粘る。
大丈夫かな。私ここにいるんだけど。
まあ、頑張れ。
「り、リコットはあれっす!STR低いっすし!」
「最近改善した」
「なっ!?」
アンズが見せつけた指輪に、キラリちゃんはたじろぐ。
自分で渡した指輪が自分を追い詰めるなんて!といったところだろうか。
そもそも10ポイントって人一人を抱えられるくらいに大きいんだろうかとか気になることはあるけど、有無を言わさずアンズは続ける。
「この中でユアさんを抱いて支障が出ないのは、後衛である私だけ。だから私が運び屋になるべき」
「むぐぐ……」
「うぐぅ……」
おっと、唸るのが二人になった。
どうやらアンズの一人勝ちらしい。
なんて思っていけど、それでもまだ納得がいかないらしい。
スズは私を抱えたまま、びしぃっとアンズに指を突きつける。
「なら勝負だー!」
……え、また?
■
《登場人物》
『柊綾』
・なんか君人格変わってんじゃね?な二十三歳。一話での冷たさはどこへやら、大晦日はなんか凄いバカップルじみている。それもこれも恋人モードと平常モードの差なのだが、そもそもこの作品で100%平常モードなのはほぼ自宅だけというトラップ。いや、だからこそのというべきか。あるいはそれとも、恋人モードこそが素というのもなきにしもあらず。まあ詳しく書いてたら過去編とか触れちゃうので、なんか凄い難儀な性格だと思っといてください。AWにおける方向性が酷い方向に進んでるのはだいたい領域魔法のせい。付与魔法とかMP足りないし、とか思ってんだよこいつ。別口でいいだろそこ……自然回復強化までゲットしといてなんで同時運用に囚われるんだよ……。
『綾瀬鈴』
・幼児退行が激しすぎてなんかもう見てられない二十三歳。なんというか、スズはスズです。ええ、スズです。昔色々あったおかげで本妻的ポジションに立っているが、本人は気がついていない模様。そりゃ現地妻多過ぎんだもの。仕方ないね。
『小野寺杏』
・あやの画像と録音でなんやかんやしていたときに連絡が来てちょっとびびった十九歳。真っ暗な部屋で好きな人の声聴きながら画像漁るとかそれもうなんか相当……。STRとAGIを若干改善できたのでここぞとばかりに動き出したが、なんなら今からSTRにつぎ込んでもいいというくらいには思っていた。
『島田輝里』
・ベッドでごろごろしながらちらちら端末に視線をやってはため息をついてたところに連絡がきて、奇妙な悲鳴と一緒に恋心を加速させた乙女チックな二十一歳。いったんリアルに戻って自分の言動を思い返してうにぃぃぃ!ってなったけどいっそ吹っ切れようと決意、でもやっぱり恥ずかしかった。もうバレてるんじゃないかと戦々恐々すると同時に、なんで分かってくれないんっすか!と若干理不尽に怒りを感じていたりするが、あんたが動かないと進まないんですよこれ。
気が付いたらこうなっていた。
もうこいつらちょっと嫌いになりそう。
ちなみにスターが魔法じゃないのは管轄が違うからです。




