12話:い、一応ゲームをないがしろにするつもりはないです
またリアルに走る。
2019 1/28 なんか色々修正しました。特に変更点はないです
「あ、そーいえばっす」
それはさておき更に進もうとしたところで、キラリちゃんがなにか気がついたみたいにオオカミが消えたところに……って、ああ、ドロップアイテムを忘れてた。どうやらなにかいくつか落ちてるみたいだけど、なんだろう。
「えっと、なんか爪と指輪っすね」
拾ってきたドロップアイテムを見せてくれるけど、うん、確かに爪と指輪だ。
『孤狼の鋭爪』と『孤狼の魂』っていう名前らしい。少なくとも二体はいたのに孤狼ってどうなんだろうという疑問は置いといて、爪は素材、魂は装備品だ。吠える狼の顔が、まあ格好いいけど、私はノーセンキューな感じの指輪。効果はSTRとAGIが10ずつ増えるというなかなかなもの。
「うん、私はいらない」
「わたしもいーよー」
動かない私と、現状飛び抜けたステータスを持つスズが辞退する。
とくればキラリちゃんで決まりかなと思ったけど、意外なことにアンズが手を挙げた。
「欲しい」
ああ、確かにアンズの戦闘スタイルならSTRとAGIが上がるのは嬉しいかもしれない。とはいえキラリちゃんも特化型だから少しでも高くしたいだろうし、これは悩ましい。
けれど、キラリちゃんは一瞬も迷わなかった。
「あ、じゃーどうぞっす」
「いいの?」
あっさりと手渡されて、アンズは不思議そうに首を傾げる。
それに対してキラリちゃんはにこりと笑って親指を立てる。
「もちろんっす。リコットは2000円使ってないっすし、その分っす」
「……ありがとう」
確かに決闘のとき、アンズは軍資金として渡した2000マニをそっくりそのまま私に返してくれた。対してキラリちゃんは色々武器を買い込んで使い切ったみたいだし、それも順当なのかもしれない。
釣り合うかと言われたら微妙なところだけど、本人同士で文句がないなら問題ないだろう。
そんな一幕を挟みつつ。
私たちは、改めて森を進んでいく。
道中襲撃してきたモンスターを叩きのめしたり、村から街に帰る途中というプレイヤー達とすれ違ったりしつつ、ひたすら歩くこと十数分。
そしてようやく私たちは、森の中にある村……ビーツへと到着した。
街ほどじゃないけど、とても広い村だ。住居はみんな平家だけど、軽く百世帯くらいは住んでいそう。村人っぽい人達は外でお喋りをしたり店先であくびをしていたりと全体的になんとものんびりとした雰囲気を感じさせるけど、敷地面積の三分の一くらいを占める畑でなんやかんやと世話をしている人たちはとても忙しない。
一見至って普通の村、だけど、歴史とかには詳しくないけどなんとなく現実的じゃない気がするのは、なんでだろう。
「凄いっすねー。意味分かんないっすけど。なんでこんなとこに村作ったんっすかね」
「……ゲームだから?」
「そんな身も蓋もない……」
ああ、でもそっか。
キラリちゃんの何気ない疑問で、理解する。
この村は、場所がおかしいんだ。
多分雰囲気からして水道みたいなものもないだろうし、さらには井戸みたいなものもないのに、あんなに大きな畑があって人が栄えているというのは普通じゃない。栄えている割に外との連絡用に道が整備されてたりしない辺りも謎だ。
ゲームだから……なんだろう、なんとなく違う気がするのは、すっちんやクラブさんがあまりにもリアルだったからだろうか。特にクラブさんなんか、そんな中途半端なことはしなさそうだけど。
……まあ、それはさておき。
村にたどり着いてリスポーン位置を設定したはいいものの、まだ時間が微妙だったから少しだけ狩りをして、その日のゲームタイムは終わる。
そしてそれは同時に、私のAWからのしばらくの別れを意味しているのだった。
というのも、明日から正月を跨ぐまでの予定に空きがないから。
なまじうちの職場に正月休みなんていう制度があってしまうのもよくないのかもしれない、いや私としては嬉しいことだけど、おかげでここぞとばかりに誘われて、ゲームをやる時間は……訂正、AWをやる時間はなくなってしまうのだ。
正直誘っといてどうなんだという話だけど、そもそもAWの方が後だからどうか許してほしい。
そんなことを説明してみると、中でもキラリちゃんがショックを受けたみたいで、よろよろと後ずさった。
「そんな、マジっすか……?」
「うん。ごめんね」
「せっかく正月休み……うぅ……」
四つん這いになってまでショックを表現されると、こう、ちょっと胸にくるものがある。正月休みにも一緒に遊びたいって、そう思ってくれていると解釈していいんだろうか。
ううむ。
アンズはまさしく正月休みに予定を入れている一人だから特に気にしてないみたいだし、スズとは毎年年越しして初日の出を見るから、まあゲームができないというのに関してはそこまで気にしてないみたいだけど、キラリちゃんはそういうのないんだよね、当然だけど。
でも折角友達になったんだし、一緒に遊びたい。直接会うのはあれだとしても、せめてAWくらいは……えっと、大晦日から九連休で……とりあえず全部……ああ、でもソフィちゃんは……いけ、る?いけそう……そうすると温泉から帰った後も……よし。
「えっと、二日と五日の夜って、みんな空いてたり」
「空いてるー!」
「空いてるっす!」
食いつき早いなあと思いつつ一人考えるそぶりを見せるアンズに視線を向けると、アンズはすすっと距離を詰めて私を見上げる。
「七日も、いい」
「七日って、」
それは、ついさっき埋まったはずの日で。
無理をすることはないと視線で伝えると、アンズはほんのりと頬を染めて微笑む。
「でも、夕方から。一日は、だめ」
「……うん、分かった」
気を遣ってくれたお礼にぎゅっとして、それからなにやらとても複雑な表情をした二人と向き合う。
「という訳で、二日と五日の夜と、あと七日の夕方は私も空いてる……と思う」
断言はできないけど、それでもいいとみんなは頷いてくれた。
ちなみに、私がいなくても別に進めていていいよと言うと、みんな揃って首を振った。
なんでも私がいなきゃ意味がないらしい。
……嬉しいけど、凄い申し訳ない気分。今度から予定は……あー、できるだけ空けておこう、うん。
■
キラリちゃんの、捨てられた子犬みたいな視線を受けつつ定時前上がり。残っていた仕事は全部終わって大掃除までしたから誰に文句を言われるでもなく、また来年とみんなに別れを告げて職場を出たら、その足で待ち合わせの―――
「あ、あや姉!」
どこか緊張を滲ませる固い声。
驚いて視線を向ければ、そこには少しだけ息を弾ませてミズキが立っていた。制服を着てスポーツバッグを肩から掛けたその出で立ちからして、今年最後だという部活から、本当にそのまま来たんだろう。
「その、め、迷惑かもしれせんけど、はやく、会いたくて……」
恥ずかしそうに目をそらして、私の反応を恐れるみたいに俯いて、バッグのベルトをぎゅうと握って。今にも泣き出しそうなのに、それでもそんなわがままを押しつけてくれる。
ああ、なんて幸福なことだろう。
二十三年しか生きてない私だってもう失ってしまった、瑞々しい愛の形。
それが私に向けられているという、その事実。
ただそれだけで、堪らなく胸が弾んでしまう。
私は、駆け出しそうになるのを、大人としての威厳みたいなもののためにどうにか律して静かにミズキへと近づくと、それに気がついて顔を上げるよりも早く、私よりも少し背の低い身体をぎゅっと抱きしめた。
「あっ」
「嬉しい」
「ぅ……」
私の言葉に、ミズキは呻くようにして縮こまる。
制汗剤の香りと、ほんの少しの汗のにおい。
若々しい芳香を胸一杯にため込みながら、私はその頭を撫でた。
「嬉しいよ、ミズキ。誕生日おめでとう」
「ぅう~!」
ぐりぐりと、頭を押しつけてくる。
後ろで一本に纏められた髪が尻尾みたいにふりふりして、とてもかわいい。
なんだかもう、ずっと眺めていたいくらいに照れ照れミズキは可愛かったけど、まだ夜ご飯も食べてないし、学校指定のカーディガンだけじゃあミズキも寒いだろう。ウィンドブレーカーでも着ればいいのに、あんまり可愛くないから嫌らしい。
そんな訳で身体を離して、見つめ合う。
「じゃあ、とりあえずご飯にしよっか」
「あ、はいっ!お腹ぺこぺこです!」
言った途端に、くぅ~と可愛らしくお腹の虫が鳴いた。
「うぅ……」
「ふふっ」
「笑わないでくださいよぉ、もお……」
頬を朱に染めた抗議の視線には微笑みを返して、頭を撫でる。
「部活、お疲れ様」
私が言うと、ミズキははにかんでまたぐりぐと頭を押しつけてきた。
頑張っていることを褒められるのが、ミズキはとても好きなのだ。
そんなこんなで、私たちは夜ご飯を食べに近くのファミレスにやってきた。
あんまり高いところだとミズキが緊張しちゃうし、なにより遠慮してお腹いっぱい食べてくれない。そんなところも可愛いけど、食べ盛りのミズキにはいっぱい食べてほしいと、私としては思う訳で。
「そうだ、今のうちに渡しとくね。誕生日おめでとう、ミズキ。はいこれ」
「あ、はいっ、ありがとうございます!」
大げさなまでに、わざわざ立ち上がって腰を直角に折って受け取るミズキ。
そこまでする物でもないんだけどな。
「いつでも使えると思って、シュシュにしてみた」
「ぜ、絶対今度つけてきます!」
「うん。楽しみにしてる」
それからプレゼントを開封してもらって改めてお礼をもらったり色々あったけど、とりあえず一段落して。
「じゃあ、乾杯」
「か、乾杯です!」
ちんっ、とグラスを合わせる。
ドリンクバーのドリンクなのにミズキは片手を皿にするみたいにして持っていて、そんな動作も可愛らしかった。
そんなことを思いつつメロンソーダに口を付けてそのしゅわあまを楽しんでいると、くすっと笑われる。
「まだ面白いの?」
「ふ、だって、メロンソーダっ、んふっ」
「美味しいでしょ」
「でも、子供みたいですよ。ふふっ」
そういう自分も決まってオレンジジュースなのに、ミズキはすっごい笑う。いやまあ、高校生でオトナなドリンクを飲もうとしてたら、もちろん全力で止めるけど。
私の拗ねた視線が面白いらしい、ミズキはひとしきり笑った。それはもう、頼んであった山盛りフライドポテトがくるまでずっと。
まあ、楽しんでくれればいいけど。
そんなことを思いつつ、ポテトを一口。
ほどよく効いた塩味と、さくさくの食感がたまらない。
「やっぱここのポテト美味しいですね」
「そうだね。あるだけ食べちゃう」
「ですね!」
言いつつ、どんどん手が伸びる。
やっぱり食べてる姿も可愛いなと思ってついつい手を止めて眺めていると、そんな私に気づいたミズキはもぐもぐしながら抗議の視線と一緒に、ケチャップをめいっぱいつけたポテトを差し出してくる。
ああ、もう、可愛いなあ……!
はむ。
「にゅあ!?」
ちょっとした茶目っ気で指ごと口に含んでみたら、おかしな鳴き声と一緒にじゅばっと引き抜かれる。その顔は面白いくらいに真っ赤に染まっていたから、ここぞとばかりに笑いかけてみた。
「美味しいよ」
「なぁあああぁぁ!?」
真っ赤だった顔をもっと真っ赤にして、わたわたと慌てふためくミズキちゃん。
ポテトをつまんだ指の形そのままな辺りが可愛い。
ミズキちゃんはしばらくそうしてあわあわしていたけど、ピザが届いたところでようやく気を取り直した。
「ま、まったく、子供じゃないんですから」
ぷんすこ怒りながらもピザを一口食べて目を輝かせるあたりはそっちも人のこと言えないなんて、もちろんそんなこと言わないけど。
とびきりの表情は、やっぱりずっと見ていたいし。
だから私は、至ってまじめに微笑んでみせる。
「ミズキが可愛いからだよ」
「……そういうの、ずるいですよ」
ぷいっとそっぽを向いて、ピザをもぐもぐ。折角収まってたのにまた耳まで真っ赤になっているから、少なくとも嬉しいとは、思ってくれていると思うけど。
……ずるいという言葉の意味は、なんとなく分かった。
「私が、今すっごい緊張してるって言ったら、ミズキは信じる?」
「え?」
驚いたような視線が向けられる。
その視線になんだかどうしようもなくなってグラスを口につけて。
そして私は、そこにもうなにもないことを知った。
「あや、さん?」
「……うんと、まあ、こんな感じ」
流石にこれは恥ずかしすぎて、堪らず視線を逸らす。
いつの間に飲んだんだろう、メロンソーダ。あんなに存在感ある見た目なのに、全然記憶にない。いや、なんというか、思ってたより緊張してるんだ……。
「あやさんが、緊張……」
呆れられたかなと横目に見ると、ミズキは俯いてスカートの裾をぎゅっと握っていた。
呆れとは違うみたいだけど、どういう感情なのかはよく分からなかった。
微妙な空気に包まれる中で、先に動いたのはミズキだった。
すっと立ち上がって、すすすと寄ってきて、そして私の隣に座ると、潤んだ瞳で見上げてくる。
「あや、さん」
か細い声で呼ばれると、どうしてか胸が詰まって、声にならない。
だから代わりに、ミズキの頬に手を触れた。
火傷しそうなくらい熱いのに、離したくないと切に思う。
そしてミズキは、そっと目を閉じた。
差し出されるように突き出された唇を、拒む意思なんてありえなかった。
愛しさに、触れる。
「……すき、です」
顔を離すなり、ミズキは熱に浮かされたみたいに言う。
堪らず私はミズキを抱きしめて、絶対に聞き逃さないように、その耳元で言う。
「私も、好き」
それから私たちは、見つめ合って。
「……んん」
「~~~~ッ!」
なんだか堪らなく恥ずかしくなって、それからはもう二人とも正面を向いて夜ご飯を食べはじめるのだった。
なんだろう、青春っていう感じがする
■
見つめ合う。
「……ん、あはは」
「え、えへ、えへへへ」
はにかみ笑いを浮かべて、そっと目を逸らす。
……なんだろう、この気恥ずかしさは。
生娘でもあるまいに、こう、あはは、みたいな……みたいな。
それもこれも、ミズキが可愛いのがいけない。
うん、そういうことにしておこう。
そういうことにして、気を取り直さなければ。
そんな風に意気込んでいると、ミズキはおずおずと視線を向けてくる。
「えっと、あや姉」
「あれ、あやって呼んでくれないの?」
「へ?」
「ほら、さっきみたいに」
「~~~~~!?」
ここぞとばかりに大人っぽく、余裕たっぷり悪戯めかして言えば、ミズキは顔を真っ赤にしてベッドに突っ伏した。可愛い。
「嬉しかったんだけどなー」
「な、ぇ、にゃ、な、だっ!だっ!」
だーっ!と意味もなく叫んで、わったわたするミズキ。
可愛い。
眺めていると、次第にミズキは落ち着いていった。
「と、とりあえずあや姉でお願いします!」
「そうなの?」
「そうなんです!」
「そっか」
絶対もう一度言わせようと決意したのは、言うまでもない。
「むうう!」
にこにこ笑う私になにを思ったのか、ミズキは唸りながら私に抱きついてきて、そして多分裸の感触に恥ずかしくなって、真っ赤になって縮こまった。
可愛い。
「ミズキ」
「な、なんですか」
「ありがとね」
言いながら、口づけを一つ。
顔を離せば、戸惑ったような視線が私を見ていた。
「私を好きになってくれて、ありがと」
「……ううん」
私の言葉に、ミズキはそっと首を振る。
「ありがとうは、わたしだよ、あや姉」
「ミズキ?」
「私の好きを受け取ってくれて、ありがと」
そう言って、ミズキは私に口づけをしてくれた。
「あや姉が初めての人で、よかった」
……その笑顔は、これまでみたどんな笑顔とも違う、綺麗な笑顔だった。
見惚れてしまうくらいに、綺麗な笑顔。
一瞬、ミズキが別人になったみたいに感じて。
「……はぅあ!?」
次の瞬間、自分の発言に自爆して顔を真っ赤にするのを見て、ほっとする。
今日という日を迎えられて本当によかったと、そう思った。
■
《登場人物》
『柊綾』
・休日は空いてる方がレアというプレイガールな二十三歳。翌日に仕事のある日が基本空いている分、休みの日はここぞとばかりに予定が詰め込まれるらしい。そりゃあゲームやる時間もないっすわ。ミズキが十八歳の誕生日を迎えた当日は家族でのお祝いを優先させたものの、翌日にはきちんと手を出した。そんなことがまかり通っているのはミズキの母親と色々あったからだが、それに関しては多分語らない。
『柳瀬鈴』
・同棲という圧倒的アドバンテージがあってもすぐ嫉妬しちゃう二十三歳。休日のお泊まり率の高さを考えればしかたがないだろう。ちなみにぼっちの日に遭遇したオオカミからのドロップは皮と牙だったので、魂二個みたいなことはないです。
『小野寺杏』
・なんだかんだ言って自分から予定を空けるあたりゲーム好きなんやなあっていう十九歳。六日と七日はぶっ通しでいちゃラブするつもりだったが、AWのために七日の夕方を妥協した。人付き合い苦手系少女の最大限のデレ(あや除く)。
『島田輝里』
・笑顔でレアアイテムを人にあげられちゃうさっぱり系二十一歳。現状特に不都合がないということもあるが、次またなにかいいレアアイテムが出たときの伏線を無意識に張っているというのが大きい。MMORPGをそこそこやるタイプなので、経験則がそこそこ蓄積されているのだ。
『篠崎美月』
・条例的に解禁された翌日に早速合法的なあれこれをしちゃう思春期真っ盛りな十八歳。あやとのつきあい自体はなんやかんや二年に及ぶほどだが、ともすればお縄になってしまうということもあってお預けだった。ついにこの度解禁されて、もうどきどきでどうにかなってしまいそう。謎の青春的波動を放っているので、あやも照れ照れ。なんか色々いっぱいいっぱいになるとあやを呼び捨てにしてしまうというのになんだか特別感を感じてうにぃぃ!ってなる。高校生にしてあやの危うさのようなものはきちんと理解していて、なんならその点に関してはスズよりよっぽど大人かもしれない。母子家庭で母親との仲は良好、故にこそ、というのもあったり、なかったり。母親はでない……で、ない、でない?でない、です多分。
予定がねえ!と言っていますが、AWは可能な限り差し込みます。
リアルの登場人物、というかあやの恋人連中書ききるまではそんな感じ。




