11話:ようやく探索が始まった
2019 1/28 なんか色々修正しました。特に変化はないはずです
なんやかんやとまた一悶着を経つつ、アンズが私とのデート券を勝ち取った後……というとなんだか凄い、こう、こっ恥ずかしいものだけど、さておき私たちは狩りをしていた。
といっても、私は例によって癒やしの領域を展開しつつ、辺りで行われる一方的な虐殺を眺めているだけ。別に手持ちぶさたを感じてはいないけど、なんというか、私の存在意義が少しずつすり減っていくのを感じる光景だった。いや一応、作業効率的な意味で多少貢献してはいるかもしれないけど。
私たちの狩りは交代制だ。
私が領域を展開して、スズが敵を呼んで、一人が適当に暴れて、そして一人が私を護衛するという、なんだかなあという布陣だ。アンズとキラリちゃんが一回ずつやったら休憩がてら移動、その間はスズが一緒になるという流れになっている。そもそも私を守る云々から始まったはずの決闘大会優勝者であるアンズに対してスズがステータスのことで異議を申し立てて、なんやかんやとこじれた挙げ句に話題が私のパートナー的なところまでぶっ飛んだ結果、それならとこんな感じに落ち着いたのだ。
正直意味分からないけど、当人達が納得しているから、まあなにも言わない。
「交代っすよリコット!」
「……分かった」
ぽんやり考えているとそんな短いやりとりが交わされて、不機嫌そうなアンズと上機嫌なキラリちゃんが役割交代する。
アンズは心底嫌そうに戦場へ、キラリちゃんはえっへへーっす、とちょっとはにかみながら私の隣へ体育座り。
「いやー、生き返るっす!さすがはせん、ユアさんの魔法っすね!」
「別に誰が使っても同じだけどね」
「そんなことないっす!」
そんなきらきらした目を向けられても可愛いだけだった。
まあ別に本人が言うならいいやと、とりあえず頭を撫でておく。
そしてまたお話ししながら、思う。
なんというか、みんなゲームをもっと楽しんだらどうなんだろう。いや、まあみんな戦闘してる姿はそれなりに楽しそうだけど、私に構うことの優先順位が高すぎる。キラリちゃんとか、こんな調子で大丈夫なんだろうか、リアルとは随分と印象違うけど。
印象が違うと言えば。
「そういえばきらりん」
「なんっす?」
「きらりんって、私とデートしたかったの?」
「はぅあ!?」
その点はかなり気になっていたんだけど、キラリちゃんは訊いたら途端に真っ赤になってしまった。いや、キラリちゃんに求められれば素直に嬉しくて嬉しすぎるから、全然いいんだけど。
「えっ、と、その、ぇあ、う、」
しどろもどろになって視線をあっちこっちさせて、一生懸命言い訳でも考えているらしかった。別に素直に言ってくれればいいのに……まあその結果、普通になんか流れに乗っただけとかだったら悲しすぎるから、場合によっては優しい嘘を所望するけど。
「そ、そのっすね」
少しばかりの不安を胸に答えを待っていると、結局落ち着くのを待たずにあわあわしながら口を開く。
「ででデートとか!そ、その、そこまで、なんっすかね、その、大それた感じじゃなくてっすよ?」
「大げさじゃない?」
「だっ、でっ、デートってそんな!まだ恋人でもないんっすから!」
高らかに叫んだキラリちゃんだけど、自分で言って恥ずかしいらしい、ひゃー!と可愛らしく鳴いて顔を覆う。
……気づいているんだろうか、そして私は喜んでいいのだろうか、キラリちゃんが『まだ』という言葉を使ったことに。期待していいんだろうか、もうなんか、ちょっと苦しくなってきたけど。
早くもっと直接的な言葉がほしいと、逸る心臓がやかましい。
早くも恋人面をしそうになる心がもう手をつけられない。
けれど、なんとか気を取り直したキラリちゃんの言葉は、もちろん私の望むものではなくて。
「デートとか、その、そんなんじゃなくてっす……と、友達として!せんぱいこーはいとかなしで、その、お、お友達として一緒にお買い物でも行きたいなって、そう思ってたっす……」
お友達。
お友達……。
「す、すすすみませんっす!無礼なこと言っちゃったっす!」
「あ、ううん、違うよ」
少し残念がったのを勘違いして縮こまるキラリちゃんに、慌てて首を振る。
多分先輩後輩からランクアップしたんだから、文句なんてある訳もない。
けどそれを気遣いと捉えたのか、キラリちゃんの表情は暗い。
「すいませんっす……」
「謝ることなんてないよ。私もキラリちゃんとは友達がいい」
「ほ、ほんとっすか!?」
「うん」
そんなにもぱあっと喜ばれると、こっちまでにこにこしてきてしまう。こう、無条件で嬉しくなる感じ。
あっという間に、苦痛を溶かしてしまうような。
だからほっこりして、しばらく見つめ合ってにこにこしていたけど、キラリちゃんがはっと気がついて恥ずかしそうに顔を背けてしまった。
「えっ、と、そんなこと言われたら、う、嬉しいっす、ユアさん」
「私だって、キラリちゃんともっと仲良くなれて嬉しいよ」
「う、うへへ……」
照れ隠しにおかしな笑いを浮かべながら、きゅうと身を寄せられる。
辺りにモンスターがいるということをすっかり忘れてしまいそうになるくらいに可愛い。
しばらくそうしてキラリちゃんを可愛がっている間に、ひとまずアンズの番が終わったらしくて、二人が戻ってきた。
「ゆぅあぁ」
「お疲れ様」
「にゃあぁ」
「むう」
今度はすり寄ってきたスズを撫でる。
名残惜しいけど、一応の決まりらしいからキラリちゃんはここでお終いだ。そんな残念そうな声を上げられると、私としても悲しいんだけど。
「それで、実際どうだった?」
誤魔化すように、私は訊ねる。
「効率は悪い」
真っ先に答えたアンズは当然のように手厳しい。
まあ、分かってることだ。そりゃあこんな、護衛なんて名目で一人が完全に空く状態で効率なんていい訳がない。
そう思ったけど、それだけじゃないらしい。
「そもそも戦闘という行為自体が非効率」
「あ、それはわたしも思ったっす。普通もっと経験値もらえておかしくないっすよ」
「ゆーあー」
「ああ、やっぱりそうなんだ」
まあ、今のでも合計15ポイントくらいしかもらえてないし。私の働き云々は、一応『パーティー』の機能を使ってるからあんまり関係ないはずなのに。
パーティーというのは、まあ一緒に戦う仲間みたいなもので、戦闘の経験値にそのパーティー全体から見た戦闘の分を加算するという便利な機能だ。つまり二人以上なら大体経験値効率が上がるということで、それなのに今まで使っていなかったのは、なんということはない、テンションが上がりすぎていたスズがすっかり忘れていたからだ。
ポンコツ過ぎる。
いやまあ、私がなんのかんのと言えることじゃないけど。
ともかく。
「じゃあ、EXPがほしいならもっとやり方があるのかな」
「単にここの敵が弱すぎるだけというのもある」
「まー、ここら辺はチュートリアルみたいなもんらしいっすから」
「そうなの?」
「そうっす。戦闘に慣れるためのフィールドらしいっす」
「そうなんだ」
知らなかった。確かに考えてみれば、やけに人が少ないかなとは思っていた。
アンズもキラリちゃんも、なんか色々調べてるんだなあ。
感心していると、アンズがむっとする。
「……他に考えられるとすれば、生産とか、依頼の報酬。ただ、ゲームのジャンルからして少なくとも戦闘の難易度を上げるのは正解と思われる」
「あ、なるほど。なんとなくゲームっぽいかも」
「ん」
流石だね、と頭を撫でれば、アンズは機嫌をよくしてくれる。
代わりにキラリちゃんがしょんぼりしてしまうから、そっちも撫でて……私のパーティーでの役割って、まさかこれが一番大きいんじゃ……いや別に、いいけど。みんなが凄すぎて、どうせ前衛でも後衛でもまともに機能できないし……。
「それなら、どうしよう。四人……まあ四人だし、チュートリアルじゃないところまで行ってみよっか」
「さんせーっす!」
「異議なし」
「むにゃ……」
スズ、寝てるし。
ゲームの中でも寝れるんだ。
そんないらない知識を得つつ、私たちは行軍を開始する。
特に目的もないけど、コンパス機能をフル活用してそのまま北へ北へ。
道中奇襲を仕掛けてくるモンスターをバッタバッタとなぎ倒して、突き進むこと十数分。
私たちは、森にやってきた。
森。
始まりの街から北へ北へと、スズが私を抱っこしてなお15分程度の道のりを経て到達したその森は、鬱蒼と、という言葉を、まさか人生で使う機会がやってくるとは思わなかったけど、それくらいには青々と茂っている。掛け値なく、右を見ても左を見ても森だ。葉の擦れる音だけじゃなく、動物の声とか人の声とかなんだか色々聞こえるし、フィトンチッドとかいう癒やし成分の恩恵なんてまったく感じられない、それはそれは恐ろしげな森だった。
「森だ」
「森だー」
「森」
「森っすね」
口々に特に意味もなく言いながら、悩むまでもなく侵入する。
そしてしばらく人の声から遠ざかるように進んでみるけど、その途中でモンスターに襲われた。
きぃきぃと、耳障りな高い声と共に木の上から襲撃してきたそれは、なにやら緑色の毛をしたひょろひょろな猿だった。ざっと見た限り総計五体、それぞれが別の角度から私たちを狙って飛びかかってきた。
自動的に視界が上向きな私からすればそれは一目瞭然だったけど、それは私に限ったことでもなかった。
「奇襲」
アンズなんかは、言った頃にはすでに一体を跳躍寸前に光の球……『魔力弾』というらしい技でたたき落としていて、次の瞬間には二体目に向けて拡散ライトショットをたたき込んでいた。
「わたしたちをどーこーするなら数が足りないっすね」
キラリちゃんも余裕そうな様子で、飛びかかってきた猿を長剣と片手斧で弾き飛ばして他の個体にぶつけたりしている。
「頑張れー」
ちなみにスズも気がついてはいたけど、私が邪魔というのもあって観戦に徹するらしかった。私も、まあわざわざ魔法を使うほどでもないかなと思って見てたけど、迎撃した猿が悉く立ち上がってきたのには驚いた。
驚いただけで、結局援護するより前に全滅しちゃったけど。
それでも強くはなっているみたいだと納得しつつEXPを確認してみると、なんと37も増えていた。私はなにもしてないのにこれというのは、凄い。
「凄い増えたね」
「ん。そこそこ。悪くない」
多分私よりもたくさんの経験値を貰っているだろうアンズは上機嫌だ。
聞くところによると、MINに振っていなかったおかげで実はキラリちゃんとの決闘はギリギリだったらしいし、それならたとえ10ポイントでも嬉しいだろう。
「どーするっす?」
一方のキラリちゃん、なんと一つのアビリティもとらないでSTRとAGIにポイントをつぎ込んだらしいから、そこまで反応もなく、これからに目を向けている。
「どうしようね。ここで狩りをしてもいいかなって思うけど」
「まーもうあんま時間もないっすしね」
「そうだね」
言われて確認してみると、いつの間にか時間は22時を回っている。明日も仕事だし、日が変わる前には、できればあと一時間くらいで寝たいところだった。
その点に関してみんなに意見を求めてみると、特に異論はないらしい。
「ならとりあえず、今日はこの森で狩りをするっていうことでいいかな?」
「ん。でも折角なら、リスポーン地点の更新を目指すべき」
「ああ、森の中に街があるんっすよね。行ってみたいっす」
「あ、私行ったことあるよー!街ってゆーか村だった!」
……リスポーン地点というのは、死んでしまったときやログインしたときに降り立つ場所のこと。リスポーン地点から遠いところでログアウトするとその距離に応じていろいろなデメリットが現れたりするから、遠出の時にはその都度更新していった方が色々と都合がいいらしい。このゲームでは町や村なんかの安全地帯だったらどこにでも設定できるんだけど、もちろん設定できるのは一つの場所だけだから、森の中の街に設定すると最初の街に戻るのが大変になる。
この森を狩り場にしようと思えば、そしてそれからどんどん進んでいくと思えば、それは別に大した問題でもないんだけど……。
「でも」
悩んでいると、それで終わりじゃなかったらしい、アンズは続ける。
「一日くらい探索したらまた最初の街に戻るのがいい」
「えー、めんどー!そのままゴーゴーだよ!」
「なんでそんな面倒な……あ、そゆことっすか」
「どういうこと?」
私としては願ったり叶ったりだったけど、それでも意図が分からないのは気になる。キラリちゃんは、どうやら思い当たることがあるみたいだけど。
視線を向けると、キラリちゃんは言う。
「あれっすよ、森以外のエリアもまんべんなく行こうってことっす」
そんな言葉に少し考えて、思い当たる。
「……ああ、そういえば、東西南北で分かれてるんだっけ?」
この森が北で、他の方位にもそれぞれ違う環境が広がっているとかいないとか。
そんな話を、さっき移動中にちょっと聞いた気がする。
確認するように視線を向けると、アンズは頷く。
「そう。だからあくまで拠点は中心であるあの街と考えて、明日森を探索するためにリスポーン地点を変更したいと、そういう意味」
「おおー!なるほど!」
「あ、でもそうするとリーンさんが困るっすね」
「確かに」
どんどん進んでいかないということは、つまりスズの実力に相応しくない場所になるということで、実りなんて望むべくもないだろう。
「いーよいーよ!パーティープレーだよ!」
けどスズは集まる視線にぐっ!と親指を立てて、本当に気にしてないみたいだった。
それなら、お言葉に甘えることにしよう。
そんな訳で、私たちは村を目指して森の中を進んでいった。
目指してといっても、指標もなにもないから適当に進むだけだけど。いやそもそも、進んでいるのか戻っているのか、全然分からない。なんなら遭難している。ゲームの中とはいえ不安になってくるくらいだった。
そんな道中、迷い歩く私たちはちょくちょく猿とか蛇とか芋虫とかと遭遇するけど、スズの出る幕もなく、私が降りる間もなく叩きのめされていく。
そしてそれがなんだかむしろ、襲撃があった方が騒がしくて嬉しいとすら思えるようになった頃。
アォーン!と。
遠吠え、だろうか。
どこからともなく聞こえたそれと共に、得も言われぬぴりぴりとした感覚が肌に纏わり付く。なにかが来ると確信して、どこから来るのかと身をすくませる。
そしてそれを感じたのは私だけじゃなくて。
「お、ヌシっすね」
「ん」
「狼男みたいなのだったよ!」
びびってる私とは違って、みんなはわくわくしているみたいだった。
ヌシ。
特定のエリアにいる強敵のこと。
ボスみたいなもので、他のモンスターとは一線を画する強さな代わりに色々と美味しいらしい。
「リーン」
「はいはーい」
降ろしてもらって、領域を展開してゆく。
まあ多分大丈夫だろうということで、バトルフィールド。
マジックボールを召喚して―――
「え」
影が差す。
見上げればそこに、太陽を背にしたオオカミが、その腕を振り上げて咆吼と共に―――
「『強力』―『光球』」
「ざけんなっす」
「調子にのるなあああぁぁぁ―――!」
三つの声と攻撃が、空中のオオカミで交差する。
顔面に飛来する輝き増した光球、飛び上がりざまに首を挟むように振るわれた長剣と片手斧、そして迎え撃つように振り上げられた大剣が腹を薙ぐ。
結果オオカミは短い悲鳴を上げて吹き飛んで、木に叩きつけられて地に落ちた。牙は幾本か折れて、首の両側からポリゴンをこぼして、脇腹は半分くらいぶった切られて、満身創痍でだけど生きている。
生きてはいるけど、うん、まあそこは私の領域圏内で。
現れたばかりの守護者がオオカミに突撃、押しつぶすような一撃が頭に炸裂。
びくんと弾んで、そしてオオカミはポリゴンになって消えた。
……なんだろう、凄い可哀想。
「ユアさん、大丈夫?」
「平気っすか!?」
「今度はちゃんと守ったよ!」
(ふよふよ)
オオカミの消えた場所を眺めていると、わちゃわちゃと詰め寄られる。
どうやら私が狙われたからあんなことになったらしい。過保護すぎるんじゃないだろうかみんな。マジックボールまで窺うみたいにふよふよしてるし。いや確かに、危なかったは危なかったけど。
「まあ、うん、ありがと。助かった」
助かったは助かったけど下手人が哀れに見えて仕方がないという微妙な気持ちで礼を言うと、三者……四者四様に反応する。
「ん。当然」
「無事っすか!よかったっす!」
「ねね!かっこよかった!?ねーねー!」
(くるくる)
……マジックボールって、意外と感情豊かなんだなあ。
■
《登場人物》
『柊綾』
・移動はもっぱらスズのお姫様抱っこ、戦闘時は三角座りという本格的に介護プレイで定着しそうな二十三歳。流石にまずいと思いつつ、けれどこれといった打開策が思いつかないから、密かに危機感を抱いていたりする。せめて頑張ってサポートしようと、実は魔法の部分は早口言葉みたいなことになっている。
『綾瀬鈴』
・移動の時にあやをお姫様抱っこできて、もはやそれだけでAWをやった意味があったとすら思っている二十三歳。その役割的に基本戦闘はしないので若干の不満はあるが、あやとの触れ合いと天秤にかけるまでもないので全体的には大満足。というかなんなら鎧すら着ていない舐めプしてるくらいなのだから、端から戦う気ないだろ。
『島田輝里』
・なんだかんだ言ってすっごいデートしたかった二十一歳。一緒に初日の出とか拝みたかった、手とかつなぎたかった、キスしたかった。でもいざとなったら日和る。オオカミに対して一番殺意むき出したのはなにげにキラリちゃん。無表情で首狙うとかマジのやつじゃないかあんた。
『小野寺杏』
・あやにいいところを見せたいあまり張り切って、方針担当を進んで買って出ている十九歳。低いMPを補う立ち振る舞いとして、拡散を余すところなく複数体に当てるという技術を練習中。空から降ってきたオオカミに対して拡散を叩き込めなかった身体能力をどうにかしたいと密かに考え中。基本的なことは調べるが、攻略サイトはほぼ見ないタイプ。ちなみに休憩中に交渉して、見事お泊まりデートを勝ち取ったらしい。
だいたいこんな感じです




