9話:今後もここにはよく来ます
ようやく全員集合です。
すぐ増えると思いますけど。
朝一でアンズから諸々購入したという連絡が来て、キラリちゃんは職場でパッケージを見せびらかしてきた。アンズはともかくキラリちゃんは一体どんな手を使ったんだろう、とても気になるけど、つまり二人とも準備万端ということで、全員の時間が揃う仕事後に、私とスズは最初の広場で二人を待っていた。
待ち始めて10分くらい経ったけど、普通アバターを作るのってどれくらい時間がかかるんだろう。
「リーンはどれくらいかかったの?」
「三十分くらい?」
「じゃあまだかかりそうだね」
多分スズのことだから普通より短いだろうと考えると、まだ先は長そうだ。
なんて話をした直後。
「せ、せんぱいっすか……?」
「待たせた。ユアさん」
人混みの中から現れたのは、革の鎧を身に着けた軽装のアバター『きらりん』と、魔法使い然としたローブに先の折れた三角帽子の黒ずくめなアバター『リコット』。二人はちょうどやってきたもう一人の存在に互いに視線を交わして、それから伺うように視線を向けてくる。
色合いこそ違うけど、その容姿はどちらも見覚えがある。というか事前にアバター名は聞いてたんだけど、それでも信じられないくらい早い。
「二人とも、早かったね」
「こんなもんっすよ!」
「ん」
微笑みかけると、キラリちゃんはほっと安心した様子を見せて、アンズは嬉しそうに抱きついてくる。そしてうりうりと一頻りお腹に頭を押し付けてから、私を見上げた。
「会いたかった」
「うん、久しぶり」
「ん」
あんまり表情筋が働き者じゃないアンズは、けれど私に、私だけに、甘えるようなとびきりの笑顔を見せてくれる。それだけでじんわりと胸が熱くなって、自然と私も頬が緩むのを感じた。
その真っ赤な瞳に吸い寄せられるように、そっと灰色の頭を撫でる。手ぐしを通し放題なくらいの長さの髪は、現実とは少し違うけど手触り抜群で、私の胸までもない背丈のおかげでとても撫でやすい。
ずっとこうしていたいと思えるけど、今は二人きりでもないからそうもいかない、互いに惜しがりながら身体を離した。
「な、なかよしっすね?」
そんな声に視線を向ければ、キラリちゃんは驚いたように戸惑ったように表情を引きつらせている。見ればスズは嫉妬で分かりやすく拗ねているし、これからやっていくためにも少し交流会のようなものを開いた方がいいかもしれない。
でもまあ、とりあえず。
「きらりん」
「はひゃい!」
手を取っただけで、飛び跳ねるくらい驚かれる。そしてきょろきょろと、不安そうにアンズと私で視線を行ったり来たりさせる。
一体キラリちゃんの中で私とアンズはどんなことになっているんだろう。まあ、多分そんなに間違ってはない気もするけど。
ともかく。
「これからよろしくね」
「は、はいっす!」
「そんなに堅くならなくていいよ。プライベートなんだから」
「ぷ、プライベート……」
「うん。友達とみんなでゲームをやってるだけなんだよ」
「ともだち」
ちらと、キラリちゃんはアンズに視線を向けた。
アンズは無表情ながらも頷いて、そして手を差し出す。
「よろしく」
「よ、よろしくお願いするっす」
おずおずとではあるけど、二人は握手する。
ひとまずは、こんな感じで少しずつ慣らしていくことにしよう。
……スズは、うん。
「リーン」
「……あー、一回ぎゅーってさせて」
「いいよ。おいで」
「うぅー!」
言うが早いか、スズはいつの間にか用意していた布の服に装備を変えて抱きついてきて、胸の内のもやもやを発散するようにうりうりと身体をこすりつけてくる。
それを見たキラリちゃんはまた驚いて、アンズは呆れ返っているけど、まあこれでもスズ基準で考えたら上等だから、ぽんぽんと頭を撫でてされるがままにした。
しばらくして。
「とゆー訳でよっろしくーきらりん!」
「え、あ、よ、よろしくっす……?」
「おー!おもしろー!」
一体どんな折り合いをつけたのか打って変わってけらけら笑うスズに、キラリちゃんは完全に置いてけぼりにされてるみたいだった。
まあ、仕方ない。
「リーン、きらりんびっくりしてるでしょ」
「えー!だいじょーぶだよ!ね!」
「あ、えと、だ、だいじょうぶっす!ばっちこいっす!」
微妙に大丈夫じゃなさそうだったけど、まあ確かにさっきよりは多少変な緊張みたいなものも薄れているらしい。任せておいたら、勝手に意気投合できるかもしれない。
なんて思いつつ、スズの絡みに乗っていこうと奮闘するキラリちゃんを見ていると、不意に服が引かれる。
「ユアさん。移動するべき。目立ってる」
「え?」
言われて見回してみれば、確かになんとなく視線が集まってるようないないような。
スズの声はよく通るから、気になってしまうのかもしれない。
「そうだね。おーい二人とも、ここ人多いからちょっと移動しよ」
「おっけー!あ!むこーにカフェあるよ!ちょっとお話してこーよ!」
「さ、賛成っす!せんぱ……ゆ、ユア、さん!以外とは初対面っすし」
願ったり叶ったりな提案に、すぐさま賛成が一票続く。
残り一票はとアンズに視線を向けると、特にためらいもなく頷きが返ってきた。
となると行かない理由はなくて、自己紹介もかねてスズの言うカフェでお話をしていくことにした。あんまり時間はないけど、別になにか切羽詰まっている訳でもないし。
そんな訳で、スズの先導でカフェにやってきた。
それは大きな道から外れたところにある、渋いご主人がカップを拭くのが妙に決まる静かな雰囲気のカフェで、プレイヤーもそうでない人もあんまりお客さんはいなかった。好都合と言えば好都合だけどスズらしくない選択だ。いや、もしかすると隠れた名店というやつに憧れただけかもしれないけど。
ともかく、そんなカフェの隅のテーブル席に陣取って、ウェイトレスさんおすすめだというお茶を頼んだところで、とりあえず私から話し出す。
「えっと、じゃあとりあえずお互いに自己紹介でもしよっか。って言っても、ゲームの中でどんな役割か、とかそんな簡単なのでいいから。私だったら、えっと、サポート型の魔法使い、かな。実際見せないと説明しにくいけど、まあ後衛だね。これからよろしく」
ぺこりと頭を下げると、わーわーと拍手される。
拍手一つとっても個性が出るんだなあとか思いつつ、スズに視線を向ける。
「あ、じゃー次わたしね!わたしは前衛だよ!これで敵をばったばった薙ぎ倒してユアを守っちゃうよ!」
「危ないから」
「らじゃ!」
すぐにしまわせたけど、身の丈もある大剣を片手で振り回す姿はインパクトがあったらしくて、キラリちゃんもアンズも驚いているようだった。
ついでにそばを通っていたウェイトレスさんも驚かせてしまったけど、謝ったら笑顔で気にしてないと言ってくれたから、お詫びにケーキをそれぞれ一つずつ追加注文しておいた。
まあ、いいデモンストレーションにはなったかな。
気を取り直して、アンズに視線を向ける。
「魔法使い。攻撃型。前も後ろもやるけど、基本後ろ」
「魔法使いなのに前衛もやるの?」
「ん。本職にも負けない」
アンズは自信ありげに言って、それからちらとスズに挑戦的な視線を向ける。
「だからユアさんは、私が守る」
「む。聞き捨てならないなー」
ぢぢ、と火花を散らす二人。
親交を深めようっていうのに、喧嘩してどうするんだか。
「はいそこ、張りあ」
「わ、わたしも!」
止めに入ろうとすると、それよりも先にキラリちゃんが立ち上がって言う。
「わ、わたしもせ、ユアさんを守るっす!」
「いや、きら」
「ほほう!このわたしに宣戦布告とはいいどきょーだ!」
「おもしろい。受けて立つ」
わいわいと、謎の盛り上がりを見せる三人。
あれ、なんか収集つかなくなる気配がする。
どうしたものかと思っていると、湯気立つティーカップの乗ったお盆を持ってウェイトレスさんがやってきた。
「お待たせいたしました、こちらリピアティーになります」
「あ、どうも。すいません騒がしくて」
「いえいえ、うちは少し静かすぎますから、むしろ活気が出ていいくらいです。みなさん気にしていらっしゃいませんよ」
言われて周囲に視線を向ければ、私に気づいた他のお客さんはカップを上げて笑いかけてくれたり、手を振ってくれたりする。見た限り気分を害しているような人はいないみたいで、ご主人も穏やかな表情で頷いてくれた。
それぞれの人にぺこぺこ会釈をして、一体どういうことかとウェイトレスさんに視線を向けると、ウェイトレスさんはそっと顔を近づけて耳打ちしてくる。
「元々ここ、皆さんみたいな冒険者の方々向けのお店なんです」
「冒険者?」
聞き覚えのない単語に首を傾げると、ウェイトレスさんは驚いた様子を見せる。
「皆さん、冒険者さんじゃないんですか?」
「あー、はい。違いますね」
「そうだったんですか。さっきあの方が剣を持っていらっしゃったので、てっきり」
「冒険者っていうのはそういう人なんですか」
「はい。色々な場所を旅して危険なモンスターを倒したり、色々な物を集めるお仕事ですね」
なるほど、それは確かに冒険者だ。
けど、その人達向けというのはどういうことだろう。
疑問の答えは、訊ねる間もなく返ってくる。
「そんなお仕事ですから、冒険者さんというのは命がけなんです。世界には、いっぱいの危険が溢れていますから」
「そうですね」
まあ、モンスターみたいなのが闊歩してるくらいだし、危険はいっぱいどころじゃないだろう。
「そんな人たちにとって気楽に安らげる場所を作りたいというのが、マスターの願いなんですよ。といっても大体の人は酒場とかで騒いでるみたいですけど、今のお客さんは、だからほとんど皆さんが元冒険者の方なんです」
「それじゃあ、やっぱり騒がしくないほうが……」
「そんなことはないですよ」
少なくともスズのテンションは安らぐどころじゃないと思うけど、ウェイトレスさんはそんな私の言葉に首を振る。
「安らぐって、多分色々種類があるんです。皆さんが楽しそうにしているのを見て、つられて楽しくなってくる。それも多分一つの形なんです。これはマスターの受け売りですけど、『その人の心が表情に出ること』……それが安らいでいる一つの証らしいですよ」
「心が」
「まあそんなことを言ったら、怒ってる人も安らいでることになりますけどね」
「あ、確かに」
いたずらめいて言う言葉に、ついついくすっと笑みが零れる。
なるほど確かに、私は十分安らいでいるみたいだった。
深く納得して、そういえば口をつけていなかったティーカップに口をつける。
舌に触れる不快じゃない程度の熱感。
かと思えば途端にさわやかな甘みが広がって、不思議な味わいだけど、美味しいことは間違いなかった。これはウェイトレスさんもおすすめする訳だ。
「美味しいですね、これ」
「あ、よかったです。自信作なんですよ」
「ウェイトレスさんが淹れたんですか?」
「はい。ああ見えてマスター、お茶とかは全然駄目なんです。その分お菓子は一流ですけどね」
「そうなんですか」
あんなにマスターマスターしたマスターもそうそういないだろうに、それはかなり意外だった。
驚きつつ、もう一口。
やっぱり美味しい。
多分、安らぎの味だ。
悦に浸って頷いていると、ウェイトレスさんははっと気がついたようにばつが悪い表情になる。
「す、すいません長々と」
「いえ、こちらこそ引き留めてしまってすいません。おかげでとても素敵なお話が聞けました。ありがとうございます」
「いえいえそんな……でも、そう言っていただけてありがたいです。それではすぐにケーキの方お持ちしますね」
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げてぱたぱたと駆けてゆく後ろ姿になんとも言えず癒やされていると、お客さんの数人が似たような雰囲気を出していることに気がついた。そんな私にお客さんも気がついて、ただそれだけでなんとなく通じ合った気がして互いに頷き合った。
みんながいいと言ったらまた来ようと、密かに決意した瞬間だった。
それから本当にすぐケーキが運ばれてきて、また少しウェイトレスさんと言葉を交わしてからケーキに舌鼓を打っていると、どうやらようやく話が纏まったらしくて、三人揃ってこっちに視線を向けてくる。
無駄に燃えるスズと、なんだかもう顔が真っ赤で目がぐるんぐるんしてるキラリちゃんと、瞳の奥で静かに闘志を燃やすアンズ。
一体何事かと身構える私に、そして言う。
「とゆー訳でユア!勝った人とデートだからね!」
「ま、負けにゃいっひゅ!」
「勝つ」
「うん、どうしてこうなった」
一体どういう流れでそんなことになったのか全然分からない。
というか、どういう訳で勝手に私が景品になっているのか。
というかそもそもアンズとは今度の休みにデートの予定がもうあるし、その時点で不公平だし。
というかスズに至っては同棲してるし。
すごい、言いたいことが山積みで何から訊けばいいのか分からない。
おかしい、安らぎはどこへいってしまったんだろう。
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《登場人物》
『柊綾』
・仲間放って他の女の子と話してたらなぜか賞品になっちゃうくらいおモテになる二十三歳。中心になれるタイプのリーダーシップを有していないのに身近にくせ者しかいないおかげで諦め力がついた。もっとも、人と話していると他の話し声が聞こえなくなるくらいはあやにとって当然のことですらあるが。
『柳瀬鈴』
・「じゃーあやの隣を賭けてしょーぶだ!」とか言い出したのはこいつですよあやさん、な二十三歳。少なくともダントツのステータスを持っているお前が言い出しっぺなのはあり得ないだろうに。同棲している割に一緒にお買い物とか行かないのが実はひっそり寂しかったから、という動機があったりするが、あいにく引きこもってるのはお前の方だぞ、そこんところよくよく考えろ。
『島田輝里』
・「せ、せんぱいとデート……!」なんてはわはわしている間になんやかんやあって戦うことになった巻き添え系二十二歳。でも正直願ったり叶ったりなのは言うまでもなく。デートと言われて真っ先に思い描いたのが遊園地を一緒に回ったりする光景な辺り相当ピュアいが、これまで付き合った人がロマンチック追い求める系だったこともあって若干こじらせ気味とも言える。小さい頃からの憧れだから仕方ないね。鼻についたクリームとか拭ってもらいたい。ちなみに『きらりん』というのは恋人に呼ばれたい愛称で、だからあやに呼ばれるとそれだけではぅあ!な感じになる。哀れ。ちなみにちなみにアンズに呑まれて描写していないが、アバターは髪がリアルより明るくなって少し乳を盛っている。凄い哀れ。
『小野寺杏』
・「それで構わない。勝った人があゆさんとデート」とか言いつつそもそもすでにデートの予定が入っているという始まる前からとっくに勝ちが決まっている腹黒十九歳。二話の時点で名前が出てからようやく初登場。灰色の髪に赤い瞳で魔法使いルックとか完全に中二病だが、現実がアルビノなのでむしろ控えめ感すらある。もっともリアルのアルビノも、実際そこまで幻想的なものでもないが。この世界では様々な技術の発展で保護クリームなどの性能も向上していて、きちんと対策すれば至って普通に大学通いだってできるし外での運動も万全、なのだがアンズは天性の引きこもり体質なので、そういうのとは関係なく通信制大学生で暇があればゲームをしている。気が向いたときかあやとのデートでしか外出しない。ちなみに『リコット』は『杏』から。リアルの自分への自嘲を交え、仄暗く笑っていたりいなかったり。でもそれ区分的には多分ダジャレだからねリコットさん。あと、あやと目の色が同じなことに密かにきゅんきゅんきていたりする。
ゲーム内でもゲームしないんですよこの子達。




