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再会~初めての実戦~

 

 『ブンッ!』


 空気を切る音が鳴る。

 

「ストラーイク! バッターアウト!」

「くそ~! 次は絶対打ってやるからな!」


 子供達の楽しそうな声が広い草原に響き渡る。

 オレは先ほど打ち取られたバッターに近づき、木の棒を受け取る。

 

「頼むぜユート! お前ならあいつの球も余裕で打てると信じてるぜ!」

「ああ、任せろ。軽く打ってきてやるさ」


 オレは手作りのホームベースの横に立つ。


「来たなユート! 今日こそお前との因縁に決着をつける!」


 シュウが威勢のいい啖呵を切る。

 すると外野から女の子の声が上がる。


「因縁って、いつもシュウがユートに突っ掛かってるだけなような......」

「それにいつもユートに負けてるじゃない」

「うるせえ! シャルとリムリット! お前達女が男の熱い対決に口出しすんじゃねえ!」

「な~にが熱い男の友情よ! ユート、遠慮なんかいらないから思いっきりぶっ飛ばしなさい!」

「まあまあ、落ち着こリムリット。話に割って入った僕達が悪いんだし......」


 クリーム色の長い髪を揺らしながら怒っているリムリット。

 それを宥める、肩で切り揃えている綺麗な金髪の女の子、シャル。


「いけ、俺の魂の一球!」


 シュウが投げたボールが向かってくる。

 120kmくらいのストレートだ。

 これだけ速いとただの子供ではそうそう打てないな。

 ()()()()()ならな。


「よっと」


 俺は軽い声を出しながらシュウのボールをジャストミートする。

 ボールは勢いよく上に上がり、外野にいる子供の頭上を優に越える。

 完璧なホームランだった。


「さっすがユートだわ! 運動をやらせたら村一番ね!」

「この遊びをユートが考えついてから、アウトになったところを見たことないよ」


 女の子達からの称賛の言葉が飛ぶ。

『やりすぎたかな?』と思い、シュウを見れば。


「......。ま、まあまあだな! 今回は互角にしといてやろう!」


 自分で自分を慰めていた。


「今回()じゃなく、今回()だろ」

「シュウってユートに勝つまで互角ってことにしておきたいのかよ」


 外野からシュウを非難する声が届く。

 今日もいつも通り平和な日々が続いていた。




 ◆




 8年前、謎の黒衣の男に眠らされた後、赤ん坊のオレは竜帝国から離れた小国である『セブヒルム国』の辺境の村、『マールタ』のとある夫婦の家の前に捨てられていたらしい。

 その捨てられた赤子を拾った夫婦は長年子供に恵まれなかったこともあり、オレを養子にした。

 ユートという名前は捨てられた時に名前が書かれた紙があったので、そう名付けたのだと。


 あれ以来あの男とは会ってない。

 あの男が何者なのか。

 何故、最後にあんな言葉をかけたのかは今でも分からない。


 あの日から竜帝国がどうなったかは知らない。

 辺境だからなのか情報を得る手段がほとんどないのだ。

 年に数度、旅をしている商人が立ち寄るが、やはり竜帝国についてはほとんど情報が得られない。


 恐らくこのセブヒルム国と竜帝国はかなり離れているんだと思う。

 聞いてみたら、商人といっても国の領土を回っているだけなのでこの国と付近の国々の情報しか持っていない、と商人に言われたのである。

 

 正直竜帝国のことはもういいと思っている。

 元々王など性に合わないのだ。

 やりたいやつにやらせればいい。


 姉のことも心配だ。

 襲撃された夜、姉は留学中だったので被害にあっていないが一度に両親と弟が亡くなったのだ。

 さぞ心を痛めたことだろう。


 もう今年で18歳か。

 元気にしているだろうか。姉に王位継承権はないのでドゥシャーナに狙われることはないだろうが、心配だ。


 ホームベースに帰ってくると子供達の母親がやってきた。


「みんな~、もうお昼よ~。帰って来て一緒にお昼ご飯を食べましょうね~」


 これを聞いた男の子達は我先にと村の中央にある大食堂に向かう。


「全く男子達は片付けもしないんだから!」

「いつものことだけどたまには自分達で片付けて欲しいよね」

「本当よ! なんで私達が後片付けをしなくちゃならないのよ!」


 プンスカ怒るリムリットと、リムリットに同調するシャル。

 年の近い女の子が他にいないからなのか、この二人は姉妹のように仲が良いのだ。


「(オレもいるんだけどな......)」


 二人の仲が良すぎて会話に入れない。

 少し疎外感を感じる。


「あっ! ユートは別よ? ユートはいつも後片付けするし、村の手伝いもするし、他の男子がユートと同じ男なのが信じられないわ!」

「大人みたいにとても落ち着いているしね。お父さんもユートのことはいつも褒めてるよ。この前もね──」


 それからマシンガンのごとく言葉を連射する二人。

 自分は話すのは苦手ではないがこの二人のマシンガントークにはとてもついていけない。

 女の子というのはみんなこうなのだろうか。


「それより片付けも終わったしそろそろ戻らない?」

「そうだね。なんだが良い匂いもしてきたし! はやく帰ろうよ!」

「いつも思うけど、こんなに遠くから匂いが分かるなんてシャルは凄いわね。エルフってみんなそうなの?」

「エルフは五感に優れてるってお母さんが言ってたよ。耳がナチュラルより長いのも音を拾いやすくするためだって」


 そうやってシャルは髪の毛に隠れていた普通の人間より鋭利な耳を見せる。

 シャルは普通の人間ではなくエルフらしい。

 ただ、エルフといっても人間に分類されるらしく、元の世界での白人や黒人のように人種違いというだけの認識みたいだ。


 オレ達一般的な人間はナチュラルと言われている。

 ドワーフや獣人、ゴブリンやオークも人間と同じ扱いでそれぞれの国で普通に暮らしているのだと、今の母親から常識として教えてもらった。


 ちなみにナチュラルが一番多い人種であり、この村のナチュラル以外の人種はエルフであるシャルとその家族だけだ。


「もうみんなお腹空かせて待っているかもね。早く行こうか」

「全く、片付けもしないくせに! なんてやつらなのかしら!」


 オレ達は大食堂に入っていった。




 ◆




 昼飯を食べ終えたオレは誰にも見つからないように村近くの森の奥深くの自分で作った修練場に向かった。

 戦う必要がある以上、強くなる訓練はしておかないといけないのだ。


 身体作りはよく遊び、よく食べ、よく眠るという一般的な子供の生活をするだけだったが、筋力も背も同じ年の子供に比べてずっとついているのだ。


 このまま順調に成長すると、この世界の成人年齢である16歳の頃には大の男にも負けない身体になりそうだ。


 オレが隠れて武器の練習をしているのはこの世界の階級制度が原因だ。

 この世界の階級は大きく分けて三つあり、『僧侶』と『戦士』、そして今のオレや村の人々の階級である『平民』で構成されている。

 

 一番数が少ない僧侶を頂点とするピラミッド方式の序列ができている。


『僧侶』は数少ない魔力を持つ人間らしい。

 魔法とは体内で生成される魔力を媒介にし、世界に様々な現象を起こすものらしいのだ。

 魔力がどういうものなのかはよく分かってないらしいが。

 僧侶の数は多くなく、人が多くいるところに集まって行事を執り行ってるらしいので、これ以上の詳細を知っている村の人はいなかった。

 

 そしてピラミッドの真ん中にいるのが『戦士』。

 王家や貴族達はこの戦士に含まれている。

 この戦士階級の人間は戦うことを本業としている。

 貴族は与えられた領土を、王は国を守るために戦うことこそが戦士の役目とするのが一般的な考え方だ。


 オレの本来の身分は戦士、それも王家に連なる者だから戦士階級では最高位の身分だった。

 今となっては未練はないが王になっていたら目的を達成するのがもっと簡単になっていたことだろう。

 いや、もしもを考える時点で少しは未練はあるのかもしれない。

 そんな自分に苦笑する。

 

 そしてピラミッドの最下層にいるのが今のオレの身分である『平民』だ。

 平民は基本的に農家や商人として生き、国の経済を回し豊かにすることが役目だと考えられている。

 だからその平民の枠を越えて武器の練習をすることは、命を賭け平民を守る戦士に対する侮辱だと思われかねないらしい。


 ちなみに平民に家名はなく、基本的に村や町の名前が家名みたいなものだ。

 だから身分を明らかにする時はどこの出身か明らかにする。

 オレなら『マールタ村のユート』という感じだ。


 階級のことを知らなかった頃、村で木の棒を使って素振りしてたら両親から怒られたのだ。

 その時にこの国の階級制度について詳しく教えられたものだ。

 それ以来、オレは森の奥に修練場を作って、そこで修行をすることにした。

 

 まあ、修行といっても木の棒で素振りと、自作の弓矢で的当てしてるだけだが......。

 やはり師匠みたいな存在がいないと一向に上達しない。

 知り合いに武器を扱える人はいないし、八方塞がりだった。


 オレは溜め息をつき、修行を始めようと手作りの弓を取ると遠くから声が聞こえた。


「だ、だれかたすけてええええええええええええええええ!!」


 女の子の声だ!

 まさか森の獣に襲われているのか!?

 オレは先の鋭い石をつけた矢の入った矢筒を背負い、声のする方へ一目散に駆け出した。


「くそっ! この森で獣に襲われるってどれだけ運がないんだよ!」


 この森には草食動物が大部分を占めており、修練場より更に深い森の奥にしか肉食動物は生息しないのでそうそう巡り合わないのだ。

 オレも危ない獣とは一度も鉢合わせしたことがない。

 まだ森が浅いこんな所で獣に襲われるなんて宝くじが当たるレベルの運だ。


「! いた!!」


 そこには狼とそっくりの獣が小さい女の子を襲おうとしている光景があった。

 オレはすぐに矢筒から矢を取り出し、弓につがえる。


 まだ的当てしかしたことがなく、生き物を狙うのは初めてだ。

 オレの指先は少し震える。

 だが自分のこれまでの努力を信じて心を強く持ち震えを止めさせる。


 オレは狙いをつけ、息を止めて矢を放った。

 矢は狼の足に刺さる。

 狼は驚きと痛みで鳴いた。


「そこにいる女の子! 今すぐここから離れろ!」


 オレは今の内に女の子に逃げるように叫ぶ。

 しかし女の子は動こうとしない。


「ちょ、ちょっと、腰が抜けて、動きたくても動けないのです!」


 女の子が逃げられないことをオレに伝える。


「(くそッ! なら狼を仕留めるしかない! 足に怪我を負って俊敏な動きは無理のはずだ。頭を狙えば──!)」


 オレはもう一度矢を取り出し弓につがえる。

 しかしオレの予想に反して狼はこちらに走ってきた。

 オレはそれに驚き、慌てて矢を放った。

 まともに狙いも定まっていなかった矢は当たらず、狼はオレの右肩に噛みついた。


「ッッッ!!」


 強烈な痛みがオレを襲う。

 意識が飛びそうになる。


「くっっっそおおおおおおおおおおおお!!」


 しかし、オレは必死に耐えて左腕で矢筒から矢を取り出し、それを噛みついている狼の右目に矢を思いっきり突き刺した!


 狼はオレの肩から口を離し、悲鳴をあげる。

 オレは躊躇せず、突き刺した矢を奥に押し込み、抉る。

 

『グチュリ』

 

 嫌な音が鳴る。

 この音を最後に狼はピクリとも動かなくなる。


 オレは強敵を倒したという達成感を感じる。

 しかしすぐに初めて動物を殺したという事実に気付き、少し気分が悪くなる。


「うぐッ! あぁッ......!」


 肩の傷の痛みで呻く。

 どうやら、思ってた以上に傷は深いようだ。


「だ、大丈夫ですか!? 今すぐ治療します!」


 女の子が駆け寄ってくる。

 そういえば女の子を助けたんだった、と今更ながら思い出した。


「治療って、道具もないのにどうやって──」


 その女の子の姿をオレの瞳が捉えた時、オレは驚いた。

 それと同時に意識が薄くなる。


「(あれ? この子、どこかで会ったような──)」

「!? しっかりしてください! 今、回復魔法を──」




 ◆




「うっ──」


 ゆっくり意識が覚醒する。

 ぼんやりとした頭で先ほどのことを思い出しながら目を開ける。

 どうやら横になっているらしい。

 なんだか頭の下が柔らかいような。


「あ、起きました? とても気持ち良さそうに眠っていましたね。できればもう少し休ませようと思ったのですが、いい加減足が痛くなってきたので起きてもらえますか?」


 オレはゆっくり体を起こす。


「君は......?」


 どこかで見た顔だ。

 ていうか、かなり印象に残ってる顔だ。

 でもこんなに小さくなかったよな......?

 

「まさか私が誰か分からないのですか?」


 この声は......。

 呼び起こされる懐かしい記憶。


「まさか、オレをこの世界に転生させた......!?」

「やっと気づきましたか。全く、気付くのが遅すぎますよ」


 女神がやれやれとでも言いたげな顔をする

 道理で顔立ちが似てるわけだ。

 以前より幼くなってたからすぐに一致しなかった。


「まあ、以前より私も多少小さくなってますし? すぐに分からなかったのは許しましょう」

「えっと、女神様? あんたは──」

「女神じゃなくてセフィリア、またはセフィーでも構いませんよ?」

「......なら、セフィーと呼ばせてもらおうかな。あんたはなんでこの世界にいるんだ? それにその体は......」


 オレはセフィーに疑問をぶつける。

 

「順に説明していきましょう。私がこの世界にいるのは簡単なことです。あなたのサポートをするために私も来たのです。まあ、この世界に来る時に失敗でもしたのか私も転生してしまいましたが」


 どうやら、この女神も何かの間違いで転生してしまったらしい。

 狼の件といい、つくづく運がない女神だ。


「なら本来ならオレのサポートをするために元の体で来るつもりだったのか?」

「能力がなくなる代わりに人間として神でも顕現することは可能ですからね。魔法は扱えますし」

「はあ、そういうことなのか。ならサポートって何をするんだ? オレの傷を塞いでくれたようにヒーラー担当?」

「そうなりますね。回復だけじゃなく色々魔法なども使えますので、かなり役に立ちますよ? あ、攻撃魔法は苦手なのであしからず」


 これはありがたい。

 回復してくれる仲間がいてくれるだけでも頼りになる。

 

「魔法を使えるだけでもありがたいよ。と、自己紹介がまだだったな。オレの名は何の因果か、今世もユートだ。これからよろしくな!」


 オレは友好の証として握手をするために手を差し出す。

 セフィーは呆然とオレが差し出した手を見ている。


「......もしかして握手って知らない?」

「な!? 知っています握手くらい! 馬鹿にしないでください! ただ、誰ともしたことないだけで......」


 セフィーは悲しいことを言う。

 オレも親しい相手はいなかったので人のこと言えないが。

 セフィーはオレの手をその華奢な手で握る。

 女神だなんだと言ってもその小さい手を握るとただの女の子なんだな、とオレは思った。


「これからいろいろあるだろうけどお互い頑張って強くなろうぜ、セフィー」

「私が頼んだことですからね。責任は取るつもりです。だから仲間として私も名前で呼んであげます。()()


 懐かしい響きで呼んでくれて少し嬉しくなる。


 オレ達は笑いあう。

 まだ何をすればいいのか分からないが、やはり誰かを救いたいという気持ちはこの世界に来ても変わらない。

 オレはセフィーの笑顔を見て彼女を救えてよかったと思った。

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