口づけ~意外な告白~
「暗殺......だって──?」
「そうだ。ダークエルフは全員無理やり従わされている。つまり『バンデッド』さえ殺せば争う必要はなくなるってことだ」
確かにケイの言っていることは正しい。
だが暗殺は......。
「迷っているのか? 俺は別にどちらでもいい。だが本当に争いを止めたいならお前も手を汚す覚悟をしろ。覚悟もないやつに争いを止めることなんてできないぞ」
その言葉がオレの胸を抉る。
それは事実だ。
オレはどこかで殺すのを躊躇っているのかもしれない。
殺しあいをしたことはあっても殺したことはないのだ。
元現代人のオレは殺し殺されという世界に本当に適応しているわけではないのだろう。
根付いてる価値観は変えようがない。
苦しい顔をしているオレにセフィーが手を握ってくれる。
「悠斗はそれでいいのです。殺したくないのなら無理にする必要はありません。その優しさはこの世界では危険ですが、無くしていいものでもありません。いつかは覚悟が必要でも、それは今する必要はないのですから」
セフィーの言葉で幾分か救われた気がする。
だがオレも覚悟を決めなければならない時がある。
オレはセフィーの手を握り返す。
「ありがとうセフィー。けど覚悟は『今』必要なんだと思う。ここで何もせず、無力感に震えていたら一生人を殺す覚悟なんてできない、そんな気がする。オレはバンデッドを殺すよ」
オレは覚悟を決めるためにはっきり宣言する。
これはオレの誓いでもある。
もう迷わない。
ここでバンデッドを殺さないとこれからも多くの被害者が出るだろう。
うん。
そう思うとオレは戦える。
「セフィーはここに残っていてくれ」
「私も行きます! ──と言いたいところなのですが私がいても邪魔でしょうね。分かりました。悠斗が帰ってくるのを待っています」
「......ありがとう」
「そのかわり約束してください。絶対に生きて私のところへ帰ってくると」
「約束か......。ならゆびきりしよう」
「ゆびきり......。日本の古い慣わしですね。それって意味があるのですか?」
「さあ? 強いて言うならオレなりの覚悟のあらわれかな」
「悠斗がそういうのでしたら......」
セフィーがおずおずと小指を出してくる。
オレはセフィーの小指に自分の小指を絡める。
「ゆびきりげんまん~嘘ついたら針千本の~ます。ゆびきった!」
オレが歌を歌い終わった直後に絡めていた指を離す。
ケイはそれを不思議そうに見ていた。
「それはお前の故郷の風習なのか?」
「ああ。お前もやってみるか?」
「やめとくよ。別に約束したいこともないしな」
ケイがオレの冗談に苦笑する。
しかしすぐに真面目な顔に戻る。
「さて、なら暗殺について話すぞ」
「ああ」
「よし。俺達は今夜中にバンデッドに奇襲をかけるつもりだ」
「奇襲? そんなことができるのか?」
「本来なら無理だ。まずダークエルフの住居がどこにあるか分かっているな? 住居に入るには一本道しかない。だがその一本道には見張りがいてとても奇襲なんてできない」
うん?
なら奇襲はできないじゃないか。
「それでどうやって奇襲するんだ?」
「焦るな。バンデッドが知らない道を使う。俺達が戦った場所があるだろ? あそこを奥に進む途中で迂回して見張りのやつらを抜けることができるルートがある。木を登った時に偶然見つけた。他のやつも知らないだろう。そこなら安全に住居に入れる」
あそこは1度通ったことがあるが別の道があるなんて気がつかなかった。
上からでしか見えないのだろうか。
「住居に入ったらどうする? オレは1度も見たことないからバンデッドのいる家は分からないぞ」
「大丈夫だ。俺達に家はない。みな野宿生活さ。それに俺も行くから間違うことはない」
オレとケイは作戦を煮詰めていく。
奇襲を成功させないとエルフ同士の争いが始まる。
失敗は許されない。
「良し。勝負は今夜中だ。もし見つかったら命はないと思え」
「ああ。だが1つ聞きたいことがあるんだが」
「なんだ?」
「なんで協力してくれるんだ? 今まではバンデッドの言いなりだったんだろ?」
以前のケイは全てを諦めていたような顔をしていたのに今は生き生きしているような気がするのだ。
「......『自分に正直に生きる』」
「え?」
「お前の言葉に俺も思うことがあってな。仲間のダークエルフはみんな嫌々従ってるんだ。それを見捨てたくないって思ったからお前に協力しただけだ。それにバンデッドの野郎を1度見返してやりてえしな」
オレの言葉に感化されての行動だったらしい。
自分が言った言葉で誰かが前向きになるのは少し嬉しかった。
「さて、作戦の決行時間は今から3時間後だ。俺は先に以前戦った場所に移動しておく。お前も準備ができたら来い」
「わかった」
そうしてケイは村の人に見つからないように森に入っていく。
オレはセフィーと一緒にアリーサさんの家に一旦戻ることにした。
◆
外は慌ただしく戦う準備をしている。
女の人も弓を装備しているみたいだ。
子供以外の全員が戦うつもりなのだろう。
「(絶対に争いが始まるのを防がなきゃな......)」
「ユートさん? なにか悩み事でもあるのですか?」
1階で窓を見つめて考え事をしていると、破れた服を脱ぎ着替えたアリーサさんが話しかけてきた。
オレは今夜の作戦は悟られまいと笑顔で対応する。
「いや、なんでもありませんよ。ただ争いは初めてなので緊張しているだけです」
「そうですか......。でもそれは私達も同じですよ。私なんて受け継がれてきた村長の役割ばかりに没頭して弓の扱いも下手なんですよ?」
アリーサさんが笑い話だと言うようにオレに微笑みかける。
落ち着いてはいるが怖いんじゃないのだろうか。
オレは朝のアリーサさんの本音を思い出し、つい聞いてしまう。
「それでも戦うんですか? ほんとうは怖いのに。逃げようとは考えないのですか」
「......怖いのは確かです。でも逃げるわけにはいきません。私達はここ以外の生き方を知らないのです。逃げた先で上手くやっていけるとも思えませんし、何よりエリリクの民としてご先祖様に顔向けできない生き方はしたくないのです」
「それは、みんな死ぬことになっても?」
「ええ。......ユートさんは逃げてください。元々あなたには関係ないことなのですから」
「今更水臭いですよ。オレも一緒に戦います」
「ふふふ。そう言うと思ってました。ユートさんは誰かをほっとけない性格ですもんね」
「ははは、それは過大評価ですよ。オレだって逃げ出したくなる時もありますよ」
「でも逃げずに私を命懸けで助けてくれましたよね? きっとユートさんは傷ついてる誰かをほっとけない人なんです。ユートさん自身は実感ないかもしれませんがあなたのおかげで私は救われたのですよ?」
こんなに信頼されると気恥ずかしくなる。
オレはこの世界に来るまでは普通の学生だったのだ。
こんなに褒められるほどの存在じゃない。
オレとアリーサさんは暫し無言になる。
「あの、急にですが、ぶしつけなお願いをしてもよろしいでしょうか?」
アリーサさんは顔を赤くしてもじもじしながら口を開いた。
「? ええ、どうぞ。オレにできる範囲なら」
「あ、あのですね」
アリーサさんがゆっくり深呼吸をする。
そして決心をしたような顔で口を開く。
「わ、私を抱いてください!」
オレの思考回路が停止した。
抱いてください?
そんな言葉が聞こえた気がするが。
「え、えっと......?」
「い、いつ死ぬかもわからないので悔いを残したくないのです。わ、私を命懸けで守ってくれたユートさんに、そ、その、ほ、惚れてしまったというか。だからその......私と一夜を共にしてほしいのです!」
衝撃の告白だった。
まだ状況を完全に把握していないがどうやらアリーサさんはオレのことが好きらしい。
誰かに告白されるなんて経験はないのでどう対応したらいいか分からない。
だがとりあえずお願いは断らせてもらおう。
「えっと、抱くというのはちょっと.....」
オレの返事にアリーサさんが絶望したかのように顔を暗くする。
「......そうですよね。こんな未亡人のおばさんなんて嫌ですよね。ごめんなさい、無理を言って」
焦ってフォローする。
「そ、そんなことないですよ! アリーサさんは綺麗ですし告白されて嬉しいです!」
「本当ですか?」
「本当です! ただその、オレまだ14歳なので......」
精神的にはもう30歳だけどな!
実際アリーサさんはかなり魅力的なのでとても惹かれるが、今夜は大事な用があるから肉体年齢を言い訳にしてアリーサさんを傷つけず、穏便に事を済ませることにする。
「そういえばユートさんはまだ外の世界では未成年でしたか。......話してると同年代くらいに感じるのですが」
ギクッ!?
「......では私を綺麗だと言ってくれるなら私と接吻してください」
「せ、接吻!?」
「お願いします。それ以上は望みませんから」
アリーサさんがすがるような目で見つめてくる。
オレは苦渋の選択をする。
前世含めてもファーストキスになる。
だがアリーサさんを落ち着かせれるならやるしかない。
オレは覚悟を決めた。
「分かりました」
「では......」
アリーサさんが瞳を閉じる。
オレはゆっくり唇を近づけた。
そして2人の唇が重なった。
少し触れあうような軽いものではあったが。
オレ達はゆっくり離れる。
「あ、あの初めてだったから下手くそですみません......」
「ふふ、そんなことはありませんでしたよ。私はユートさんと接吻することができて幸せでしたよ。......す、少し暑くなってきました。わ、私は外に出ていますので」
「あ、はい......」
アリーサさんも恥ずかしかったのか顔を真っ赤にして外に出ていった。
オレはボーッと突っ立っていた。
「(アリーサさんの唇、甘かったな......)」
ファーストキスを体験したオレは余韻に浸かる。
しかし視線を感じて思わず階段の方を見るとセフィーがこちらを睨んでいた。
「......」
なんだかかなり雰囲気が怖い。
もしかして見られてた!?
「や、やあセフィー」
「......良かったですね。初めての相手が綺麗な大人のお姉さんで」
やっぱ見られていた!?
オレは必死に言い訳を考える。
「いや、さっきのは頼まれて仕方なくですね!」
「......私は何も聞いていませんが? せいぜい未亡人と仲良く。私には関係のないことですので!」
セフィーが大きな足音を立てて2階に戻っていく。
オレは頭を抱えてどうすればセフィーの誤解を解くことができるか必死に考えながらセフィーの後を追ったのだった。




