『青崎悠斗』~始まりの日~
全てが終わったからオレはここに日記を残す。
愛する女神との旅の思い出を。
まずはどこから書こうか。
そうだ。
そもそもの始まりから書こう。
彼女との出会いはそれまでのオレの人生を一気に変えたのだ。
ならば『青崎悠斗』の始まりはここなのだろう。
あれはもう随分昔のことだ────────。
◆
「やべえ、入学式に間に合うかこれ」
オレの名は青崎悠斗
今日から高校生だ。
現在寝坊したせいで入学式に遅刻しかけている。
入学早々遅刻とか洒落にならない。
高校では品行方正で過ごすと誓ったのだ。
中学の時みたいに教師に目をつけられるのはゴメンだ。
スマホで時計を見ると休まず走ればなんとか間に合いそうだ。
高校はすぐ近くなので体力には自信あるしいけそうだ。
見知った道を走り抜け、大きな橋がある川に差し掛かった。
この橋を渡ると学校はすぐだ。
「金がないだ~!? 今日持ってこいっつったよな!?」
下から誰かの声が響いた。
オレは何事だと思い、足を止めて川の付近に目をやる。
そこには数人の体格の良い男と髪を金髪に染めた男が、中学生くらいの男の子の胸ぐらを掴んでいた。
「で、でも、僕もうお金がなくて」
「それなら親からパクれや。もし持ってこなかったら腹パンの刑だって言ったよな?」
「親から盗むなんてそんな......」
「なら処刑確定だな! 最初に殴りたいやついるか~?」
「ひっ!」
男の子は顔を青くして怯えている。
オレはそいつらに近づき後ろを向いている金髪の男の肩を叩く。
「おい、オレに殴らせろよ」
金髪の男がこちらを振り返るのと同時にオレはその男の顔面を本気で殴る。
その男は血を吐いて倒れた。
他の男が騒ぎだす。
「てめえ、なにしやがる!」
「こっちの台詞だ。ふざけたことオレの前でしやがって。おかげで遅刻じゃねえか!」
「んなこと知るか! 死ね糞野郎!」
殴ってきたので拳よりリーチの長い蹴りで当たる前に男の顔面を吹き飛ばした。
その男は歯を何本か吐いて地面に倒れる。
他の男は今の光景に唖然としている。
「まだやるか?」
オレがそう声をかけると一人の男が何かを思い出したように騒ぎだす。
「どこかで見た顔だと思ったら、てめえまさか鬼瓦中の青崎か!?」
その男の言葉に他のやつがざわめきだす。
「鬼瓦中の青崎って確か、1人で都内一のヤンキー校の石山商業を潰して喧嘩したやつは全員顔の形が変わったとかいうあの──!?」
「オレが聞いた話だとここらへんを暴れてた暴走族を全員病院送りにして、そのことからヤクザにも一目置かれてるとか聞いたぜ!?」
「そんな化け物に勝てるわけねえじゃねえか!」
男達が我先にと逃げていく。
気絶してるやつも連れていけよ......。
今の不良の言葉は全て事実だった。
どういうわけか、オレは昔から不思議な能力がある。
喧嘩になるとたまに頭に閃きのようなものが起き、相手の動きを読めたりすることがあるのだ。
先程の蹴りでのカウンターの時も殴ってくる!と咄嗟に閃いたから先に先手を取れた。
この力と元々の腕っぷしのおかげでオレは負けなしだ。
中学の時は正義感で喧嘩が強いのを良いことに無茶やったものだ。
おかげで教師の評価は最悪、友達すら作れなかった。
だから高校では反省して静かに暮らそうと思ったんだが......。
あの馬鹿達のせいで入学早々遅刻確定だわ、また喧嘩してしまうわ、散々だ。
オレはため息をつく。
すると、かつあげされてた男の子がオレに頭を下げてきた。
「あ、あの、助けてくれてありがとうございます!」
「気にすんな。悪いのはお前みたいな大人しいやつを食い物にするあいつらだ」
オレはもう遅刻したことは吹っ切れる。
助けたことに後悔はない。
亡くなった両親に『困っている人を見返りを求めず助ける人になりなさい』とよく言い聞かされた。
その言葉のおかげでオレは困っている人がいたらほっとけない質になったのだ。
オレはその男の子に自分の連絡先を教える。
またあいつらが何かしてきたらすぐ呼ぶように。
男の子は何度も頭を下げてからこの場から離れる。
「さて、これからどうしようかな」
オレはこのまま高校をバックレようかと悩んでたら声が聞こえてきた。
『見つけました』
女らしき高い声が耳に響き、直後オレの意識はプツリと切れた。
◆
「っっっ────!?」
唐突な浮遊感、そして落下で尻餅をついたオレは痛みで苦痛の声が漏れた。
「いてて......。なんなんだ、いきなり......?」
「やっと、見つけました」
声がしたので尻を擦りながら前を向いた。
するととんでもない光景が目に飛び込んできた。
目の前には絵から飛び出したような美女がいたのだ。
黄金の長髪に玉のような肌。
白い衣の上からでも分かる豊満な肉体。
サファイアのような美しい蒼い瞳
この世の全ての美を体現したかのような姿にオレは呆然として言葉が出なかった。
オレはただただその美しさに圧倒されたのだった──。
彼女が綺麗な形をした口を開く。
「あなたは何が起きたのか分からないでしょうし、現状把握が必要でしょう。私の名はセフィリア。あなた達でいうところの女神です」
「はあ、女神......?」
何を言ってるんだ?
いきなり自分のことを女神なんて、頭の心配をしてしまう。
周りを見ると全てが白い空間だった。
「あなたをここに呼んだのは、あなたにお願いしたいことがあるのです」
「お願い?」
「はい」
なんだろう?
できることならやるが。
「あなたには異世界に転生してほしいのです」
「は? 異世界?」
また変なことを言い出した。
オレはどんどん不審者を見る目付きに変わっていく。
彼女がオレの視線に気づいたのか考え込む。
「信じられないのも仕方ありませんね。本題に入る前にあなたに知識を与えます。少し頭痛が起きるかもしれませんが」
そう言った彼女はオレの頭に触れる。
するといきなり何かが流れ込んでくる。
酷い頭痛と共にだが。
気がつくとオレは横に倒れていた。
オレはゆっくり体を起こす。
まだ痛みはあるがさっきと比べるとかなり引いてる。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。大丈夫だ、女神様」
自然と女神と呼んでしまう。
与えられた知識から納得してしまっている。
彼女が本物の女神なのだと。
「ではもう本題に移っても大丈夫ですね?」
「大丈夫だ。──あんたはオレを異世界に転生させたいらしいが理由は?」
女神は言いにくそうに口を開く。
「実は異世界に転生して、その世界の平和にしてほしいのです」
「平和?」
「はい。その世界はずっと戦争を続けていて、2000年以上国同士の対立が終わっていないのです。私も止めさせようと何度かしようとしたのですが......。そして、もし人間の争いを100年で終わらせられなかったら、その世界を滅ぼすと宣告されたのです」
「宣告って誰に?」
「最高神です。争いばかりしている人間の世界は消滅させるそうなのです」
確か与えられた知識によると神は世界を管理する下位神と下位神が管理する世界を厳選する上位神、そして実行するのか最高神だったか。
「その世界がなくなるとしたっぱの女神の私はお払い箱になるかも......」
「お払い箱ってどうなるんだ?」
「不要となった神は最高神によって消されるのです。だからお願いです! 私を助けてください!」
女神が必死に訴えかけて頭を下げる。
そんなことをしなくてもオレの答えは決まっている。
「ああ、助けてやるよ」
女神が驚いたように頭をあげる。
「いいのですか? 私はかなり理不尽なお願いをしていると思うのですが......」
「いきなり異世界は大変だろうけど困ってるんだろ? なら助けるよ。オレに戦争を止めるなんてできるか分からんが」
「ありがとう、ございます。ダメ元でお願いしたのですが、受けてくれないだろうな、と思っていたので......。元の世界のこともありますし」
「普通はそうなんだろうけど、オレには家族もいないし、親しいやつもいないからなぁ」
言ってて悲しくなってきた。
オレに元の世界の未練はあまりないのだ。
オレは常に自分の人生を精一杯生きてきたつもりだし、いつ死んでもいいと思ってた。
もし心残りがあるとすれば助けた男の子を守ってやることはできなくなったのと高校に通ってみたかったことくらいだ。
「でもオレ程度で平和にできるか? 2000年続いてる戦争を止める自信なんてないぞ」
「それは大丈夫です。これはあなたを転生させる人間に選んだ理由なのですが、あなたには戦闘に対する天性の才能を持っています」
「戦闘? ......もしかして相手の動き読めたりするあれか」
「はい。戦闘中の一瞬という限定的なものですが、一寸先の相手の動きを予測でき、自分の危機も察知できます。未来視とも呼べるのでしょうか」
「確かにその未来視?のおかげで喧嘩には強かったが、とても戦争を止めることができるとは......」
「いいえ、できますよ。まだその力をコントロールできていないから実感はないかもしれませんが、もしコントロールできたらあなたは戦闘という分野では無敵になります。神である私が保証します」
女神が力強い声でそう言ってくれた。
そう断言されるといけそうな気がしてきた。
「他に何か質問はありますか?」
「そういえばその世界って戦争が続いてるらしいが、具体的にどういう世界なんだ?」
「具体的に、ですか。うーん、分かりやすくいえばファンタジー世界でしょうか?」
「ファンタジー世界? もしかして魔法とかある?」
「ありますよ?」
魔法があるのか!
オレはそのことに喜ぶと女神が忠告してくる。
「魔法はありますが、あれは才能で使用できるか決まるので悠斗さんは使えないと思いますよ?」
「え? そうなのか? なんだ......使えないのか......」
冷水をかけられた気分だ。
期待してただけにその事実にがっかりしてしまう。
オレは気を取り直す。
「さて、もう聞きたいことは聞いたし早速行くか! 善は急げって言うしな」
「分かりました。では転生の準備を始めます」
女神がオレの胸に手を置く。
するとその手が光る。
「うお! なんだこれ!」
オレの体がどんどん薄くなっていく。
もしかして今から転生するのだろうか。
「では行ってらっしゃいませ」
やはりそうらしい。
オレは女神に別れを告げる。
「ああ! 短い間だったけど、じゃあな! 吉報をここで待っていてくれ!」
そう言うと女神は呆然とした。
そして、何かに気づいたように声をあげた。
「......あっ!? 大事なことを言い忘れていました! 実は私も──」
オレの意識は光に飲み込まれて最後の女神の言葉は聞こえなかった。