二、荷物
玄関の木製のドアが、コンコン、と二度かわいた音を立てた。古い日本家屋にもかかわらず、この家にはよくある引き戸ではなくて開き戸が据え付けられていた。件の老夫婦に洋風趣味があったそうで、玄関も板敷きも板壁も、簡素ながら和装建築のそれではない。
ドアにも銅でできた小さなノッカーが取り付けられていた。
「ん? 珍しいなあ。約束はないはずなんだけど」
今は夏休みの期間に入っていて、とくに日曜日はゆっくり家で過ごす習慣にしていたから、ドアの前にいるらしい人物に心当たりはなかった。
そうこう考えているうちに、二度目のノッカーが、同じように二回、コンコン、と今度は少し大きく部屋に響いた。
「うーん、出るしかないよね」
水菜はそう呟くとしぶしぶ玄関に向かう。のぞき穴の類いはないので、ドアの把手を握って数センチの隙間からそっと外を見回す。
(……うん、誰も……いないよね)
ドアをもう三十センチばかりあけて、外を眺め回してもやはり誰もいない。道行く人もいなければネコの子一匹見当たらない。
「ピンポンダッシュとかいうのは昔聞いたことあるけど、ノッカーダッシュっていうのは知らないなあ」
「ま、いいけど」
水菜はドアが開きすぎないように押しささえていた左手の緊張をほどくと、右手でドアを押し開けた。むせかえるような暑さだが、屋外の風は心地よい。
「日曜だけど、ちょっと外出てみようかな」
もう少し身体で風を浴びたくて、ドアをおもいっきり開け放つ。玄関前のポーチに出てようと身体が勝手に思ったのか無意識に動いていた。
そう思った矢先、右足のつま先に何かがぶつかるのを感じた。
「あれ?」
視線を落としてみると、そこには小さな茶色の小包が置かれていた。ガムテープで一直線にだけ封がされている。
「郵便屋さん……だったのかな? でも印鑑もサインも私してないけど?」
膝を落として視線の先にある小包をよく見てみる。
「えーっと、送り先、水無水菜様。送り主は……書いてない……?」
普通の郵便物なら、送り主が書いていないなんてことはあり得ない。
「おまけに受け取りのサインも何もしてないんだから」
誰かから変な目でみられていないか周囲を確認すると、水菜はもう一度小包をじっとみつめる。
「やっぱり何にも書いてない。でも、これって私宛の荷物だよね。それ以外なさそうだし。だけど中身が爆弾とかカビたパンとかいうことはないのかな」
前者の可能性を想像してちょっと怖くなった水菜は、ブンブンとまた頭を振って、嫌な想像をかき消す。周囲をもう一度見回してから、
「よし」
そう自分を説得し終えると、心を決めて茶色い小包をさっと懐に抱え込む。
ドアを内側に閉めると、作業台に小包を置く。
【受け取りました。I have received it】
と小さな紙切れに鉛筆書きして、ドアの外側にテープで留めておいた。
「誰から何を受け取ったか分かんないけど、一応ね。外国からかもしれないし、一応」
水菜らしい行動だった。
「まあ、何を受け取ったのかは開けてみれば分かるんだし」
作業台に置かれた小さな小包は、ちょこんと座って、水菜に開封されるのをただじっと待っているようだった。