一、風景
「うーん、ずいぶん寝ちゃったな。せっかくの日曜日なのに、もうお昼すぎちゃってるし」
水無水菜は一年ほど前の春、この町に越してきた。どこにでもあるありきたりの住宅街の片隅に小さな古民家を見つけて、すぐにそこに越すことに決めた。普段の生活にも困らなそうな便利な場所だったし、転校予定だった中学校も近い。
何よりその古民家がすっかり気に入ってしまっていて、そこそこ便利な場所であること以外は、もう何も考えずに即決してしまった。
「でも、これがいいのよね」
ベッドから降りて板張りの床を歩くと、ぎしぎしと苦しそうな音を立てる。
水菜の細身の体でも、そんなふうにきしむのだから相当の築年数だ。
契約のときに不動産屋さんに聞いてみたところ、築八十年程になるという。老夫婦が修繕しながら長らく住んでいたそうだが、今はもう亡くなったと聞かされた。
「ってことは、わたしのおじいさまが産まれて……まだ子どもだった頃なんだ」
水菜は膝を落として床板を少し手で押してみる。先ほどとは違って、きゅるきゅると愛くるしそうな音を立てた。ひんやりした感触が夏の暑さを少しやわらげてくれる。
「これこれ」
掌から伝わる冷たさと、指で感じる音を触覚で聞きながら、水菜の口角が緩む。
「ホント住んでるって感じ。今まではなかったもの。それと……この風景も」
床から手を離すと、フォトフレームが飾ってある小さな窓に視線をうつして、光の方向へ歩みを進める。
「好きなんだよね。ネモフィラ」
水菜の瞳の色よりちょっとだけ薄い青を周囲にまとった、赤ちゃんの瞳のような形をしたくるくるとした可愛らしい花の群れが出窓の下にあちこち咲いている。
ひとつひとつの花の色を順番に目で追っていくと、ふと水菜は視線をとめる。
「あれ? あのコだけ……。あ……」
目にとまった一輪は、水菜の部屋中に散らばったキャンバスと同じ色をしていた。