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虚に宛てて  作者: 師走
1/1

下を見ていると、石が、地面が、目に入る。

上を向くと、空が迫り来る。

こんな中に自分がいることがしょうもなくて、笑いたくもなる。

でも、地面も空も、それ以上は踏みみってこなくて、私は生きていた。

ーーーーー



「どうなの?本当のところは」

ある少女が俺に問いかける。


「何度も言ってるだろ。俺は、知らないんだって」

そう言うと、彼女は首をかしげた。自分でなくしたネックレスを、どうしても俺が盗んだことにしたいらしい。


「あのネックレスがないと、私、困るかもしれないんだけど」

「困ればいいじゃないか」

「ダメよ」


彼女は真剣な目で語った。

「私、困りたくないの」

「あっそう」


俺は鼻の横を掻く。

こいつがいきなり部屋にやって来たせいで、大変に迷惑しているのだ。こういうのは、困ったと言わないんだろうか。それとも、自分以外の人間が困るのは構わないと考えているんだろうか。


「ちょっとここの引き出しを開けるよ。良い?」

「どうぞ」


ガラガラと木箱が突き出てくる。

それを覗き込んで、その子は叫んだ。


「あったわ!」

「え」


俺がそれを確かめようと頭を近づけた時、彼女はもうそのネックレスを上に掲げていた。


「やっぱりあなたが犯人じゃないの」

「やめろよ。本気で身に覚えがない。お前がマジックで自作自演したんじゃないのか」

「私がマジシャンだと思うの?」

「………、人は見かけによらないから」


言い返しながら、ふと、マジシャンの格好について思い浮かべていた。

黒くて縦に長いハットに整えられたヒゲ。

やはり黒を基調とした、タキシードみたいな服とズボン。もちろん長袖長ズボンだ。

あとは、赤の蝶ネクタイがあっても良い。まぶたは二重で、少し眠そうな感じ。歳は……。


「じゃ、私、帰るね」

「あ、うん」


気がつけば、彼女は窓を開けて、身を外に投げかけていた。

そして、フッと降りていく。

ここは二階だから、落ちたら痛そうだな、と考えて、下を見てみたら、もうその子はいなかった。

ーーーーー




「お邪魔します」

「またか」

「だって、あなたがネックレスを盗み出すから」

「言いがかりだ。だって、あれから俺はずっとここにいたんだ。それに、お前がどこへ消えたのかも知らない」

「じゃ、引き出しを開いて」

「分かった」


俺が勢いよくバッとそれを手前に引くと、中にはプリント類の束が乱雑に入っていた。


「ほら、ないぞ」

「じゃ、今度はあなたの耳の穴の中を探すわ」

「ちょっと待った」


俺は、近づいてきたその女の子の手を押し戻した。


「やっぱり怪し過ぎる。俺がやるよ」

そして、彼女を睨みつけて警戒しながら、左手の人差し指と親指で耳穴の中を探る。さっきこいつは右手を俺の左耳に伸ばしてきてたから、こっち側の穴を疑っているとみて間違いないだろう。もしかしたら、両方の穴なのかもしれないけれど。


…果たして、その二本の指には何も触れなかった。

俺は勝ち誇ったような顔をして、「何もないぞ」と言う。


「嘘よ。もっと奥を探して」

「強情なやつだな。これが限界だよ。内側の壁に指がコツコツ当たってる」

「そんなはずないわ。ちょっとどいて」


その子は俺の手をのけると、指をスッと中に突き刺してきた。

痛みも何もなく、でも、脳の中に届いているんじゃないかと思うほど深い場所を探られている気がした。

それから間も無く、彼女は微笑んで「見ーつけた」と言い、ズルズルとそこから紐のような物を引っ張り出した。


その瞬間、俺の頭から、ミントガムを噛んだ時のように、スーーーッと何かが抜けていくのが分かった。


「ほら、これよこれ。あんなに奥に隠しておくなんて、酷い人ね。ちょっと探すのに手間取ったわよ」

俺はそのネックレスを茫然と眺めた。白い粒がたくさんついている。が、なぜだかその真珠は偽物で、人の手で作っているように思えた。


「君、これさ」

「何?」

「さっき引き出しにあったネックレスと違うでしょ」

「当然違うわよ」

「じゃあ、どうして」

「私、いろんなネックレスを持っているの」

「なぜ?」

「誰かに盗られるために」


俺は驚いて彼女の顔を見た。

依然、目尻は下がり気味だ。

ーーーーー




「えっと、君って、つまり、俺……は、そんなことしたつもりないんだけど、誰かの手に渡すために、大量のネックレスを所有してるの?」

「そうよ」

彼女は平気な顔で頷く。


「じゃあ、俺に噛み付いてくる必要ないじゃないか。君が悪いんだから」

「あら。いくら私が、誰にだって取れるようにネックレスを持っていても、罰されるのは盗みを犯した方よ。違わない?」

「そんなこと……」

「…っで、私、ネックレスを奪い返すのが趣味なの」

「なんて悪質な」


呆れた。

俺はそれに付き合わされたようなものじゃないか。ブンブン振り回されて。


「じゃあね、今度はもう、ネックレスをそっとしててよ」

彼女は慣れたように窓枠へ飛び乗り、また緩やかに落下していった。


俺は、いい加減にしろよな、と言いつつ、目を閉じた。



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