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悪夢の塔  作者: 相沢メタル
第二章
95/154

55

 アルコの放った業火は、黒竜の体を覆い尽くした――かに見えた。


「グルアァッ」


 身をよじり、黒竜が旋回する。

 すんでのところで尻尾を避け、態勢を立て直す。

 安全な位置まで距離を取り、黒竜の様子を伺うと、


「効いた、のか?」

「おそらく……ね」


 黒竜の体半分が白く発光していた。

 ファイアストームの熱を浴びた半身だけが、白くウロコの色を変えていた。

 警戒しているのか、黒竜は姿勢を低くしたまま動こうとせず、唸り声を響かせている。

 ひゅっ、と成宮さんの矢が風を切る。

 かつん、と白色化したウロコへと当たり、跳ね返される。


「ダメ。弓矢じゃ威力が弱すぎて、ウロコを壊せないみたい」


 ウロコを熱することが目的じゃない。

 熱して、柔らかく――もしも柔らかくなったなら、破壊し、ウロコの先の肉体を攻撃する、それが狙い。

 弓矢を弾いた様子から見ると、柔らかくはなっていないようだ。けど、諦めるにはまだ早い。


「アルコ、瓶の水を飲んでて」

「悪い、もう飲んだ」

「そうか、良かった」

「頭がぐるぐるでさ。やっぱり、一発が限度だわ」


 アルコが回復したのを確認して、黒竜に向き直る。相手はまだ動かない。いつまでも睨み合っているわけにはいかない。熱はいつか冷めるものだ。


「時間がない。僕が剣で攻撃してみる」

「待って、私も行く。狙いは分散したほうがいいから」

「アタシも必死で逃げるから、気にするな」


 剣を構え、ゆっくりと黒竜に近づく。

 白色化した右側からは僕が、黒いままの半身側からは成宮さんが。

 相手の尻尾攻撃の射程ぎりぎりまで接近する。

 黒竜は様子を見るように動かない――いや、もしかして。


「動けない、のか?」


 黒竜の表情は伺いしれない。勘違いかもしれない。けど、苦しそうに顔を歪め、休息しているように見えた。

 体が元に戻るのを待っているのか。

 そう気がついた時、体が自然と動いていた。

 黒竜に急接近、尻尾だけが迫ってくるけど勢いがない、盾でいなす。白色化した半身に身を寄せ――剣を思いっきり叩きつけた。

 ボコッ。

 ウロコは砕けなかった。代わりに剥がれ落ちた。ウロコの下には虹色に光る皮膚が見える。

 剣を、突き刺す。


「グルアアアァッ!」


 黒竜の絶叫が洞穴内に響き渡る。

 痛みに身をよじったせいで、吹き飛ばされそうになる。

 距離を取りつつ、再びウロコに剣を叩きつける。ボコッとウロコが複数枚剥がれ落ちた。

 これは、いける!


「避けて!」


 成宮さんの声に我に返ると、黒竜の尻尾が頭上に迫っていた。必死に横っ飛びし、避ける。黒竜と距離が開いてしまう。


「成宮さん、これなら……!」

「ええ……あっ!?」


 黒竜が跳躍した。

 直後、水柱が上がる。

 水の中に飛び込んだのだ。


「しまった……まずいわね」

「アイツはいったい?」

「体を冷やすつもりよ」


 劣勢とみた黒竜は、その熱された半身を冷やすことにしたらしい。水中には手を出せない。ただ相手が回復するのを漫然と待つことしかできない。


「くそっ、せっかくいい感じだったのによ」

「次は警戒されるわ。ファイアストームを浴びせるのは難しいかも……」


 事態を打開したかと思えば、振り出しに戻ってしまった。いや、魔法を撃てる回数が減り、相手に警戒されているとなれば、むしろ悪化したとも言える。


「けど、黒竜を倒せる可能性は見えたんだ……!」


 勝てるのか分からない不安は終わりだ。

 今は勝てるかもしれないという期待が緊張を呼んでいる。

 裏をかかれまいと注意を払っていると、ざばあと水音がして、黒竜の頭が現れた。

 飛び出してくるか、と身構えていると、どぷんと再び水中に潜っていった。


「なんだ?」

「イヤな感じだな」

「様子を見たかもしれないわ」


 僕たちの位置を確認したのだろうか。

 水際に避難しているのも危ないかもしれない。けど、広場の中央では押し潰される――ざばあ、黒竜の頭が現れる。

 こちらを首をひねりながら見ている。


「何を考えて――」


 次の瞬間、成宮さんが吹き飛ばされる。

 なんだ、なにが起こった?

 今度は、アルコが吹き飛ばされた。

 黒竜の口元が白く光ったように見え――

 構えた盾に凄まじい圧力が襲いかかる。

 全身を使って、これに耐えようとする。けど、盾ごと吹き飛ばされる。

 水だ。

 黒竜の口から、大量の水が発射されたのだ。

 背後を振り返る。

 僕は盾により、かろうじて広場に残ることができた。

 二人は水の中に落とされていた。

 どぷん。

 二人を見つめる僕の背後で、重い水音が聞こえる。

 振り返ると、黒竜の姿はない。

 早く二人のもとへ――

 間に合わない。黒い影が成宮さんの足下から近づく。それに気がついた成宮さんが必死に泳ぐ。

 黒竜が、ゆっくりと、水中から、成宮さんを口にくわえて、姿を現し――噛み砕いた。

 水が赤く染まる。

 恐慌状態に陥ったアルコが見える。

 ぬめりと泳ぐ黒竜が、シャチのようにアルコを空中に放り投げる。そして、落下するアルコを、その鋭利な尻尾で串刺しにする。

 僕は絶叫する。

 二人の命を蹂躙した黒竜が、ゆっくりと陸にあがる。

 残りは僕一人。ゆっくりとなぶり殺しにするつもりだろう。

 首をがちがちとひねりながら、僕の周囲を歩き回る。


「グロロロ……」


 舌なめずりするかのように喉を鳴らすと、体をひねり尻尾で突き刺そうとしてくる。

 その速さ、勢いに防戦一方、次第に体の至るところを傷つけられていく。

 遊ばれている。

 取るに足らない相手、痛ぶって苦しませて殺すようだ。

 何度目かの尻尾攻撃で、僕は大きく吹き飛ばされた。

 洞穴の天井が遠くに見える。

 流れ落ちる滝の音が遠い。

 不思議と静かだ。

 右半身に熱を感じる。

 痛みのせいじゃない。燃える岩の熱だ。

 燃え盛る火に目が吸い寄せられる。

 アルコの魔法を思い出す。

 成宮さんの火の矢を思い出す。

 静かなのは、二人がいないからか。

 そう気がついた時、猛烈な怒りが湧いてきた。

 黒竜を倒さなければいけない。二人の痛みを思い知らせなければ。

 決意した瞬間、目の前が緑色の光に包まれた。

 体が軽い、力が、湧き上がってくる。

 体中から血は流れたままだ。傷は回復していない。死に際の、最後の輝きだろうか。

 緑色の光の流れを目で追うと、腰に下げた人型の人形から湧き上がっていることに気がつく。

 コイツのせいか。

 この光の正体はなんでもいい、とにかく今は、黒竜に一矢報いる。

 僕が立ち上がると、黒竜は楽しむように喉を鳴らした。

 相手が動くのを待つのも面倒だ。こちらから、攻める。

 突撃する。

 黒竜の尻尾が右側から迫る。

 剣で弾く――いや、思いっきり斬りつける。

 火花が散る。

 黒竜の尻尾が、切断される。


「グララララッ!?」


 黒竜がのたうち回る。

 切り離された尻尾が、びくんと別の生命のように跳ねている。


「なんだ、この力……?」


 緑色の光の、腰の人形のせいだろうか。

 まだ光は溢れている。

 この力なら、黒竜を。


「グルァッ!」


 黒竜が怒りに任せて突進してくる。

 剣でこれを止める。

 力が拮抗している。吹き飛ばされない。

 黒竜の目に戸惑いが、見えた気がする。あるいはより強い怒り。

 黒竜が後退する。

 剣で防いでいては反撃できない。

 水際に落とした盾を拾わなければ。

 黒竜が再び突進。

 剣で防ぐ。


「何度来ても、今なら……ぐぅっ!?」


 右脇腹に鋭い痛みが走る。

 丸太ほどもある尻尾の先端が、深々と潜り込んでいた。


「再生……したのか」


 だめだ。意識が無くなっていく。

 成宮さん……。

 アルコ……。


 そして僕は絶命した。

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