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「おまたせ」
成宮さんがお茶を持って戻ってきた。
アルコと僕は、成宮さんの部屋で待っていた。
アルコはくつろいだ格好だけど、僕は正座だ。女子の部屋、しかも成宮さんの部屋となれば、何度来ても慣れることはないだろう。
「ありがと」
「ありがとう。……なんで漬物?」
お茶は紅茶ではなく緑茶。そのお盆には小皿が乗り、その中にはきゅうりやナス、にんじんの漬物が入っていた。
「おばちゃんの手作りで……お茶菓子のほうがよかったわよね」
「そ、そんなことないよ。驚いたけど、漬物好きだし」
「緑茶だったらいーんじゃねーの? いただきまーす」
アルコがつまようじでにんじんを取る。
僕はナスにしよう。
「おばあちゃん、手作りの漬物に凝ってて、感想が聞きたいみたいなの。ごめんね」
「うまいよ、これ。ほんのり甘い」
「うん。ナスの硬さもちょうどいい。青臭さもないし、かと言って味が濃すぎるわけでもない」
「そう? よかった、おばあちゃん喜ぶわ」
「ヒカリはおばあちゃんが好きなんだな」
「ええ。両親が共働きだから、日中は妹と二人、世話になっていたもの」
「そうか、おばあさん、頑張ったんだね」
僕がそう返すと成宮さんはにこにこしていた。育ての親とも言えるおばさんのことを褒められるのがうれしいらしい。
僕も、田舎の祖母のことを思い出してしまった。
「それで、前回の……バウニャンのことなんだけど」
成宮さんが切り出した。それを話に来たんだった。
「僕と成宮さんはあまり情報がないんだ。アルコはどうだった? 僕が最後に見たのは、アルコが魔法を使うところだったけど……」
アルコが難しい顔をして腕を組む。
「撃ったぜ。合体魔法」
やはり、死に際に見たほとばしる炎。あれは見間違いではなかったのか。
「バウニャンは……?」
少し怯えた様子で成宮さんが尋ねる。バウニャンのことを気にしているらしい。
「焦げたな。黒コゲだ」
「……!」
成宮さんが息を飲む。
「それじゃ、バウニャンは」
「けど、だめだった」
「え?」
「焦げて、死んだかなーって思って様子を見てたら、すぐに体が再生っていうか回復し始めてさ。ものの数秒で復活、また襲ってきたよ」
「再生か……」
「泉のペナルティだから……やっぱり、倒すのは不可能なのかしら」
「分かんねー。けど、燃やしたくらいじゃだめだな。それと」
「他に何か?」
「ファイアストーム……ああ、合体魔法の名前な。これを撃ったら、さすがに心力が足りなくて、頭がぐわんぐわんになってよ。かと言って、襲いかかるバウニャンに抵抗しないわけにもいかないってんで泉の水を飲もうとしたんだよ。そしたら、枯れてたよ、泉の水が」
「じゃあ、回復は」
「瓶の水を飲もうと思ったけど、間に合わなかったな。背後から切り裂かれて終わりだ。どうやらバウニャンのペナルティだけでなく、そもそも泉の部屋が使えなくなるみたいだぜ」
「そうなると、泉の部屋は一度しか戻ってこれないことになるね」
「そうね。二回利用しようとすると、ペナルティが発動するので確定ね」
部屋に沈黙が訪れる。
ペナルティが分かったところで、これからどうするか。
死ぬと分かっていて、さらにヤドカリ地帯でのレベル上げを試みるか。
それとも、黒竜と対決するか。
「アルコはファイアストームを使えて、しかも倒れなかったのね?」
「おう。祝福の効果ってやつだろうな。フラフラだけど、死にはしなかったぜ」
「じゃあ、瓶の水を飲めば……」
「二発は撃てるな。もっとも、その後は使い物にならないどころか、お荷物だけど」
「お荷物だなんて」
「けど、事実だろ」
剣も弓も使えないアルコが心力の回復手段を失った時、確かに逃げ回ることしかできなくなる。
でも、それなら――
「冷たいことを言うようだけど」
「言ってみろよ」
「何もできなくても、できないなりに、やれることはあると思う」
初めて悪夢を訪れた時のことを思い出していた。
看守、毎晩僕と成宮さんを殺しに来た男。
武器を持たない僕らは、ただ逃げ回る日々をくり返していた。でも、そこから壁の破壊や、破片を利用した扉の破壊など、次へつながっていったんだ。
アルコに過去の話をすると、なるほど、と納得した様子だった。
「そうだな。ドッジボールみたいなもんだ。逃げ回ればいずれこぼれ玉がお前たちのところにいくかもな。黒竜の注意をひく的だって、多いほうがいいよな」
僕達には数の利がある。それを利用しない手はない。
「今日の夜で、残る期限は五日。もう、時間がないわ。レベル上げは終わり。黒竜との戦いを始めましょう」
「異議なし」
「いいよ、やろう」
アルコの合体魔法を携えて、ついに黒竜攻略が始まった。




