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「うまくいったね」
「ふふん、合体魔法は失敗したけど、ネックレスを借りるアイデアは悪くなかっだろ?」
「うん、冴えてるわ。この考え方って、発展させると剣にも適用されるのかしら」
成宮さんが僕と剣を見る。
「そっか、ネックレスを身につければ、僕でも炎の力が……」
「でも、松明から離れられないんじゃ、剣とは相性が悪そうじゃね?」
「うーん、相手が接近してくるなら、その問題は解消されるんじゃ?」
「小さい敵、小回りが効かない敵なら使えそう。でも、黒竜のような巨大で素早い相手だと……」
「剣を浴びせる前に吹き飛ばされる、か。たとえ斬りつけることに成功しても、やっぱりその後に吹き飛ばされそうだ」
「あとは心力の問題もあるわ」
「ああ……オマエ、魔法が使えるとは限らないんじゃね?」
「まったく使えないってことは……ないんじゃないかな……どうだろう」
「そうね、精神力っていう意味では私たちに劣らずあると思う」
「ま、人間ならだれしも多少はあるだろ」
「アルコはさておき、多少は使えると思うの。ただ、心力の量や、魔法の相性みたいなものになると……これは試してみるしかないわね」
可能性が広がったのはいいけれど、未知の領域も広がってしまった。
でも、試すなら今かもしれない。
「そうね、泉の水で回復したら、試してみましょうか」
アルコが泉の水を飲む。
「ぷは、生き返った」
「心力は回復してそう?」
「そだな、うん、前とおんなじ。回復してると思う」
「それじゃ、ヤドカリのところに戻りましょうか」
「あれ、バウニャンが……?」
部屋の出口である扉の前にバウニャンが座っていた。
へっへっと舌をだしながらこちらを見つめている。
「なにか言いたそうね」
「腹でも減ったのか?」
僕が接近すると、バウニャンはその場を離れ、部屋の隅に移動した。そこでへっへっとこちらを見つめている。
「気になるね」
「なにかおかしなところがあるのかしら? それとも、バウニャンが気になるものでも身につけてる?」
「ヤドカリの臭いかもな。気が付かないけど、エビ臭いのかも?」
「……お風呂に入りたくなること言わないで」
バウニャンと会話できるわけでもなし、僕らは扉を開けて外に出た。
回り道はせず、ヤドカリの地帯へと向かう。
「げ……」
「あー……こうなるか」
広場一体にヤドカリたちがうごめいていた。
前回倒したのは全体の一部で、残ったヤドカリは全て目を覚ましてうろついている。
「見ろよ、共食いしてるぜ」
前回倒したヤドカリの肉片を、他のヤドカリたちが食べていた。大量の脚がわさわさとうごめきながら肉片を食している様子は気持ちが悪い。
「ヒカリ、どうする?」
「大量の相手と戦う可能性がある以上、剣の検証は後回しね。前回と同じく、アルコの魔法と私達の連携でいきましょう」
「そうだね、目的はアルコの心力増加だし」
「そーいうことなら、ファイアブラストいきますよー」
アルコが松明の側で杖を構えるとネックレスが紅く染まる。
「準備完了! 誘導よろしく」
「はいはい、じゃあ行ってくる」
「気をつけてね。距離に注意して」
前回と違いヤドカリたちは寝ていない。
慎重に近づき、手頃なヤドカリに向かって足元の石を投げつけた。
石の衝撃に気がついたヤドカリがこちらを見る。
すこしぎちぎちと脚をくねらせたあと、こちらに向かってきた。
「来たな……くそ、やっぱり他のヤツらもか」
最初のヤドカリにつられて、他のヤドカリたちも一斉にこちらに向かってくる。
前回と同じく、アルコのもとに逃げ込む。
「よ、よろしく頼む!」
「頼まれた! いっくぞー……ファイアブラストッ!」
杖からほとばしる炎が迫りくるヤドカリたちを焼き尽くす。
ヤドカリたちの進軍が止まる。
そして、焦げた岩の殻から中身が逃げ出す。
場が硬直しているうちに僕と成宮さんが飛び出し、トドメを刺していく。
「ちょっとかわいそうかな……?」
「現実なら、こんな無意味な殺戮はしないわ」
アルコの様子を見る。
炎の魔法一回では、まだまだ元気そうだ。
と、その表情が一変した。
「おい! ヤドカリが動き始めたぞ!」
早い。前回よりも早く硬直が解けたようだ。さすがに二回目ともなれば慣れるのだろうか。
「退きましょう」
「うん」
アルコのもとに移動し、三人で逃げ出す。
「卑怯者って感じだよな?」
「そうね、随分とずるいと思う」
「でも、黒竜に勝つためだ」
泉の部屋に入り、アルコは水をがぶ飲みする。
「ふう、回復」
勢い良く飲んだせいか、髪の毛から水が滴っている。
「あ……」
何かに気がついたように静止する。
「どうしたんだ?」
「なんか違うな」
「なんのこと?」
「はっきり言えないけど、体力がついたっていうのかな。前より心力が高まった気がする」
「合体魔法も使える?」
「どうかしら……即死するほどの消耗よ? 油断は禁物じゃないかしら」
「この際、ファイアブラストで黒竜退治といくか?」
「そうね……そのケースも視野に入れておかないとだめね」
「ちょっと射程距離が短いけどな。黒竜が近づいてこないと当たらなそうだ」
「あと一週間しか期限はないけど、まだ一週間あるとも言えるわ。ファイアブラストに頼るとしても心力に余裕はあったほうがいいし……もう少しヤドカリとの戦いを繰り返しておきたいかな」
「お主も悪よのう」
「背に腹は代えられないわ。さて……あら?」
成宮さんが驚いた顔をして立ち尽くす。
視線の先には扉が、その前にはバウニャンがいた。
「目が……?」
バウニャンの目が赤く光っている。
血で濡れたように、てらてらと光っている。
「怪我でもしたのか?」
アルコが驚いた様子でつぶやく。
言った本人だって信じていないだろう。
バウニャンは怪我どころか、好戦的で獰猛な表情をしていた。
みし、と音がする。
バウニャンの体がみしみしと音を立て巨大化していく。
猫背の人型のようなサイズになり、さらに大きくなっていき、二メートルを超えて天井すれすれに頭が届いている。
狼男。それに獣成分をかなり足したような姿だった。
僕らの体程度ならケーキのように切り裂けるような長く黒い爪が生えている。
巨大化したバウニャンは獣じみた動きで首をぶんぶんと左右に振り、同時に口からねっとりとしたよだれを撒き散らした。
「これ……もしかしなくてもヤバいよな?」
「こ、こっそり部屋から逃げ出せないかしら……?」
僕らが移動しようと身をかがめた時、バウニャンが吠えた。
「ぐるるるぁっ!」
狭い部屋に絶叫が響く。
耳がぐわんぐわんと麻痺一歩手前までいく。
そして、バウニャンが僕に向かって飛びかかってきた。
「くっ、速すぎるだろ……!」
こうした予感はあり、盾を構えていたおかげで第一撃を防ぐことができた。
しかし、予想を超える速さだ。そう何度も防げる攻撃じゃない。
「僕が引きつけてるうちに、二人は逃げて!」
「そんなわけにいくかよ!」
「いいから、扉を開けてくれ! すぐに僕も逃げるから!」
アルコがしぶしぶと扉に手をかける。
ところが扉を開けずに佇んでいる。
「どうしたんだ! 早く扉を……!」
「だ、ダメだっ! 扉に鍵がかかってる!」
ガチャガチャと取っ手をいじるが、まったく開く気配はないようだ。
閉じ込められた……?
「しまった!」
気が逸れていた隙に、バウニャンの爪が盾を吹き飛ばした。
慌てふためき対処する間もなく第二撃が襲いかかり、僕の腹を大きくえぐりとった。
「あ……」
痛みと熱が押し寄せる。
意識が抜け落ちていき、世界が暗くなっていった。




