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悪夢の塔  作者: 相沢メタル
第二章
85/154

45

「アルコを呼びましょう」


 土曜日の放課後、昼下がりの屋上で成宮さんは高らかに言い放った。


「連絡先は知ってるのよね?」

「う、うん……実は」

「あなたは偶然会っただけって言ってたけど、なんとなく連絡を取り合ってるのは気がついてた。妙にしたしそうだったし」

「ごめん、隠してて」


 成宮さんは首をふる。


「それはいいの。アルコにも事情があるだろうし、その中で説得してくれたのは感謝してる。でも、やっぱり普段から情報共有できないのは非効率だし……信頼関係に於いては、いつか解消しなくちゃいけない問題よ」

「ちょっとアルコに聞いてみるね、会いに行っていいか」

「……自宅を知ってるとは思わなかった」

「……ほ、ホントに偶然。花屋なんだ、アルコの家」

「花屋……? あ……この前のお見舞いの時?」

「そう、偶然、お店で」

「なんとなくアルコの事情が見えてきた。お願い、連絡してもらっていい?」


 チャットとはいえ、後ろめたい気持ちだった僕は、成宮さんから離れた場所でスマホをいじった。

 すぐにアルコから返信が届く。


『ダメです』


 やっぱり。拒否された。


『そこをなんとか』

『いま忙しいので』


 その返信を最後に、連絡が途切れてしまった。


「どうだった?」

「ダメだ……忙しいから、会いたくないって」

「ふうん……そう。アルコのいる花屋に案内してちょうだい」


*


 電車に乗り、アルコの実家の花屋がある駅に降り立つ。

 花屋は営業しているようだった。


「行くわよ」


 肩で風を切って、颯爽と成宮さんが花屋に向かう。

 僕は従者のように付き従う。

 店に入ると、パーカーの少女が店番をしていた。

 アルコだ。

 客が入ってきたのに気が付き、顔をあげ――


「げ」


 ひどく嫌そうな顔をした。



「あら、この公園、子供の時に来たことあるわ」


 あの後、場の空気を読んだアルコの母親に促され、三人で近くの公園へと移動した。

 前回、アルコの秘密を聞かされた公園だ。

 昼過ぎの時間帯、まだ子どもたちが楽しげに親たちと遊んでいる。

 アルコと成宮さんはベンチに座り、互いに気難しそうな顔をしている。

 僕はと言えば、缶コーヒーを三つ腕に抱えていた。

 隣のベンチにお年寄りのカップルが座り、ほのぼのとした雰囲気を周囲に発散していた。

 アルコに缶コーヒーを渡す。ミルク入り、砂糖もたっぷり甘めのヤツだ。

 成宮さんに缶コーヒーを渡す。こちらもミルク入り、ただし微糖でほどほどの甘さ。

 僕はミルクなしの微糖。ほんのり甘い。このほうが、コーヒー自体の味が分かる……気がする。


「勝手にヒトんち来て、プライバシーの侵害じゃね?」

「そのことは謝るわ。ごめんなさい」


 成宮さんが頭を下げる。

 素直に謝られて、アルコは少しのけぞり硬直した後、気を取り直すように咳払いする。


「ふ、ふん。まー、いいんだけどさ。そんなに気にしてねーっていうか。別に怒ってるじゃねえ。勝手に恥ずかしがって、逆ギレしてるだけだよ……こっちこそ、悪かったな悪態ついてよ」


 もごもごとアルコが謝罪を口にして縮こまる。

 あまりアルコだけが気に病むのもフェアじゃないだろう。


「その、アルコにも事情があってさ。会いたくても会えないというか……だから、叱らないでやってくれると」

「叱る?」


 成宮さんがきょとんと首を傾げる。


「さっきから様子がおかしいと思ったら……私が怒っていると思ってたの?」

「え、違うのか?」

「違うんだ?」


 てっきり激怒しているのかと思っていたけど、どうやらこちらの勘違いらしい。

 おでこに手を当てて、やれやれとため息を吐く。


「またやっちゃった……昔からそう。考え込んでると、怖いって。怒った顔に見えるって。それで、妹を泣かしたことがしょっちゅう。それは小さい時の話だけど……ごめんなさい」

「い、いや、謝る必要はねーって。後ろめたい気持ちが勝手に勘違いしただけだし!」

「にこにこしながら考え込めればいいんだけど」

「それはそれで別の迫力がありそうだね」


 じろりと成宮さんに睨まれる。

 整った顔というのも、案外不便なようだ。


「じゃあ、なんでアタシのところに?」

「言ったでしょ。単純に仲を深めたいからよ。もちろん、作戦を効率的に立てるためにも必要だと思ったけど」

「……まったく、ヒカリはストレートだな」

「あら、ジャブだって打つわよ?」

「すごく効きそうだよね、成宮さんのジャブ」


 じろりと睨まれる。


「誤解が解けたところで、前回の反省なんだけど……あ、お店の手伝いは大丈夫?」

「だいじょーぶ。予約の入ってる日でもなけりゃ、大した作業はないし」

「よかった。じゃ……まずは合体魔法について」

「唱えた途端、脳みそガツン、意識真っ暗。あとは覚えてねー」

「鼻血、出てたよ」

「マジか……乙女の鼻血を見せるはめになるとは」

「やっぱり、精神力……心力の許容量オーバーかしら?」

「そんな感じ。昔、貧血になったことあるけどよ。あれの強烈なバージョン。根こそぎ頭ん中からエネルギーを吸い取られたって感じ」

「となると、合体魔法は成功なのね」

「え……?」


 思わずアルコと顔を見合わせる。


「それっておかしくないか?」

「なんの効果も発動しなかったよ?」

「でも、アルコが倒れたじゃない」

「鼻血を出してね」

「うっせ」

「つまり、魔法が成功したから、心力を失ったんでしょ? 発動こそしなかったけど、心力が十分あれば、使えるってこと」

「なるほどな! やはり、アタシの目論見はあっていたか」

「でも、いきなり実験したのは失敗だったわね。まず、火の魔法単独での検証を済ませるべきだった」

「風と炎の合わせ技となると……?」

「ええ、消費する心力が足し算とは限らない。掛け算の可能性が高いわ」

「それだけ強力な効果が期待……できるってことか!」

「ええ。もしかしたら、合体魔法の力があれば黒竜だって倒せるかもしれない」

「どうだろ、あの鱗だぜ? 火なんて効くかな?」

「前回の戦いでさ……」


 アルコに、白熱した鱗について説明する。

 ファイアアローが当たった箇所の鱗は、確かにガラスのように赤白く色を変えていた。


「溶けてるってことか?」

「いや、そこまではいってないと思う。でも柔らかくなっていそうな感じがした」

「火と風の合体魔法を浴びせて、そこを殴りかかれば……」

「鱗を破壊できるかもしれない」


 ニヤリとアルコが笑い、ぐびりと缶コーヒーを一気飲みする。


「勝算アリ、だな」

「あとは、いかにアルコの心力を高めるか」

「前回の祝福、アルコに渡してて良かったね」

「うん……でも、どうやって短期間で心力を高める? ロウソクが尽きるまで、あと一週間程度しかないのよ」

「そりゃ、レベル上げだろ。アタシにいい考えが……睨むなってヒカリ。ちゃーんといま説明するから。ヒカリの頭で可能性を吟味してくれ」

「それなら……分かった」


 アルコの説明が始まった。

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