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「アルコを呼びましょう」
土曜日の放課後、昼下がりの屋上で成宮さんは高らかに言い放った。
「連絡先は知ってるのよね?」
「う、うん……実は」
「あなたは偶然会っただけって言ってたけど、なんとなく連絡を取り合ってるのは気がついてた。妙にしたしそうだったし」
「ごめん、隠してて」
成宮さんは首をふる。
「それはいいの。アルコにも事情があるだろうし、その中で説得してくれたのは感謝してる。でも、やっぱり普段から情報共有できないのは非効率だし……信頼関係に於いては、いつか解消しなくちゃいけない問題よ」
「ちょっとアルコに聞いてみるね、会いに行っていいか」
「……自宅を知ってるとは思わなかった」
「……ほ、ホントに偶然。花屋なんだ、アルコの家」
「花屋……? あ……この前のお見舞いの時?」
「そう、偶然、お店で」
「なんとなくアルコの事情が見えてきた。お願い、連絡してもらっていい?」
チャットとはいえ、後ろめたい気持ちだった僕は、成宮さんから離れた場所でスマホをいじった。
すぐにアルコから返信が届く。
『ダメです』
やっぱり。拒否された。
『そこをなんとか』
『いま忙しいので』
その返信を最後に、連絡が途切れてしまった。
「どうだった?」
「ダメだ……忙しいから、会いたくないって」
「ふうん……そう。アルコのいる花屋に案内してちょうだい」
*
電車に乗り、アルコの実家の花屋がある駅に降り立つ。
花屋は営業しているようだった。
「行くわよ」
肩で風を切って、颯爽と成宮さんが花屋に向かう。
僕は従者のように付き従う。
店に入ると、パーカーの少女が店番をしていた。
アルコだ。
客が入ってきたのに気が付き、顔をあげ――
「げ」
ひどく嫌そうな顔をした。
※
「あら、この公園、子供の時に来たことあるわ」
あの後、場の空気を読んだアルコの母親に促され、三人で近くの公園へと移動した。
前回、アルコの秘密を聞かされた公園だ。
昼過ぎの時間帯、まだ子どもたちが楽しげに親たちと遊んでいる。
アルコと成宮さんはベンチに座り、互いに気難しそうな顔をしている。
僕はと言えば、缶コーヒーを三つ腕に抱えていた。
隣のベンチにお年寄りのカップルが座り、ほのぼのとした雰囲気を周囲に発散していた。
アルコに缶コーヒーを渡す。ミルク入り、砂糖もたっぷり甘めのヤツだ。
成宮さんに缶コーヒーを渡す。こちらもミルク入り、ただし微糖でほどほどの甘さ。
僕はミルクなしの微糖。ほんのり甘い。このほうが、コーヒー自体の味が分かる……気がする。
「勝手にヒトんち来て、プライバシーの侵害じゃね?」
「そのことは謝るわ。ごめんなさい」
成宮さんが頭を下げる。
素直に謝られて、アルコは少しのけぞり硬直した後、気を取り直すように咳払いする。
「ふ、ふん。まー、いいんだけどさ。そんなに気にしてねーっていうか。別に怒ってるじゃねえ。勝手に恥ずかしがって、逆ギレしてるだけだよ……こっちこそ、悪かったな悪態ついてよ」
もごもごとアルコが謝罪を口にして縮こまる。
あまりアルコだけが気に病むのもフェアじゃないだろう。
「その、アルコにも事情があってさ。会いたくても会えないというか……だから、叱らないでやってくれると」
「叱る?」
成宮さんがきょとんと首を傾げる。
「さっきから様子がおかしいと思ったら……私が怒っていると思ってたの?」
「え、違うのか?」
「違うんだ?」
てっきり激怒しているのかと思っていたけど、どうやらこちらの勘違いらしい。
おでこに手を当てて、やれやれとため息を吐く。
「またやっちゃった……昔からそう。考え込んでると、怖いって。怒った顔に見えるって。それで、妹を泣かしたことがしょっちゅう。それは小さい時の話だけど……ごめんなさい」
「い、いや、謝る必要はねーって。後ろめたい気持ちが勝手に勘違いしただけだし!」
「にこにこしながら考え込めればいいんだけど」
「それはそれで別の迫力がありそうだね」
じろりと成宮さんに睨まれる。
整った顔というのも、案外不便なようだ。
「じゃあ、なんでアタシのところに?」
「言ったでしょ。単純に仲を深めたいからよ。もちろん、作戦を効率的に立てるためにも必要だと思ったけど」
「……まったく、ヒカリはストレートだな」
「あら、ジャブだって打つわよ?」
「すごく効きそうだよね、成宮さんのジャブ」
じろりと睨まれる。
「誤解が解けたところで、前回の反省なんだけど……あ、お店の手伝いは大丈夫?」
「だいじょーぶ。予約の入ってる日でもなけりゃ、大した作業はないし」
「よかった。じゃ……まずは合体魔法について」
「唱えた途端、脳みそガツン、意識真っ暗。あとは覚えてねー」
「鼻血、出てたよ」
「マジか……乙女の鼻血を見せるはめになるとは」
「やっぱり、精神力……心力の許容量オーバーかしら?」
「そんな感じ。昔、貧血になったことあるけどよ。あれの強烈なバージョン。根こそぎ頭ん中からエネルギーを吸い取られたって感じ」
「となると、合体魔法は成功なのね」
「え……?」
思わずアルコと顔を見合わせる。
「それっておかしくないか?」
「なんの効果も発動しなかったよ?」
「でも、アルコが倒れたじゃない」
「鼻血を出してね」
「うっせ」
「つまり、魔法が成功したから、心力を失ったんでしょ? 発動こそしなかったけど、心力が十分あれば、使えるってこと」
「なるほどな! やはり、アタシの目論見はあっていたか」
「でも、いきなり実験したのは失敗だったわね。まず、火の魔法単独での検証を済ませるべきだった」
「風と炎の合わせ技となると……?」
「ええ、消費する心力が足し算とは限らない。掛け算の可能性が高いわ」
「それだけ強力な効果が期待……できるってことか!」
「ええ。もしかしたら、合体魔法の力があれば黒竜だって倒せるかもしれない」
「どうだろ、あの鱗だぜ? 火なんて効くかな?」
「前回の戦いでさ……」
アルコに、白熱した鱗について説明する。
ファイアアローが当たった箇所の鱗は、確かにガラスのように赤白く色を変えていた。
「溶けてるってことか?」
「いや、そこまではいってないと思う。でも柔らかくなっていそうな感じがした」
「火と風の合体魔法を浴びせて、そこを殴りかかれば……」
「鱗を破壊できるかもしれない」
ニヤリとアルコが笑い、ぐびりと缶コーヒーを一気飲みする。
「勝算アリ、だな」
「あとは、いかにアルコの心力を高めるか」
「前回の祝福、アルコに渡してて良かったね」
「うん……でも、どうやって短期間で心力を高める? ロウソクが尽きるまで、あと一週間程度しかないのよ」
「そりゃ、レベル上げだろ。アタシにいい考えが……睨むなってヒカリ。ちゃーんといま説明するから。ヒカリの頭で可能性を吟味してくれ」
「それなら……分かった」
アルコの説明が始まった。




