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悪夢の塔  作者: 相沢メタル
第二章
82/154

42

 部屋を出て、見知った細道を抜けると、水路に囲まれた広場にたどり着く。

 遠目には大小様々な大きさの小岩があり、その先には3つの洞穴が開いていた。


「いやがるな、ヤドカリが」

「うまくいくのかしら……」

「最悪、主の扉がある通路に逃げ込めばいいから」

「退路は確保しておかないと……」


 成宮さんはぶつぶつと不安そうだ。

 さっきまではワクワクしていた僕も、楽観視するのは危険だと思い直して気を引き締める。


「ほんじゃ、まずは風の力から」


 アルコがぐるぐると杖を回転させる。

 杖の先に埋め込まれた石が、次第に緑色に発光し始める。少しして、一瞬だけ眩く輝く。充填完了の合図だ。


「よし、いつも通りだな。次は、火の力か……」

「どうしたの?」


 杖を持ったまま、アルコは立ち尽くしている。


「こ、これってどうやったら火の力が溜まるのかな?」

「えー? そりゃ弓を構えて……あ、そうか」


 アルコは弓を持ってない。

 これまで、成宮さんしかネックレスの力を使ってこなかったため、他の道具を手にした時にどうやって使えばいいのか見当がつかない。


「さっそく不安……待ってね、分析してみるから。まず、火の近くに寄る必要があるでしょ?」

「そ、そうだな。よし、松明の近くに来たぞ。あちち」


 アルコは壁に付けられた松明に近づいた。


「で?」

「待ってってば……私の時は、弓矢を構えていたら充填されたから……つまり、攻撃の意思を体勢で示せばいいのかしら」

「攻撃の意思?」

「弓矢は絞って放つから……杖なら振り下ろす前の、準備段階のポーズを取ってみて」

「普段、意識してないからな……待てよ、いつも、敵の方に杖を構えた状態で叫んでるだけだぞ? 準備なんて……ああ、そうか。杖を前に構えればいいんだな。よし!」


 アルコがポーズを変える前に僕たちは背後へといそいそと移動する。間違って魔法が発動しないとも限らない。

 移動したのを確認したかは分からないけど、移動が完了するとアルコが杖を目の前の敵を指し示すようにびしりと構える。

 すると、ネックレスが赤く発光し始めた。


「おっ、おっ! うまくいったんじゃね!」

「ふーむ、案外うまくいくものね」

「わはは、さすがアタシって感じだな!」

「うわっ、杖をこっちに向けるなって!」


 自分の発案がうまくいったことではしゃぐアルコの杖から逃げ回る。

 でも、自由な発想はさすがだ。


「よし、このままヤドカリたちを丸焼きにしてやろうぜ……あら?」


 杖を構えたまま移動を開始すると、ネックレスの光がゆっくりと消えていく。


「ま、まだ魔法使ってないのに、どうしてだ?」

「なるほど……今まで偶然発生していなかったけど、考えてみれば当然かも」

「どういうこと?」

「火の力を借りてるんだから、火から離れたら力を失うってこと」


 火の力を充填したら、それでおしまいというわけじゃなく、維持するためにはその場から動けないのか。成宮さんの攻撃手段が遠距離用の弓矢だったおかげで、これまで制約を受けることがなかったらしい。


「なんだよ、じゃあ……プラン失敗?」

「いえ、やりようはあるわ。あまり気は進まないけど……ちょっとお願いがあるの」

「ん、僕?」

「あなたの剣で、ヤドカリ……そもそもヤドカリなのかしら? ええと、どれでもいいから、叩いてきてほしいの」

「なるほど、誘い出すんだね」


 こちらが動けないなら、相手に来てもらえばいい、というわけか。


「なるほどな! こっちは準備しておくぜ!」


 アルコが再び松明に近づき、ネックレスが光り始めるのを確認してからヤドカリのもとに向かう。


「よし、ちゃんと溜まったみたいだな。おびき寄せたのに、魔法が使えませんでしたー、なんてことになったらシャレにならない」


 めぼしい岩の前に立つ。

 大体僕の身長と同じくらい。周りの岩の中ではほどほどの大きさだ。

 これから発動する魔法の威力を確かめるためにも、少しは手強いサイズのほうがいいだろう。


「よい……せっと!」


 ガツン、と岩を剣で打ち付ける。

 想像していたよりも大きな反動が腕から肩にかけて広がる。これは剣ではまともに戦えそうもない。前回は逃げて正解だな、そう考えていると、

 ぐらり、と岩が傾いたかと思うと、根本から赤い脚がわさわさと這い出て、そのままこちらへと向きを変えた。


「うおお……」


 まじまじと見ると恐ろしい。

 毛の生えた脚が動き回る様子は生理的な嫌悪感を起こす。更に伸びでた巨大な鋏が、純粋に恐怖感を煽る。


「そ、そろそろ逃げようかな」


 ヤドカリに背を向け、成宮さんたちの方を見ると、なにやらぴょんぴょん跳んだり、こちらを指差して叫んでいる。

 嫌な予感がして、ヤドカリの方に向き直ると、


「マジですか」


 周りの岩が一斉に動き始め、こちらに向かってきていた。

 非常にまずい。逃げるが勝ち。

 一目散にアルコのもとへ駆け出す。

 膝に手を当てぜえぜえと呼吸を整えていると、頭上からアルコの頼もしい声がする。


「ご苦労! あとは任せな!」


 迫りくるヤドカリたち。

 光る杖とネックレス。

 満を持して、杖を構えたアルコが叫ぶ。


「くらえ、ヤドカリたちめ! 必殺の……うーん……どうしようかな……」

「なんでもいいよ!」

「後で考え直せばいいか……では改めまして、必殺の、ファイアストーム!」


 杖とネックレスが強く発光する。

 衝撃に備え、目を瞑る。

 ……。

 ……。

 ……なにも起きない。

 そっと目を開け、アルコを見ると、放心した様子で突っ立っていた。


「あ、アルコ?」


 つーっと、鼻血が垂れる。

 そして。ばたんと倒れ、燃え上がって消滅した。


「うそー!?」



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