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悪夢の塔  作者: 相沢メタル
第二章
78/154

38

 水面から現れた黒い竜に威圧され、身動きが取れないでいると、成宮さんがそっと話しかけてきた。


「距離を取りましょう。どんな攻撃をしてくるか分からないから、遠くから様子を見るのが適切よ」


 同意し、じりじりと反対側の水際へと後退する。浮島となった広場に逃げ場はないけど、危険な相手の側にいる理由はない。

 四方に立つ燃える岩のひとつが近くなり、肌を焦がす。成宮さんは弓矢を構え、炎の力を借りてファイアアローが発動できることを確認する。

 アルコも杖を回し、魔法を充填する。

 僕はといえば、盾を構えて二人の前に立つだけだ。情けないけど、これでいい。戦闘は初手が重要。僕が第一撃を受ければ、成宮さんの選択の幅も広がるだろう。

 黒竜はこちらを睨みつけたまま、浅く呼吸をするだけで微動だにしない。

 膠着した状態がしばらく続き――黒竜が動いた。

 ぐっと身をかがめたかと思うと、地響きを立てながら突進してくる。

 速い。

 その図体から想像できないほどの速さ。

 気がつけば、僕の目の前に巨大な顔面が迫っていた。

 無意識のうちに盾を構える。

 直後、衝撃が。

 そして、宙を飛ぶ。

 成宮さんたちの悲鳴が聞こえた気がする。

 再び、全身に衝撃が。

 壁に叩きつけられたらしい。

 そのまま、水堀に落下する。

 なんとか陸に上がろうとするけど、満身創痍で力が入らない。鎧の重さもあって、すぐに沈み始める。

 薄れ行く意識の中、黒竜の鋭利な尾が成宮さんの胴体に刺さるのが見えた。


―――――


 暗転。

 目を開けているのか、閉じているのかも分からない。

 まだ水中にいるのか。

 天地が不明になる。

 浮いているような、沈んでいるような。

 その時、手に細かく、柔らかい何かが触れた。

 目が見えない中、指先でそっとなぞる。

 ――砂だ。

 指先に触れているのは、粒子の細かな砂だった。

 この感触は、まるで――

 その瞬間、刺すような光がまぶたを突き抜けて視界を覆い尽くす。

 暗闇から一転、真っ白な世界に戸惑っていると、次第に目が慣れてくる。

 奇妙な色の空が見える。

 緑と紫が混じり、空が宇宙(そら)に近づくにつれ暗くなっていく。

 腕に力を込め、立ち上がる。

 想像通り、砂漠に僕はいた。

 ただ、砂の色は赤く、まるで血を溶かしたかのようだ。

 それに、地平線の彼方まで何もない。歩くことがためらわれるほど、ひたすら何も見えなかった。


「ここは……」


 悪夢だろうか。

 それとも別の場所だろうか。

 普段なら、死んだ後は現実に還るはずだった。

 それなら、ここは現実だろうか。

 そうは思えなかった。

 まだ、別の惑星と言われたほうが納得できる。


「とにかく……歩かなきゃ」


 右足を一歩踏み出す。

 踏みしめるはずの柔らかな砂の感触はなく、階段を踏み外した夢のように、足は大地を突き抜け、そのまま僕は落下し始めた。

 そして、世界が暗転する。


―――――


 暗闇の中、自分の体が空中を落下している感覚がある。

 どこまで落下しただろうか。

 ふいに、両足が地面に付く。

 勢いに反して、衝撃はない。

 羽根がそっと触れるように、降り立った。

 暗闇に目が慣れていくと、そこは大広間だった。

 冷たい石造りの空間に、微細な文様の入った柱や調度品が並ぶ。

 部屋の最奥、僕の正面には血のように赤い絨毯が敷かれ、その先には誰も座っていない巨大な石造りの椅子が置かれていた。

 玉座、そう呼ぶのにふさわしい威厳を備えていた。


「……?」


 誰かの声が聞こえた気がする。

 耳をすませる。

 何も聞こえてこない。

 そのうちに、急速に眠気に誘われ、立っていられなくなり膝をつき、倒れるように眠りにつく。

 一体、誰の声だったのか……。


―――――


 目を覚ますと、背中に広がる衝撃に叫びだしそうになる。

 ここは僕の部屋。外は明るい。

 悪夢から現実へ帰還したようだった。

  

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