36
「い、岩が迫ってくる!?」
「ばか、よく見ろ!」
ずりずりと迫りくる岩。下から、赤い根っこがぞわぞわとうごめいている。
足だ。
節くれだった足。
昆虫や甲殻類のような。
「ヤドカリ……?」
「みたいだな! 脅かしやがって……よし、やっちまえ」
「いや、これはさすがに……」
アルコの無責任な指示に従い、うおりゃと剣を叩きつける。
――がきん!
予想通り、岩で覆われた体に剣は通らない。
何度か叩きつけてみても、一向に傷をつけることはできなかった。
その間もヤドカリたちはこちらを押しつぶそうと迫ってくる。
「避難するわよ! 穴の中へ!」
3つ空いた洞穴のうち、ファイアアローで調べようとしていた真ん中の穴に入る。
この穴が正解だといいんだけど……。
しかし、淡い望みはもろくも崩れ去った。
「だめ、行き止まり」
「マジかよ。ど、どっかに抜け道があるんじゃねえの!?」
アルコが暗闇の中、行き止まりの壁をペタペタと調べる音が聞こえる。
まずいな、こちらの道が失敗となると……。
ちらりと入り口を見ると、その図体のせいで入ってこれないヤドカリたちの姿があった。
他の洞穴を調べたいけど、入り口を埋めるヤドカリたちをどかすのは困難そうだ。剣が通らないとなると、ファイアアローで脅かすのがいいのかもしれない。けど、この穴には松明がない。成宮さんの矢を見ると、先ほど充填した炎は、既に消えてしまっているようだった。
「いてっ」
突如、アルコが痛みを含んだ悲鳴をあげる。
「どうしたの?」
「な、なんかいるぜ、ここ」
ヤドカリたちの隙間からこぼれる外の光を頼りにアルコの手を見ると、カッターで斬りつけたように薄く線状の傷がついていた。
アルコが調べていた壁を、目を凝らして見つめると……外の光をちらちらと反射する小さな何者かがそこにいた。
「ヤドカリだ……」
そこにいたのは、手のひらサイズに縮めたヤドカリだった。外にいるヤドカリと同様に、小さな石を背負っている。ヤドカリの持つはさみが、アルコの手を斬りつけたのだ。
「ここって、もしかして」
「逃げないと! あ、足下にもいるわよ!」
どうして気が付かなかったのか。
天井、壁、床……そこかしこに小さなヤドカリがびっしりとくっついていた。ここはヤドカリの巣だったのか。
剣を再び叩きつける。やはり弾かれる。
油断していると、ヤドカリが僕の体ほどあるハサミで斬りつけてくる。手で押そうにも、簡単には近づけない。
「ダメだわ、踏んでも効果がない!」
背後から、成宮さんの焦燥する声が聞こえる。小さくても石に包まれた体だ。踏んづけたぐらいではダメージを与えられないようだ。
足下にも群がるヤドカリの気配を感じる。
このままでは生きながらに切り刻まれてしまう。
「まてよ……どいてろ!」
狭い洞穴の中で、アルコが杖を回転させる。
風の力が充填されたところで、ぴたりと回転を止め、杖を構える。
「いくぞ、ウインドカッター!」
すさまじい勢いの風が、入り口にいるヤドカリたちを襲う。
岩に覆われた体へのダメージは少なかったようだけど、露出していた手足がすぱすぱと切断されていく。
たまらず、ヤドカリたちが後退するのを見て、僕らも洞穴から飛び出す。
「うわ……」
洞穴の外は、岩だらけ……いや、ヤドカリだらけだった。
今や押し寄せる群れが、壁のようにこちらに迫ってくる。
「か、勝ち目はなさそうだな……!」
「アルコの意見に賛成だ」
「逃げ道は……左右の洞穴しかないわね」
「どっちに行くかはオマエに任せた」
「ええと……右だ!」
根拠はない。けど、時間もなかった。
右の洞穴に飛び込む。
行き止まりでないように祈りながら進む。
道はぐねぐねと折れ曲がっていた。
小型のヤドカリの存在に怯えながら、暗闇の中をてさぐりで進むと、やがて松明の明かりが見えてきた。
「ふーっ、これで一安心」
「待って、これって……」
岩の中に重厚な赤い扉が埋め込まれ、僕らの行く手を阻んでいた。




