第7話 『僕をからかう儚い少女』
「ここが成宮さんの……!」
大きなお屋敷だった。
剣道場があると聞いていたから豪邸を想像していたけど、それを上回る規模だった。
「裏口から入るわよ」
裏口?
自分の家なのにどうして?
僕の顔に疑問が浮かんでいるのを察したのか、成宮さんが早口で説明する。
「お父さんに見つかるとうるさいから」
それくらいで、こんなコソコソと。
「昔、私が風邪を引いた時、クラスの男子生徒がプリントを持ってきてくれたの」
その男子生徒は舞い上がっていただろうな。
「たまたま休みだったお父さんが応対したんだけど、次の日会ったら坊主頭になってたわ、その男子」
出家かな?
「話しかけても、僕は心を入れ替えますの一点張りで、何があったのかを教えてくれようとしないし……本当に、何があったのかしら」
とりあえず、人生を悔い改めるほどには強烈な出来事だったらしい。
「だから、もし誰かに見つかったら、剣道部の生徒が見学に来たという設定でいいわね」
「了解。ちなみに、成宮さんのお父さんってどんな人?
「警察官……剣道が得意な」
心底嫌そうな顔をして、成宮さんが答える。
おじいちゃんから成宮さんまで、剣道一家という感じか。
「家のことはいいから、こっちよ」
重そうな鉄製の扉を開けて、敷地内に入る。
まさに風光明媚な日本庭園が広がっていた。
「錦鯉とか…いる?」
「いるけど?」
おお、やはり。
「なに? そのしたり顔は……さ、着いたわよ」
いつの間にか、これまた大きな剣道場の前にいた。
入り口の表札には成宮流なんたらと剣道の流派名が刻まれていた。
「……よし、誰もいないわね。靴を脱いで上がって」
「おじゃましまーす……」
靴を片手に持ち、靴下のままこそこそと道場に入る。
剣道場の中は、シンプルで静かな空間だった。
窓枠や天井が古びているぶん、高校の剣道場よりも素朴な印象だ。
天井からは電球がいくつもぶらさがっており、全体的に薄暗かった。
「そろそろ天井部分を改装しようって話もでてるの。でも、結構高いらしくて」
天井を眺めていた僕に説明してくれる。
「ちょっと、待っててくれる? 着替えてくるわ。あと、君の装備一式も持ってくるから……別に正座しなくていいのよ」
そうなのか。
すぐに正座を始めた僕を見て、呆れたように去っていった。
足を崩して楽な姿勢になる。
成宮さんが戻ってくるまで時間がある。
僕は現状について考えることにした。
いつの間にか成宮さんの家に……保健室の出会いから、まさかこんなことになるなんて。
それに夢の共有……どうして普段接点のない二人が同じ夢を見るんだろう。
それにしても特訓?
やっぱり、剣道だろうか。
嫌いじゃないけど、ちょっと防具の匂いが苦手だ。
匂い……?
な、成宮さんの防具を貸してもらうんだろうか。
それだったら悪くない……いや、きっと門下生のヤツだよな、うん。
一人で頭をぶんぶん降っていると、いつの間に近づいたのか、小柄な女の子がそばに立っていた。
「あなた、だあれ?」
中学生くらいの女の子。
うっすらと微笑みながら、こちらを見ている。
成宮さんの妹だろうか?
整った容姿と、涼しげな様子が似ている。
ただ、この子は少し幽鬼的な、この世のものとは思えないような儚さがあった。
透き通るように白い肌のせいか、羽衣のような薄水色の寝巻きの寝間着のせいか、あるいは照明と場の雰囲気のせいかもしれない。
「もしかして、お姉ちゃんのボーイフレンド?」
なかなか笑える冗談だ。
「彼氏ではないし、友達でもないかな」
僕と成宮さんの関係を素直に説明すると、そうなるだろう。
「えへへ! なにそれ! 他人ってこと?」
「そうだね、唯一言えるのはクラスメイトってこと」
「他人以上、友達未満かあ……ボーイフレンドになることを夢見てる?」
「うーん……こんな僕じゃ高望み、釣り合わないよ」
卑下するつもりもなかったけど、いつの間にかネガティブな発言が続いていた。
せっかく妹さんらしき女の子が話しかけてきてくれているのに、これじゃダメだ。
「まだ、僕とお姉さんは互いのことを何も知らないしね」
「知ったら、好きになる?」
「可能性はゼロじゃない」
可能性というヤツがゼロだったことはない。
いつも1%以下の確率をチラつかせて、僕らを悩ましく導く。
「そっかあ……がんばってね、お兄ちゃん」
僕のほんの少しの意思表明に満足したのか、女の子はにこにことうなずいた。
「じゃあじゃあ」
ぐい、と顔を寄せてくる。
この無防備な感じ、成宮さんに似ている。
「みなものことも、知ったら好きになる?」
「みなもちゃん、って言うのか」
「いいから……ね、答えて」
みなもちゃんの目は、穏やかだけど真剣さが伝わってきた。
何をそんなに……クラスメイトに好きな男子でもいるんだろうか。
「そうだね、知ればきっと好きになってくれるよ」
「嘘」
くすくすと笑う。
「みなものこと知ったら、嫌いになるよ」
突然の強い否定に僕が驚いていると、みなもちゃんは笑いながら立ち去ってしまった。
答えを間違えたんだろうか。
それとも、からかわれた?
そこに、成宮さんが剣道の装備を抱えて戻ってきた。