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「はい、締めて2800円になります」
色とりどりのガーベラは、アルコの手により可愛らしく飾り付けられていた。
「じゃ、これで」
財布から3000円を取り出し、おつりを受け取り、ブーケに包まれた花を受け取った。
これが本当にアルコの手によるものか、としげしげと見つめる。
それを技術面の疑いとみたのか、アルコが口を尖らせる。
「問題があるようでしたら、作り直しますけど?」
「ないない、問題なんてない。ブーケなんだね?」
「大丈夫ですよ、そのまま飾れるタイプですから」
「いや、キザじゃないかな?」
「高校生が女の子に花を贈る時点で、十分キザだと思いますけど」
そうなのか。そうかもしれない。そんな気がしてきた。
「でも、アタ……私なら、嬉しいですけど」
「そっか。安心した」
「……。」
アルコがじっと見つめてくる。
怒っているような、困っているような、そんな顔で。
「どうした?」
「いえ、別に。早くお見舞いに行ったほうがいいんじゃないですか」
「……そうだね。行くよ。ありがとう」
「こちらこそ。毎度ありがとうございました」
アルコの表情は気になったけど、店を出て成宮さんの家を目指すことにする。
駅前に戻り、もうすぐ成宮さんの家が見えてくる……そこで声をかけられた。
「まてよ」
パーカーを着た少女。
走って息が上がり、汗をかいているアルコだった。
「ど、どうした?」
「このままってのも気持ちわりーだろ」
「そうかな。いずれ、もう少し仲良くなってからでも構わないかな、と思ってたけど」
「……あーもう! アタシが話したいんだよ!」
「ごめん。ホントは気になってた」
普段のアルコと、あちらの世界のアルコ。
なぜ、性格を使い分けているんだろう。
―――――
「はい。おしるこ」
「ありがと。そっちは?」
「炭酸、キツめの」
「アタシ、炭酸苦手なんだよな」
「刺激がいやなの?」
「そ。痛いじゃん」
アルコと2人、近場の公園に移動し、ベンチに腰掛けていた。さっき僕が買ってきた飲み物が、2人の間に仲良く並んでいる。
「気になること、聞けよ」
「うん。アルコはどっちが地なの?」
「こっち、と言いたいところだけど、残念ながらあっち、普通のほうだな」
そうか。あっちが地なのか。
短いながらも共に濃密な時間を過ごしたせいで、こちらの男勝りな口調のほうがしっくりくる。
「事情を聞いても?」
「ま、いじめだな」
「……。」
「黙るなって。思春期を過ごす誰もが通る儀式だろ? 被害者になるか、加害者になるかは運だけど。で、アタシは運が悪かった」
放課後、ベンチから見る景色は夕焼けに照らされて影が濃い。公園の入り口に置かれた子供が走り回っている光景を切り取った像は、影に塗りつぶされて表情が分からなかった。
「きっかけは、高校デビューの成功だった」
「……失敗ではなく?」
「結果的には失敗だったってことになるのかな? ほら、アタシってオタクだからさ」
「魔法少女が好きな人は大勢いるよ。僕も含めて」
「そりゃ、どうも。アタシは、それ以外もたくさん好き。アニメもゲームも、映画も小説も……面白けりゃなんでもござれだ。ドキュメンタリーだって見るぞ」
「雑食だ」
「それでこそオタクだろ。面白いものは全部見たい知りたい味わいたい……脱線した。中学まではなんの疑問も持たない純粋なオタクだったんだ。けど、卒業間際、親友だと思ってた子が言ってきたんだ。ホントはイヤだって思ってた。他に話せる相手がいないから付き合ってた。高校は別になる、だからバイバイもう会いたくないってな」
「それは……ひどい子だね」
「どうかな。アタシも薄々感づいてた。このままじゃ、高校で友達できないかもって。あちらさんは、早々に見切りをつけ旅立ったってワケ。アタシもその気になった」
「オタクを卒業した」
「はは、無理だったな。もうあの楽しさは捨てられない。だから、見た目を変えた。他人から見て、可愛いと思える格好を目指したんだ。アタシの潜在的な可愛さが顕在化したことで、クラスでも人気者になったね。なんてのは嘘で、そこそこ人気、友達もできたよ」
「デビュー成功だ」
「そこまでは、な。アタシの顔が世間的にどのレベルかは分からないけど、妙なことに学年で一番人気のある男子生徒に目をつけられた。で、告白された。ビビったアタシは即座に拒否った。次の日、クラスの目立つ女子グループからトイレに呼ばれた。そこからいじめが始まった」
少し肌寒くなってきた。
アルコに貸せるような上着はない。
あれば良かったのに。
「物が隠され靴が無くなり机が汚れノートが破かれ……お決まりの転落コースを真っ逆さま。気がつけば放課後の女子トイレに呼ばれてパンツを脱げと脅されたよ。ナマイキだ、反省してない、目がムカつくってな。両腕を羽交い締めにされたアタシは、その時初めて考えた。どうして、アタシの物を隠すんだろう。どうして、アタシの靴をゴミ箱に捨てるんだろう。どうして、アタシの机に死ねって落書きするんだろう。とうして、アタシのノートをビリビリに破いて食べさせようとするんだろう。どうして、パンツを脱がないといけないんだろう。どうしてどうして……そこで気がついた。理由なんてない。運が悪かっただけだ。最低な奴らと同じ空間にぶち込まれた。その時点で運命は決まってたんだ……」
泣いているアルコの頭をそっと撫でる。
くせっ毛の髪は、思ったよりも柔らかく、女の子らしかった。
どれほどの時間、そうしていただろうか。
アルコがそっと僕の手を払いのける。
「バーカ、ガラにもないことしやがって」
「ごめん。思わず」
「ホントかぁ? 手慣れた様子だったぜ?」
「……妹がいるからかな?」
「うわー、ひどい返しだな」
アルコは胡散臭そうに僕を見るけど、思い返せば泣き虫な妹の頭をよく撫でていた。そういうことだろう。
「……まあ、いいや。へへ、親にも相談したことなかったんだけど、なんかオマエってスポンジみたいだから話しやすくて」
「スポンジ? ひどい言い草だ」
「花を生ける重要な役目だろ?」
アルコが立ち上がり、おしるこをぐびっと飲み干す。
「それで不登校になったアタシは、いまでは立派な引きこもり。学校にもいかず、人生を怠惰に過ごしていたわけだ……ついこの間までは」
「悪夢を見始めたんだね」
「そ。なんでかな。……理由はないのかもな。」
「口調を使い分けてるのは?」
「おっと、それそれ。引きこもって一日中アニメやら映画やら見ているうちに、怒りが湧いてきたんだ。なんで、あんな奴らにアタシの人生めちゃくちゃにされなきゃいけないんだ、アタシってなんて弱いんだって相手にも自分にも、さ」
「その怒りが……」
「口調のコスプレ。内面をいきなり強くなんてできないから、表面から、口調から変えようと思った。性格が暗黒面に吹っ切れたとも言う」
「さっき花屋で働いてたのは……?」
「アタシは引きこもりじゃなくて、プチこもりだ。家からは出ないけど、たまに働く。花の世話は嫌いじゃないからな」
「プチこもり、ねえ」
「話はここまで。さ、とっととお見舞いに行きな。ヒカリが可愛そうだ。それに、アタシの作った花もな」
「分かった。そろそろ行くよ」
「まったく……女の頭撫でておいて、他の女のお見舞いに行くかね、花を持ってさ」
「ご、ごめん。失礼だった?」
「あーもー、オマエにそんな甲斐性はなかったな。大丈夫、何も問題ない。ほれ、さっさと行け」
しっしっと手で追いやられる。
アルコの様子は元に戻ったようだ。
言うとおり、そろそろ出発しよう。
「そうだ。忘れてた」
メモを書きなぐった紙を渡される。
「アタシの電話番号。チャット登録しとけよ」
「これって……一緒に寝てくれるってこと?」
「ばっっっかだなオマエは!」
思いっきり頭を叩かれる。
「この流れでナチュラルに誤解を招く発言をするな! はいはい、一緒の時間に寝ますよ。8時だろ?」
「ありがとう。これで仲間になったって気がする」
「ふん。せいぜい頼りにしてくれよな」
不敵な笑みを浮かべるアルコを見て、今度こそ安心して公園をでようとすると、アルコが追いかけてきた。
「もう一つ忘れてた。パンツはな……」
「パンツ」
「脱いでねーぞ。クラスの女子がチクったのか、担任の女教師が乗り込んできたんだ。アイツらはお咎めなしだけどよ」
「そうか」
「……それだけ。じゃあな。ヒカリによろしく」
アルコは花屋のある方角へ走り去っていった。
「さて、お見舞いに行きますか」
空き缶を捨て、成宮さんの家へと歩き出す。




