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悪夢の塔  作者: 相沢メタル
第二章
59/154

19

「で……この部屋がなんだって?」

「そっか、アルコは初めてだったか」

「変な生き物がいる以外は、これまでの部屋とそう変わらない気がするけど……?」


 ゆっくりと歩きながら、部屋の中央にある祭壇に手を触れる。


「泉と言ってもなあ……これ、枯れてね?」

「代わりに、部屋の隅に水飲み場があるみたいね」


 成宮さんが言うとおり、部屋の隅には水飲み場のような設備があり、くちばしのある猿のような化物のオブジェの口から、ちょろちょろと水がこぼれ出ていた。


「ここはね、拠点になるんだ。次に目が覚めた時のね」

「中間ポイントみてーな?」

「そうそう、一番初めの部屋じゃなくて、ここから出発になるんだ」

「へえ……なんだか便利だな。いちいち階段昇るの面倒だから、助かったぜ」

「余計な戦闘や危険も避けられるから……あら?」


 成宮さんが水飲み場に近づいていく。


「これ、何かしら……器?」


 手にしているのは金属で出来たワイングラスを灰皿程度まで潰したような物体だった。


「そこの水を注いで飲むためのものかな?」

「しばらく使われてなかったせいか、ほこりと砂だらけね」

「そんなの、この水で洗えばいいだろ?」


 アルコが器を奪い取り、じゃぶじゃぶと水飲み場の中で洗う。


「ほら、これで使える」

「ああもう……何か秘密があったかもしれないのに」

「え……? い、いやー、水で洗ったくらいで……大丈夫だろ」


 アルコによって無理やり洗われた器は、ぴかぴかと光り、神聖な雰囲気を醸し出していた。


「売ったらいくらになるかな……?」

「持って帰れないわよ」

「ちぇっ……あ、そうだ」


 ゴソゴソとローブをまさぐる。


「これさ、中身見てみようぜ」


 アルコが取り出したのは、隠し通路の奥で発見した白い瓶だった。


「なるほど、器にだせば飲まなくても多少中身について知れるわね」

「そんじゃ、出してみるぜ。とくとく……っと」


 中身を少しだけ器に注ぐ。

 白い瓶から出てきたのは予想に反して澄んだ透明な液体だった。

 てっきり、緑や紫の不気味な色を想像していただけに、拍子抜けした。


「見たところ……水に見えるわね」

「ドロリともしてなかったね。サラサラ……水っぽい感じ」

「ていうか、水じゃね?」


 ただの水が入っていたのだろうか。

 隠し通路を発見した思い出がくすんでいく。


「いえ、わざわざ隠してあったのよ、何か秘密があるのよ」

「そうかぁ?」

「ちょっと貸してくれない? 調べてみるから」

「待て待て、先にアタシが……」

「ちょっと! 飲もうとしないでよ!」


――ガシャン!


 もみ合う2人から器が落ちて、派手な音を立てる。

 すぐさま拾って状態を調べると、案外丈夫なのかヒビひとつ入っていなかった。


「大丈夫。壊れてない」

「そ、そうか……」

「でも、中身はこぼれちゃったわね」


 床に液体が飛び散り、石床を黒くぬらしていた。

 そこに「へっへっ」とバウニャンが駆け寄り「へっへっ」と舐め始める。


「ば、バウニャン!?」


 成宮さんが悲鳴をあげる。

 当のバウニャンは「へっへっ」と変わらずやけに肉厚な舌を口から垂れて、慌てふためく人間たちの様子を伺って、


「おや?」


 ほんのわずかな違いだけど、バウニャンの「へっへっ」の質が変わったような。

 液体を舐める前が体調不良で、やれやれ疲れたよ僕もう寝ていいかな、だったのに対し、今は喜色満面、遊んで僕と遊んでよねえったらねえねえ、と思わせる人懐っこさならぬ獣なつっこさがある。


「なんか、コイツ……興奮してねえ?」

「酔っ払ったって感じじゃないわね……」

「疲れてたのが元気になったって感じだね」


 そう、元気になっていた。

 もしかして、瓶の中身のおかげ?


「……いや、危険よ」

「まどろっこしいなー! 見てろっ!」


 アルコは腰に手をあて勢い良く瓶の中身を飲み始めた。


「ぐびっぐびっぐびっ」

「あーーー!! ちょっと、何を……」

「飲んだねぇ……」

「ぷはー! うまいぜ、これ」


 口元を拭い勝利宣言。成宮さんはがっくり膝をつく。


「どんな作用があるかもわからないのに……! さ、最悪、死ぬことだって」

「まだ悪夢で復活できるし? だったら一か八か試す必要があんだろ」

「たとえそうだとしても、一回一回の命を大切にしなきゃ……!」

「だーかーら、これは自暴自棄ってのとは違う。あくまで戦略的、明日のための尊い犠牲ってやつ」

「犠牲だなんて……」


 アルコと成宮さん、どちらの言い分も正しいと思う。成宮さんと二人きりの頃なら薬の中身を飲むことはなかっただろう。それはそれで危険はないけど、薬の効果を知れないという、もしかしたら致命的な判断ミスかもしれないのだ。

 だからと言って自殺行為は褒められたものではない。やっぱりみんな無事がいい。

 でも、そうとは言ってられないのが悪夢の世界だ。


「まあまあ、飲んじゃったものは仕方がないよ。取り返しもつかない」

「……アルコに賛成なの?」

「そうじゃなくて、仲間として何が最善かってこと。薬の中身を知ることの重要性は成宮さんも認識してるよね」

「そうだけど……」

「喧嘩腰のアルコの態度は仲間として褒められたものではないけど、私欲じゃなくて仲間のための勇気ある行為ではある。それってすごいことだよね」

「ふん、ちょっぴり軽率だったことは謝るよ」

「成宮さんの言う通り、命が残ってるから死んでもいいや、という考え方は僕も反対。けど、必要な時、仲間のために仕方がない状況もあるよね」

「……。」


 二人共黙ってしまった。

 気まずいけど、ここまできたら最後まで言うしかない。


「つまり、やり方とかルールの問題だと思う。行為自体に正しさがあっても、やっぱり自己判断は仲間のためとは言えないんじゃないかな。だから、これからはきちんと相談すること、それだけで十分だと思う」


 目を閉じて考え込んでいた成宮さんが、ふーっと息を吐いて目を開ける。


「ごめん。血が上ってたみたい。アルコのことが心配で」

「わ、わりー。アタシも態度悪かった」

「瓶の中身は知っておく必要はあるわ。だって、隠し通路の奥よ? 意味がないほうが不自然よ。だから、タイミングだけが気になって……」

「アタシのタイミングが悪かったってこと?」

「どうせ死ぬなら、という意味では危険なアイテムを試すのは、もうダメだ死ぬのが確定した、という瞬間が一番効果的だと思うの」

「それなら、効果が良くても悪くてもデメリットが少ないから……?」

「そう。その役目は私が引き受けようとおもってたの」

「な、なんだよ、それって自己犠牲じゃねーか」

「だって、二人に危険な真似はさせられないもの」


 ……どうにも、性格は違えど、他人を思いやる方向性は似ているらしい。

 アルコと僕は成宮さんのマジメさがおかしくなって、笑い出してしまった。



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