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悪夢の塔  作者: 相沢メタル
第二章
42/154

「空っぽだね」

「そうみたいね…」


 部屋の中にある浴槽より小さい程度の木箱。

 中身は空、何も入っていない。

 最初から空っぽだったという可能性もある。

 最初から空っぽで、開け放たれた状態…どうかな。


「判断材料はなさそうね」


 木箱と部屋をひとしきり調べてみたものの、なにかの痕跡は見当たらなかった。


「これってやっぱり…」

「可能性としては、ね。でも、そういう木箱もありえる…と思うのよね」


 なんだか歯切れが悪い。

 考えられるのは3つ。

 1つ。やっぱり空だったし、扉の鍵も偶然開いていた。

 2つ。知能を持ったモンスターがいて、木箱の中身を奪い、扉の鍵を開けていった。

 3つ…。


「私達の他に、誰かいるのかも知れない…」


 ということになる。

 モンスターの説は苦しいかな。


「中央の扉を進んでみよう」

「慎重にね」


 考えていても、結局は進むしかない。

 左右の小部屋に何もないなら、残されたのは中央の鍵付き扉だ。

 2人静かに扉に近づき、そっと扉を押す。

 スムーズに物音を立てずに扉が開いていく。

 その先には、松明で照らされた薄暗い廊下がまっすぐ続いていた。


「特に怪しい人影は…ないみたいだ」


 成宮さんが立ち止まり、耳を澄ませる。


「物音もしないみたい」


 静かなものだ。モンスターもいないのだろうか。ナメクジのようなヤツなら、物音が聞こえないかも知れないけど…。

 自分の考えにぞっとして、天井を見る。

 よかった、ナメクジはいない。


「うーん、やっぱり鍵が壊れているということは無さそうよ」


 反対側から見ても、扉に異常はなさそうだった。

 廊下の奥をじっと睨む。

 暗い。先がどうなっているのか分からない。

 こんなに見通せないものか?

 前回と同じく、自然の環境がもたらす暗さとは違うように感じる。


「行こう」


 罠やモンスターに注意しながら進む。

 石畳の硬さと、土の柔らかさが交互に訪れる。

 そして、廊下の奥にたどり着いた。


「またT字路か…」


 廊下の奥は左右に別れたT字路だった。

 前回の悪夢の構造が思い出される。

 左はナメクジ通路、右はスライム通路だった。

 前回はT字路の正面に扉があったけど、今回はない。ショートカットで戻ってくることは出来なさそうだ。


――カツン。


 小さな物音が右側からした。

 急いで振り返る。

 人影…?

 この暗い中でははっきりとは分からない。

 右手にも通路があり、どうやら突き当りで左に曲がっているらしい。

 その曲がり角に人影が見えた気がする。

 ただ、妙にふわふわとして、幽霊のようだった。


「今の音、聞いた?」

「聞いたわ。人影も…見えた気がする」

「僕も」


 追うか。それとも、左の通路を調べるか。

 右側は構造的にスライム通路を思い出させるけど…。


「人影を追いましょう。たとえモンスターだったとしても、このまま放置するのも危険だわ。左側の通路を進んだら、背後を取られるかも知れないし」

「なるほど。追いかけるしか道は無さそうだ」


 周囲に注意しながら、右手の通路を進む。

 緑色の膨らみはない。どうやら、スライムはいないらしい。

 念のため天井を見る。よし、ナメクジもいない。

 廊下の先までたどり着き、曲がり角から顔を覗かせる。


「うわっ!?」


 目の前に緑のローブを頭からすっぽり被った何者かがそこにいた。

 相手も驚いたのか、踵を返し廊下の奥に逃げる。


「追うわよ!」


 成宮さんの号令で我に返り、逃げ出した何者かを追いかける。

 しかし、反応が遅れた分こちらが不利だ。

 廊下の奥には鍵付きの扉があり、ローブの何者かはその先に逃げ込んでしまった。


――かちゃり。


「やっぱり、鍵を持ってるみたいね」


 逃げ出した何者か最初の部屋の扉を開けたようだ。これまでの経緯から、どうやら相手も…。


「第三の人間…か」


 また、誰かがこの悪夢に迷い込んだのか。

 案内人は何も言っていなかった。信用ならないヤツ。


「声をかけてみる。ねぇ、聞こえる? 私達は人間よ。あなたと同じように、この世界に迷い込んだの。敵意はないわ」


 成宮さんが話しかけるが、反応はない。

 もう既に、扉から遠くに行ってしまったのだろうか。


「聞こえる? 安心して、あなたに危害は加えないから…ダメか」


 しばらく声をかけるが、やっぱり反応がない。


「ちょっと待って」


 扉に近づき、耳をそばだてる。

 なにも聞こえない…?


「おい」


 驚いた。急に扉の向こうから声が聞こえた。

 声質からすると…。


「女の子みたいね」


 成宮さんが、そっとつぶやく。


「おい、きいてんのか?」


 女の子にしては、どうも口が悪い。まるでチンピラだ。


「てめーらが人間か、それを証明できるのか?」

「て、てめーら?」


 聞き慣れない言葉遣いに成宮さんが尻込みする。

 僕が説得の場に立つのが良さそうだ。


「人間だよ。正真正銘」

「男かよ!? こりゃ、ますますやべーな」

「男といっても、ただの高校生だよ」

「高校生男子だぁ? 性欲の塊だろ?」

「どうかな? 最近は草食系が多いし」

「自分で言うか? はーん、なかなか今風のワードが出るじゃねえの。人間に化けたモンスターって訳じゃ無さそうだな」

「モンスター?」


 ここまでモンスターはいなかった。

 彼女は既に出会ったのだろうか?

 背後を気にする。成宮さんがくらくらしているだけで、モンスターの影はない。

 少し安心して、説得を再開する。


「モンスターじゃないよ。君と同じ、ただの人間だ」

「キミぃ? キミとか…気持ちわる!」

「そ、そう?」

「言わねーだろ、普通。お前とかてめー、とか…そこら辺じゃね?」

「どうかな…もうちょっとマイルドでも良いと思うけど」

「まあ、どうでもいいや。そっちが人間だってのは本当みたいだな」

「し、信じてくれたの?」


 成宮さんが復帰してくる。


「なんだぁ? マジメちゃんの復活か? アタシ、そのしゃべり方嫌い。男の方と代われ」

「き、嫌いですって…?」


 また成宮さんがくらくらする。

 どうやら、人から悪意をぶつけられた経験がないらしい。


「まあまあ…どうかな、扉を開けてくれる?」

「ダメだな」

「どうして?」

「信用できねー。ていうか、ここって何かも分からねえ。だから、てめーらも怪しい」

「どうしたら信用が?」

「そうだな…アタシが好きなものに関するクイズ、それに答えられたら、少しは信用してもいいかな」

「クイズ? 唐突だね」

「まーな、答えられると思ってないし?」

「ふう…じゃ、どんなクイズ?」

「今を生きる若者なら簡単に答えられるクイズさ。じゃじゃーん!」


 効果音が発せられた。声で。

 クイズの開始らしい。


「毎週日曜日の朝8時半から絶賛放映中のアニメ『ラブリィキュート』ですが!」

「な、なにそれ…?」


 成宮さん、国民的アニメだよ。


「通称『ラブキュー』の今期タイトルは?」

「『とびだせラブリィキュートセブン』だね」

「え、え…? セブンなの? 7作目?」

「ばーか、仲間が7人だからだよ! むぅ、正解だ! 簡単すぎたか…?」

「な、なんで君は分かるの? 一般常識なのかしら?」

「ある意味では」

「これだけじゃ、なんとも言えねーな。次! 初代ラブリィキュートのタイトルは?」

「『我らはラブリィキュート』」

「むむ、正解…!」

「我らなの? し、渋くない?」

「その渋さと可愛らしさのギャップが成功の秘訣だったんだ」


 その後、扉越しにラブリィキュートの歴代タイトルを列挙していった。

 全タイトルを制覇したとき、ようやく相手が折れた。


「な、なんでそんな詳しいんだ…? ヒロインの名前まで網羅してるし」

「ふ、僕には妹がいてね。強制的にラブリィキュートは全タイトル見せられたのさ」

「見せられたのという割に、活き活きと答えてたけど…?」

「……こほん」


 成宮さん、ラブリィキュートは名作なんだよ。特に初代のヒロイン二人が喧嘩する回の演出が…今度、見てもらってもいいかもしれない。


「さすがにアタシも降参だ。わーったよ、開けてやるよ」


――がちゃり。


 扉が開かれ、緑のローブの人物が現れた。

 顔を隠していたフードをばさりと脱ぐと、そこには好戦的な瞳を宿した少女の顔があった。

 髪の毛は真っ黒で、癖っ毛なのか、かなりボサボサで目元が半分隠れている。それが何かを企んでいるような自由闊達な雰囲気を醸し出している。活動的な猫を思わせる…そんな印象だ。


「アタシの名前は巻神(まきがみ)アルコ。髪は巻いてねーけどな! 見てのとーり、やんちゃな女子高生だぜ!」


 そう名乗った少女は、「びし!」と指を突き付けてきた。

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