39
放たれた矢は、ナメクジの頭部へと吸い込まれていった。
「ぶむおおぉぉん!」
肉を焼かれたナメクジが、苦しそうな悲鳴を上げる。
「よし、効いてるぞ!」
ナメクジは怒り狂って迫ってくるが、反転する様子はない。
松明から火の力を吸い込み、2発目を放つ。
燃える矢がナメクジの肉体を燃やす。
人間と構造が異なるためダメージが分かりづらいけど、悲鳴を聞く限り、確かに効いている。
「ふがぁっ!」
ナメクジが体を反転し始める。
成宮さんが3度目の矢を放つ。
「まさか…!」
弓矢の炎は、ナメクジの黄色い体に触れた瞬間、消え落ちてしまう。
「体液だ…」
ナメクジの豊富な体液、それが矢の火を無効化しているのだ。
「このままじゃ…また触手にやられちゃう!」
触手の嵐が始まったら勝機はない。
なにか、相手にダメージを与える手段…そうだ!
もう接近する時間もない。
手持ちの剣を右手で構え…槍投げのように投擲した。
槍投げなんてしたことない。けど、投げる瞬間の動きに集中したら、自然と投げるタイミングがつかめた。
――ぐさり。
剣がナメクジの黄色い体に深々と突き刺さる。
一瞬ナメクジの動きが止まったかと思うと、傷口から青色の体液がこぼれ始めた。
「や、やったのかな?」
本心では、そうは思わない。
たかだか剣が突き刺さったぐらいで…。
「すごい投擲だったわね。それも祝福のなせる技?」
「たぶん。本来の実力ではないよ」
「動かないわね…」
ナメクジは静止したままだ。
近寄って様子を見てみようかと思ったとき――
――ガツンっ!
凄まじい勢いで何かが盾にぶち当たった。
あまりの勢いに腕が持ち上がり、身がねじれる。
「ぐぅっ」
「大丈夫!?」
「気をつけて…盾の後ろに…」
――ガツンっ!
成宮さんが移動した直後、再び盾にぶち当たる。
これは…触手だ。
それも、今までより太い。
何本かの触手が寄せ集まり、筋肉質な大人の腕ほどの太さになっている。
当然威力も…桁違いだ。
――ガツンっ!
盾が弾かれ、体ごと吹き飛ばされそうになるのを辛うじて持ちこたえる。
集中すればなんとか目で追える。
けど、武器を持たない今、できることは成宮さんを守ることだけだ。
成宮さんはすきを見てファイアアローを打とうとしてるけど、相手の攻撃のせいで姿勢を保てず発射できないようだ。
「成宮さん、隠れて」
「ご、ごめんね」
――ガツンっ!
腕がもげそうになる。
いつの間にか、指の皮膚が破れ始めている。
アドレナリンのせいで痛みを感じないけど、折れている指もありそうだ。
剣を持ってなくてよかった。両手で盾を構えていないと、この攻撃は防げそうにない。
集中力が残っているうちはいい。けど、このままじゃ…。
「ねえ、聞いてくれる?」
成宮さんが背後から囁く。
「プランがあるの」
「のった」
「まだ説明してないわよ?」
「信頼してるからね。僕じゃ打開策も思いつかない」
成宮さんの手が、僕の肩に置かれる。
「それじゃ聞いて、計画はね…」
―――――
盾を構えて敵の攻撃を防ぎつつ、壁際へと後退していく。
指は明らかに折れている。
体も吹き飛ばされ続けたせいか、肋骨のあたりが痛い。
「よし…溜まった!」
松明に近づいたおかけで、ネックレスに火の力が溜まる。
あとは計画通りやるだけ…。
――ガツンっ!
「くっ!」
指に握力が入らなくなったせいで、盾が吹き飛ばされる。
次に触手が来たら…腹をぶち抜かれて死ぬかも知れない。
まだプランは実行中、諦めるには早い。
「成宮さん、さっき拾った剣を貸してもらえる?」
「いいわよ…でも、盾の代わりには…」
「僕を信じて」
敵の攻撃を防げるだろうか。
冷静に、動きを読むしかない。
…。
……。
……きた!
黄色い触手が僕の体目掛けて一直線に向かってくる。
剣を縦に構え刃の腹に左手を添える。
触手が剣に当たる瞬間、剣をそらして触手の勢いを受け流す。
触手はそのまま背後の壁にぶち当たる。
壁にめり込んだ触手に向って、剣を突き立て押さえつける。
「プラン通りだ。行ってくる」
壁に突き刺さった触手に跳び乗る。
大人の腕ほどの太さがあるとはいえ、バランスを保つだけで精一杯だ。
けど、プランはここから。
ふらふらとバランスを取りながら、触手を登っていく。
最初はゆっくりと、触手の胎動を感じてからは駆け足で登り始める。
くそ、綱渡りなんてしたことないぞ。
しかも走って坂を登っていくなんて…けど、やるしかない。
どんどん触手を登っていく。
途中、触手が大きく揺れて振り落とされそうになる。
しがみつき、揺れが収まったら再び登る。
指からは血がだらだらと流れ続けている。
「そろそろ壁から抜けそうよ!」
成宮さんの警告を聞き、必死に触手を登り始める。
振りほどされるのが先か、それとも……。
ようやくナメクジの頭上付近まで登ることに成功する。
「成宮さん、あとは頼むよ…!」
触手からジャンプ。
落下したあとのことは考えない。
既にささっていた剣を掴み、そのまま体重を乗せて、ナメクジの体を引き裂く。
ナメクジから体液がほとばしる。
「ぶおおぉぉぉむぅぅぅ!」
ナメクジが苦しげな声をあげる。
ぱっくりと裂けた体が痛そうだ。
剣から飛び降りる。
鎧の重さのせいで、着地に失敗し倒れ込む。
成宮さんがファイアアローを放つ。
火に包まれた矢は、吸い込まれるように、ナメクジの傷口に放り込まれる。
そして、体内を燃やす。
「ぶおおぉぉぉむぅぅぅ!」
苦しげなナメクジの声。触手は壁から抜け、体内へと戻っていく。
成宮さんが再び矢を放つ。
さっきと同じように火の矢は傷口に放り込まれる。
連続の攻撃に耐えられなかったのか、ナメクジは周囲の壁にぶつかりながらのたうち回る。
「や、やばい…死ぬ〜」
見動きが取れなくなって、間抜けな声をあげていると、成宮さんがそっと肩を貸してくれる。
「大丈夫? 離れるわよ」
「あ、ありがとう…」
なんだか立場が男女逆な気もするけど、見動きが取れない以上仕方がない。遠慮なく肩を借りよう。
しばらくして、ナメクジは完全に沈黙した。
黄色かった体は、今ではオレンジ色のぶよぶよの塊と化している。
「やったかな?」
「やったでしょうね」
「これで悪夢はおしまい?」
「周囲に扉は無さそうだから…もう探索する場所も残ってない」
「はは…それじゃ、コイツが主じゃないと、次回から探索に困るね」
「しっ…!」
成宮さんが口に指を当てる。
何か、さざめく音が聞こえる。
波音ではない、もっと微かな…光が瞬くような。
「見て!」
成宮さんの体を見ると、青白い光に包まれていた。よく見ると、自分自身もそうだ。
いつもの死の紫色とは違う色だ。
「これは…」
「本当にゴールかも」
光はより一層強くなり、目の前が青い光で包まれて、周囲が見えなくなっていく。
不安に駆られた僕らは、自然と手をつないでいた。
「大丈夫だよ、きっと」
「そうね、きっと」
そして、僕らは光の中に吸い込まれた――
―――――
次第に目がなれていく。
視界を取り戻す中、ろうそくの火がゆらめいているのが見える。
目の前には石造りの祭壇がある。
「さて、祝福してやろう」
案内人が、次の悪夢の始まりを告げた。




