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悪夢の塔  作者: 相沢メタル
第一章
31/154

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『対策を練らないとね』


 チャットで成宮さんはそう言った。

 昨日の騎士は強すぎた。

 再戦しても、勝機はないだろう。それでも、戦わなければ勝機は掴めない…。


 今日は日曜日。

 本当は成宮さんと騎士対策を話し合いたかったんだけど…。


「おにーちゃん! あそぼ!」

「ごめんね、せっかくの日曜日に。友達と約束があったんでしょう?」


 小学生の妹が飛びついてくる。いたた、くせ毛をひっぱるのはやめてくれ。2年生になったというのに、力が強くなっただけで、まだまだ子どもだ。


「いいよ、母さんだって、町内会の会合があるんだろ?」

「地域の治安の悪化について協議するらしいんだけど…どうも、会長の石渡さんが張り切っててねぇ。あの人、いつもそうなの」


 世間も物騒らしい。そういえば、学校でも他校の不良生徒に注意なんて知らせがあった。成宮さんが巻き込まれたらいやだな。護身用の竹刀を持って撃退できないか。悪夢で鍛えた今なら少しは…。


「そんなわけで、夕方には帰るから。茜のことお願いね」

「いーってらっしゃーい」


 僕の妄想を遮って、母さんがぱたぱたと玄関を出て、茜が元気に送り出した。


「さて、何をして遊ぼうか」

「えーとね、公園で宝探し!」

「宝ぁ?」


―――――


 妹に手を引かれ、近場の舞鶴公園にやってきた。鶴の銅像がありそうな名前だけど、銅像はなく、代わりに池には亀が泳いでいる。

 後は広場に滑り台、砂場、ブランコ、鉄棒、リスとツバメを模したバネ式の遊具…それだけの普通の公園だ。

 高校生にとってはベンチくらいしか使えそうな設備はないけど、小学生にとってはそうでもないらしい。まあ、僕も小さい頃は日が暮れるまで遊んだものだ。


「おにーちゃん! 休んでないで宝探しするよ!」

「へいへい。で、宝というのはどこにあるの?」

「宝はねぇ! そこら中にいーっぱい!」

「ほう」

「たぶんだけど!」

「多分かい!」


 妹が言うには、公園にはステキなものがたくさん眠っていて、それを探すのが宝探しらしい。

 ああ…そう言えば、ガチャガチャのケースとか、モデルガンの弾とか、よく探してたなあ。


「おにーちゃんはあっち!」


 妹に指示されて、鉄棒のそばにある茂みの裏側を探す。


「そうそう宝なんて…お?」


 捨てられたのか落し物なのか。

 おもちゃの指輪がきらりと光っていた。


「おーい、茜ー。これなんてどうだー」

「えっ、もう宝発見!?」


 見つけた指輪を見せると、茜は文字通り飛び上がって喜んだ。


「すごい! 天才だ! きれい!」

「あー、でもな…誰かの落し物だと思うんだよ」

「えー! でも、落ちてたんだよ! 見つけたのは茜だもん!」

「待て待て、きっと、落とした人は困ってるだろ?」


 それに、落とした人は茜くらいの女の子に違いない。茜がこんなに飛びつくんだから、同じくらいの感性を持った年代であることは想像がつく。


「やだー! 茜のー!」

「あ、茜…」


 電光石火の不機嫌モード。こうなると手がつけられない。子どもの頃から変わんないな…。


 どうしたものかと思案していると、声をかけられた。


「あらあら、泣いちゃって…どうしたの?」

「な、成宮さん?」


 休日の、こんな場所に成宮さんが訪れる理由はないはず…なのに、確かにここにいるのは成宮さんだった。


「ええと、住所は前にだいたい聞いてたし、名簿でも調べたし、宿題も剣道場の手伝いもないし…ほら、色々打ち合わせも必要でしょう?」

「確かにそうだけど…」


 それだけのために僕の家まで?

 なんて真面目な人なんだろう。いや、悪夢に対して真剣なんだな。


「おねーちゃん、かっこいいね! どなたですか!」

「こ、こら…」

「ふふ、私は成宮ひかり。お嬢さんはなんてお名前?」

「きいた? おじょーさんだって! 大人な響き…えーと、茜は茜っていうんだよ! 小学生2年生!」

「茜ちゃんかぁ…うん、すごく似合ってる」

「ほんと? 茜もそう思ってるんだぁ…」


 成宮さんのおかげで、茜の機嫌は途端に良くなった。やっぱり、すごいなあ、成宮さんは。そういえば、妹が彼女にもいたな。


「ところで、どうして泣いてたの?」

「そうだ! あのね、茜の宝物をおにーちゃんがダメって言うの」

「えーと、おもちゃの指輪が落ちてたんだけど、それを宝物だって言い張って戻そうとしないんだよね」

「ははあ…そういうことか」

「おねーちゃんも、茜はダメだと思う?」

「そうね…ね、茜ちゃんにとって、宝探しって楽しいこと?」

「うん! 色々あるんだよ! 変なのもいーっぱい! 虫もたくさん!」

「む、虫かぁ…見つけたもの、全部持ち帰りたい?」

「んー…いらないのもいっぱい」

「宝探しって、宝を持ち帰らなくても楽しいよね…あるかなー、みつけたーってワクワクドキドキする」

「うーん…ワクワクするよ…ドキドキもする!」

「じゃあ、この指輪を持ち帰らなくても、ワクワクドキドキはたっぷりだったよね?」

「うん…でも、指輪ほしいなー…」

「このあたりにおもちゃ屋はある?」


 成宮さんと茜のやりとりを微笑ましく見ていた僕は、突然話を振られて驚く。


「えっ! 雑貨屋ならあるよ、子ども向けの雑貨も売ってる…」

「よーし、おねえちゃんと一緒に買いに行こう!」

「うそー! おねーちゃん、すごい! ふとっぱらー!」

「太くないよー!」


 小躍りしている茜を連れて、雑貨屋へ向かう。


「本当にいいの?」

「いいの! あんな良い娘だもの。初めましてのプレゼントもしたくなっちゃう」

「良い娘ねえ…」


 雑貨屋に到着して幼児向け雑貨コーナーに到着すると、茜は興奮してあーでもないこーでもないとおおいに悩んだ。

 小さな指輪を買う頃には、夕方近くなっていた。

 成宮さんを駅に送る帰り道、茜は僕の背中でぐうぐうと眠っている。


「ごめん…せっかく来てもらったのに」

「いいの。気分転換したかったし」

「お詫びと言っちゃなんだけど…」


 ごそごそとポケットから小さな紙袋をだす。


「あげるよ」

「え!?」

「ボールペン…ギューミンの」


 こっそり買っておいたのは、先っぽにギューミンの人形がついたボールペンだった。

 色合いと素材は値段の割に悪くなかったし、ギューミンの出来も良いように見えた。


「実用性にはかけるけど…」

「ううん…うれしい。わあ、ギューミンのボールペンだぁー」


 まるで茜みたいに無邪気に喜ぶ成宮さんを見て、買ってよかったと心から思う。


 成宮さんと駅で別れ、家に着くと、ちょうど母さんが帰宅するところだった。


「茜寝ちゃったのね…待ってて、夕飯作るから。ホント、石渡さんの話が長くて…今日はお子さんの悩み相談もあったから、余計に時間かかっちゃった」


 聞くと、町内会会長である石渡さんに困り事があって、その相談で会議か長引いたらしい。


「どんな相談だったの?」

「なんでも、小学生のお子さんがおもちゃの指輪を無くしたとかで…」

「…うそー」


―――――


 公園で指輪を拾い、石渡家に届ける。

 石渡さんに経緯を説明していると、小学生の女の子が出てきて、嬉しそうに指輪を受け取った。


 やっぱり、同い年くらいだったか。

 持って帰らなくてよかった。持って帰っていたら、茜は自分のものだと大泣きしただろうし…成宮さんに指輪を買ってもらうという出来事も起きなかっただろう。

 それに、ボールペンをプレゼントするという流れも。


 偶然の幸運に、ひとり怪しく、ニヤニヤしながら帰った。

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