30
「うーん…そろそろ行こうか」
大きく伸びをする。
ナメクジとスライムと、慌ただしかったため、思いの外疲れていたようだ。
「そうね。私もさっき部屋を調べたんだけど、この扉ぐらいしか気になる場所はなかったわね」
「鉄製で意味ありげだけど、鍵はかかってないね。このまま進めるよ」
「木の矢は巨大ナメクジでほぼ使い果たしちゃったから、あまり役に立てないかも…この短剣で善処する」
「剣を交換してもいいけど…」
「いえ、急に手持ちの武器を変えてもなじまないわ。それに、あなたのほうがその剣はうまく扱えるんじゃないかしら」
「そうだね…確かに違和感なく使えてるよ」
いつの間にか手に馴染んでいたらしい。
看守を倒すときに比べると、重さの癖にも慣れて、自在に操れるようになっている。
「じゃ…開けるよ」
「ばいばい、バウニャン」
バウニャンはちらりとこちらを見たものの、また床の水をなめ始めていた。
扉は今までよりも重い。
ぐっと足に力を込め、体重を乗せて開ける。
軋んだ音を立てて、扉がゆっくりと開く。
扉の先にはやや広めの部屋があった。
石造りであることは変わらないが、部屋の四方の隅に燭台が立っている。
それぞれにろうそくが備え付けられ、静かに揺れていた。
壁には松明が付けられていたため、明るさは十分。燭台は明るさのためというよりも、飾りとしての意味合いに思えた。
そして、部屋の中央の床には、赤い魔法陣が描かれていた。血で描かれたのか、赤黒く乾ききっていた。
魔法陣の大きさは、両手を伸ばしたぐらいの円形。人一人が収まりそうだった。
そして、その先にはまた鉄製の扉があった。
「これって…」
「魔法陣ってやつだね」
「なんとも怪しいわね…あとで調べるとして、今はできるだけ離れてておきましょう」
触ったら爆発するなんてことも考えられる。できるだけ近寄らないようにしておこう。
「この扉も鍵穴がないわね」
「それじゃ、開くのかな…ん、んー?」
「どう?」
「なんだろう。重たいせいなのかな…まったく動く気配がない」
「ただの飾りなのかしら?」
「どうだろう…扉の下に隙間があるから、飾りってことはないと思うけど」
一応、扉の向こうにも空間があるらしい。
飾りではないと思うけど…どうも開け方が分からない。
「横にスライドさせてみたり?」
「はは、なんなかか昔の漫画で見たよ、そういう仕掛け。うーん、駄目だ。押してもズラしても、持ち上げても動かない」
「そっか…じゃあ、部屋の中を調べてみましょうか」
「そうだね」
魔法陣は後回しにして、燭台から調べるか…そう考えた時、魔法陣の様子がおかしいことに気がつく。
「ん…なんか、光ってない?」
「本当…!」
赤黒かった魔法陣が、薄く発光して青白くなっている。
「成宮さん、踏んじゃった?」
「まさか! 勝手に反応し始めたのよ」
もしかして、扉に触ったから?
それとも次元式?
なんにせよ、危険だ。僕らは武器を構え、距離を取る。
――ぶいいん。
魔法陣から鈍く歪んだ音がしたかと思うと、中心から鎧に身を包んだ剣士が現れた。
「か、看守?」
「いえ、少し見た目が違うみたい…!」
看守と違い、鎧が軽装だった。
なにより、兜をしておらず素顔が露出している。
「あの顔…!」
成宮さんが息を呑むのも無理はない。
頭部は明らかに人間のそれとは異なっていた。
青白い肌は死体を思わせる。歪んだガラスのような眼球は昆虫のように意思を感じさせない。軽装の鎧は、ところどころひび割れ、ボロボロだった。右手に剣を構え、左手にはこぶりの盾を構えている。
「盾って実物は初めて見た…」
「私も…」
その時、剣士が凄まじい速さで成宮さんに接近した。
「な!?」
「成宮さん!」
そのまま盾で成宮さんを突き飛ばす。
成宮さんは両手で防ごうとしたものの、金属の重さに耐えられず、地面に転がってしまう。まずい。
「このおっ!」
剣士に斬りかかる。
――がちぃん!
盾で弾かれる。その反動が腕に広がる。
痛みすら感じるしびれに、思わず姿勢が崩れる。
剣士は盾を横に振るい、僕の顔面を殴りつける。
鼻の骨が折れたのか、倒れたあとに鼻血が流れる。
なんだこいつ…速い。
剣士は踵を返し、既に起き上がり弓を構えていた成宮さんに相対する。
成宮さんが矢を放つ。なんなく盾で弾かれる。
そこを成宮さんが短刀で襲いかかる。
剣士は初めて剣を振るい、短刀を弾き飛ばす。
無防備になった成宮さんに剣が突き立てられる。彼女は崩れ落ちる。
「よくもぉっ!」
盾で弾かれないように、右手側から斜めに斬りつける。剣士は一歩引いて、なんなくこれを避ける。姿勢を崩した僕の側面を盾で容赦なく突き飛ばす。
吹き飛び転がった僕に飛び乗り、喉元に剣を突き刺す。
強すぎる…。
そして意識は失われた。




