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悪夢の塔  作者: 相沢メタル
第一章
30/154

30

「うーん…そろそろ行こうか」


 大きく伸びをする。

 ナメクジとスライムと、慌ただしかったため、思いの外疲れていたようだ。


「そうね。私もさっき部屋を調べたんだけど、この扉ぐらいしか気になる場所はなかったわね」

「鉄製で意味ありげだけど、鍵はかかってないね。このまま進めるよ」

「木の矢は巨大ナメクジでほぼ使い果たしちゃったから、あまり役に立てないかも…この短剣で善処する」

「剣を交換してもいいけど…」

「いえ、急に手持ちの武器を変えてもなじまないわ。それに、あなたのほうがその剣はうまく扱えるんじゃないかしら」

「そうだね…確かに違和感なく使えてるよ」


 いつの間にか手に馴染んでいたらしい。

 看守を倒すときに比べると、重さの癖にも慣れて、自在に操れるようになっている。


「じゃ…開けるよ」

「ばいばい、バウニャン」


 バウニャンはちらりとこちらを見たものの、また床の水をなめ始めていた。


 扉は今までよりも重い。

 ぐっと足に力を込め、体重を乗せて開ける。

 軋んだ音を立てて、扉がゆっくりと開く。


 扉の先にはやや広めの部屋があった。

 石造りであることは変わらないが、部屋の四方の隅に燭台が立っている。

 それぞれにろうそくが備え付けられ、静かに揺れていた。

 壁には松明が付けられていたため、明るさは十分。燭台は明るさのためというよりも、飾りとしての意味合いに思えた。

 そして、部屋の中央の床には、赤い魔法陣が描かれていた。血で描かれたのか、赤黒く乾ききっていた。

 魔法陣の大きさは、両手を伸ばしたぐらいの円形。人一人が収まりそうだった。

 そして、その先にはまた鉄製の扉があった。


「これって…」

「魔法陣ってやつだね」

「なんとも怪しいわね…あとで調べるとして、今はできるだけ離れてておきましょう」


 触ったら爆発するなんてことも考えられる。できるだけ近寄らないようにしておこう。


「この扉も鍵穴がないわね」

「それじゃ、開くのかな…ん、んー?」

「どう?」

「なんだろう。重たいせいなのかな…まったく動く気配がない」

「ただの飾りなのかしら?」

「どうだろう…扉の下に隙間があるから、飾りってことはないと思うけど」


 一応、扉の向こうにも空間があるらしい。

 飾りではないと思うけど…どうも開け方が分からない。


「横にスライドさせてみたり?」

「はは、なんなかか昔の漫画で見たよ、そういう仕掛け。うーん、駄目だ。押してもズラしても、持ち上げても動かない」

「そっか…じゃあ、部屋の中を調べてみましょうか」

「そうだね」


 魔法陣は後回しにして、燭台から調べるか…そう考えた時、魔法陣の様子がおかしいことに気がつく。


「ん…なんか、光ってない?」

「本当…!」


 赤黒かった魔法陣が、薄く発光して青白くなっている。


「成宮さん、踏んじゃった?」

「まさか! 勝手に反応し始めたのよ」


 もしかして、扉に触ったから?

 それとも次元式?

 なんにせよ、危険だ。僕らは武器を構え、距離を取る。


――ぶいいん。


 魔法陣から鈍く歪んだ音がしたかと思うと、中心から鎧に身を包んだ剣士が現れた。


「か、看守?」

「いえ、少し見た目が違うみたい…!」


 看守と違い、鎧が軽装だった。

 なにより、兜をしておらず素顔が露出している。


「あの顔…!」


 成宮さんが息を呑むのも無理はない。

 頭部は明らかに人間のそれとは異なっていた。

 青白い肌は死体を思わせる。歪んだガラスのような眼球は昆虫のように意思を感じさせない。軽装の鎧は、ところどころひび割れ、ボロボロだった。右手に剣を構え、左手にはこぶりの盾を構えている。


「盾って実物は初めて見た…」

「私も…」


 その時、剣士が凄まじい速さで成宮さんに接近した。


「な!?」

「成宮さん!」


 そのまま盾で成宮さんを突き飛ばす。

 成宮さんは両手で防ごうとしたものの、金属の重さに耐えられず、地面に転がってしまう。まずい。


「このおっ!」


 剣士に斬りかかる。


――がちぃん!


 盾で弾かれる。その反動が腕に広がる。

 痛みすら感じるしびれに、思わず姿勢が崩れる。

 剣士は盾を横に振るい、僕の顔面を殴りつける。

 鼻の骨が折れたのか、倒れたあとに鼻血が流れる。


 なんだこいつ…速い。


 剣士は踵を返し、既に起き上がり弓を構えていた成宮さんに相対する。

 成宮さんが矢を放つ。なんなく盾で弾かれる。

 そこを成宮さんが短刀で襲いかかる。

 剣士は初めて剣を振るい、短刀を弾き飛ばす。

 無防備になった成宮さんに剣が突き立てられる。彼女は崩れ落ちる。


「よくもぉっ!」


 盾で弾かれないように、右手側から斜めに斬りつける。剣士は一歩引いて、なんなくこれを避ける。姿勢を崩した僕の側面を盾で容赦なく突き飛ばす。

 吹き飛び転がった僕に飛び乗り、喉元に剣を突き刺す。


 強すぎる…。

 そして意識は失われた。

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