第3話 『僕は絶望し、彼女と出会う』
痛みで飛び起きる。
お腹への激痛。
血がこぼれないように必死に抑える。
穴が、穴が、穴が。
背中に手をやり、そこで気がつく。
濡れていない。
吐き気をこらえつつ、お腹を見る。
やはり濡れていない。
血は出ていないようだ。
痛みだけ、痛みだけが残っている。
「なんて、ひどい夢だ……」
口元の唾液を拭う。
体中が汗で濡れて気持ちが悪い。
ふらふらと立ち上がり、寝間着を脱ぎ捨てる。
「いつまで寝てるのー、遅刻するわよー」
扉の向こうから母親の呼ぶ声が聞こえる。
カーテンから射す光を見て、ようやく今が朝だと気がついた。
※
「おはよー」
「さっき電車でさぁ……」
ホームルームが始まる前の教室。
ざわざわと、みんなが思い思いにしゃべっている。
僕は机につっぷし、朝の悪夢について考えていた。
ひどい悪夢だった。
妙に生々しくて、まるで実在する場所のよう。
剣が刺さった感触と痛みが今でも残っている。
「オマエ、また寝不足かよ」
「しかたねえだろ、マジ神ゲーなんだよ……」
ゲームの話題をする男子生徒たち。
ゲーム、ゲームか。
確かに、鎧の――鎧の男の出で立ちは、まるでゲームのキャラクターのようだった。
昔遊んだゲームの記憶、それが何かのきっかけで蘇ったのかもしれない。
そういえば、鎧の男も似たようなキャラクターを見たことがあるような。
一応、納得のできる答えを見つけて安堵する。
夢は夢。
気まぐれで、適当な世界。
今回は、ちょっぴりリアルだったってだけ。
高校生にもなって、夢にビビってるなんて、バカみたいだ。
僕が自虐的に笑うと同時に、ガラガラと教室の扉が開けられ、教師が入ってきた。
起立、礼と号令がかけられる。
いつもの日常が始まり、僕は悪夢のことを頭から追いやった。
――けど、これは始まりに過ぎなかった。
※
「なんで……なんでまたここに……」
眠りにつくとあの部屋だった。
変わらず冷たい殺風景な、何もない部屋。
扉が目に入る。
まだ、開かない。
まずい、まずい……早く出口を探さないと。
パニックを抑えつつ、壁や床を這うように調べていく。
ない、どこにも、出口が。
絶望感がパニックを煽り、頭痛と吐き気が襲ってくる。
がちゃり。
ドアが開く。
現れる、鎧の男が。
「来るな……」
鎧の男が一歩踏み出す。
僕は背を向け逃げ出す。
でも、逃げ場はない。
すぐに部屋の隅に追い詰められる。
ようやく理解する。
やつの狙いは僕だ。
それも殺すことが目的だ。
剣が抜かれた。
死にたく、ない。
鎧の男の脇を抜け、扉を目指そうとする。
素早く腕を掴まれる。
骨が砕けそうな凄まじい力。
痛みに喘ぐと、そのまま床に投げ飛ばされる。
受け身を取れず、そのまま頭が地面にぶつかる。
卵が割れたような音が、頭の中で響いた。
流れていく、僕の頭の中のものが全部……。
鎧の男がゆっくりと向き直り、剣を構えた。
ずぶり。
剣を、お腹へと突き刺す。
「あ、あ、あ……」
そのまま、時間をかけて、横にお腹を裂いていく。
お腹が熱い。
風呂のお湯よりも熱い、溶けたバターが体からこぼれ落ちるような感覚。
痛い。気持ちが悪い。
そして、僕は死に――朝を迎えた。
嗚咽する。
またあの夢だ。
なんだ一体、何が起きてる?
お腹の痛みに呻く。
苦しい、逃げ出したい。
またあの夢が、今夜もあの夢が始まったら。
もうこりごりだ。
さっきので終わってくれ。
僕の祈りも虚しく、三度目の悪夢を見る。
鎧の男に殺され、朝を迎える。
次の夜も、また。
それが一週間続き、僕は次第に眠ることを恐れるようになった。
だが、寝てしまう。彼が来る。死が訪れる。
どうにかして、この悪夢から逃げ出さないと。
夜が怖い。鎧の男が怖い。
斬られるのが嫌だ。死ぬのが嫌だ。
「おい、顔色が悪いぞ。保健室で休んでろ」
不愉快そうな目で教師が指摘する。
考えたくないのに、頭の中は悪夢のことでいっぱいだ。
今は何時だろう。
ここは本当に現実だろうか。
「聞こえてるのか?」
教師の声に、引き戻される。
小さく頭を下げ、教室を出た。
ふらふらと廊下を歩く。
窓からは晴れの陽気が射し込む。
どこからか、合唱の歌声、体育で盛り上がった生徒たちの声。
孤独を感じた。
現実はこんなにも穏やかなのに、僕だけが別世界にいるような。
泣きそうになる。
誰も、僕のことを分かってくれない。
僕が傷つこうとも、気にはしない。
僕が死のうとも――、
気がつけば保健室の前に来ていた。
頭の中は蜂がわんわん飛び回るみたいに、ネガティブな言葉が騒々しくかき乱していた。
確かに眠ったほうが良さそうだ。
保健室の扉に手をかけ、勢い良く開ける。
誰もいないと思いこんでいた。
だから、びっくりして、変な声がでる。
それに、彼女は。
「大丈夫?」
成宮ひかりがベッドに座っていた。