表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪夢の塔  作者: 相沢メタル
第一章
3/154

第3話 『僕は絶望し、彼女と出会う』

 痛みで飛び起きる。

 お腹への激痛。

 血がこぼれないように必死に抑える。


 穴が、穴が、穴が。


 背中に手をやり、そこで気がつく。

 濡れていない。

 吐き気をこらえつつ、お腹を見る。

 やはり濡れていない。

 血は出ていないようだ。

 痛みだけ、痛みだけが残っている。


「なんて、ひどい夢だ……」


 口元の唾液だえきを拭う。

 体中が汗で濡れて気持ちが悪い。

 ふらふらと立ち上がり、寝間着を脱ぎ捨てる。


「いつまで寝てるのー、遅刻するわよー」


 扉の向こうから母親の呼ぶ声が聞こえる。

 カーテンから射す光を見て、ようやく今が朝だと気がついた。


 ※


「おはよー」

「さっき電車でさぁ……」


 ホームルームが始まる前の教室。

 ざわざわと、みんなが思い思いにしゃべっている。


 僕は机につっぷし、朝の悪夢について考えていた。

 ひどい悪夢だった。

 妙に生々しくて、まるで実在する場所のよう。

 剣が刺さった感触と痛みが今でも残っている。


「オマエ、また寝不足かよ」

「しかたねえだろ、マジ神ゲーなんだよ……」


 ゲームの話題をする男子生徒たち。

 ゲーム、ゲームか。

 確かに、鎧の――鎧の男の出で立ちは、まるでゲームのキャラクターのようだった。

 昔遊んだゲームの記憶、それが何かのきっかけで(よみがえ)ったのかもしれない。

 そういえば、鎧の男も似たようなキャラクターを見たことがあるような。

 一応、納得のできる答えを見つけて安堵する。


 夢は夢。

 気まぐれで、適当な世界。

 今回は、ちょっぴりリアルだったってだけ。

 高校生にもなって、夢にビビってるなんて、バカみたいだ。


 僕が自虐的に笑うと同時に、ガラガラと教室の扉が開けられ、教師が入ってきた。 

 起立、礼と号令がかけられる。

 いつもの日常が始まり、僕は悪夢のことを頭から追いやった。

 ――けど、これは始まりに過ぎなかった。


 ※


「なんで……なんでまたここに……」


 眠りにつくとあの部屋だった。

 変わらず冷たい殺風景な、何もない部屋。

 扉が目に入る。

 まだ、開かない。

 まずい、まずい……早く出口を探さないと。


 パニックを抑えつつ、壁や床を這うように調べていく。

 ない、どこにも、出口が。

 絶望感がパニックを(あお)り、頭痛と吐き気が襲ってくる。


 がちゃり。


 ドアが開く。

 現れる、鎧の男が。


「来るな……」


 鎧の男が一歩踏み出す。

 僕は背を向け逃げ出す。

 でも、逃げ場はない。

 すぐに部屋の隅に追い詰められる。

 ようやく理解する。

 やつの狙いは僕だ。

 それも殺すことが目的だ。


 剣が抜かれた。

 死にたく、ない。

 鎧の男の脇を抜け、扉を目指そうとする。


 素早く腕を掴まれる。

 骨が砕けそうな凄まじい力。

 痛みに(あえ)ぐと、そのまま床に投げ飛ばされる。

 受け身を取れず、そのまま頭が地面にぶつかる。

 卵が割れたような音が、頭の中で響いた。

 流れていく、僕の頭の中のものが全部……。


 鎧の男がゆっくりと向き直り、剣を構えた。

 ずぶり。

 剣を、お腹へと突き刺す。


「あ、あ、あ……」


 そのまま、時間をかけて、横にお腹を裂いていく。

 お腹が熱い。

 風呂のお湯よりも熱い、溶けたバターが体からこぼれ落ちるような感覚。

 痛い。気持ちが悪い。


 そして、僕は死に――朝を迎えた。

 嗚咽(おえつ)する。

 またあの夢だ。

 なんだ一体、何が起きてる?


 お腹の痛みに(うめ)く。

 苦しい、逃げ出したい。

 またあの夢が、今夜もあの夢が始まったら。

 もうこりごりだ。

 さっきので終わってくれ。

 僕の祈りも虚しく、三度目の悪夢を見る。

 鎧の男に殺され、朝を迎える。

 次の夜も、また。


 それが一週間続き、僕は次第に眠ることを恐れるようになった。

 だが、寝てしまう。彼が来る。死が訪れる。

 どうにかして、この悪夢から逃げ出さないと。

 夜が怖い。鎧の男が怖い。

 斬られるのが嫌だ。死ぬのが嫌だ。


「おい、顔色が悪いぞ。保健室で休んでろ」


 不愉快そうな目で教師が指摘する。

 考えたくないのに、頭の中は悪夢のことでいっぱいだ。

 今は何時だろう。

 ここは本当に現実だろうか。


「聞こえてるのか?」


 教師の声に、引き戻される。

 小さく頭を下げ、教室を出た。

 ふらふらと廊下を歩く。

 窓からは晴れの陽気が射し込む。

 どこからか、合唱の歌声、体育で盛り上がった生徒たちの声。

 孤独を感じた。

 現実はこんなにも穏やかなのに、僕だけが別世界にいるような。

 泣きそうになる。

 誰も、僕のことを分かってくれない。

 僕が傷つこうとも、気にはしない。

 僕が死のうとも――、


 気がつけば保健室の前に来ていた。

 頭の中は(はち)がわんわん飛び回るみたいに、ネガティブな言葉が騒々しくかき乱していた。

 確かに眠ったほうが良さそうだ。

 保健室の扉に手をかけ、勢い良く開ける。

 誰もいないと思いこんでいた。

 だから、びっくりして、変な声がでる。

 それに、彼女は。


「大丈夫?」


 成宮(なるみや)ひかりがベッドに座っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ