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「戻ってきたね」
「ええ…うん、確かに最初のT字路ね」
正面の扉を開けると、看守が倒れている部屋にたどり着いた。用はないので、扉を閉め立ち去る。
「これまでの経路を思い出すに…」
「スライム通路の先にある扉だけね、謎なのは」
「で、扉の鍵はここにある、と」
以前、命がけでたどり着いた爆弾スライム通路の奥。そこには鍵付きの扉があった。そして、その扉はT字路の扉と同じ見た目をしていた。
「行くしかないね」
「そうね…ひたすら急いで、焦らず扉を開けないと」
「扉を開けるのにもたついていたら、スライムの爆発に巻き込まれるからな…」
あの死に方は辛かった。
二度と味わいたくない。
今回は装備品を脱ぎ捨てるわけにはいかない。多少鈍重になるけど、そのままの格好で奥を目指す。
覚悟を決めて、走り出す。
周囲から緑色のスライムがしゅうしゅうと膨らみ始める。
蹴りつけても破裂しないことは分かっていたので、ちょっとした接触は気にせず走り続ける。
曲がり角を折れ、扉が見えてくる。
到着後、焦らず用意していた鍵を鍵穴に差し込む。
――かちゃり。
「よし、開いた」
もし開かなかったらどうしようと思っていたが、問題なく扉は開いた。
急ぎ扉の中に入り、ばたんと扉を閉める。
耳を澄ますが、スライムが破裂する音は聞こえて来なかった。
侵入者がいなくなったことで、収縮したのかも知れない。なんにせよ、通路に戻る気はない。
「なにコイツ…!」
成宮さんの悲鳴が聞こえる。
新たな敵か?
振り返ると、満面の笑みを浮かべた成宮さんがいた。
「やだ…すっごく、かわいい!」
部屋の中には壊れた水道のように湧き水が溢れる祭壇と…犬のような生物がいた。
「犬…?」
「よく見て、猫かも」
「猫かな…?」
「ううん、猫でもない…熊かも」
熊…それにしては小さい。
サイズは小型の犬くらい…さっきであった小型ナメクジと同程度。顔も犬だけど、耳は猫の形だった。目はつぶらだ。くりくりしている。愛嬌のある熊に見えなくもない。
「とにかく…かわいい!」
「こう見えて獰猛かも?」
「まさか、こんなにかわいいのに!」
「口を開けたら触手が出てきたり?」
「まさか、こんなにかわいいのに!」
「鋭い爪でズタズタに?」
「まさか、こんなに…!」
「わかったわかった、降参」
「じゃあ…抱っこしてもいい?」
「気をつけてね」
確かに、ただのかわいい生物のようだ。昔、友達の家で遊んだ子犬を思い出した。ちょっと馬鹿っぽいけど、そこがまたかわいいのだ。
僕もあとでもふもふしよう。
戦意喪失の成宮さんはほっておいて、部屋を調べる。
中央の祭壇からは止めどなく水が溢れている。溢れた水はうまい具合に床のひび割れに沿って流れていき、部屋の隅にある小穴へと吸い込まれていた。このおかけで、部屋が水びたしにならないようだ。
祭壇の向こうには鉄製の扉があった。
近づいて調べてみると、どうやら鍵はかかっていないらしい。すぐに先に進めそうだった。
周囲をぐるりと眺めるが、祭壇と扉、それにもふもふしている成宮さん以外に気になるものはなかった。
「じゃあ、そろそろもふもふ交換を…」
「ええ…?」
成宮さんが心底残念そうな顔をする。
そういえば、ギューミンの間が抜けた顔に似ているかもしれない。
成宮さんが子犬のような生物を床に放つ。
すると、てこてこと床を流れる水のもとに移動し、ぴちゃぴちゃとなめ始めた。
「どうなのかしら、この水」
「すごく澄んでるから、安全に見えるけど…バウニャンも甜めてるし」
「バウニャン…?」
「犬がバウと鳴き、猫がニャンと鳴くので」
「…かわいい」
お気に召したようでなにより。
一心不乱に水を飲むバウニャンを見ていると、なんだか喉が乾いた気がする。
成宮さんも同じことを考えたようで、じっと水源を見ていた。
「…飲んじゃおうか」
「でも…ほら…ねえ?」
危険かもしれない。
でも、役に立つものかもしれない。
ここでは知らずにいるほうが危険だ。
そっと水源に両手を差し込み、水をすくい上げ、口に寄せる。
……!
「ど、どう?」
「うまい…すごく、おいしい」
まろやかで、それでいて喉元をするすると流れていく。錆びついたような臭みもなく、無味であるはずなのに、どこか甘みがあった。水というより、限りなく不純物を除いた天然のエキス…と、わけも分からない感想が思い浮かぶ。
ぐびぐびと飲んでいると、やがて成宮さんも近づいてきた。
おそるおそる、飲み始め、その味に驚いたあと、僕と同じく普通に飲み始めた。
「おいしい…家でも飲みたいぐらい」
「ほんと…風呂上がりにさっぱりしそう」
こうして僕らと一匹は、気の済むまで休息を楽しんだ。




