第14話 『僕は暗闇を寂しく歩く』
暗闇の中をとぼとぼと歩く。
目が覚めた時、自分の部屋でもいつもの部屋でもないことに驚いたのが少し前。
遠くに見える灯りを発見して、とにかくそこを目指している。
「これはさすがに……あの世かも」
灯りが見えるのが救いだ。
何もない暗闇を歩くのは辛いだろう。
それこそ天地も分からず、進んでいるかも分からなかったはずだ。
灯りは少しづつ近づいている……はず。
それにしても、ここも不思議な空間だった。
床は確かに何らかの硬質な物体で、しっかりと歩くことができる。
声を上げると空間に吸い込まれるのか、反響というものがなく、まるで口をぱくぱくと動かしてるだけなんじゃないかと錯覚する。
両手を振り回してみても、手に触れるものはない。
灯りがある方向から少し逸れて歩いてみても壁にぶつかることはなかった。
まるで、質量のある暗闇に埋め尽くされたとてつもなく広い空間……そんな感じだった。
「暗闇に飲み込まれたりしないよな……」
怪獣の胃袋、そんな感じもする。
そんなことを考えていると、随分と灯りが近くになった。
灯りの正体はロウソク――そんなに多くはないけど、花火をするには多い。
何かの儀式を思わせる量だった。
渦巻状に積み上がった岩も祭壇という感じを強める効果があった。
そこに、見知った少女の姿を見つける。
「成宮さん?」
「おつかれさま」
成宮さんと死に別れたのは少し前だけど、こうして普段と同じ顔を見ると、随分前に会った気がする。
「会えて、安心したよ」
「私も。そろそろ不安になってたところ」
「この暗闇じゃあね……。でも、成宮さんの普段の顔が見れたらさ、なんとかなりそうって気がするよ」
「な、なに言ってるのよ」
照れたのか、顔をそむける。
さて、ここはどこなんだろう。
二人が揃ってるということは、悪夢の続きなんだろうか。
死ぬ前と別の場所であることは確かだけど。
「成宮さん、なにか分かる?」
「とりあえず、第三の場所ってことかしら」
「第三の場所、か。悪夢でも、現実でもない」
「確証はないけどね。あと気になるものと言えば……」
ロウソクを指差す。
「ロウソクと祭壇……みたいな岩が気になるわね」
「ロウソクは……いちにいさん……」
「全部で28本あったわ」
「さすが」
「あなたが来るまで、気を紛らわせたかっただけよ」
そんなことを話していると、いつの間にか祭壇らしき岩のてっぺんが明るく輝き始めたことに気がつく。
「これって」
「少し離れておきましょう」
じりじりと距離を取る。
輝きが頂点に達しようというとき、はじけるみたいに閃光が辺りを照らした。
眩しさに慣れない中、声が聞こえてくる。
「む、珍しいな」
こども?
随分と若い声だ。
「随分遅かったな……だいぶ時間を無駄にしたようだが……」
「あ、あなたは何者なの?」
果敢に成宮さんが問いかける。
目が慣れてくる。
祭壇の上には、フードのようなものを被った人物が座っていた。
「魔術師……?」
「……なに?」
「なんか魔法が使えそうな……ゲームで良く出てくる」
「魔術、師ってことね」
僕たちがごにょごにょ喋ってると、フードの人物が畳み掛けるようにに話しかけてくる。
「説明するぞ。ロウソク一本がお前たちの一夜の命だ。ロウソクはお前たちが死んだ場合はすぐに消える。死ななくても、ロウソクの火が消えれば、お前たちは死ぬ」
「ま、待って理解が……」
焦る僕らを気に留めず、次々と言葉を投げかけてくる。
「普通、ロウソクは1人の持ち分だが……お前たちは共有しているようだな、珍しい。寿命としては不利だが、絆としては下手な信頼関係より強固だな」
「ろ、ロウソクが寿命なんですか?」
話題に沿わない。質問には答えてくれそうにない。
デタラメでも情報を引き出したい。
「そうだ。ここにあるロウソクがお前たちの命。すべて消えれば終わりだ」
「終わりというのは?」
「ふん……そのままの意味だ。世界の理から外れ、戻ることはない」
「死ぬということですか?」
「死は毎夜訪れる。死を超えた先にある……無だ」
なんだか分からないけど、とんでもなく最悪な結末らしい。
「共有しているというのは?」
「それはもう説明した。珍しいが理は変わらん。無はすぐに訪れるぞ、精進しろよ」
「こ、ここは?」
「それは説明してなかったな。分かりやすく言えば、お前たちの世界と悪夢の間の世界だな」
「あなたはいったい何物なの?」
「おう、俺か? 俺は名も無き案内人であり、商売人といったところだ」
「声は女の子だけど……?」
「それがどうした? 俺の言葉をお前が勝手に曲解しているのかもしれんぞ」
「私にも、女の子の声に聞こえるけど……」
「ふん! 二人とも命を共有してるんだ、同じ感覚を少なからず持っているだろうよ! どうした、質問はもうないのか?」
このまま去られちゃまずい。
「ええと……ロウソクはどれくらいで消えますか?」
「一夜だな」
「10時間は持たなそうね」
「いち睡眠分ってとこか」
「ええと、どうして今回はここに呼ばれたのかしら?」
そうだ。
何度も殺されてたのに、ここに呼ばれることはなかった。。
「お前たちが戦士であると認められたからだな」
「鎧の男を倒したからかな?」
「そうなの? 私は記憶にないけど……」
「トドメは僕が刺したけど、致命傷になったのは成宮さんの一撃だったと思う」
「察しがいいな。正確には『戦ったから』だ」
「おかしいわね、今までも戦ってたつもりだったわよ」
「傷は負わせてないだろう」
「……なるほど」
どうやら鎧の男に傷を負わせたことで、ようやく戦士として認められたらしい。
そして、晴れてこの祭壇に呼ばれたと。
「ここの名前は?」
「好きに呼べばいい」
「うーん、石の祭壇、かな」
「それでいいと思うわ」
成宮さんとうなずき合っていると、案内人は優しい声色になって、問いかけてきた。
「さて、戦士となったお前たちのどちらかを祝福してやろう。本当は一人ひとりなんだが、珍しいからな、お前たちは」
「珍しいのに、損するってこと?」
「祝福の点ではな。だが、二人の絆は他に代え難い幸運だぞ」
「本当かしら……祝福というのは?」
「可能性の力だ。鍛錬したとき、限界を超えた力を手に入れるだろう」
よく分からない。
「人間の限界を超えることができるの?」
「第一の祝福では微々たるものだがな。それでも驚くだろうよ。もちろん、鍛錬せねば得られない力だが」
「なんとなく分かったわ」
「え、ほんと?」
「詳しくは、現実に戻ってからね」
うう、理解が追いつかない。
「では、どちらが祝福を受けるのだ?」
「彼でお願い」
予想外の発言に驚く。
「えっ、そうなの!?」
「いいから、言うとおりにして」
「りょ、りょうかい」
「では、祝福を授けよう」
案内人が杖を掲げると、紫色の炎が燃え上がる。
杖を振ると炎が僕に向かって飛んできて、胸元の前で静止する。
「それを抱きしめるのだ」
恐る恐る炎を抱え込むと、胸の中に吸い込まれていく。
暖かさも冷たさもない。
ただ、何か柔らかい感触が残る。
「ふむ、無事に吸い込めたようだな」
「これでおしまいかしら」
「そうだ、次に目覚めた時はお前たちの世界に戻っているだろう。忘れるなよ、ろうそくはあと28本しかないのだから……」
そう言って、案内人は発光して姿を消した。
あたりが再び闇に覆われ、ろうそくの灯りだけが僕たちを照らす。
ぼんやりとした暗さに、眠たくなってくる。
となりをみると、成宮さんも眠たげだ。
「これで、現実に戻れるみたいね」
「ところで」
「なあに?」
「どうすれば悪夢は終わるのかな?」
「あ……」
しまった、という顔をする。
成宮さんでも聞き忘れることがあるのか。
ゆっくりと目を閉じ、眠りにつく。




