第13話 『僕は死に物狂いで立ち向かう』
目覚めると、湿った空気とカビ臭さを感じた。
カビ臭い?
どうやら、今までよりも冷静みたいだ。
悪夢に臭いがあるか、気にしたことがなかった。
身を起こして扉に近づき、そっと耳を当てる。
静けさの中、時折剣が石に跳ね返るかん高い音が聞こえる。
成宮さんと鎧の男が戦っている音だ。
少しの間、そのまま様子を伺った後、意を決して前回壊された壁の側に駆け寄る。
――あった。
壁の側には、レンガ1つ分程度の、ちょうど右手にすっぽり収まりそうな石が落ちていた。
手に持つと、ずしりと重い。
それを持ち、再び扉の側に戻る。
右腕を振りかぶり――勢い良く叩きつける。
――ガン、ガン、ガン!
遠慮なく、扉に石を叩きつける。
数回繰り返すうちに、段々と扉にはめられた板が軋んでくる。
さらに打ち付けると、板が外れて腕くらいなら通せそうな隙間ができる。
もう少し。無心に打ち付ける。
板が外れ、人一人通り抜けられる程度の隙間ができる。
頭と肩が通ることを確認して、全身を潜りこませ――抜けた。
扉の外に出た。
目覚めた部屋と同じように、石造りで薄暗い。
壁際には松明がかけられ、周囲を照らしている。
さっきまでいた部屋を少しだけ広げて、長方形にしたような構造だ。
中央には、大きなテーブルが置かれている。
部屋の側面には、僕が出てきたような扉が4つあり、さらに階段を登った先にも扉が見えた。
階段の反対側にも扉があり、これは僕の部屋に比べると装飾が豪華で、何かの文字や獣の姿が枠組みに掘られていた。
扉は6つ、そのうちの一つから甲高い金属音が聞こえてくる――成宮さんがいる。
駆けつけたい衝動を抑え、鍵を探す。
テーブルの上には割れた食器、腐った肉のようなもの、この部屋に不釣り合いなネックレスが置かれていた。
四方の壁を見ても、鍵らしきものはかけられていない。
この部屋に鍵はないようだ。
周囲の扉を調べることにする。
豪華な扉は……開かない。
鍵がかかっている。
階段の上は後回しにして、僕の部屋に似た扉を調べる。
――開いた。
僕の部屋の隣の扉には鍵がかかっていなかった。
部屋を覗く。
誰もいない。
同じような部屋だった。
ただ、僕の部屋に比べて壁の傷が多かった。
よく見ると、扉の鍵部分が破壊されている。
そのせいで開くことができたのだろうか。
何もなさそうなので、部屋を変えることにする。
僕の部屋の正面にある扉、成宮さんのいるであろう部屋の隣だ。
――がちゃり。
こちらも鍵はかかっておらず、あっさりと開く。
中には――鍵は無さそうだった。
ただ、鈍く光る剣が、床に転がっていた。
剣が襲いかかって来ないかと、おそるおそる近づく。
大丈夫そうだ。持ち上げてみる。
――重い。
竹刀とは比べ物にならない重さだった。
人間を叩き切る重さだ。
けど、力強い、武器だ。
数回振り回してみる。重さのせいでバランスを保つのが難しいけど、なんとか扱えそうだ。
武器は手に入れた、最後に残った階段の上の扉を調べようと部屋を出た時、成宮さんの部屋の扉が開いた。
出てきたのは、血の滴った剣を持った鎧の男だった。
成宮さんは……?
ヤツは成宮さんになにをした?
怒りで目の前が暗くなる。
皮肉なことに、初めて相手に対して闘争心が湧いた。
鎧の男は、こちらに見向きもせず、がしゃんと金属音を響かせて部屋を横切り、傷だらけの壁があった部屋に入った。
「なんだ……?」
理由は不明、けど今が成宮さんの様子を確認するチャンスだ。
背後を気にしながら部屋を覗くと、ところどころ血溜まりがあるものの、成宮さんの姿が見えない。
既に殺されて、現実に戻ったのか?
悪夢の仕組みは分からないけど、成宮さんの姿が見えないことに安堵したとき、すぐそばでうめき声がした。
「うっ……うっ」
満身創痍の成宮さんがいた。
ボロ布を身にまとっているものの、確かに現実と同じ顔だった。
ただ、その顔はひどく傷つけられている。
華奢な指は数本ちぎれ飛んだようだ。
そして、左腕が切断されていた。
「うっ……うあっ」
成宮さんは泣き続けている。
痛みのせいもあるが、プライドも傷つけられたのだろう。
なんと声をかければいいのか。
素人目に見ても、致命傷だった。
助けることもできず、かけるべき言葉も見つからない。
無力だった。
「成宮さん……行くね」
だからこそ、無力な僕だとしても、最大限の力でヤツと戦おう。
頭は冷え切っている。
心は熱く燃え上がっている。
部屋を出る。
「うおおおっ!」
鎧の男が、傷だらけの壁に向かって、一心不乱に剣を振り下ろしていた。
何かの儀式か?
でも、そんなことは関係ない。
背後から近づき、勢いよく剣を振るう。
ぶつかる寸前、こちらに気がつくが間に合わない。
剣はそのまま鎧の男の左腕を肘先から切り落とした。
「うがあっ!」
怒りと驚きの入り混じった咆哮をあげ、襲いかかってくる。
剣を構えていなすだけの技量はない。
相手の怒りを利用して、後ろに後退し、空振りした相手の隙をついて斬りかかる。
――ガツン!
胸当てに剣が弾かれる。
鎧の継ぎ目を狙わないと。
「ぐあっ、ぐあっ!」
相手が、ぶんぶんとめちゃくちゃに剣を振り回してくる。
たまらず、剣で防ぐが、右足が深く切り裂かれる。
痛い。とんでもない痛さだ。
これよりも、もっと辛い思いを成宮さんはしているんだ。
その事実が、冷静さを保たせてくれる。
相手の攻撃をまともに受けるのは無謀だ。
この部屋にいるのは不利――そう判断して、長方形の部屋に戻る。
相手がすぐに追ってくる。
右足の痛みに耐えて、テーブルの上に移動し、攻撃から逃れる。
相手は重量のせいで、昇ってこられない。
そのまま距離をとり、テーブルから降りる。
回り込んできた相手に、木製のイスを投げつける。
剣でバラバラにされるけど、それは狙い通り。
隙を見せた相手の右手首を斬りつける。
ダメだ、切断出来なかった。
鎧の男は痛みに耐えかねたのか、がしゃりと音を立てて剣を落とす。
今だ、とさらに斬りかかる。
けど、捨て身の突進を受けて壁際まで吹き飛ばされた。
「あ……?」
目の前が暗い。自分の体がバラバラになった気がする。
水の詰まった袋である自分の体が、あの衝撃に耐えた自信がない。
混乱、焦りが僕の心を支配し始める。
鎧の男がこちらを見下ろしている。
勝てない、失敗、死ぬ……。
「うわあああっ!」
成宮さんが、ヤツの剣を拾った成宮さんが、斬りかかった。
相手は予期せぬ攻撃に見動きできず、そのまま頭部に剣がぶち当たる。
「はっ……はぁっ……」
そのまま成宮さんが倒れる。
瞬間、紫色の火が燃え上がり、成宮さんを覆い尽くす。
絶命した彼女は苦しまず、灰になっていく。紫色の炎はやがて消え、成宮さんも姿を消した。
「うぐああっ」
鎧の男が突進してくる。
遅い。
剣で腹を斬りつけると、少し立ち止まったあと、倒れた。
鎧の男は地面に倒れ伏している。
死んだのか分からない。
ゆっくりと近づくと、ごとりと兜が外れる。
――骸骨だ。
兜の下には骸骨の顔があった。
目は虚ろな穴でしかなく、感情はもちろん、生命の灯火をうかがい知ることはできない。
「木の根…?」
頭蓋骨には、人面めいた木の根のようなモノが張り付いていた。
よく見ると、頭蓋骨に穴を開け、中まで根が侵食している。
反応はない。
鎧の男ともども、死んでしまったのかも知れない。
念のため、鎧の男の頭を砕こうとしたとき、猫が叫ぶような声を上げて、人面が飛びかかってきた。
驚いたものの、その可能性も考慮していた僕は、躊躇せず斬りつけた。
人面は痛みに悲鳴をあげ、逃げようとする。
素早く、剣を突き刺し止めをさす。
うめき声が次第に静かになり、人面が死んだことが分かる。
足を引きずり鎧の男に近寄り、今度こそ頭に剣を振り下ろし、砕く。
これで、死んだはずだ。
深い満足感と疲労が身を包み始める。
体を見ると、至る所から出血していた。
たぶん、骨が体を突き抜けている。
呼吸することが難しくなり、倒れる。
血溜まりが温かい。
そのまま眠りに落ちようかという時、体の周りに紫色の炎が――




