第12話 『僕の心に訪れたほんの少しの希望』
「こんなところかしら」
成宮さんは涼しげに息も乱さず、こちらは汗ダクダクで疲労困憊だ。
技量はイマイチなまま、けど少しだけ自信がついた。
負けないための戦い方をしよう。
「それじゃ、今日は私が先に寝るわね……そうだ、連絡の手段がないか」
「必要かな?」
「今日は一か八か、失敗は許されないから。チャットできるようにしましょう。返信が途切れたら、私が寝たと思って。そこから少し経ったら侵入ってことで」
「分かった」
強くうなずいた。
道場をあとにして、家を目指す。
雨足は少し収まってきたようだ。
傘を差しながら家の前に到着すると、玄関の前に人影があった。
「よう、遅いな」
「吾妻先生」
保険医の吾妻先生だった。
真っ赤な傘に、真っ赤なヒールを履いているのが彼女らしい。
ミニスカートから太ももがあらわになっている。
およそ、教員には見えない。
「どうしたんですか? こんな時間に」
「君に用があってな。……この雨でタバコが吸いづらいのは誤算だったが。だが、やんだようだな」
傘を閉じ、タバコに火をつける。
本当に教員らしからぬ……僕も傘を下ろした。
「最近、成宮と仲がいいのか?」
「そう見えます?」
「にらむなよ。あれだけ目立つ相手だ、噂も立つさ」
吾妻先生はくっくっと笑う。
「ちょっと相談事があって……」
「ほう? 一体どんな……ま、内容は問わないさ。主題はそこじゃない」
「何か気になることでも?」
タバコをふーっと、流す。
「君、何か隠してないか?」
「……何をです」
「ここ最近の体調不良……その原因かな」
「別に……夜更かしですよ。ハマってるゲームがあって」
「成宮も同時期に体調を崩してる。その二人が秘密のデートとはね」
「成宮さんの家に行くところ、付けてたんですか?」
「ほう? そんなところでデートを? なかなか進んでるじゃないか」
くそ、ひっかかった……。
「だから、にらむなって。咎めたりはしないさ。高校生の交際に物申せるほど清い身でもない。気になるのは君が……いや、君たちが何かを隠してないかってことだけだ」
「大丈夫です」
「否定はしないんだな。いいか?」
タバコをこちらに向ける。
揺れる煙が妙に気になる。
「もし、本当に大変なことになったとき、相談に乗るからな。頼りにならんかも知れないが、一応大人だ、少しは役に立つかも知れん」
「……ありがとうございます」
「なに、ただ、いい格好がしたいだけの、お節介さ」
そう言うと、吾妻先生は新しいタバコに火をつけ立ち去った。
家に入り、寝る準備を整えてから、チャットで成宮さんに連絡を取る。
『気になるわね』
『うん』
チャットのせいか、返答が短くなる。
『敵ではなさそう』
『だと思う』
『今度、私から聞いてみる』
『僕も一緒に』
『隠れててほしい』
『わかった』
『それじゃ、そろそろ』
悪夢に戻る時間だ。
チャットを続けていると、次第に成宮さんの返信が遅れてきた。
『寝ちゃった?』
……。
『まだだいじょうぶ』
……。
『起きてる?』
……。
『おきてる』
……。
『もしもし』
……。
『もしもし?』
……。
どうやら、眠りに入ったらしい。
もう少ししたら、僕も寝るか……と思った時、自分が妙にドキドキしていることに気がついた。
失敗が許されない侵入だから?
いや、そんな感じじゃない。
自然体で、自分を省みよう……そうか。
成宮さんと、少しカップルのようなチャットをしたことで、ドキドキしたみたいだ。
まったく、これから大変なことが待ってるというのに。
ひとり苦笑して、眠りに入った。




