第11話 『僕は戦いの心構えを知る』
「今日は、攻撃について教えるわ。付け焼き刃程度だけど」
剣道場に移動した僕らは、防具一式を身に着けていた。
前回と違い、互いに竹刀を手にしている。
外は雨が降っていて、屋根に当たる雨音が騒がしかった。
「それで問題ないよ。それに、戦わずに済むかも知れないんでしょ?」
「そうね。互いの扉を破壊したあとは逃げ出して……そこから先は未定」
プランはこうだ。
今日は成宮さんが先に眠りにつく。
鎧の男が部屋に入り、二人の死闘が始まる。
成宮さんが寝た直後を狙って僕も寝る。
二人が戦っている間に、床に転がっている石で、部屋の扉の破壊を試みる。
部屋を抜け出た後は、ひとまず武器と部屋の鍵を探す。
鍵が無かった場合、石を使って今度は成宮さんの部屋の扉を破壊する。
その後、二人で鎧の男から逃げ出す……という手はず。
「かなり、不確定要素が多いよね」
「外に何が待っているか分からないものね」
「武器も鍵も無いかも知れない」
「その場合は、予定通りあなたの腕力に任せる。扉を破壊するのは、かなりの重労働になると思うけど……お願い」
「頑張るよ。成宮さんも、逃げ回るのは大変だと思うけど、頑張って」
「ありがとう」
一か八かだ。
たとえ失敗しても、過程は引き継がれるから、次回も扉を破壊することもできる。
ただ、計画を相手に知られる以上、失敗すると今後の難易度が上昇する。
「でも、どうして僕が戦闘を学ぶ必要があるの?」
「たとえ、あなたが扉の破壊に成功しても、その時に私は殺されてるかも知れない。そうなったら、戦うはめになる。もっとも、勝てそうにないと思ったら、逃げ出して情報を集めてね」
「了解。責任重大だ」
「でも、責任は共有しましょ。失敗しても恨みっこなし」
成宮さんが竹刀を構える。
見惚れるほど、堂々としている。
頑張らないと。
そう考えて身構えていると、成宮さんが静かに近づいてきた。
「ちょっと両手を上げて?」
「こ、こう?」
竹刀を構えたまま、両腕を上げる。
防具が邪魔で、少し脇を広げた形になる。
「そのまま」
「わ、わかった……んんっ!?」
――こちょこちょこちょ。
成宮さんが急に僕の脇をくすぐり始めた。
ど、どうしたんだ、突然。
「……あれ? くすぐったくない?」
「僕、脇に強くて」
「う、うそ!? 私なんて、呼吸困難になるくらいなのに!」
「そ、そうなんだ」
「ええと……止めるわね?」
「……どうぞ」
成宮さんが離れていく。
顔が真っ赤だ。
「あのね、剣道は自然体になることが大事なの。だから、リラックスさせようと思ったらのに…もう!」
「あはは……でも、リラックスできたよ。成宮さんの珍しい顔も見れたし」
「なら良いけれど……戦いだからと言って、身構えちゃダメ。体と心が強張って、思うように動けなくなるわ」
確かに、さっきまでに比べると手先も温まっている。
竹刀を持つ手がスムーズに動きそうだ。
「人間、基本的に実力以上の力は出せないの。もちろん、極度の緊張状態になると、特別な力が発揮できることもあるけれど、狙ってだせるものじゃない」
「そうだよね、レベルが低いのに、レベルの高い相手を倒せるわけがない」
「環境や感情という要素もあるから、可能性はゼロじゃないけどね。もう一つ重要なのが……自身を知ること」
「な、なんだか難しそうだね」
腕を早く振る方法とか、上手い避け方とか、もっと実技面の指南かと思ってた。
「さっきの自然体と同じなんだけどね。実力以上の力は出せないって言ったわよね?」
「うん、そして僕はレベルが低い」
「それが大事なの。自分の弱さを知ることが。そうすれば、戦い方が変わってくる」
「逃げ回ったり?」
「そう。実力が拮抗していたり、熟練者だと、負けそうになっても意固地になって、判断を誤ってしまう」
「なるほど、引くべきところで引けなくなるのか」
「逃げろ、と言ってるんじゃないの。相手に勝てないのが当然の状況で、どう立ち回るか、これを考えるためには自分のことを常に意識しないといけない」
「生き方に通じそうだね」
「剣道って、そういうものだから」
そうか。
体育の授業で、剣道部の生徒が妙に恐ろしく、別世界の住人に感じられるのは、彼らが生き方を見つけているからかも知れない。
自分を知り、相手を知り、自然体でぶつかり合う……そりゃ、強くなるよ。
「だから、技術的なことは教えない。もちろん、私との特訓で学んでくれれば嬉しいけれど。大事なのは常に自然体で、自分自身の体と心に問いかけること」
「わかった。やろう」
雨の音が、さっきよりもはっきりと聞こえる。




