山登りをきっかけにお互いの気持ちに気付くという話
「ねぇねぇ、山行こうよ、山!」
「突然だな」
わたしは机に身を乗り出して彼に主張する。
「さっき山登りをする女の子のための本をみつけて。急に行きたくなっちゃって」
「あー、確かにちょっと前に山ガールとか流行ってたな。図書館ならそのときの本もあるわな。あと、もう少し声のトーン落とせよ」
彼は興味なさげに自分の手元にある本に目を移す。
「ね~、行こうよ~」
「気が向いたらな」
今度はこちらに一瞥もせず返事をする。
気分屋な彼はいつもこうやって気が向くのを待つ。
しかしインドア派の彼はこういう話題に対して気が向くということはほとんどない。
つまりほぼ断られたということになる。
いつもならもう一押しくらいして、結局あきらめるんだけど、今回はどうしても行きたい気分だ。
「いいもん! じゃあ1人で行ってくる!」
この言葉に彼、ユー君はピクッと反応する。
「ちなみにどこまで?」
「ここに載ってるのは隣の県だけど?」
ユー君が再びこちらに目線を移す。
「本当に1人で行くのか? ほかに誰か誘ったりとかは?」
「ユー君以外の人とは行こうとは思っていなかったの! でもユー君がついてこないからわたし一人で行く」
「そうですか……」
ユー君は消え入るような返事をした後、5秒ほど考え込んでから、
「……亜美、今気が向いた。俺も行くよ」
「ほんと!? やったぁ~~!!」
わたしはうれしさのあまりその場で飛び跳ねる。
「まずは日程を……いや、その前に外に出るか」
「……あ」
わたしが大声を上げたので、周りの人たちが何事かとこちらに注目していたのだった。
「お前、荷物多くないか?」
「そう? 確かにお弁当は入れてきたけど」
「それでか」
わたしたちは駅前で待ち合わせしていた。
ユー君は小さなかばん。
たぶんペットボトルひとつくらい入るくらいの。
それに対してわたしはリュックサック。
「昼飯なんてその辺で食うのかとおもっていたけど」
「せっかくデートなんだからこのくらいしないと」
「デート? 行き先、山なのに?」
「男女が2人で出かける時点でデートでしょ?」
「そういう定義ならそうなるか……」
わたしたちは電車に乗ってもずっとおしゃべりをしていた。
せっかく出かけるならと行き先は本当に県外になった。
だから、電車には2時間くらい乗ることになる。
走行距離が100kmを超えるから、ユー君が学割が使えるかもしれないと言ってくれたけど、目的がデートだったのでさすがに気が引けた。
「わたし新幹線以外の電車でこんなに移動するの初めてなんだ」
「そういえば、俺もそうだな」
わたしたちが乗っている車両は座席が全部ボックス席で、わたしたちは隣同士になるように座っている。
これなら2人のグループが座りやすくなるだろうというユー君の配慮だ。
もちろん荷物は網棚の上に乗せた。
でも、困ったことがひとつだけ。
このボックス席、ちょっと横幅が狭い。
つまり近い。
ユー君との距離が。
というか、もう密着しちゃってる。
普段はこんなに意識してしまうことはないのに、さすがにこんなに距離が近いと……。
だから実はさっきからユー君のほうを見れていない。
ずっと窓を眺めた状態で話している。
だって、振り向いたらユー君の顔がすぐそこにあるんだから。
「なぁ、亜美? 調子でも悪いのか?」
「ううん。大丈夫だよ? 何で?」
今の心情が少しでも悟られたのかと思ってドキッとする。
「ずっと外を眺めているからな。車に酔ったら外を眺めろって言うし」
「なんでもないって。外を眺めているのも、こんなに電車になることがないから楽しもうかと思って」
「そっか。なんでもねぇならいいんだけど」
なんだかユー君によけいな心配をかけてしまっているみたい。
ごめんねユー君。
ユー君は何も悪くないの。
いや、そんなこともないか。
別に座席の配置は隣じゃなくてもよかったと思う。
そしたら、顔の距離は適切だし、向かい合って話せるし。
「ねぇ、ユー君こっちこない? そしたらユー君も外が見えるでしょ?」
幸い、向かいの席はまだ空いていたのでユー君に席の移動を勧めてみる。
「いや、俺はいい……この席が好きなんだ」
そこまで言われたら私も強要できない。
でも変わってるなユー君。
通路側が好きとまで言うなんて。
「そのでかい荷物貸せ。俺が持つから」
「え~、いいよ。このくらい」
「いいんだよ。亜美が弁当作ってきてくれたんだ。それくらいする」
「じゃあ……よろしく」
ユー君が気を利かせてくれるけど、素直に喜べない。
だってユー君……
「やっぱり私が持とうか?」
体力ないんだもん。
山を登り終わるころにはユー君は息絶え絶えになっていた。
インドアな生活を好んでいるんだから、当然と言えば当然なような。
ちなみに私はいまだ平常運転。
「もしかしてさぁ……俺ってお前より体力ないか?」
「もしかしてじゃなくて、確実にだよ」
私が容赦なくとどめを刺すと、ユー君はがっくりとうなだれて、私に荷物を返した。
「着いた~!」
「やっと着いた……」
山の頂上付近は平坦で広い。
山登りのコースとしては結構人気な場所だ。
実際に何組かのグループがここで休憩していた。
ただ、コース自体の難易度が少しだけ高いから、私たちくらいの歳の人が多いような気がする。
「ここで、お待ちかねのお弁当にしよう!」
私はリュックサックからシートを取り出してユー君と一緒に敷く。
お弁当を広げると、ユー君から賞賛の声が上がった。
「すげぇな。これ全部作ったのか?」
「うん。と言ってもたった2人分だよ?」
「それでもすげぇよ。ありがとな」
「う、うん……」
ユー君が満面の笑みをこちらに向けてきたので、少し照れてしまった。
「お! うまいな」
「ほんとに?」
「うん。これだけでも来た甲斐があったと思えるくらいに」
「よかった……」
私がユー君の評価を気にしているのを知ってか知らずか、高評価を出してくれた。
ユー君においしいって言われるのは、やっぱりうれしい。
「なぁ、亜美。飲み物分けてくれないか? 俺のはもうなくなった」
「う、うん、いいよ。はい」
私が浮かれてしまっているのにユー君は気づいていないみたいだった。
ただ、浮かれていたせいで何も考えずに水筒を渡してしまった。
私の水筒は直接口をつけて飲むタイプのもの。
つまり……
「ぁ……」
ユー君は普通にその水筒に口をつける。
間接……キス……
自分の顔が熱くなっていくのがわかる。
ユー君が飲んでいるのをずっと見つめていると、ユー君が私の視線に気付いた。
「ああ……すまん。配慮が足らんかった。飲み口拭いておくから」
「あ、いや……大丈夫! そんなの今更気にしないよ!」
そう言って私は、半分くらい無理やりユー君から水筒を奪い取り、そっと一口だけ飲んだ。
「じゃあ、帰りはこっちから帰ろうか」
私は近くにあるコースの案内を指さす。
「でもこっち側に行ってる人全然いないんだけど」
「遠回りになっちゃうし、ちょっと入り口がわかりにくいんだよね。でもせっかくなら行ってみたくない?」
「そりゃお前が行きたいなら、それでいいけど」
私たちは案内図に従ってそのコースに突入した。
のはよかったけど。
「これって、絶対すれ違えないよな」
ユー君が私の後ろでつぶやく。
そう、道幅が狭い。
どう考えても1人分しかない。
だから前が私で、ユー君は後ろを歩いている。
しかも、右側は壁、左側は急斜面になっている。
「いいのかどうかはわからないけど、人が通りそうな気配はないよ」
「じゃないとこんな草生えないわな」
道は本当に草だらけで、獣道みたいだった。
「いいんじゃない? これはこれで楽しいよ?」
「もう少し気を付けて歩けよ。俺は既に1回足を滑らせて死ぬかと思った」
「大丈夫だよ、足元には気を付けてるから」
そう、足元には気を付けていた。
「わっ――」
そのときだった。
目の前に蜘蛛の巣が現れたのは。
足元ばかり気にしていたせいで、目の前のそれに直前まで気付かなかった。
そして私はびっくりするあまり体を横に向ける。
普通ならこれで蜘蛛の巣を正面から受けることがなくてよかったんだけど、これがいけなかった。
私はリュックを背負っていることを忘れて体を左に向けた。
するとリュックが右側の壁に接触。
私は壁に押される形になってしまう。
つまり……
「あっ――」
私はもう重心が斜面側にずれてしまった時には頭の中が真っ白になっていた。
次の瞬間……体は静止していた。
そして私はリュックが引っ張られ反転。
ユー君の胸に受け止められた。
「勘弁してくれよ……」
私の頭の上でユー君の声が聞こえる。
落ちそうになった瞬間に、ユー君がリュックをつかんで引き寄せてくれたみたいだ。
「あ、ありがとう」
突然の出来事だったので、やっとのことで出てきた言葉はこれだけだった。
「ほんとに1人で行かせないで正解だったな。ついてきてよかった」
「え、じゃあユー君が今日来たのって?」
「お前を1人で行かせるのが心配だったから」
「そ、そうなんだ」
ユー君が私のことをそこまで気遣ってくれていたのは意外だった。
それだけに……やっぱりうれしい。
好きな人にそう思ってもらっていたのは。
「ところでユー君?」
「なんだ?」
「その……そろそろ恥ずかしくなってきたかも」
「へ? ……ああ! すまん!」
ユー君は間抜けな声をあげたあと、慌てて私から離れる。
それまでずっと抱き寄せられたままだった。
「いや別にね、嫌ってわけじゃなかったんだけど」
何も言われてないのにそんな言葉が出てきてしまう。
密着したせいで、ユー君のことをいつも以上に意識してしまっているのがわかる。
「嫌じゃないならもう少し」
「えっ……」
私はまた頭の中が真っ白になった。
ユー君がまた、私を抱き寄せたから。
その力はさっきより強い。
5秒くらいしてユー君はゆっくりと私から離れる。
「その……意識してやると、やっぱり恥ずかしいな」
呆然とする私にユー君は、少し顔を赤くしてそんなことを言うのだった。
「ねぇ、ユー君。なんで私の隣に座るの? 向かいのほうが話しやすいと思うんだけど」
私たちは帰りの電車で座る座席を決めていると、またユー君は私の隣に座ろうとした。
「だって、こんな密着する位置にほかの人を座らせたくないし」
「え~、ユー君そんなに人苦手だっけ?」
「いや、俺じゃなくてお前な」
「え?」
私は一瞬その意味が理解できなくて固まる。
つまり……ユー君が私の隣に誰も座らせたくないと……
「ほら、さっさと座れ。発進したら危ないだろ」
「う、うん」
ユー君がせかしてきたので、それを確認することはできなかった。
でも、私が思っている通りだとしたら、ユー君は私のことをどう思っているんだろう……
電車が少し揺れて私は目が覚めた。
少し眠ってしまっていたみたいだ。
もう一度寝てしまおうかと思って、気付く。
今、ユー君に寄りかかっている!
この事実で一気に目が覚めた。
ただ、このまま起き上がってしまうのはもったいないように思えて、私はそのまま寝たふりをする。
ユー君は起きているみたいだけど、私を動かそうとはしてこない。
ここでひとつ思いついたことがある。
ユー君の気持ちを確かめる方法。
「ユー君……」
私は寝言のように彼の名前を呼ぶ。
「……なんだ寝言か」
ユー君は少しこちらの様子を確かめるような素振りを見せた後、そうつぶやいた。
ここで、さっき思いついた作戦を実行する。
「……好き」
「んな!?」
寝言ということにして、言っちゃうという作戦。
もしかしたら反応でユー君がどう思っているのかわかるかもしれない。
「寝言……なんだよな……」
とりあえずユー君は混乱しているみたいだ。
でもそれ以上の感情は読めない。
確かに私が同じ状況でも、びっくりするだけかも。
「……そりゃ残念」
!
今、残念だって言った!?
ええとつまり……寝言であることが残念だということ?
ユー君自身に聞いてみたいところだけど、今は寝たふりをしているからできない。
ここでユー君に動きがあった。
顔をこちらに向け、少しだけ近づける。
そして耳元でそっとつぶやいた。
「俺もだ」
!!!
今度は寝たふりなんて続行できるわけがなかった。
私は高速で頭を上げ――
「あ痛っ!」
ユー君のおでこと激突した。
ユー君はおでこをさすりながら、
「お前、起きてたのかよ」
と、よっぽど痛かったのか涙を浮かべている。
「ゆ、ユー君。さっき……」
私はユー君をじっと見つめて、真意を確かめる。
「ああ……聞いてたのか。……その、なんだ……」
ユー君は視線をうろうろさせて気まずそうにしていたけど、最後には私を見据えて、
「好きだ」
と、告白してきた。
それと同時に、私の手をやさしく握ってきた。
私はもう頭が沸騰してしまいそうだったけど、なぜかこの言葉ははっきりと言えた。
「私も、好き」
私は彼の手を強く握り返した。
長くなりそうなので詳細は活動報告で書きます。