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 天水の足取りが危なっかしいので、四人で天水家まで行ってから解散することにした。古泉が、

「いいの?」

 と夏川に聞いた。

「家族の誰が出てきても気まずくなる自信があります」

「はあー」

 古泉は小さく長いため息をついて頭を横に振った。はいた息は白かった。

 天水家までたいした距離はなく、三人にとってそれほど遠回りにならない。

「よーし、いくぞー、みんなー」

「帰るんですよ」

 張り切っている天水が歩き出し、夏川が横に並んだ。二人は少し距離を置いてその後ろをついてゆく。ふらふらと歩く天水に、夏川が手を差しだそうとするが、二人がいる手前か、なかなか手をつなごうとしない。

「なんというか、じれったいな」

 前の二人を見て、水上が言った。

「……人のことをいえる立場かねえ?」

 水上の方に視線を移してから古泉は言った。返す言葉もない。そう思ったのが顔に出たのか、古泉は笑った。

 天水家についた。玄関で天水の姉が迎えてくれた。

「ありがとうね、みんな。まったく、自分が相当弱いのを知っているでしょうに、こんなに酔っちゃって」

「なにおー、私は酔ってないぞー。キサマの目はふしあなかー」

「ダメだこりゃ」

 後は任せて、三人は帰ることにした。

「では、これで。よいお年を」

 と、夏川が言い、各々挨拶をした。

「まったねー」

 姉に肩をかりている天水が手を振りながら言った。

「玄関まで行かなくても、家の門まで送っていけばよかったのに」

 古泉が夏川に言った。

「いえ、あんな状態だと、門から家までの距離でも心配ですし」

 道に出て、「よいお年を」と言って、夏川だけ別の方向に歩き出した。

 水上と古泉の帰路は途中まで一緒だ。


 騒がしい店内にいたからか、外はとても静かに感じられた。二人は言葉を交わさずに歩いた。

 水上は新しくできた宿泊施設の上に、中途半端な形の月が出ていることに気付いた。これから満月になってゆく上限の月。

「古泉」

「なに?」

 水上が横を向いたとき、古泉は月に目を向けていた。

「参道を、歩かないか」

「うん。行く」

 参道を通るのは少し遠回りになる。

 駅前まで行って、参道の石畳の始まるところから歩くことにした。両側には土産物屋や飲食店が並んでいる。深夜というような時間ではないが、すでに一部の飲食店以外は閉まっているので、参道に人の姿はほとんどない。

 等間隔に並んだ提灯型の明かりが石畳の道を照らしている。

 異様で、同じくらい神秘的だった。

 二人は参道の入り口で立ち止まって眺めていた。

「神社のほうまで歩こう」

 古泉が提案した。

「そうだな」

 水上はこたえ、また並んで歩き出した。

 参道の途中にある自販機の前で立ち止まり、古泉はお金を入れて迷わすボタンを押した。観光地仕様なのか、自販機が社らしい木の枠に入っている。

 ボタンを押したとき、

「あ」

 と、少し間の抜けた声を出した。そして、おっかなびっくりといった風に取りだし口に手を入れる。取りだしたのは缶コーヒーだった。

「間違えたんじゃない。冷たいのが飲みたかったんだ」

 そう言いつつも、古泉は缶を指先でつまんでいる。水上が疑うような視線を向けると、

「私の指には一尺の狂いもない」

 一尺以内での誤差は起こりえるようだ。

「俺もアイスコーヒーにするかな」

 そう言って自販機にお金を入れると、古泉に恨みがましい視線を向けられた。古泉は缶を鞄にしまった。水上が取りだし口に手を入れたとき、

「あっ」

 と言った。

「虫でも入ってた?」

「いや、間違えてホットコーヒーを買ってしまった。交換してくれないか」

 水上は缶コーヒーを差し出した。

「でも」

「ホットは苦手なんだ。たいていアイスコーヒー頼むだろ」

「屋内のことだし」

「アイスコーヒーが飲みたいなー」

「わかったよ」

 観念したように鞄から缶を取り出して、交換した。古泉は受けとった缶を両手で包むようにして持った。

 水上はアイスコーヒーをすぐに開けて、一気に飲んだ。

「案外、いけるな」

「案外?」

「いや、案の定、いけるな」

 古泉も缶を開けて、両手で持ったまま一口飲んだ。

「水上、手、寒くない?」

「寒い、というか冷たいな」

「そう」

 古泉は右手で水上の左手をとった。

「歩こう」

 二人とも缶を持ったまま歩き出した。古泉は前を見て、振り向かなかった。手を引かれて、そのまま参道を歩いた。


 手をつないだからか、バイトの話をしたからか、水上が思い出したことがある。それは二年前の年末のことだった。

 それまで水上は、週一回同じ曜日に芹沢の喫茶店に行っていたが、その時は別の曜日に行った。

 すると、カウンターに芹沢と女の人がいた。水上はその背の高い女の人に見覚えがある気がした。同じ学科の人かもしれない。が、彼女は芹沢と同じくワイシャツに黒のベストという格好なので、自信がない。

 一目見た印象は、その格好がよく似合っているというものだった。挨拶を交わしたあと、

「こちらは古泉さん、新しいバイト。で、こっちは水上君、常連客。二人とも一年生だったよね。知り合いだったりする?」

「いえ」

 と否定してから、

水上治人(はると)です」

「古泉蓮です」

 二人とも会釈をした。

「日文の人?」

 水上が学科を聞く。

「はい。君も、ですよね」

「そうだよ。どうりで、見たことがあると思ったわけだ」

「私も」

 そのことをきっかけにして会話が盛り上がるなんてこともなく、その後は芹沢が間に入って何とか会話が成り立ったようなものだった。

 水上は馴れていない人と話すのは苦手で、気の利いた話もできず、古泉に対して申し訳のないような気分になった。

 会計の時、水上がおつりを取り損ねて、レジのカウンターの上に落としてしまった。取ろうとして、古泉と手がふれた。互いに謝って、水上は礼を言った。

 店を出るとき、古泉が、

「また、来てください」

 と、少しぎこちない笑顔で言った。水上はまたこの曜日に来ようと思った。そして、次はこっちから話しかけようと決めた。

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