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「もうすぐ冬だねー」

「うん」

「寒いねー」

「うん」

「たこ焼きパーティーでもしよっか」

「うん」

「たこ焼きパーティーの開催は市役所に申請しないといけないよね」

「うん」

「それで市長と県知事の許可が必要だよね」

「うん」

「古泉って、カツラかぶってるよね」

「うん」

「……私って、小さい?」

「……わりと」

 天水は古泉にデコピンをした。いい音がした。

 大学の二号館の二階、二人は並んで長椅子に座っている。古泉は正面にある掲示板をじっと見つめていて、しばらく上の空だったため、最後の質問以外は耳に入っていなかった。

「いたい」

 古泉は抗議するように天水に顔を向けた。

「どうしたん? しばらくまばたきしてなかったよ」

「ホントだ。しぼしぼする」

 古泉は強く目をつむった。

「大丈夫?」

「もうダメなようだ」

「ダメなようか。それで、なんでボーッとしてたの?」

 古泉は再び掲示板の方に目を向けた。

「昨日の話、やってみようかと思って」

「おお、ついに決めたんだ。あの古泉がこんなに立派になって、お姉さんは嬉しいよ」

「そんなことより電話しないと」

「とりあえず私がかけて、その後代わるよ」

 天水は鞄からスマートホンを取りだして、電話をかけた。

「もしもし、叔父さん? わたし」

「詐欺じゃないって。昨日話したバイトの話」

 電話の向こうの声はうまく聞こえず、古泉には天水の声だけが聞こえた。

「何回か行ったことのある、大親友の古泉」

「うん、そう。背の高い」

「今隣にいるから、代わるね」

 天水はスマートホンのマイクを指で押さえて差し出した。

「面接の日時とかを決めたいって」

「少し、心の準備が」

「わかった。時間稼ぎは任せろ」

 天水は聞いたことのあるメロディーを鼻歌で歌い始めた。古泉はクラシックの曲というのはわかるが、曲名が出てこなかった。数十秒してから、スマートホンを受けとった。

「もしもし、お電話代わりました。古泉蓮(れん)と申します」

『ああ、古泉さん。芹沢です。今の曲名ってなんだっけ』

「私もわかりません。のどのあたりまで出かかってはいるのですが」

『まあいいか。それで、面接、と言ってももう決まったようなものだから形式的にするだけだけど、いつがいいかな?』

「なるべく早いほうが望ましいです」

『早くと言っても、履歴書とかも必要だから。形式は大事だし。そうだな、明日の夕方は?』

「何時からですか」

『店が閉まるのが十八時だから、その後でいい?』

「はい。喫茶店に行けばいいですか?」

『うん。それじゃあ決定。明日の十八時にお待ちしています』

「失礼します」

 思わずお辞儀してしまった。

 電話が切れる音を聞いてから、天水にスマートホンを返した。古泉は大きく息を吐いた。天水は意外そうな顔をしている。

「古泉がこんなしっかりと話せるなんて」

「無礼な。ところでデコピンをやり返そうと思うんだけど」

 古泉は右手の親指と中指でデコピンの構えをつくった。

「復讐は新たな憎しみを生むだけですよ、古泉さん」

「私がやったあと、天水がやり返さなければいい」

「その手を下ろすっていう選択肢は?」

「ない。それと、私のデコピンは脳のなんたら中枢を刺激して、背の縮むホルモンを分泌させる」

「やめて! これ以上低くなりたくない」

「あきらめなさい。電話、ありがとうね」

 笑って言ったが右手はおさめない。

「感謝するなら、その手をおさめてくれませんかね」

 古泉は極限まで引き絞られた中指を解放した。さっきよりいい音がした。指もけっこう痛かった。


 古泉の言った「昨日の話」というのは、前日の昼休みに同級生の名雲を加えた三人で、教室で昼食をとっている時に天水がもちだした話のことだ。

「古泉、バイトしない?」

 なんの脈絡もなく、三人の中で最初に食べ終えた天水が言った。古泉と名雲は持ってきた弁当で、天水は購買で買ったサンドイッチだった。

 古泉はゆっくりと咀嚼して、飲み込んでから天水の方を向いた。

「からあげに勝るものがあろうか、いや、ない。何? バイトって」

 古泉の弁当には週一回以上はからあげが入っている。

「昨日叔父さんから電話があってさ、あ、喫茶店の店長ね」

「反語に関してはノーコメントなん?」

 名雲が箸をやすめて言った。

「いつものことでしょ。それで、私の知り合いに喫茶店でバイトができる人がいないかって聞かれたの。と、いうわけで古泉、どーよ」

「保留で」

 短くこたえて最後に残ったからあげを口に運んだ。

「わたしは誘われないの?」

「なぐもんは家が遠いでしょ。それにもうバイトしてるし」

「なぐもん、って(なん)なん?」

「ダメ?」

「だめ」

 天水は大げさに肩を落とした。古泉はまだ咀嚼している。

「それでも、言ってみたらやるかもよ、バイト」

「じゃあ、名雲っち、バイトしない?」

「うん。しない」

「ですよねー」

「その呼び方も却下で」

「ごちそうさまでした」

 二人を気にせずに、古泉は手を合わせた。弁当箱を布で丁寧に包んでから、天水に尋ねる。

「掲示板で募集しないの」

 大学の二号館に、アルバイトの募集が張り出された掲示板がある。

「私が勧める人を紹介して欲しい、って言われたからね。この眼力が信用されたわけですよ、お二人さん」

 親指を自分の眉間に向けて天水が言った。

「分の悪い賭けをする」

「古泉ってたまにヒドいこと言うよね」

 やっと弁当を食べ終えた名雲が言った。

「いや、平常運転だよ」

 次の講義のために別れるときに、天水が古泉に、

「保留ってことは、やる可能性はあるよね。前向きに考えておいてよ」

 と言った。

「前向きに保留で」

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