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第六話

 ――最近、宮野薫が変わった。

 

 噂好きのこの学校で、智也はそんな噂を何度となく耳にしてきた。

 そしてその噂が程なくして、「宮野薫は、櫻井綾奈のことが好きらしい」と形を変えたことも知っていた。


 他人の好奇心だけで形成された噂ではあるが、智也はその噂を信じていないわけではなかった。

 何度もこの目で見てきたのだ。

 以前よりやや積極的になり、自ら綾奈と接しようとする薫の姿を。

 智也自身、綾奈との会話を薫に邪魔されたことも数回あった。


“綾奈ちゃん”

 幼馴染の名を呼ぶ、薫の不思議な声。

 近くでずっと聞いてきたそれは、自然と智也の耳にこびり付いていた。


 風鈴の音のように小さくて、どこか消え入りそうで。

 けれどそれはとても優しくて、想い人へ向ける確かな好意を感じ取れた。


「へえ、この問題ってこうやって解くんだ! 頭良いんだね、宮野くん」


 教室に響き渡った、よく通った綾奈の声に引かれ、智也は綾奈の席へと視線を投げる。

 そこには、教科書とノートを机上に広げ、楽しそうに会話を繰り広げる綾奈と薫の姿があった。

 以前は専ら綾奈が薫の席へ出張していたが、今はそうではない。


「……そんなことないよ。偶然できただけで」

 

 小さく頷いた薫は、無表情にも似た優しい表情をしていた。

 改めて、本当に儚げな容姿だと智也は思った。

 色素の薄い髪も白い肌も、女子のような華奢な身体によく似合っている。


 ふと、智也は薫と目が合った。

 その瞳に光はない。翳っていて、それでいてどこか狂気を孕んでいる。

 じっと見つめていると、呑み込まれてしまいそうな錯覚にさえ陥ってしまう。

「……っ」

 何も語らないはずの瞳に気圧され、智也はつい視線を逸らした。






 あまり広くはないが、運動を出来る環境は十分に備わっている校庭。

「最近、よく宮野くんから話しかけてくれるようになったんだぁ」

 柔軟運動をしながら、綾奈は嬉しそうに言葉を零した。

「お前……最近、本当よく話してるよな。宮野と」

「宮野くんと話すの、結構楽しいよ。もっと心を開いてくれたらいいんだけど」

「……ふうん」

 智也は綾奈の背を押し、彼女の柔軟運動の手伝いをしてやりながら小さく頷いた。

「ちょ、ちょ、智也!! 力入りすぎ、痛い!」

 存外力みすぎたらしく、綾奈は心底痛そうに声を上げるが、智也はどこか上の空だった。


 先程――薫と目が合った瞬間に感じた、得も言わぬ恐怖。

 忘れられない、狂気を孕んだあの瞳。

 とてもとても嫌な予感がしたのだ。

 言葉では上手く良い表せないほどの、激しい嫌悪感。


 これからも綾奈と薫は、今までのように接し続けるのだろう。いずれは、もっともっと親密にもなるのだろう。

 そのことが、智也の心に引っかかっていた。


 何か嫌なことが起こりそうだ。

 何か、嫌な事態を引き起こすこととなりそうだ……。

 綾奈を悲しませる何かが、起こりそうだ。


 薫と目が合ったときから、そんな不安が絶えず生まれていたのだ。


「……!」

 そのとき智也は、校舎の影に潜むひとつの人影を見つけた。

 準じて、綾奈の背を押す力が緩まる。


 少し遠い位置にある校舎。

 その壁の向こうから、少しだけこちらに顔をのぞかせて。

 うっとりしたような、恍惚の表情で少女を――綾奈を見つめている男。


 それは、紛れも無い薫の姿だった。



「っ……」

 ぞくり、と。

 先程感じた以上の悪寒が走る。


 


 ストーカー。


 

 無意識の内に、そんな単語が智也の頭に浮かび上がった。

 


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