第三話
――燦々と照る太陽の下、陸上部の面々は高校の外周を走っていた。
これは放課後の練習メニューの一環である。
一周するのに四キロにも及ぶ距離を、延々と走らなくてはならないのだ。
「お前さ」
校門へ続く上り坂を軽快に走りながら、そう口火を切ったのは智也だった。
「なあに?」
綾奈はその隣で、智也に遅れをとることなく走りつつ、首を傾げた。
「お前最近、よく宮野と話してるよな」
「宮野くん?」
「ああ」
「んー、言われてみればそうかも。宮野くん、あんまり自分から喋ってくれないから、もっといっぱい話してみたくて」
「……そうかよ」
「――宮野薫は、ある意味有名だよ」
そのとき、後方からよく通った声が聞こえ、綾奈と智也は同時に振り返る。
「さき」
「全然喋らないし、他人と関わらないから。宮野薫は」
綾奈にさき、と呼ばれた二つ結びの少女は、苦笑にも似た笑顔を浮かべる。
――川原さき。
陸上部所属で、さらに綾奈と智也、そして薫と同じ二年五組に所属している女子生徒である。
「あの見た目も特徴的だし。線が細いっていうか、儚いっていうか」
言いながら走るスピードを速めたさきは、すぐに綾奈の隣へ追いつく。
「へえー、有名なんだ。確かに、肌とか真っ白だもんね。あたし今朝、高い日焼け止めとか使ってんのー? って聞いちゃった」
体質って言ってたけどね、と付け足した綾奈は何故か誇らしげである。
「楽しそうねー、綾奈……」
意気揚々とした様子の綾奈を、さきはどこか遠い目で見つめる。
――次の瞬間だった。
「わっ!」
綾奈は短く悲鳴を上げ、そのまま前へと倒れこむようにして派手に転んだ。
「……」
「……」
智也はさきは黙って顔を見合わせ、互いに大きくため息を吐いた。
「い、いたたたたた。何で二人がため息ついてるの!?」
肘に吐いた砂を払いながら、綾奈はむくりと起き上がる。
「本当、お前の将来が心配だよ。嫁にもらってくれる男がいればいいんだけどな」
「何にもないところで、一体どうして転ぶんだか……」
智也とさきは、感じ入った様子で言葉を連ねる。
「本当、しょうがねえな。クラス発表の時にも転んだばっかだってのに……ほら、行くぞ」
「へ?」
「へ、じゃねえよ。そこら中擦りむいてんだろ。洗わないとな」
呆気に取られた様子の綾奈の腕を取ると、智也は心配そうに立ち尽くしているさきへ声をかけた。
「川原。 俺、綾奈と一緒に蛇口行くわ」
「ああ、わかったぁ」
さきは大きく頷くと、智也たちに背を向けて再び走り始めた。
「……智也、あたし蛇口くらい一人でも行けるよ? 走ってていいよ」
蛇口へ向かいながら、綾奈は背の高いを智也を見上げる。
「いーや。お前のことだから、蛇口に行く途中でまだ転んだりしそうだからな」
「……」
智也の言葉には幾分説得力があったので、綾奈は反論はしなかった。
「っつーかお前、ここ汚れてるし」
「ど、どこ?」
「ここだよ」
智也は、綾奈の頬についた汚れをジャージの袖で乱暴に拭うと、困ったような笑顔を浮かべた。
「小学校の頃からいつも転んでたよな、綾奈。で、泣いてばっかだった」
「そんな昔のこと、覚えてないよ……」
「その度に俺が慰めてやって。で、痛いの痛いの飛んでけーっとかしてやってさ。思えば小学生の頃からなんだよな、俺がお前の保護者だと言われるようになったのは」
「だから、そんな昔のことは覚えてないってばっ」
「そうですか」
「っ……」
予想に反してあっさりと返されてしまい、綾奈は言葉に詰まる。
「……いつも迷惑かけてごめんね、ありがとう」
少しの沈黙を置いて、綾奈はぽつりと呟いた。
「いいよ」
智也は、校庭を占拠しているテニス部のラリーに視線をやりながら小さく頷いた。
「宮野くんって、どこの中学だったの?」
「……」
その翌日も、綾奈は当たり前のように薫に話しかけた。
無駄に長い昼休みは、今ままで薫にとっては暇を持て余すだけだった。
けれど今は違う。
こうして綾奈が頻繁に話しかけてくるので、薫はその毎に緊張してしまう。
「あたしは梅見第二中なんだよね。あ、智也とさきも一緒だったんだ。宮野くんは?」
「……」
「あ、そもそも同じ中学の人いる? まあこの高校、いろんなところから生徒が集まってるからいなくてもおかしくないと思うけ――」
「――櫻井さん」
薫は、凛とした声で綾奈の言葉を遮った。
「は、はい」
綾奈は遮られたことよりも、初めて名を呼ばれたことに驚いて思わず姿勢を正した。
「……もう」
掌にぐっと爪を立てて、薫は一呼吸置いてから言い放った。
「もう……、僕に話しかけないで」




