第十ニ話
「智也……」
「ごめんな。結局なんも解決なんかしてなくて、……お前に怖い思いさせて」
「……ううん、あたしもごめん。大きな声出して」
綾奈と智也の間にはしんとした沈黙が流れ、代わりと言うように、少し冷たい夜風が吹く。
すぐそばにいる。すぐ、隣にいる。
それなのに互いがどこか遠くに感じられるのは、夜陰のせいで顔が見えないからなのか――。
「……あたしのこと、守ろうとしてくれてありがとう。智也はいつも、そうやってあたしのことを面倒見てくれるね」
「別にお礼なんていいっての。もう十年以上もそうしてきたんだから」
「……うん。そうだね。あたしは昔からドジで、泣き虫で、要領が悪くて……。智也はいつも、そんなあたしを見守ってくれてたよね」
綾奈は嘲笑にも似た微笑みを浮かべる。
「あたし、いつまでたっても智也がいないと駄目なんだなあ。こんなんじゃいけないよね。……宮野くんのことだって、あたしが何も知らずにいたせいで、こんなことになってしまって。あたしの問題なんだから、ひとりで立ち向かわなくちゃいけないのに、結局智也に頼っちゃって……。……智也の優しさに甘えているんだ。ひとりじゃ怖いからって、昔から、ずっと……。こんな自分、いやなのに。いつまでたっても変われない」
「なに泣いてんだよ」
「べつに……泣いてないし」
「嘘つけ」
涙声になりながらも意地を張る綾奈にくすっと笑い、智也は綾奈の肩をそっと引き寄せる。
「別に変われなくたって良いだろ。……お前が昔から変わらず俺に頼ってばっかりなように、俺だって昔から変わらず、お前の面倒を見てばかりいるんだから。変われないのはお互いさまだよ。な?」
「だから、そうやって優しくするから……っ、あたしはいつまでも、こんなんで……」
「それで良いって言ってんだろ。……俺は、いつまでも頼りないお前が――」
智也はそこまで言いかけて、はっとして言葉を止めた。
「え? なあに、智也」
「い、いや! 別に!」
「うろたえちゃって、ヘンな智也……」
「別にうろたえてねえよ!」
「うろたえてたよ。何かやましいことでも?」
「何もねえよ! ……とにかく――大丈夫だ。俺がちゃんと守ってやるからっ」
智也のその声は、どこかぶっきらぼうではありながらも今までで一番優しい響きをしていた。
綾奈はまた涙を流しながら、そっと彼の胸に頭を寄せる。
その背後に、薫の姿があったことを知らずに――。