第十一話
――綾奈ちゃん。
小さく呟きながら、薫はゆらりと綾奈へと向かい歩き出す。
その瞳はこれまで以上に暗く淀み、一切の光を受け入れない宝珠のようだ。
華奢で細い身体の線と、透き通るような白い肌が、薫特有の不安定な儚さを象っている。
「……っ」
綾奈は足をがたがたと震わせながらも、その場から動くことが出来なかった。
逃げなくちゃ。
逃げなくちゃ――
必死にそう言い聞かせているのに。
柵も壁もない癖に、辺りを囲われてしまったような。もう一生、逃れられないような――奇妙な錯覚に襲われしまう。
「綾奈ちゃん」
薫がもう一度、綾奈の名を呼んだ。
それは甘美なほどに優しく、そして――恐ろしい。
綾奈は、薫がこちらへとゆっくりと近づいてくるのを、ただ見つめていることしかできず――
「綾奈!」
そのとき。
智也がただ突っ立っている綾奈の手を引いて、急いで駈け出した。
「あ……智也……」
「馬鹿、何やってんだよ! 今レジ行って全部金払ってきたから。さっさと逃げるぞ!」
「う、うん……」
得も言われぬ恐怖に怯える綾奈は、ただ彼に任せて走ることで精一杯だった。
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「知らなかった。宮野くんが、あんな……。……あんな……」
「……」
公園のベンチに肩を並べ、綾奈と智也は小さく会話を交わす。
星もない夜空。頼りない外灯だけが灯されている、夜の公園。
すこし奇妙な場所だが、先程よりはずっと良いところだと思えた。
「お前は、何も知らないままでいて欲しかったんだけど……まぁ、無理だよな。いつまでも何も知らないままでいるなんて」
「え? なにそれ、どういうこと?」
綾奈は一呼吸置いてから、智也に問う。
「智也は――知ってたの? 宮野くんが、ああいうことをしてたって……。だから? だから、あたしと智也が付き合ってるだなんて嘘ついたの?」
「……ああ」
「……どうして! どうしてあたしに何も言ってくれなかったの? あたしの問題なのに、あたしには何も知らせないで、ひとりで解決しようとして――!」
「お前が!」
智也は綾奈の言葉を大声で遮り、そのまま続けた。
「お前が傷つくと思ったから! だから、お前が宮野のしていることを知る前に……すべて解決すればいいって思った。俺が綾奈と付き合っているって言えば、宮野もあんなことはもうしないでくれると思ったんだよ。だけど――」
はあ、と溜息を吐き、智也は額に手を当てる。
「甘かったんだな、俺。こんなんじゃお前のことを護れない」
続きは後ほど更新します^^