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第九話

 ――お前は、綾奈のことが好きなのか。



 智也から尋ねられて、数秒、薫は無言のまま立ち尽くしていた。

 意を決すように、ぎゅっと唇を噛み締める。

 

 それから、更に長い沈黙を経て。


「……」

 薫はやはり黙ったままで、ゆっくりと頷いた。

 唇は微かに震えており、その所作は音が聞こえてきそうなほどにぎこちない。


「……やっぱり、そうなのか」

 一度髪を思い切りかき上げて、智也は長いため息を吐いた。

 そしてもう一度、薫の暗い瞳を見つめる。

 どこか狂気を孕んだようなその瞳と、視線が交わることはない。


「あれ、智也と宮野くん? どうしたの、二人一緒にいるなんて珍しいねぇ」

 再び流れだした沈黙を断ったのは、状況を知らず呑気にやってきた綾奈の一声だった。

 智也と薫の顔を交互に見ながら、「何話してたのー」と笑っている。


「――宮野」

 智也はまっすぐな視線を薫から外さないままで、きっぱりと言い放った。




「悪いけど、綾奈は俺と付き合ってるんだ。諦めろ」





「っ」

 ようやく智也と視線を合わせた薫は、まるで金縛りにでも合ったかのように、そのまま固まってしまった。


「なっ、何言ってんの!?」

 当然ながら綾奈は激しく動揺するが、智也は綾奈の肩を組むと、そのまま強引に途方へ歩いて行ってしまう。

 最後に、「そういうことだから」と薫に言い捨てて――。








 その場に一人残された薫は、暫く固まったままで動くことができなかった。


「……うそ、だ」

 ようやく、漏れるように声を発せたのは、遠くなってゆく智也と綾奈の背中から視線を外せたのと同時だった。


「嘘だ。……綾奈ちゃんと、付き合ってるだなんて……嘘だ……」


 目が熱くなる。

 言葉が詰まり、震える。

 まるで広い世界に、たったひとりで置き去りにされたような感覚だった。

 否――これまでずっと、ひとりぼっちだった。孤独で、無機質で、彩りのない日常なんて当たり前だった。

 けれど、彼女に。

 綾奈に出会ってから、真っ暗な世界は少しずつ光を受け入れ始めたのだ。




 それなのに―――――。




 あの男は。

 智也は。


 そんな些細な光さえ、呑み込んでしまうというのか。

 ようやく出てきた芽でさえ、無残に踏みつぶしてしまうというのか。





 薫の心に、静かで――宛ら激しい悲しみが渦巻く。

 その後で生まれてきたのは、紛れも無い憎しみだった。


 許さない。

 絶対に許さない。

 彼女を取るだなんて。

 彼女と付き合っているだなんて。

 否――綾奈と付き合っているだなんて、嘘だ。絶対にそうだ。

 彼女は誰にも渡さない。

 彼女は、


 綾奈は――




(綾奈ちゃんは、僕のものだ)










 薫の中を駆け巡る澱んだ感情は、もはや止め処を知らなかった。





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