盲目の青年
「……ほう、この世界に暫し滞在したい、と」
「ええ、ご迷惑ならば……」
「いやいや、主は仮にも時代を担う猫王の娘の婿候補。そのような真似はせぬよ」
猫王がカラカラと笑う。
ここは先程の謁見の間。
折角来たのだから、と蓮は歓迎の宴を受けていた。
そこで蓮と4姉妹は事の次第を彼に報告したのだった。
「但し、我らも常に寛大という訳ではない。……事に人と言う物は信用ならぬからな」
王の光彩が猫のように細くなる。
辺りの空気がほんの少し冷たくなる。
侍従や4姉妹は少し身震いをし、蓮はそれを感じ取っているかどうかは分からないが、穏やかに微笑む。
「ええ、私が貴方方にとって『悪』となった場合は存分に斬り捨てて下さい」
その場に沈黙が流れる。
細い瞳で王は盲目の青年を見る。
見えないながらも、王の瞳を真っ直ぐ見つめ返す蓮。
両者を複雑そうに見る4姉妹。
……が、緊迫した空気は猫王のカラカラと言う笑い声でかき消される。
「はっはっは、面白い奴だな! 自ら斬り捨てられる事を望むとは!」
「私など、数多いる人間の内の1人。斬り捨てられたとしても、また4人のお嬢様のお気に召す殿方が現れますよ」
「本に面白い奴だな! お前のような人間など今まで1度も巡り合った事がないぞ!」
「……お父様、それ褒めてるのか分かりませんよ……」
見兼ねた三毛が言う。
だが、猫王は笑い続ける。
「おぉ、そうだ。白よ、蓮殿の歓迎の為、アレを……」
「はい、承知しました」
白は一礼すると、部屋の奥へ消えていく。
彼女の気配が消えたのを感じたのか、蓮が白の行先を見る。
「一体、何を……?」
疑問そうに尋ねる蓮に、猫王はまあ待てと制止する。
侍従や他の姉妹達はソワソワと落ち着きがなくなる。
そんな気配を感じながら、なおも蓮が疑問そうにしていると小さくどよめきが上がる。
奥から出てきた白が抱えていたのは琴。
それを畳の上に置くと、再び一礼し弦を弾き始める。
美しい音色が部屋に響き、猫達はうっとりと聴き入る。
白の白い指先が、鮮やかに弦を弾き緩やかな旋律を生み出す。
蓮はその音色に暫し聴き入っていたが、杖代わりにしている剣をその場に置き部屋の中心に立つ。
何をするのかと彼を見ていた猫達の前で深々と頭を下げると、優雅な舞を舞い始めた。
盲目であることを感じさせない艶やかで優雅な舞。
演奏している白も含め、その場にいた猫達はその舞に目を奪われる。
ふらつく事のない足元。腕を動かす度、優雅に踊る袖。魅了するかのように時折観衆に向ける視線。
見る者全てが呆気に取られる中で曲が終わり、蓮の舞も終幕を迎える。
盛大な歓声の中で深々と頭を下げる蓮。そんな彼に魅入っていた白も慌てて一礼する。
「凄い……! 蓮さん、凄い!!」
「……今まで見た中、一番」
「目が見えない割にできるじゃない……」
「思わず見惚れてしまう美しさでした……」
「これは……見事な舞だった……」
猫王一族がそれぞれ感想を口にする。
蓮は再度頭を下げる。
「お褒め頂き、誠にありがとうございます」
「目が見えているのではないかと思う程、見事な舞だ。どこで修得したのだ?」
「幼き頃より目の不自由だった私に、食うに困らぬようにと母が……。舞うのは久方ぶりでしたが、身体は覚えている物なのですね」
クスクスと笑う蓮。
良い親を持ったな、と猫王が言い、宴が更に盛り上がる。
蓮は群がる猫達の質問攻めに遭い、困ったように微笑みながら対応していた。
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離れの宛がわれた部屋の窓の縁に座り、蓮は煙管を吸いながら月の光を浴びていた。
まるで包帯越しに月を見ているかのような佇まいだった。
「……白さん?」
部屋の襖から、恐る恐る様子を窺っていた白はビクッと肩をはねさせる。
「そんなところではなく、此方へいらっしゃい。私は乙女をいきなり襲うような野蛮な獣ではありませんよ?」
冗談交じりに微笑みながら蓮は言う。
白はほんの少し頬を赤く染めながら、蓮の前に座る。
「あ、あの……。先程は見事な舞、ありがとうございました……」
「いえいえ、もしもの時の為の私の生業の1つが、皆様に好評で何よりでした」
「それで、あの……誠に言い難いのですが……」
何です、と連は視線を白に向ける。
目が合い顔が真っ赤になり思わず俯く白は、相手には自分の表情は見えていないのだと言う事に気付く。
そして意を決したように顔を上げる。
「あの……先程、蓮様が舞った舞。あれは女物、ですよね……?」
蓮は大きく煙管を吸い、煙が白の方へ行かないように吐く。
落ち着かない心を必死に抑え、白は蓮の様子を窺う。
「ええ。そうですよ」
あっさりと明かした蓮。
その回答に、白は呆気に取られる。
「え、あ、あの……?」
「『人に歴史有り』。私が盲目なのにも、女の舞を舞う事が出来るのにも……、様々な理由があるのですよ」
煙を吐きながら読めない表情をする。
白は、もしかしたらこの青年の触れてはいけない部分に入り込んでしまったのか、と思い深々と頭を下げる。
「これは……無礼な事をお尋ねして申し訳ございません」
「そのような事はありませんよ。……いずれ、時が来たらお話しできるかもしれませんね」
煙管を手で持て余しながら、呟くようにそれだけ言った。
「……ところで、白さんはなぜここに?」
「あぁ、すっかり忘れていましたわ!!」
白がそう叫ぶのと同時に、部屋に黒、三毛、玉が入ってくる。
「まーーったく、話があるから、とか言っていつまで話し込んでるのかと思ったら!」
「私達、忘れられたのかと思ったよ……」
「白姉、抜け駆け……」
「ち、違います~!」
4姉妹が姦しく喧嘩を始める。
その様子に、今度は蓮が呆気に取られてしまう。
「あの……4人揃って一体何事ですか?」
「アンタと一緒に寝てやろうってのよ!」
蓮の手から煙管が落ちる。
白と三毛が慌ててフォローを入れる。
「違う違う! 今夜は冷えるだろうからってお父様が!!」
「そうです! この国に人間の方の寒さを凌げるようなものはありませんから!!」
「……さすがに、嫁入り前の娘さんと寝るのは……」
「……2人、説明不足」
玉がそう言って、自らを白と黒のブチ猫の姿に変える。
彼女の気配が変わったのを感じたのか、蓮が少し驚く。
「この姿なら、問題ない……」
「なるほど……猫の姿も、人間の姿も自在に変えられる、と言う事ですか」
黒は黒猫、白は白猫、三毛は三毛猫に姿を変える。
早く布団を敷けと言う黒に、苦笑しながら蓮は言われるまま布団を敷く。
案の定、猫達が先に布団の中に入り早々に猫団子が4つできる。
彼女達の邪魔にならないよう、蓮も足を入れる。
「……流石に、狭いですね」
苦笑しながら彼は呟くが、その呟きは猫達には聞こえなかったようだ。